転生トラック、少年を轢く その4

 ライトノベルによくあるそれは、ある女神の依頼だった。趣味が悪い女神で、使いの天使は飼い主に似たフェネックだったのをユウは覚えている。最悪だ。みたいな顔をされて、ユウは笑った。根暗なんて言われていい思いをする人はいない。生者も死者も同じだ。どちらも同じ感情を持ち合わせているのだから。


「もう早く転生させてください」

「待って、サービスがまだだから」


 ケンに匂いを嗅がれている少年。つまらなさそうに聞く。「サービスってなんですか」


「なんと!大体のお願いを叶えてあげるシステムでーす」

「サービスじゃなかったっけお兄ちゃん」

「どっちでもいいんだよ、その辺察せる大人になってくれや」


 細かいことを気にしていたら人生つまらない、と豪語するユウ。少年は難問を前にしたかのようだった。


「で、少年。願いはなんだ」

「ありません」


 ケンが音量調整の壊れた声でなんでだよー、と叫ぶものだから少年が耳を塞いだ。


「じゃあ探しに行こうぜ」

「お兄ちゃん賛成―」


 少年の抵抗は無駄だった。そういえば自分の抵抗は人生において全て無駄だったな、と少年は自身の人生を思い返した。一夜漬けのテストも、いじめっ子も。二人に引きずられるようにして移動させられながら人生を反芻している間、不思議なものを見た。暖色に光る廊下だった。それが現世につながる道だと気がついたのは、少年の家に着いた時だった。一般的な一軒家。なんの変哲もない。キッチンというより台所、と言う方が適している場所に出た。


「はい、君が生きてた世界でーす」

「そうですね」

「家だ!少年の家だー!おれ、こいつが誰か知らねーけど!」


 走り回ろうとするケンの首につながるリードを引っ張る。ユウを不満そうにケンは見た。部屋からは女性が出てきた。ユウが少年の家族構成を確認する。少年の妹のようだ。


「うわ、あの、僕がいたらびっくりするんじゃ……」


 慌てる少年に、好感度があがった。ユウは耳をほじる。


「君は死んでる、俺も死んでる。だから見えないよ」


 ユウの言葉を証明するように妹は三人には目もくれずしゃがみ込んだ。少年が妹に手を伸ばす。貫通した。触れられない。お触り禁止、とユウが口角を上げる。妹は涙ぐんでいた。やがて鼻をすすると、わんわん泣き出した。


「なんで泣くんだ?」

「ケンは馬鹿だなあ。人ってのは大抵知人や家族が死ぬと泣くんだよ。はいここ、テストに出まーす」


 ケンが心配そうに妹を見る。その実に人間らしいケンの姿を見るたびに、ユウはこいつは本当に人間だったのだろうかなんて考える。人間らしく泣いたところを見たことがない。痛がる様子も見たことがないし、感動する涙、というのも見たことがない。死んでいるのだから当然だが、後者は見てもおかしくないとユウは思っていた。死者だって、涙が出なくとも泣くことはある。自然に溢れ出す涙というのを彼は知らないのだろう。頬を伝う感動を、寂しさを、悲しみを、彼は知らないのだろう。感情豊かなティーンエイジャーの皮を被った薄情者。薄情者というのはユウとお揃いだ。


「ご両親、健在だよね。なんかないの?お金大量に遺したいとかさあ」

「保険金があるでしょ」


 少年は歩き出した。家に未練は無いようである。薄情者なのは少年もなのかもしれない。ユウは親近感を覚えた。


「少年よ、君はご両親が嫌いなの?クソだった?」

「失礼。両親や妹はたまにうざいこともあったけど好きです。大事に育てられました。クソではありません」

「おれもおかあさんとかおとうさんとか好きだった気がする!」


 突然の背後からの大声に、少年が驚く。尻もちをつく。体はないのに、しっかりと痛みは主張してくる。不思議な感覚に少年は戸惑った。幻肢痛とはこういうことを言うのだろうかとか考えた。死んだばかりの少年は、まだ痛みを持っていた。ユウに聞くと、たまにあることらしい。死にきれない人間というものがたまにあって、だんだんと死んでいくのだと。


「気がするってなんですか」

「覚えてねーもん」

「お兄ちゃんたち、死んでから就職したりとか色々あったからさ。忘れちゃったのよ。もうあの世の住人認定されてるのかなー?」


 じっとりとした恐怖。スーツ姿の現代人と、パーカーを着た大柄な子供。人間に見える。だが、人間の定義がわからなくなるほどに彼らの存在は曖昧だった。少年が目線を逸らせば、目に入ってくるのは彼の遺影。笑っているのか困っているのか絶妙な顔をしている。気に入っている写真があったのだが、それは使われなかったようだ。


「あ……」

「おー。イケメンに写ってんね。俺より下だけどさ」


 少年は気がつけば家を出ていた。走った。疲れない。腹も減らない。喉も渇かない。尿意も無い。空気が感じられない。風が感じられない。呆然とした。口が塞がらなかった。空気を吸おうとしたが、吸えなかった。空気を吸うという生命活動における重要な動作ができない。忘れている。いや、忘れているだけなのか、それとも。

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