1-5 言語理解

「味噌汁でも飲みますか?ほら、脂が強いでしょうから」

 寿司屋の板前にそんな事を言われた。千里はしばし考える。

「味噌汁……ですか?」

 その言葉の続きには何が付くだろうか。

 差し当たり、高級な刺し身は本当に旨かった。腹は満たされたところで、次は知的興味を満たしたい。ゆっくりと考え事をする事にした。

「いただけますか?」

 千里はそのように言った。特に味付けについて注文はしていない。任せる、という、ある程度高級な場所での、暗黙の習わしだ。

 味噌汁が出された。そこで千里は改めて考える。

 目の前の男はこう言った。第一に、味噌汁でも飲みますか。そして第二に、脂が強いでしょうから。その二文は続きになっている。意訳すると、魚の脂でやられないように、口直しに味噌汁はどうですか?という気遣いだ。

 しかし、絶対に見逃してはいけない事がある。それは、気遣いで提供される、その味噌汁は、別途で金を取られるということだ。

 千里は、値段を気にせず、かなり適当に食事をしていた。なにしろ散財するのが目的だからだ。しかしこれが、五千円ぽっきり、お札一枚しか持っていない高校生だったらどうだろう。背伸びをした少年なのか、はたまた思春期の遊び、下手をしたらデート。そういう大事な用事でここに来て、万が一、支払いが足りないとなったら?

 子供のやった事なら、店はひょっとして許してくれるかも知れないが、それがもし、いい年をした大人で、それでいながらここのルールが分かっていない者だったらどうだろう。

「ああ、そうか……」

 分からない、というのがどれだけの損害を産みうるか。そうか、そうか、人の事を言えないのだ。自分だって特殊な生い立ちなのだから。何かしらの理由により、今言われた言葉の真意が理解できない者は、間違いなく、いるだろう。

 では、そういう者はどうやって社会を生きているのだろうか。

「お勘定、お願いします」

 千里は寿司屋を後にする。領収書には税が書き加えられていた。

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