転生トラック、少年を轢く その5
「鬼ごっこか。速いな!おれびっくりした!」
パーカー姿の大きな少年が目の前に立っていることに気がつき、少年は言葉を発しようとした。静寂が訪れた。自分は言葉さえも忘れたのかと思ったが、単なる驚きによるものだった。吐きたかった。吐けなかった。吐き出すものは言葉くらいしかなかった。
「少年、びっくりした?」
「そんなわけがない僕が死ぬなんておかしいしありえないよまだなにもしてない明日はテストだけど勉強してないなそうだ金もないからまた殴られるどうしよう」
しゃがんで頭を抱える少年の隣にユウは座った。背中を撫でてやる。おれも、と言ったケンをユウは遮った。
「ねえどうしよう、また学校でいじめられる」
「……うん、そうだね。怖い?」
「怖いよ。当然でしょ」
少年はユウを見た。それに寄り添う大人。首を傾げたあと周りを見渡す子供。その姿は、誰の目にも映らない。
「じゃあ、今日は帰ろう!」
寄り添う大人が見せた顔は明るかった。
「おじさん、明日はどうするの?」
「もう休んじゃおうか。あと、俺はおじさんじゃないんだよなー。お兄ちゃんだよ」
何か言葉を吐き出す直前、少年の理性が何かに気がついた。言葉を飲み込んで、うなずく。口元は笑っている。少年は明日学校を休むことを決めた。状況を冷静に見たらなんとも意味のわからない光景である。学校なんてあるはずないのに。なぜなら死んでしまったのだから。
「なあ、よくわかんないけど、何言ってんだ?」
ケンは何も理解していない。死んでるのに。と言いたげだ。
「……薄情者、だな」
「お兄ちゃん?」
「なんでもねーよ、それより帰ろうな」
ケンは大きな声で返事をした。あまりにも元気で場にそぐわない。子供と大人の間のはずの年齢。背の高い体はスキップを始めた。
「お、起きたか」
いつのまにか眠っていた少年は埃臭い場所で目を覚ました。汚いでしょ、うちの会社。ユウがそう少年に言ったことでやっとここがオフィスであるということを少年は理解した。乱雑にダンボールが置かれている。ありきたりなデスクは似たようなのをテレビで見たことがあった。
「僕、死んだんですよね」
ユウは何も言わなかった。困ったように笑っていた。しばらく二人が黙っていると、少年は何者かに後ろから抱きつかれた。ケンだった。
「そうだぜ!それより、腹減ってないか?」
「減ってないです。死んでるから」
ユウが静かに聞いた。「もう、向き合えるか?」少年は目を見てうなずいた。
「じゃあ、願いを見つけに行こうか」
「ああ、そうでしたね。……みんな、僕が死んで忙しいかな」
困り眉になったユウの顔を不思議そうに少年は見た。
「落ち着いてると思うよ。もう一ヶ月くらい経ってるから」
動けなくなった少年を二人は引きずるようにして運んだ。少年は陰鬱とした頭で考えた。光る廊下。そうだ、願いはこれにしよう。
「おじさん、僕願いを決めました」
「お兄ちゃんでーす。減点な。それで?何にしたの?」
「いじめてきたやつらに復讐したいです」と言えば、軽い笑い声が返事をした。
「いいじゃん」
学校は少年がいなくても動いていた。当たり前だ。いじめっ子も変わっていなかった。
「じゃーん、意識操作できる魔導書」
「本なんですね。古風だ」
覚悟を決めている少年はどこか意識が遠いところにあるようだった。
「こういうのって神様からもらうんだけどさ。これ、使い切りだから大変なのよー。個数に限りがあるから理由いちいち書かなきゃいけなくて。しかも使えるかどうかは社長の気まぐれ。ま、嘘ついて持ってきたけど」
ユウと少年はお互い笑った。乾ききった笑いだった。ケンが暇そうにパーカーの紐を結んではほどいてを繰り返している。
「これでいじめっ子君たちを屋上に行かせまーす」
言葉が足りていないので意図が少年に伝わっていなかった。少年は不思議そうにしている。休み時間、いじめっ子たちは思い立ったかのように屋上へ侵入した。漫画ではないのだから、本当は入ってはいけない場所だ。
「ねえおじ……お兄さん、これからどうするの?」
「ああ」
にやにやとユウが笑う。不気味だった。
「突き落としてもらいます」
いじめっ子たちは景色を見ている。笑い声。
「……は?」
「こいつら。突き落として。今すぐ」
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