転生トラック、少年を轢く その3
「へえ、少年はこういう高そうな部屋がお好みですか。俺もこういうの好き」
ユウがふかふかのカーペットに足をおろす。柔らかい。この部屋は、ユウたちが殺した人間が死後訪れる場所。神が作った特別な場所。訪れる人物によって内装は変わる。今回の少年は、たいそう豪華な部屋が好みのようだ。
「どこですか、ここ」
少年がユウを怪訝そうに見る。
「おっと失礼!こちら名刺になりまーす」
ユウが差し出した名刺を少年は素直に受け取る。特に考えていないのだろうな、とユウは思った。それを受け取ったが最後、地獄に落ちるなんてこともあり得るのに。無論、そんなことはない。
「……株式……?会社?転生トラック……?」
「はい、注意力散漫―。読む力ないね、君。若い子って本読まないの?」
大きなカバンを持って動き回るケンの首についている首輪のリードを掴んで引き留めながらユウはにやにや笑う。首輪はケンの生前の持ち物らしい。犬っぽくてユウは気に入っていた。
「正しくは有限会社、ね」
名刺にはしっかり有限会社と印刷されている。
「だからなんですか」
「死んだってのに君、すごく落ち着いてるねー。すごいすごい」
少年の瞳孔が泳いだ。黒目が大きくなった。
「死んだんですか、僕」
「そうです!理不尽にもね」
理不尽。社長の口癖だ。少年は体を確認している。まるで生きているようだ。轢かれたというのに血まみれではない。怪我はあるようだが、ユウがトラックを走らせる前からあったもののようだ。
「ちなみに、君を殺したのはこのイケメンサラリーマンなお兄ちゃん、俺でーす。かわいそうに。どうせならかわいい女の子がよかったよね」
「ここ、天国ですか」
「天国でも地獄でもないぜ!会社だぜ!」
会話に首を突っ込んだのはケンだった。少年に噛みつきそうな勢いだ。
「転生トラック?っていうくらいなんだから転生させてくれるんでしょ。早く転生させてくださいよ」
「察しがいいな、少年」
ユウは指を鳴らす仕草をする。音は鳴らなかった。ケンがおろおろしたあと、カバンからチラシを取り出した。「遅い、練習したのに。かっこよく決まんないじゃん」ユウが不満そうな顔をする。「お兄ちゃんだって鳴らなかったじゃん」とケンが反論する。
「理不尽にぶちのめされたそこのあなたへのとっておきのサービス?」
少年が大きな字で書かれたキャッチコピーを読み上げる。社長が思いつきで作ったものだった。チラシなんかがあった方が会社っぽくてテンションが上がるとかなんとか言っていた。
「資料カモン!」
皮膚と皮膚が擦れて滑稽な音を小さく鳴らした。一拍遅れてやってきたパンフレットが開かれる音の方が大きかった。
「お兄ちゃんたち、神様女神様のために異世界転生?ってやつのお手伝いしてるわけよ」
「ラノベで見たことあります」
ああ、と苦笑しながらユウがこりのひどい肩に手を当てる。
「なんか長いタイトルのやつでしょー?お兄ちゃん知らないけど、生きてた頃に話を聞いたことが何度もある」
少年は信用できない人を見る目をした。ユウが「でも面白そうだった」とフォローを入れると、少年の目は嘘つきを見る目に変わった。
「君は今回、女神様に指名されて異世界に転生することになりました!なんか現世でも流行ってんでしょー?異世界モノってこっちでも流行ってんのよ。だから誠に残念ですが、君は殺されちゃいました、ってわけ。神様にエンタメ消費されるなんて可哀想だね」
ま、元気出していこうぜ。ユウが少年の背中を叩く。
「まさか、僕が異世界転生するって言うんですか」
「そーいうこと。君は……なんだっけ?ケン、資料くれ、早く」
指は鳴らさない。ケンがカバンをひっくり返す。カーペットに紙が散らばる。それを踏むたびに紙が音を立てる。少年にとってそれは耳障りだった。
「あったあった。君はねー。根暗が勇者になるストーリーって言う仕事だね。うん、ぴったりだ」
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