六の中 集結、反秦連合軍



 数々の豪傑たちを味方に引き入れ、范増はんぞうという頭脳も得た。

 彼らとともに本格的に動き出すにあたって、気になるのは各地の情勢の変化である。


 特に、まっさきに蜂起した陳渉ちんしょうの軍がどうなっているかは、最大の関心事だった。(第四回参照 https://kakuyomu.jp/works/16818093086063998484/episodes/16818093086802184421


 そこで、調査のために人を派遣したのだが。

 その結果もたらされた報告は、予想だにしないものだった……



   *



 はじめのうち、陳渉ちんしょうは兵を率いてちんの国を攻め取り、順調に勢力を拡大していたという。


 すると、こんなことを吹き込むやからが現れた。

陳渉ちんしょう将軍、いまこそちん王の位におつきなさい。天下の大事業をなすために、王位は必要ですぞ」


 しかし、張耳ちょうじ陳余ちんよという二人の大将がこれをいさめた。


「いけません。陳渉ちんしょう将軍、あなたは今まで命がけで働いて、天下のために暴悪を取りのぞこうとしてきたではありませんか。

 それなのに、ちんの国を取ったとたん王位についたら、民衆は『ああ、やはり私利私欲で動く男だったのだ』と、あなたを見限るでしょう。

 今はただ、すみやかに兵を率いて西に進出し、滅びた六国の後継者を擁立ようりつして、しんの敵を増やしなさいませ。

 敵が多くなれば、しんは勢力を分散させざるを得ない。陳渉ちんしょう将軍がそのすきを突いたならば、王業は自然と成し遂げられるでしょう」


 だが陳渉ちんしょうは、この理路整然とした諌言かんげんに耳を貸さなかった。

 ついにみずから王位につき、ちん王を名乗なのって軍を動かしはじめた。


 これに対して、しんの二世皇帝は、名将章邯しょうかんを大将とし、司馬しばきん董翳とうえいを副将として、急いで陳渉ちんしょうの討伐に向かわせた。


 この一戦に、陳渉ちんしょうは敗れた。


 そして、ほうほうのていで逃げる途中、自分の手下の荘賈そうこという者に裏切られ、あっけなく殺されてしまったのである。



   *



 項梁こうりょう愕然がくぜんとした。

「なんたることだ!

 わしは諸侯を糾合きゅうごうし、皆で陳渉ちんしょうを助け、力を合わせてしんを討とうと思っていたのに、頼みの綱の陳渉ちんしょうがこうもあっさりと滅びてしまうとは……

 こうなったからには、もう軽々しく軍を進めることはできんな……」


 だが范増はんぞうは、落ち着き払って薄く笑うのみだった。

「心配ご無用。陳渉ちんしょうなぞは利をむさぼ小人しょうじんだ。ともに天下の大事を論ずるに値せぬ。

 陳渉ちんしょうが滅びたのは、六国の王族を立てようとせず、自分自身が王位について富貴を享受きょうじゅすることばかり考えて、遠大な計画を持たなかったからです。


 一方、項梁こうりょう将軍が義兵を起こしなさったときには、四方の民がやってきて服従した。これはなぜか?

 『項梁こうりょう将軍は代々の大将であるから、きっと王の子孫を取り立てて主君とし、しんの無道をちゅうしてくれるだろう』と人々が期待しているのですよ。


 ゆえに、我らの取るべき道は一つ。早期に王の子孫を探して主君とし、人々の望みに従うことだ。


 さすれば天下はみな喜んで、『項将軍は自分のためにやっているのではない。の後継者を立ててしんを滅ぼし、六国のあだを討つためにやっているのだ』と讃える。人々は喜んで服従し、諸侯は先を争ってあなたの傘下に加わりましょうぞ。

 こういうやり方こそ、天下の大義というものよ」


 項梁こうりょうは、この意見に大きくうなずいた。

 そして范増はんぞうたっとんで軍師とし、四方へ人を送って王の子孫を探させた。



   *



 しかし、捜索は困難を極めた。

 国がしんの始皇帝に滅ぼされた後、王の子孫は徹底的に殺し尽くされ、もはや手掛かりらしきものさえ残されていなかったのだ。


 アテもなく探索に向かった者たちは、みな何の成果もないまま帰還し、その旨を報告するばかり。

 いらだった項梁こうりょう鍾離眜しょうりまいを呼び、

「もっと詳しく探すのだ」

 と重ねて命じた。


 鍾離眜しょうりまいは考えた。

国はすでに滅ぼされたのだ。たまたま生き残っている子孫がいたとしても、城や街の中には住んでいないだろう。農民や野人やじんに姿を変え、本名も隠して、僻地へきちでひそやかに暮らしているに違いない」


