転生トラック、少年を轢く その2

「いいなあ、お兄ちゃんの頭」

「知ってるか、これオールバックって言うんだよ」

「違うぜ、おれが言ってるのは頭の中身について」


 職場での素晴らしい思い出、タバコ、酒、女の尻。これのどこにケンはいいなと言ったのだろうか。ユウにはわからないことがたくさんある。


「ケンは馬鹿だなあ。お兄ちゃんはろくなこと考えてねえよ?」

「眼鏡じゃん。眼鏡は頭がいいんだぜ」


 眼鏡は賢さの象徴だと思っているらしい。老眼鏡のどこがいいのか。生前スマホ老眼だったユウは息を漏らした。ケンにとっては魅力的らしい愛用していた老眼鏡は指紋がべったりと付いている。


「あ、お兄ちゃん。あいつだよ。なんかこう、どよんとしてるやつ」


 資料を撒き散らしながらケンは少年を指差す。仕事前に提示された写真と同じ顔の少年は、高校生だった。


「オーケイ、オーケイ。お兄ちゃんに任せてくれよな」

「さすがお兄ちゃん!」

「捕まってろよ」


 思いきりアクセルを踏む。癖で左寄りだ。少年を轢いた。少年と同じ学校の制服を着た少女が空を見上げて笑っている。その笑顔は数秒後に消えた。そのまま走り去る。少女の悲鳴がBGMだ。胸の大きい少女を拝めてユウは機嫌がいい。ユウの口笛に合わせてケンが合いの手を入れる。いえい、いえい。へい、へい。風を切るトラックはやがて実体を消した。二人は仕事を完璧に完遂した。ユウとケンは、模範的なサラリーマンだ。


「てなわけで、これが報告書その一ね」

「ありがとう。お疲れ様。何もなかったかしら?どうもしてない?怪我とか……」


 猫派の女上司が二人をねぎらう。心配そうにユウの顔を覗き込む。ぽっちゃりとしているが美人だ。ユウの趣味ではなかった。しかし、信頼できる相手だ。


「ハハ、大丈夫でーす」とユウが笑う。

「腹減った!」とケンが手を挙げる。死んでいるのだから、腹が減るわけないのに。

「お父さん、ユウとケンが帰ってきたわよ」

「んー、そうかー」


 ケイコの父親、ユウたちから見て社長が新聞を読んでいる。社長はユウの老眼仲間だ。二人に視線をちらりと寄越すと、手を振った。いつも適当な人物だ。開襟シャツはよれよれ。ケンが大きく手を振りかえす。なんだか楽しそうだ。


「ケイコさんも大変ですねえ」

「最近ようやく慣れてきたわ」


 ケイコと呼ばれた女上司は上品に微笑む。同時に何か面白い記事でもあったのか、豪快に社長が唾を飛ばして笑った。この二人は全くと言っていいほど似ていない。


「ケン、ごめんなさいね。もう少しお仕事してくれる?」


 自分より背の高いケンを見上げてケイコはお願いする。ケンは大きく首を縦に振った。


「ケイコお姉ちゃんの頼みならしゃあねえな!」

小さな会社の奥にある扉を開ける。がたの来ている扉は悲鳴をあげる。明らかに外観と見合っていない広い応接室が現れた。轢いたばかりの少年が佇んでいた。

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