0.2 顕

2-1 道徳

現世は乱世。究極の個人戦。その片鱗が、ここにも垣間見える。

「あ、う、あ……」

 小柄な女と冷徹な職員。度胸を知らないと、こうなる。

「その、だから、あるじゃないですか、こういう時にお金がもらえるっていう、あの、僕そういうの知らなくて」

 若い男と冷徹な職員。言葉を知らないと、こうなる。

「生活費ったって、そんなねえ!月に十万だか十一万だかで足りる訳ないでしょうが!あんた同じ事できる!?え!?」

 とうに前線を退いたであろう老爺と、それをなだめる優しそうな職員。身の程を知らないと、こうなる。

 生活援護課。場所によって名称が違う事はあるが、要するに、役所の中で生活保護を取り扱う課だ。

 生活保護というのは、受給するに当たり、まず初めに相談という段階を踏む。制度の説明、本人の状況の確認、この者に生活保護が必要か、ざっくりと確認を取り、そして日を改めて、必要があるのなら申請、という、そういう形式になっている。

 それをただ眺める千里。申請とかそういう事をしたい訳でもないのにここに来た千里。モラルが無いと、こうなる。

 まあ、しかし、それにしても。

「すみません」

 職員に声をかけてみる。

「私は、特に受給の意思は無いのですが」

 千里は厄介にもそんな前置きをして。

「制度について知りたいので、説明をいただけませんか?」

 そう問いかける千里に、職員は答えた。

「大丈夫ですよ、こちらへどうぞ」

 職員のその答えを聞き、千里は何も考えずに。

「……えっ?」

 感情的な反応を見せてしまった。まさか受容されると思わなかった。

 違和感。初めての感覚だ。これはなんだ。掴めない。分からない。しかし不思議と不快ではなかった。

 丁のいい比較対象は無いものか。この役所の雰囲気はどこか不思議だ。なんというか、なんというか……

 居心地が、いい……?

「あ」

 千里は思い出した。小さい頃の記憶。父の職場に行ったのだった。

 東京の、総合病院だった。その中にある精神科。そこの空気と、今いる場所はどことなく似ている。

 何故だろう?

 本来、というと変かも知れないが、通常の感覚で考えれば、病院というのはそこまで快適、少なくとも楽しい場所ではなさそうだが。

 千里は、わけもわからぬ心地好い空気に流され、生活援護課の別室に通された。

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