0.1 序章

1-1 セットアップ

電子音が流れる。それはイヤホンからピーピーと聞こえるものだった。

 「は」

 少女の父親は、三月が終わろうとするのを見て、感慨深くため息をつく。

 人生の舞台は日本国であった。父親にとって、その運命のなんと煩わしく、仕事の甲斐になったというものか。

 「くそ」

 俺ももう還暦か。そう呟く父親に、白髪は見えない。

 果たしてこれで良かったのだろうかと悔いている。整理が着かないのだ。まだ、自分の中で。

 これは成功と言えた部類なのか、あまりにも不確定すぎる。第一、計画はまだ序章であり、本章を見届ける事は、実質的に不可能なのだ。

 だって、ここから先は彼女の仕事なのだから。

 「ふう」

 父親は、確実に迫っている自分が終わる時を見据えて、あとたった三十年程度の余生で何ができるか考える。

 正直、飽きてしまったのかも知れない。研究する事に。彼はもう、釣りや麻雀に興じていればそれでいいと感じてさえいるのだった。

 父親はレコードのスイッチを入れ、瞑想をする。

 「ふう」

 ため息が止まらない。とても消耗しているようだ。

 「二十八年かかっちまった」

 娘。大事な大事な愛娘。我が子の門出はもうすぐだ。

 「千里せんり千里せんりや」

 娘に挨拶をする。

 「俺はもう行くよ」

 父は、家からゆっくりと遠ざかっていった。

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