転生トラック、少年を轢く その6


 突然のことに思考が止まる少年。にやにや笑う大人。興味を示す子供。何も見えないいじめっ子たち。彼らは何も知らない。善良な高校生に見える。少年の手が震える。そしてユウを指差した。


「あなたは、悪魔ですか」


 返答はない。しばらくして、震える少年の唇を見たユウが考える仕草をした。


「悪魔かもしれないねー。君にはどう見えてる?羽根とかあったらかっこいいとおもうんだけど」


 人間の形をしている。少年の目に映るのは紛れもない人間だ。だが、どこか人間とは違う。今はもう無い脳がそう告げている気がした。警鐘。


「なあ、悪口言ったか?悪口、だめなんだぜ」


 肩を掴まれる。強く爪が食い込む。痛みはない。なぜ痛みはないのか。考えようとしたとき、やめた方がいいと警鐘が鳴った。


「やめなさいケン。怒るよ」


 ケンが手を離す。どうせ痛くないのに、と不満そうだ。


「で、どうするの?突き落とさないの?」

「僕は……」


 目の前にいるのは、少年が憎いと思った相手。あるはずのない心臓が鳴る。そんな感覚が少年を包む。悪魔の囁きが聞こえる。君が殺したところで、なんの差し支えもないよ。俺らがなんとかするから。ユウが何か液体を少年の手にかける。液体は浸透していって、そして悲鳴が上がった。少年はいじめっ子の一人の肩に手をかけた。触れられる。風を感じる。それも、手だけ。純粋そうな高校生たちは、後退りするように柵に向かって逃げていく。ちょうどいい。手に込める力を強めた。


「……ふうん」


 ユウとケンは空を見ていた。綺麗とは言えない曇天。


「やめたんだ、殺すの」

「やめました。あいつらなんか驚いてたし。もう願いはありません」


 少年は清々しい顔をしていた。ユウは笑っていた。


「なんで笑ってるんですか」

「何が答えか、とか無いけどさ」


 ユウは少年の頭を撫でる。ケンは自分も撫でて欲しそうにユウに頭を押し付けている。


「俺は花丸あげちゃうかも」

 悔いはないようだった。

「はーい。ケイコさん、これ報告書その二ね」


 少年の行動は全て文章に起こされた。それらはひどく無機質で淡々と綴られている。文に癖がある。異様にしかしという単語が使用されている。ですます調。明朝体。見出しは角ばったゴシック体。


「あの子、今何してんの?」

「元気に勇者してるわよ。大丈夫、ちゃんと仲間もいる」

「人ってやっちゃったことある?」

「人を殺したかってことかしら?盗賊退治や悪い王族への謀反が格好よかったって女神様が言っていたけれど」


 その言葉を聞いたユウは少年への興味を失った。転生したら皆会社に関わった記憶を消される。願いも、願いのその先も忘れてしまう。ユウは少年のあどけない良心が好きだったのに。


「ふええ、社長、これ全部報告書書くんですか?無理ですゆ!」

「アズが可哀想だとは思わないのですかクソ社長」


 女の子たちが社長に文句を言う声が聞こえてきた。変な語尾の舌足らずな声と、ハスキーボイス。詰め寄られて社長が焦っている。ドーナツで気を引く作戦に出た。失敗している。


「アズお姉ちゃんと、ユカリお姉ちゃん!」

「うええん、ケン君助けてほしいんだゆ!アズには無理だゆ!」

「私も同感です。アズに難しい仕事は無理だと思いますわ」


 ピンクのワンピースを着たアズがケンに泣きつく。スーツの似合うユカリが社長に詰め寄っていた。片手にはスタンガン。


「やめてくれ、それ痛いんだよ死んでるのに。仕事しろ。なんならユウに話聞いてもらえ」


 視線でSOSを送られたユウはふいっとそっぽを向いた。


「お兄ちゃん!話聞いてあげようぜ!」


 アズの期待とユカリのスタンガン、そしてケンの笑顔にユウは勝つことができなかった。座るように促すと、アズが嬉しそうにサイドテールを揺らした。

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