蛇足:「無沙汰で結構」

 眩い光が溢れ、反射し、湖にてらてらと反射した。そんな光でさえリーギュの心を癒してくれる。そう彼女は実感している。

 何故なら己の周りの建物は全て、崩落してしまっているのだから。


 リオノアとテタンが庁国へ出立した日の朝。リーギュ・ランドゼロはその身を屈み込ませ、三角座りを決め込んでいた。

 己の周りは焼け野原。たった今躯械を五十体強、潰した所だ。これしきの事なら軍部に任せても良いと、思ったのであるが。


 やはりは、育成せねばならない。


「アンタ一人で無理するんじゃぁないよ。アタシが着いたらいつでも『こう』だ。躯械はみんな、潰れちまってる。これじゃあ仕事もできないさね」


「む。カルメ様」


 リーギュがちらりと振り向く。

 視線の先にはあちらこちらを検分し回り、目敏く鉄をえっさほいさと摘む老婆の姿があった。背には藁で編まれた籠。

 北島で見られる、茶農家のような恰好だ。


「…………何をしているのだ」


「見りゃ分かる。部品の回収さね」


「何故に?」


「リーギュアンタねえ。頭がある馬鹿を舐めちゃダメだろぉ! これは庁国おとなり兵器モンなんだから技術的価値がもうたんまりたんまり! 

 ここで収穫しなきゃ、いつ収穫するってんだい!!」


「そうか。働け」


「えぇ!!?」


 リーギュは理解を諦め端的にそう言った。元からそういう「細かい」ことはカルメの領分である。それが公国の利益になるのであればして頂く所存だが、今の彼女はどうも純粋な欲のために動いているように見えた。


「いやアタシの趣味じゃないよ!? 前も言ったけどこれはアタシのが落ちないようにするためで!! ウチの技術部に行くからね!?」


「…………そうだったか?」


 カルメが手に負えないとばかりに背負った籠を降ろし、中身をリーギュに見せる。そこにあったのは、たぶん珍しそうな部品。どれも光沢を放ち、宝石のように眩いでいる。


「アンタは脳筋だから覚えちゃいねえだろうが、馬鹿息子クルシウスが惚気散らかしてるせいで国内は滅茶苦茶さ。権力目当ての輩だってわんさか居やがる。

 ――『透誠シンセル』を示さなきゃいけねえ。アタシゃ働かないけねえのさ!」


「申し訳無い。…………私も鉄拾い、手伝いましょう」


「アンタは全部粉にするでしょーが!!」


 リーギュが伸ばそうとする手をカルメが引っ叩いた。思考が遅れて手に追いつく。

 確かに鉄を拾うならまだしも、精密部品を拾うともなればリーギュの掌はあまりに危険すぎる。

 以前カルメに言われたことを少し思い出した。曰く、私は巨大なだと。

 物理的にも、精神的にも。私は全てに対する抑止力として働いているらしい。それには納得する。恐らく私を畏れ、怖れていない者など、この国に存在しないだろう。


 脳裏に浮かぶのは、ある少女の顔。


「ほらリーギュ! ボケッとしてんじゃないよ! アンタは休んでな!!」


「矛盾している気がするのだが…………」


 カルメが手のトングを振りまわし、目にもとまらぬ手捌きで残りの金属を籠に放り入れた。六十を越えた者の動きには見えない。洗練された所作は部品に傷すらつけず、一つ残らず籠に収まった。


 そういえば、と浮かぶ別の事。


「ポワッソは?」


「ポワッソなら第三関所で警務の任に当たらされてるよ……そう言っても、ついさっきのことだがね。何やら不審者がどうとか――――――」


「そうか…………」


 カルメの言葉を左から右に聞き流し、今度はポワッソについて思いを馳せた。

 ポワッソは、だ。リーギュの元相棒――『赫面』の代わりを果たしてくれている。

 目を離せばすぐサボっていた彼女とは違って、献身的すぎるぐらい働いてくれる。カルメから『赫面』の功績について教えられたからであろう。

 リーギュが表で、光を一身に受けていた花とすれば、彼女は陰で開く葉だ。そっと暗中で蠢き、気付いた時には任を果たしている葉。

 彼女には所謂、裏事業――暗殺などの仕事を任せていた。


 ポワッソはその点においては彼女に一歩劣るが、埋め合わせるように私たちの雑務を手伝ってくれている。例えは悪いが、痒い所に手が届くといった所だ。


「貴族連盟は結局アンタの失墜を目論んで動いてるし。他国、特に王衆聖帝れんごうなんて以ての外。皆アンタにカマかけようとしてる中、ポワッソはよく働いてくれて――――


 …………お、こりゃ聞いてないな!! いーんだ!! お姉さんの話なんて聞かなくても生きていけるからね!!」


「休めと言ったのはカルメ様でしょう?」


「そうだけども!!」


 そこでカルメの腰辺りから軽快な音が鳴る。軍部は必ず備えている特殊無線だ。予め組まれた律術網ロアネットから交信し、着信元と通話することができるらしい。

「らしい」というのは聞いた話だからであって、リーギュは塵ほども分かっていない。賦律の保存は難しいというのが個人的な所感だ。こんな感覚派リーギュが発言すれば技術部より冷ややかに見られるのは、火を見るよりも明らかだが。


