泣く男

 僕はミルクと過ごす時間が増えていた。


 仕事を終えて家に帰ると、ミルクの世話をしたが、やはり寝る前にはアリシアの写真を眺めて、酒を呑んで寝た。


「アリシアぁ……」


 ミルクと遊んで気は紛れる事もあるが、心にポッカリあいたような、空虚な喪失感を埋める事は出来なかった。


 ミルクがアリシアの真似をしなくなったあの後、ミルクは機嫌を直してくれたのだろう、夜な夜なアリシアの姿を見せてくれるようになった。


 ミルクと遊んだあと、やはりアリシアを偲んで呑みながら写真を眺める僕を、労るようにアリシアの姿を模して手を差し伸べてくれたのだ。


 そんなミルクの優しさが、在りし日のアリシアの面影と重なって、涙を流す事も増えた。


 わかっている。街のみんなには、いつまでもメソメソと女々しいと思われている事だろう。僕は、アリシアが亡くなった後も縁談話はいくつもあったのに、全て断っていたくらい、アリシアの事が忘れられないで、よわい三十も過ぎてしまったのだから。


「僕は一生独身だってかまわない……」


 アリシアより他に、誰かを愛せるとは思っていなかった。そんなことは、もうどうでも良くなっていた。男として、人として、幸せを求めようなんて思わなくなっていたのだ。


 今日も僕は、アリシアの写真を見て、アリシアの名前を呼んで、酒を呑んで、またアリシアの名前を呼んで、慰められるように写真を持つ手をミルクに撫でられて、情けない自分に涙しながら、酔いつぶれるように寝た。ダメな、人間だよな、僕は……。


「──」

 

 ……。


「──」


 ミルクが、なにか言ったように思えたが、スライムが喋るなんて聴いたことがない。そもそもそんな知性や感情なんて……持ち合わせていないのだから。


 気のせいだ。


 僕は軽く目を開いて、ミルクの方に目を遣ると……アリシアを模したミルクの眉が垂れている。


 その顔で……。


「そんな切なそうな顔で見ないでくれ」


 僕はそう口にしたが、ミルクはその顔を辞めなかった。


「お願いだ、やめてくれ……頼むから……ミルク」

「……く」


 ──!?


「ミルク!? きみ──」

「みる……く」


「──君が喋った……のか? ミルク?」

「みるく」


 なんてことだ!? 確かに聴こえた。


「ミルク!」

「みるく」


 口も動かしている。つまりミルクは何らかの方法で発声しているのだろう。


「そうだ。君の名前はミルクだ」

「なま……え?」


「うんうん!」


 僕はミルクを指差して言う。


「君の名前、ミルク」


 次に自分を指差して言う。


「僕の名前、アンリ」

「あんり?」


「そうだ。僕の名前はアンリ」

「あんり!」


 ミルクを褒めてやろうと、そっと指で撫でてやると、ミルクはその指を捕まえて、僕の名を呼ぶ。


「アンリ……」

「そうだよ、アリシア」


 ──違う。アリシアじゃない。じゃないけど──。


「──その顔で名前を呼ばれると……複雑だな? ……え? あれ?」

「アンリ?」


 涙がこぼれ落ちた。次から次に涙が溢れてくる。


 あぁ、だめだ……。


 これは、止まらないや……。


「うっ……うわあぁぁ……ああぁぁ」


 その夜、僕は声を出して泣いてしまった。










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小さな恋のおはなし かごのぼっち @dark-unknown

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