1-7 知覚推理
「三千、九百、飛んで、三万……」
九十七万円の散財であった。そして、経過した時間はおよそ三か月。今はもう、七月が終わろうとするところであった。
暑い……まるで陽炎、歪む視界は、日常化していた、視力の悪さ。
「やあやあ!お久しぶりだね!千里ちゃん?」
しかし、彼女の事が痛烈に記憶に残っていた。本当に、二十年近くも前になる記憶だ。何故覚えていたか。そこに千里は着目した。
説明するほどの事でもないのだが、それはつまり印象が濃いからであった。二十年経っても存在を忘れていない、近所のお姉さん。今、何をしているのか?
「売れない役者をしているよ」
聞くと、結子は舞台役者をしているらしい。すごいもんだな、と素直に千里は思った。
一緒に付いてもらって、眼鏡を買った。ちゃんと検査をして、ちょっとだけ好みも入れた眼鏡にもしてみて。
「いいじゃないか。似合っているじゃない?」
視界が、晴れた。そして同時に、頭の霧が晴れるような気がした。
よし。
一日、結子とデートのようなものを楽しんだ。そして夕方。
「じゃあね、千里ちゃん。久しぶりに会えて嬉しかったよ。またきっと遊びましょう」
その結子の言葉には、演技っぽさを感じなかった。恐らく本心から言っている。ありがたいことなのはもちろんだが、今日の一日は、またしても千里に対し、強烈な印象を植え付けた。
一挙手一投足の、印象が濃いのだ。この結子という人は。
曰く、体感上の時間の速さは、現在の年齢に反比例するという。早い話、歳を取ると時間の流れが速くなるというやつだ。
しかし一方で、新鮮な経験を繰り返せば、その時間的影響は制御できるとも言われる。
今日、眼鏡を買い、そして結子と会ったのは、とても新鮮な経験だった。
「ありがとう。結子さん」
本当は今すぐにでも何かを起こしたかった。千里は今、動きたい気持ちでいっぱいだった。
でも、まだ駄目だ。まだソースが足りない。冴えた頭がそう諭していた。
千里は翌日、市役所の門を叩く。
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