ついきゅう

壱原 一

 

特に下地はなかったけれど、新入生歓迎会で仲良くなった子につられて、学内の劇団に加わりました。


故郷を離れた進学先で、望み通りにのびのびと、しかし緩やかな寄る辺を求め、講義やゼミやバイトの他に、どこかしらへ所属しておこうと安易に企図した結果でした。


役者は柄じゃないので、人手の足りない大道具係へ打診されるままに収まって、それなりに楽しくやっていました。


思いも寄りませんでしたが、その地は演劇が盛んだそうで、地元出身の団員なぞは、ほぼ全員、高校時代からの経験者でした。


演劇に限らず、こと、芸術の表現というのは、果てがなく、底知れず、究めれば究めるほど、そぎ落とされ、研ぎ澄まされ、弛みなく張り詰めてゆくようです。


取り分け団長は、共に地元の名士を親に持つ幼馴染み同士だと言う、映画研究会の会長と懇意で、揃って情熱が激しく、志が高く、学生のお遊びとは言わせじとばかりの、真の芸術の表現を追い求めているようでした。


両名のそうした姿勢の最たる表れとして、団長と会長は、自分達の卒業の記念に、劇団と映画研究会合同で、自主製作映画をつくろうと発起しました。


*


脚本は団長と会長の共同執筆で、オカルトサスペンスホラーでした。幾らか前に発生して、未だ犯人が見付かっていない、地元の殺人事件から着想したとのことでした。


心霊スポットへ肝試しに行った男女数名のグループが、学校やバイト先やアパートで立て続けに刺殺された事件です。


脚本では、彼らの心霊スポット訪問は、グループのリーダー格が刺し殺した交際相手の遺体を遺棄する為の建前でした。


彼らを立て続けに刺し殺したのは、リーダー格に刺し殺され、人知れず土中へ遺棄された、交際相手の怨霊であるという筋書でした。


撮影は、当時の実際の心霊スポットで、実際の学校やバイト先やアパートで、実際の名前の読みで計画されました。


配慮に欠けるのではないかと懸念を表明した団員がいましたが、団長と会長は強く否定しました。


これは遊びでも、おふざけでもない。全員が一丸となって、ある切り口から精彩に事件を捉え表現する、真剣な芸術活動だと諭しました。


懸念を表明した団員や、同調した団員達が、辞退しようと試みたものの、団長や会長が出資して、参加者に謝礼を出す手筈を整えると、懸念を表明した団員以外は留まって、撮影が始められました。


機材も大道具も小道具も、団長や会長が出資して、車種や衣装や内装など、細やかな指定が入りました。


髪型や声色や癖など、細やかな指定が入って、それらの精緻なことと言ったら、まるで、当時かれらは本当に、そのような車に乗り、そのような風体で、そのように言動しながら、おぞましい罪に手を染め、むごたらしい破滅へ向かって行ったのではと。


そんな、正体のない、けれど何度ふりはらっても次には付き纏われている風な、心地の悪い説得力を濛々もうもうと醸し出し、撮影に取り組む面々を、常ならぬ緊張と警戒の中へ追い立ててゆくようでした。


*


撮影の序盤を過ぎる頃には、団長と会長の主張通り、全員が一丸となって、真剣に事件を表現していました。


男女数名のグループが、深夜、車で心霊スポットへ行き、硬直した面持ちで、言葉少なに、赤黒いシーツで包まれたリーダー格の交際相手の事切れた体を土中へ埋めるシーンでは、撮影後、掘り出された交際相手役の役者が、役に入り込み過ぎたのか、興奮して怒り、泣いて、男女数名のグループ役の役者達をなじりました。


詰られた男女数名のグループ役の役者達は、傍らで騒ぎ立てる、忌まわしく、疎ましいものを、さも煩わしげに、僅か一片でも見聞きするのはお断りだと言いたげに、交際相手役の役者から目を逸らし、頑と無視していました。


以降、撮影期間中、役者仲間達から無視され続けた交際相手役の役者は、まさしく真に迫る憤懣と憎悪を以て、男女数名のグループ役の役者達を刺し殺してゆく怨霊を怪演しました。


脚本では、致命傷を一刺しのところ、高々と肩肘を引き絞り、強弓の如く解き放って、一面が赤く染まり、爛々と両目だけが映えるほど、繰り返し血糊を飛び散らせました。


吐き捨てるように刺々しく哄笑し、途方に暮れたように長々と奇声を揺るがせ、交際相手や友人達への慕わしさ、裏切りへの怨みと嘆き、遣る瀬無さ、そうした混沌とした情念を、陽炎と成して立ち昇らせんばかりの生々しさで、表現していました。


団長と会長は、度を超えた暴力表現が、安いスプラッタめいていると渋りましたが、他の参加者達は、凄まじい演技に大感心し、撮影は盛況に終わりました。


役者達は憑き物が落ちたように、互いの役への没頭をからかい、照れて笑い合い、都合のつく参加者たち全員が集まって、豪勢な打ち上げを楽しんだ後、最初に懸念を表明して、参加を辞退した団員が、団長を刺して捕まりました。


*


脚本には、事件と一線を画する重要な違いがありました。


団員は、その違いが許せなかったそうです。


脚本を横取りされた上、意図して施した匿名加工を大幅に取り除かれた挙げ句、最も刺し殺されるべきリーダー格が、重傷を負いながらもただ一人生き残り、罪を背負う悲愴感に浸って生きてゆく結末が許せなかったそうです。


団員と団長は交際しており、将来を約束しており、お腹に家族を授かっていたそうです。


約束したから授かったのに、報告すると喜ばず、幼馴染みの会長と一緒に、十分に出資するからと、とても受け入れられない打診を、強く、執拗に、諭してきたそうです。


団員は、演劇の盛んな地で、演劇を続けたくて、故郷を離れて進学してきた遠方勢でした。


地元の殺人事件など、全然しりませんでしたが、失意と懊悩の極まったこの頃に、ふと着想し、細かな指定まですらすら書けたことを、息を吸うくらい自然に受け入れていたそうです。


新入生歓迎会から、4年も一緒に過ごしてきたのに、ちっとも気付けませんでした。


悔しさのあまり、ごめんと声を詰まらせると、情けなくて話したくなくて、隠してたのはこっちだからと、その子は憑き物が落ちたように、つかれたように笑いました。


今も親子と親交があります。


*


映画はあらゆるデータごと、全て会長が持ち去って、会長は、きっと賞を取ると言い、今もなお編集しているそうです。


無論、撮影時、細やかな指定に沿って、埋める為の穴を掘っても、何か掘り当てはしませんでしたし、捜査時も、脚本の内容は、特に追求されませんでした。


男女数名のグループが、立て続けに刺殺された事件の犯人は、見付からないままになっています。



終.

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ついきゅう 壱原 一 @Hajime1HARA

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