第25話 事案解決。



庄司には、まだあと一つ仕事が残っている。

カールギブソンに、サッカーを辞めてもらい、32歳にしてセカンドキャリアを歩いてもらうことだ。


無礼の限りを尽くした上に、このような事をベテランのサッカープレイヤーになんて説明したらいいのか、考えあぐねていた。


しかし、カール・ギブソンから返ってきた返事は意外なものだった。


「丁度よかった。実は先ほど、監督に引退を申し出たところだったんだ。

 これからは国で家族と過ごす時間をたくさんとりたい」


そう言って、快く承諾してくれた。


うまくいきすぎている。

全てのことが思うようにいかなかったこの数日間が、利子をつけて帰ってきたみたいだ。


……これで、よかったのだろうか?


庄司の元に、アレックスがやってきた。


「今夜の件、ワシは茶番じゃとは思わん。おまん等は日本を救った。……ただし、アメリカ人に救われたとも言えるのう」


「ああ。俺は本当に何もやってないよ……。正直、引退したいのは俺の方だ」


「そうはいかね。おまん等には新たな解決せなあかん事案が山ほど残っとるんじゃ」


「胃が痛いね……。それにしても、さっきのカール・ギブソン選手?流暢な日本語だったな」


庄司がそう言うと、アレックスは一瞬何を言われたのかわからないと言った形相を見せた。


「日本語? 英語じゃったぞ」


「はあ?」


「よく俺を探し当てたな人間」


庄司は眉間に皺を寄せ、アレックスを睨んだ。


「今……なんて?」


「おん?じゃから、カールギブソンが喋っとったのは英語……」


すると、雷でも落ちたのか辺りが一瞬発光し、一瞬だけ雨が止まったと思ったら、サッカー場を青白い光がつつみ、

芝生を青白く染め上げ、庄司は今、自分たちは光の中にいる事を自覚した。


雨の音が再び響き、視界は先ほどの深夜のサッカー場に戻っていた。


「なんじゃ……今のは……」


「庄司さん! ここにいたんすか! 課長が記念写真撮ろうって言ってます!」


呆気に取られている庄司とアレックスの元に、小峰が走ってきた。


「庄司さん協調性のなさダントツっすよね……もう……こっちの身にもなってほしいっす早く帰りてえのに……」


「キヨジ……お前今なんて?」


「早く帰りたいって言ってるんすよ」


「いや……気のせいかな? ダントツのトツって言うのはな……英語なんだ。」


「…… ……は?」


「キヨジ……『断然トップ』って、言ってみ?」


「だんぜんトップ…… ………あ!!!  ……俺みんなに知らせてくるっす!!!」



小峰は元気に、走り去っていった。

「Oh please, say to me You'll let me be your man……」

遠くで、小峰の歌声が聴こえる。


庄司の心中はこれでめでたし めでたしとはいかなかった。むしろ、全ての価値観を一晩にしてひっくり返されたようだ。

体は疲れて全身が痛い。今夜は眠れそうにない。



庄司の家の玄関と、彼のデスクにはこの日の悔しい顔を隠さずに写した集合写真が飾ってある。記念ではない。戒めだ。

この悔しさを忘れないことと、なるべく不条理を不条理と考えないようにするためだ。


不条理と常識の線引きなんてこの世に存在しない。それは人間が勝手に決めた事だ。

例えば……

ワサビを初めて食べた人間はどう思った?毒だとは思わなかったのだろうか。

地軸が23°、4傾いてると初めて知った人間はどう思った?自分の意見に疑問を持たなかったのだろうか?

いずれにせよ、どちらも今では常識なのだ。



数日後、米国の大統領回復の報がアレックスから届いた。

彼自身も無事、本国に戻ることを許されたそうだ。「伝染生埼玉脳梗塞」は解決済みとして、発表は見送る方針であることを告げられた。

里崎少年、並びに草加商業高校野球部の生徒達も症状が突然完治したということで復学を果たした。

実地試験の後日、庄司と榊が里崎の家に挨拶に行った時にはすでに元気そうだった。

「卒業したら部下になってくれよ」と冗談半分に庄司が言うと、「大変そうなのでやめておきます」と返ってきた。


余談だが、アンソニー・ルークスが事案に巻き込まれた経緯は、21時にスカイツリーラインを寝過ごした里崎とアンソニー氏が押上駅で遭遇したからであるという事が、この時本人の言によって発覚した。

Omnisも、『寝過ごした里崎』までは追えていなかったと言うことだ。ピィ事案と現代のスーパーコンピューターとでは相性が悪いという証明だ。湊の用いるomnisのアップデートが検討されている。


ピィ事案対策課は元院によって本格的に立ち上げらた。まずは予算と人員を大幅に増やすようだ。

当面の任務は、「外務次官服装事件」になるだろう。

そうでなくても、どうせこれからピィ事案は増えていくことになるのだ。なぜなら・・・

鳩が人間を怖がらなくなってどのくらい経つ?今ではそれは自然の摂理だとしても、『その瞬間』は確実に存在したはずなのだ。


自分が扱う事件は、事故でも事件でもない。ただのピィ事案だ。

それでも自分は警官だ。市民の安全、安心、財産を守らないといけない。


庄司のデスクに、小峰が駆け込んできた。悪いニュースを運んできたのであろう。


「庄司さん、元院さんが『課長室にくるように』とのことっす」


「おう」


課長室の前に葛原、湊、小峰と四人。

庄司は息を吸い込んで、課長室のドアを開けた。

課長室には元院と榊が立っており、デスクの上には『(重要)ピィ事案』 というファイルが置いてある。


……ところで、元院は自らの頭髪を完全に剃っており、スキンヘッドとなった頭皮にどういう意味があるのかバーコードのタトゥーをいれている。

デスクの上には、「ON AIR」と書いてあるパネルが赤々と点灯している。

元院の周囲には、手術中の外科医の格好をした男たちが手の甲をこちら側に向けた例のポーズをとって元院を囲んでいる。



庄司は、その全てに動じずに元院に敬礼した。

そして言葉を、発した。


「板金屋、参上しました。」            





『カール・ギブソンがシュートを止めると、日本は国際社会から一歩遠のく。』 了。


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