1-3 ソシオパス
四月一日から、千里は東京都内で一人暮らしを始めた。はっきり言えば、その生活態度は最悪だった。主に見栄えが悪かった。寝て、起きて、食って、寝る。それの繰り返し。ただし、父から教えられたように、部屋の清潔さには気を使った。掃除をし、換気をし、湿気を取り、キッチンに決して食器は溜めない。幼少の頃より英才教育の一環としてそれを行ってきた千里は、習慣化しているそれらの行為を、完璧と言って差し支えなく、四月の一ヶ月間やってみせた。
そう、決して悪い訳ではないのだ。本人の気分的には悪いものではないし、倫理的におかしい事もしていない。
ただ、なんと説明したものか難しいが、食って寝るだけの生活を一ヶ月繰り返し、半月過ぎた頃から違和感は覚えていた。
体が、思うように動かないのだ。まず睡眠が乱れてきた。朝八時に必ず起きていたはずの千里は、次第に一時間、二時間と遅く起きるようになり、気付いたら、起床するのが午後になっていた。
曰く、人間の体内時計は、本来一日を二十五時間としているらしい。であれば、習慣性に乏しい一人暮らしをしていれば、それは、自ずと。
「きつい」
なるほど、これがうつ病の前兆か。つい先月まで、実家で勉学に励んでいた自分。もう二十八にはなるが、一応大学も出ているのだ。
じゃあ、これからどうする?どう生きる?そう考えた時、父と相談して、千里は社会に出る事にした。もうよかろうと。頃合いだろうと。
千里は、絶対に心が折れない、なんでもできる娘として、計画的に育てられた。現代の日本に於いて、メンタルハックを予め習得しているのは、生きる為には有利に働くだろう。
しかしだからと言って、まだ経験が無い刺激的なシチュエーションや、冒険的な人生について、渡り歩く技術が元々高い訳ではない。
飽くまで下積みを入念に行ったに過ぎず、ゲームのレベルはまだ零か一くらいなのだ。
きつい。自分の感情が素直に出た。何もしない怠惰な生活を延々と送るというもの。千里、素質溢れる千里の道は、まだこれから始まる所。
「履歴書に書く履歴がなくっちゃあ、しょうがないわね」
今から改めて始めよう。二十八年の過去は忘れてもいい。
千里は図書館に行く事にした。その、素質、探し、そして。
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