 そこで、山林などの民家を、しらみつぶしに探し歩くことにした。

 虚しく国中を巡り巡って、しばらく時が経ったある日。

 鍾離眜しょうりまいは、淮水わいすい(現在の淮河わいが)南岸の浦で、妙な場面に出くわした。


 川岸に、羊飼いの子供たちが集まっていたのだが……

 見れば、大勢で一人の少年を追い回し、散々に殴りまくっているではないか。

 殴られている少年は清らかで整った顔立ちをしていて、どこか並の人物ではないように思える。そしてこれほど手ひどく殴り続けられても、じっと耐え忍ぶばかりで、怒る気配さえ見せないのだ。


「いかさま怪しい」

 鍾離眜しょうりまいは子供たちの中に割って入ると、少年をその場から助け出し、安全なところまで連れて行ってやった。

「君、どうしてあんなに殴られていたのだね?」


 少年は答えた。

「彼らはみんな、この土地に父や母がいる子供たちです。僕だけ父親がいなくて、おやしろおさの家で奴隷をしているから、いつも彼らにあなどられるのです。

 それでつい、『お前たちは父母がいるが、みんな農民の子だ。僕は父なしで他人に使われている奴隷だけど、もとは王侯の子孫なんだ!』と言い返したら……やつらを怒らせてしまって」


 鍾離眜しょうりまいが平静を装って言う。

「ほう、王侯の子孫か。祖先の苗字はなんというのだね?」


 少年の目に、サッと警戒の色が浮かんだ。

「僕は幼い頃からここに住んでいるだけだから。王侯の子孫と聞いたことはあるけど、先祖の名前は知りません」


 鍾離眜しょうりまいは、何度も何度も少年を問いつめた。

 すると、少年が急に逃げ出そうとする。

 鍾離眜しょうりまいはその腕をつかみ、小声でささやいた。

「君の顔立ちは、並の人物のものではない。貴相といって、のちのち必ず高貴の位に登る人相なのだ。本当のことを教えてくれ。そうすれば、私が君を君主にしてやる」


 少年はやむを得ず、うちあけた。

「僕は今年で13歳。この土地へ来てもう8年になります。

 以前に老母が言っていました。『お前は懐王かいおうの孫なのよ』と……それで自分が王侯の子孫だと知っていたのです」


 鍾離眜しょうりまいは限りなく喜び、少年を持ち上げて馬に乗せてやった。

 そのままやしろおさの家に行き、ぴしゃりと命じた。

「この子の母親を出せ」


 やしろおさは、わけも分からず、驚き恐れて弁明した。

「わたくしは単なる山村の農夫です。一体なんの国法にそむいた罪を問うておられるのでしょうか? 大人たいじん、どうかお許しくださいませ」


 鍾離眜しょうりまいは言った。

「お前の罪を問うているのではない。とにかく、この子の母を出せばいいのだ」


 やしろおさは震えあがり、少年の老母を良い衣服に着替えさせ、連れてきた。


 鍾離眜しょうりまいは老母に近寄って少年の来歴を尋ねた。

 老母ははじめのうちこそ隠そうとしていたが、再三にわたる問いかけに根負けし、古い肌着を取りだした。

「これをご覧ください」


 鍾離眜しょうりまいがよくよく見てみると、肌着の襟の上に文字が書いてある。

 かすれてひどく読みづらいので、日陰に行ってじっくり見てみると、そこに書かれていたのは……


懐王かいおう嫡孫ちゃくそん米心べいしん

 の太子の夫人えい氏』

 という文言であった。

 さらに、国宝の記録とおぼしき書き付けも添えてある。


「これは間違いない!」

 鍾離眜しょうりまいはすぐさま少年の前にひれ伏し、君臣の礼(君主に臣従する心を示す儀礼)を行った。


 そしてやしろおさとともに、少年を連れて淮水わいすいの西へ帰還した。



(つづく)

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