「チ、貴族共がまたピーピー騒いでやがるらしい。たかが家の一つ二つで……アタシは本国に戻るとするよ。どうせ馬鹿息子クルシウスの監視もしなきゃなンねえ」


「――――カルメ様こそ、どうか、お体を大事に」


「ハッ、心配する暇あったら始末報告しな!」


 カルメが風のように去っていく。流石公主の母ということもあり、直ぐに騎仙馬グリューガと幾らかの護衛が駆け付けた。彼らはリーギュに一礼したのち、カルメと共に傍の湖へ。

 騎仙馬グリューガというのは今や湖街以外では見られない、神話上の生物だ。水上を歩行し、如何なる環境においても走り続ける至高の駿馬。カルメを背に乗せた騎仙馬は湖面を渡り、遠い彼方に消えていった。

 ちなみにリーギュでも一応乗れる。といっても儀礼的なことに限られ、その駿馬さえも怯え切っているという有様だが。


 …………そう考えると、尚あの少女――テタンのことが忘れられない。大の字に寝そべるリーギュ。鮮烈な青の外套が少し汚れた。


 テタンは全く怯えなかった。リーギュという存在を認知した上で、リーギュと真っ向から鍔を合わせた。

 正直驚いたものだ。通念として生物というのは「己の死」を怖れるように設計されているはずだ。躯械も例外ではない。


 湖街にて絶対なるリーギュを気にせず、我を通そうとする心意気。利己心などではない、ある種の狂気とも言えるものをまざまざと見せつけられた気分だ。

 それも嫌な所を突いてくるような形で。


ヒトを傷つけない、か…………」


 勿論リーギュだって、傷つけたくて傷つけている訳では無い。悔やみ、自分の不出来に涙を流したことだって少なくない。

 ――――しかし諦めていないかと問われれば、容易に頷けない。半ばこの「爆弾」について、諦めているのかもしれない。


 リーギュの行為は多種多様な湖街民も承知している。皆、命が最優先される条理に合点がいっているのだ。

 彼らはリーギュを信頼し……結局、畏れている。間違っていない。それが正しい民衆の態度。化物に対する適切な距離の取り方なのだろう。


 そこまで考えた時、ある一つの結論に至った。否、ようやく理解した、というべきか。

 そんなものが正しく、普通であるのならば――――なるほど、「普通」などクソッたれだ。


「ふ」


 つくづく面白い躯械だ。私相手に一歩も引かず、鍔競り合う距離にまで近づくとは。

 正直に向き合ういくさは良い。何度も討ち合うことで互いに互いを理解する。心が通う。


 テタンは私を対等な相手として見ていた。色眼鏡なしに、純粋に捉えられることの、如何にかけがえのないことか。


 自分に成し得ないその純粋な思考に、憧れてしまったのかもしれない。

 諦めるには、まだ早いと。


「信頼しておるのだ――――落魄おちぶれて、くれるなよ」


 我ながら何と卑怯か。しかし、テタンには確かな光が見えたのだ。それこそ宝石のような輝きが。

 彼女の賦律は一節しか理解することしかできなかった。

極律C l l u d i a」。その意味は――――



「『不完全』。


 ――――『非道』は気づいているのだろうか?」



 リーギュがくつくつと笑った。あの二人は本当に愉快で奇妙な関係だ。互いに想いを拗らせすぎている。互いに腹を割れば、話も早いだろうに。特に『非道』。


 浴びる日光。ぽかぽかとした心地を全身で堪能している内に、何もかもどうでもよくなってくる。

 軍人として、そして『粛星』として国と民に貢献することは大事だ。幾ら彼らとリーギュの間に隔たりがあろうとも、職務は全うしなければならない。

 英雄には当然の責務が、伝説には只ならぬ希望が付き物だ。少なくともリーギュは考えている。

 しかしそれでも直、疲れた。少しだけだ。次の任務が来るまではこうして快く、休務に充てよう――――。



『リーギュ様!!? すみません今どこっすか!? 本当に、本当に申し訳ないんすけど助けてほしいっす!!!』



 腰帯より響く通信音。ポワッソのものだ。


 …………世界は思ったより自分を求めているらしい。

 ならば己としては、それに応えるまで。


『どうした? 何があった?』


『わわっ!! ――――不審者――車――突っ込んで――頭おかしいっす!!!』


 途切れ途切れに聞こえるポワッソの声。律術網ロアネットの、機器の不具合かと過ったが、そんなことは無かった。彼が話している間にも耳朶を打つ風切り音と破裂音。

 然もしなくとも、銃の発砲音だ。


『どうしましょう!!? 狙撃銃を街に持ち込めないことにキレてるっす!! ちょっと――――これ以上は――きつい――――!!』


『分かった。第三関所だな? せいぜい踏ん張っておけ』


 足に力を籠めるリーギュ。ばねのように起き上がる。

 ポワッソのことは分かっているつもりだ。此れしきで死ぬぐらいなら今頃私の部隊に入っていない。

 周囲が少しざわついた。さしずめ私の監視を仰せられた、軍部の者だろう。

 味気ない現実には少し飽きた。綺麗ごとだけでこの世は生き抜けないと、そう諦めるぐらいなら――――せいぜい抗ってやる。


 星は正義の名の下に。然るべきモノにのみその身を墜とす。

 その正義は彼女自身なのだから。遠慮など在りようもない。


 リーギュの両足が衝撃波を生み、崩落地区を渦巻く砂嵐。自由気ままに英雄は、空の彼方に飛び立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

隔日 21:00 予定は変更される可能性があります

狩に染まれば生機械海 独り湯 @Shiroyagi4681

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