泣く男
僕はミルクと過ごす時間が増えていた。
仕事を終えて家に帰ると、ミルクの世話をしたが、やはり寝る前にはアリシアの写真を眺めて、酒を呑んで寝た。
「アリシアぁ……」
ミルクと遊んで気は紛れる事もあるが、心にポッカリあいたような、空虚な喪失感を埋める事は出来なかった。
ミルクがアリシアの真似をしなくなったあの後、ミルクは機嫌を直してくれたのだろう、夜な夜なアリシアの姿を見せてくれるようになった。
ミルクと遊んだあと、やはりアリシアを偲んで呑みながら写真を眺める僕を、労るようにアリシアの姿を模して手を差し伸べてくれたのだ。
そんなミルクの優しさが、在りし日のアリシアの面影と重なって、涙を流す事も増えた。
わかっている。街のみんなには、いつまでもメソメソと女々しいと思われている事だろう。僕は、アリシアが亡くなった後も縁談話はいくつもあったのに、全て断っていたくらい、アリシアの事が忘れられないで、
「僕は一生独身だってかまわない……」
アリシアより他に、誰かを愛せるとは思っていなかった。そんなことは、もうどうでも良くなっていた。男として、人として、幸せを求めようなんて思わなくなっていたのだ。
今日も僕は、アリシアの写真を見て、アリシアの名前を呼んで、酒を呑んで、またアリシアの名前を呼んで、慰められるように写真を持つ手をミルクに撫でられて、情けない自分に涙しながら、酔いつぶれるように寝た。ダメな、人間だよな、僕は……。
「──」
……。
「──」
ミルクが、なにか言ったように思えたが、スライムが喋るなんて聴いたことがない。そもそもそんな知性や感情なんて……持ち合わせていないのだから。
気のせいだ。
僕は軽く目を開いて、ミルクの方に目を遣ると……アリシアを模したミルクの眉が垂れている。
その顔で……。
「そんな切なそうな顔で見ないでくれ」
僕はそう口にしたが、ミルクはその顔を辞めなかった。
「お願いだ、やめてくれ……頼むから……ミルク」
「……く」
──!?
「ミルク!?
「みる……く」
「──君が喋った……のか? ミルク?」
「みるく」
なんてことだ!? 確かに聴こえた。
「ミルク!」
「みるく」
口も動かしている。つまりミルクは何らかの方法で発声しているのだろう。
「そうだ。君の名前はミルクだ」
「なま……え?」
「うんうん!」
僕はミルクを指差して言う。
「君の名前、ミルク」
次に自分を指差して言う。
「僕の名前、アンリ」
「あんり?」
「そうだ。僕の名前はアンリ」
「あんり!」
ミルクを褒めてやろうと、そっと指で撫でてやると、ミルクはその指を捕まえて、僕の名を呼ぶ。
「アンリ……」
「そうだよ、アリシア」
──違う。アリシアじゃない。じゃないけど──。
「──その顔で名前を呼ばれると……複雑だな? ……え? あれ?」
「アンリ?」
涙がこぼれ落ちた。次から次に涙が溢れてくる。
あぁ、だめだ……。
これは、止まらないや……。
「うっ……うわあぁぁ……ああぁぁ」
その夜、僕は声を出して泣いてしまった。
小さな恋のおはなし かごのぼっち @dark-unknown
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