第24話「カール・ギブソンがシュートを止めると、日本は国際社会から一歩遠のく。」17
かくして、事案解明のための一夜限りの試合が行われた。
ルールは前半のハーフタイムだけ。
あとは通常のJ リーグのサッカーのルールに基本的には準ずるが、この試合で怪我を負った場合は球団側ではなく日本政府が治療費を負担することになる。
しかしそれが万が一選手生命に関わる致命的な故障である場合、日本政府は責任の取りようがないので、スライディングは禁止とされた。
この試合においてはイエローカードは存在せず、ファールは即刻退場となることが予め選手に告げられた。
もう心身ともに疲弊している選手を奮い立たせるため、この試合に勝利したチーム一人一人、ただし退場を言い渡された選手を除いて、『ピィ事案解明のための協力金』という名目で金一封、100万円が手渡されることを政府が約束した。
11:15分、コイントスが行われ、キックオフとなった。
庄司は今までに2、3度、サッカーの試合を観戦したことがあるが、こんなに胃の痛い試合は初めてだった。
どちらを応援したらいいのかもわからない。ただ、カールギブソンがシュートをキャッチすることを祈るだけ。
選手たちも戸惑いながらプレイしているため、こんなんで事案を再現できるのか怪しかった。
大雨の深夜、強制的に行われた、奴隷たちによるサッカーだ。
しかしそれはもう一方から見れば、日本の未来がかかっている一戦でもある。
両方の気持ちを理解できるため、庄司はなんだか、逃げ出したくなった。
最初のチャンスは意外にも早く開始10分に発生した。
川崎ブルーイーグルの選手が撃ったシュートに、カールギブソンが本日3回目となるスーパーキャッチを見せたのだ。
庄司は思わず声を上げた。
「録音班!!! どうだ!!!!」
しかし録音班は右往左往している。
庄司と榊が録音班の元に走っていった。
「どうした?」
榊が録音班の一人に声をかける。
「機材トラブルみたいです。ケーブルが雨でショートして……」
庄司は声を荒げた
「馬鹿野郎!! この試合開くためにどれだけ無茶苦茶なことしてると思ってんだ! 真面目にやれ!!!」
「……復旧にはどれくらい?」
平静を装っている榊も声のトーンが落ちていた。
「10分……あー、12分あれば。」
「僕も手伝う。なんとか5分で終わらせろ。」
復旧作業中も、選手たちは試合を続けていた。
ピィ事案対策課の刑事たちも、ケーブル等の機材交換に立ち会った。
選手も、刑事も、スタッフも、機材も皆、疲弊しきっていた。そこに大粒の雨が叩きつける。
作業復旧には結局15分を費やした。
「音、拾えますか?」
録音班チーフが無線機でPAのスタッフに話しかける。
ピピ……と無線機が反応し、PAから返事が帰ってきた。
「波形動いてます。大丈夫みたいです」
庄司たち刑事は、その場に座り込んだ。庄司は時計をみた。11時40分。
試合終了まで5分をきっていた。
葛原はウトウトし始めていた。湊はすでに屋内に退避していた。
榊だけ、立って試合を見届けていた。いつもの猫背は無くなっていた。
庄司は、試合をぼんやり眺めながら、「脚気」という病気のことを考えていた。
それは300年前、白米を主食としていた国で流行っていた病気だ。
当時は原因はわからず、四肢が痺れて死んでいく人間が理由もわからず増え、江戸わずらいなどと呼ばれて恐れられていたこともあったが、その原因は、
当時概念すらなかった「ビタミン」の不足によるものだったという。
それをomnisも無い時代に解明した医者がいたのだ。
俺たちは、その医者になり損なったな……。
庄司は濡れた地面を眺めた。
ふと、選手たちの声が響いて目をやると、カールギブソンがボールをキャッチしていた。
隣で榊がPAに向けて走りながら叫んだ。
「どうだ!?」
すると・・・PAルームのスタッフが、窓越しに、両腕で大きく「丸」を描いた。
里崎少年のマイクから、モースキートーンを感知したことを表している。
スタッフと、警察官たちは声をそろえて勝利の雄叫びをあげている。
呆気に取られ、呆然とその様を庄司が見ていると、榊が戻ってきて声をかけた。
「日本初の事案解明だ。おめでとう。庄司」
……おめでたいものか。自分は何もしてない。
何もできなかった。
そして、これが現実だ。これが新たな自然の摂理なのだ。
たまらず庄司は立ち上がり、人目のつかないところに移動し、悔しくて泣いた。
「俺には……『風』を探し当てる仕事をしてほしい……だって……?
カールギブソンが……シュートを止めると……日本は国際社会から一歩遠のく……だって……?
わかるか!!! そんなもん!!!!!!」
庄司は宙に、中指を立てた。
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