第5話 時は流れていく

 その後プリテイキャストは有馬記念に出走するも、後年のジャパンカップで「日の丸特攻隊」と呼ばれるようになる逃げ馬サクラシンゲキの前にスタートで後手を踏み逃がしてもらえず、今度こそ逃げ対策を徹底したホウヨウボーイ以下に完膚無きまで叩きのめされて大差の最下位入線となり、ようやく引退と相成った。通算成績は41戦8勝(天皇賞(秋)、ダイヤモンドステークス含む)。鮮やかすぎた大逃げが最後の最後で仇となったものの、それでも天皇賞での快勝がものを言い他のライバルたちを抑えて同年の最優秀古馬牝馬に選出されている。

 繁殖牝馬としては三冠馬ナリタブライアンの同期で、母譲りの逃げ足を菊花賞で披露したスティールキャストを出した程度に留まり、エアグルーヴの天皇賞(秋)制覇を見届けることなく1995年に没した。

 生産者の吉田牧場は競馬界の好不況の波に揉まれながら令和まで存続していたが、コロナ禍真っ只中の2020年に不幸な火災によって多大な損害を被ったため廃業が決まり、余生を送っていたスティールキャストも2022年に亡くなっている。



 プリテイキャストの天皇賞(秋)制覇の全容はここまで書いてきた通り、100%実力の結果と言い難いのは事実であった。現にレース後、敗北したカツラノハイセイコの河内騎手とホウヨウボーイの加藤騎手は二人とも騎乗ミスであったことを認めるような発言を残しており、もっと早く気づけていればこんな結果にはなっていなかったというのは周目の一致するところである。だからこそ直後の有馬記念では出走馬が全員一致で潰しに行き逆襲を果たせたわけであり、あの大逃げがいかに苦い教訓であったかを物語っていた。



 だが人や馬が移り変わり時代が流れていけば苦い教訓の記憶も薄れていき、そこに油断が生まれ大逃げの衝撃は幾度となく繰り返されていく。



 後の大逃げのケースでプリテイキャストのパターンに合致するのはツインターボのオールカマーか、クィーンスプマンテのエリザベス女王杯であろうか。常に不安がつきまとい不安定な逃げ馬であったツインターボやクィーンスプマンテ(彼女にはレース時テイエムプリキュアという相方がいたが)を本命の動向に意識がそがれ、誰も追いかけることなく放置した結果道中で致命的なリードを許してしまい、最後には足が止まりかけていたにも関わらず彼ら彼女らは見事逃げ切ったのだ。往時を知るオールドファンにはそこにプリテイキャストの姿が重なって見えていたかもしれない。



 プリテイキャストの勝利は当てにならない馬と見くびられるほどに失敗を繰り返し、それでもなお諦めることなく前へ前へと進み続けた末にようやくたどり着いた悟りの境地といってもよいであろうか。どんなに負けても諦めることなく勝つための努力を惜しまず進め、天佑神助の助けをも手中にしたとき、遂に得難い一勝をもぎ取ったのだ。一発屋と呼ばれようが何だろうが、勝ちは勝ちであり記憶からは次第に薄れていっても記録には残り続ける。

 プリテイキャストの天皇賞(秋)以降、日本で芝3000m超のGI級レースを牝馬が勝利したことはない。だが、諦めなければいつか再び春の天皇賞や菊花賞を勝つ牝馬が現れるかもしれないのだ。近年のメロディーレーンの例を引くまでもなく、時代は流れ、変わり、いつか同じようなめぐり合わせとなる日が訪れる可能性もゼロではない。



 最後まで諦めず、全力を尽くして戦えるのならば。



 1980年秋に咲いた大逃げの華も今は昔。しかし筆者は死ぬまでその名前を忘れないつもりでいる。プリテイキャストという美しき華を。


(了)

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それは積み重ねられた「必然」〜伝説の逃げ〜 緋那真意 @firry

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