第6話 宇宙海賊カグヤ!?

つづきだよ


「ではの智恵殿。『いってらっしゃい』!」

 二人をあの光が包み、ほどなく二人は意識を失い、ソファーに仲良くもたれかけた。…ちらりと見えたが、月詠さまは少し涙目になって、その姿を見届けていた。 


 それから十分程すると、すみっこだけ意識を取り戻して、月詠さまの元へとトテトテと軽い足取りで戻り、片膝をついて控え、報告をし始めた。

「お師さま。咲夜、只今任務から戻りました」

「うん、ご苦労。して首尾は?」

「はい、万事抜かりなく。すべて上手くいきました。何分ともえさんが優秀でしたので、こちらは特に何もすることもなく手持ち無沙汰となるほどでした。でしたので、空いた時間に少々、父君の勤め先の業務改革と無能な上役共も『ついで』にかたずけ、月の方もきれいさっぱり掃除して参りました。また此度の件につきまして後ほど天上神様よりお言葉を賜るとのこと。これらはすべて報告書を作成して後日提出いたします。勝手を致しまして申し訳ありません」

 月詠さまに業務報告するすみっこはなんだか黒い顔をしている。そして、その報告を聞く月詠さまも、

「おやおや、それはそれは。地の民に干渉するのはあれ程控えろと申したのにしょうのない咲夜。しかしまあ、済んでしまった事は致し方無き事。次からは気を付けるのですよ」

黒い顔をしてうなずいていた、二人ともニヤリと黒い笑みを浮かべながら。こ、これが、政治のヤミってやつなのか、こえー。


「ふう、では一旦ここで休憩にするかの。優花殿もそちらにお掛けなさい。咲夜、皆に茶を」

「御意」

「あ、じゃあオレも」

 月詠さまの言葉に調理場へと下がるすみっこにオレもついて行く。しかしやはりまだ足元がおぼつかずふらふらする。

「仁さん、良いのですよ?まだ体が思うように動かないのでしょう?ともえさんとそふぁあでゆるりとなさいな」

「何言ってんだ。ここはオレの店で、お前はバイトだ。神様に変なお茶が出せるか」

「…ふふっ、もちろんですの。お師さまにはわたしのこの店での修行の成果をお見せする絶好の機会ですの。なので、仁さんが隠しているこの秘蔵の茶葉も惜しみなく使う所存ですの!」

「あ!お、お前っ、それ!…いや、まあ、そうだよな。よし!許可する、存分に使え!ただし、キチンと入れろよ?」

「ですの!」

 すみっこはいつもの調子でにこやかに答えた。月詠さまにお茶を入れられる事が本当に嬉しくて仕方ないのだろう。


「じゃあ、ぼくも手伝うよ、にいさん」

 よく聞きなれた声に思わず振り向くとそこには、

「?どうかしたの?にいさん。ぼく変な事言ったかな?でもお茶を入れるのが一番うまいのはこの中だとぼくだよね?」

ミニスカメイド服がよく似合う、オレの実の弟が不思議そうに立っていた。

「それにしても不思議だよね。すみさんってあんなに料理が上手なのに、お茶を入れるのだけヘタだなんて」

「…で、ですの」

 …立っていた、立っている、足もしっかりあるし、銃で撃たれた痕もどこにもない。

「~~~!!!」

「ちょ、ちょっと、に、にいさん、どうしたのさ。い、痛い。そ、それに、は、恥ずかしいよ。そういうのは後でゆっくりとみんながいなくなって、すみさんも寝静まってから…」

「あらまあ。それでしたらわたしは今晩は早々に寝ることとしますね、お二人仲良くごゆるりと」

 オレは気が付いたら涙を流しながら、夢中でレイを抱きしめていた。

 ちゃんと実体がある、やっぱり本物だ!本物のレイが今ちゃんと目の前にいて、腕の中で何やらもじもじもごもごといつものよく分からないことをつぶやいている。本物なんだ!こんなに嬉しいことはない!

「どうやら先程の三人組が上手くやったようですの。これなら、ケンゴさんも問題ないでしょう」

 すみっこは少し涙ぐみながらそう教えてくれた。そうか、あいつ等上手く過去をやり直せたんだな。

 三人組が上手く過去をやり直したお陰で『レイが銃で撃たれて死ぬ』という事象そのものがなくなったんだ。

 この分なら、チエちゃんのお姉さんも漬物石の老夫婦も、ひょっとしたらこれまで三人組の被害を受けていたすべての人の運命も変わっているのかも。月詠さま…す、すごい、凄すぎる!

「どうです、仁さん、凄いでしょう?お師さまの御力は!どやぁー、ですの!」

「ああ、ああっ!すごいな、月詠さまは!お、オレ、月詠さまを生涯信仰するよ。月詠さまを祀るのは神棚でいいのかな?お供えは何がいいんだ?あ、そうか、本人がいるんだ、本人に聞けばいいよな、お礼もキチンと申し上げないと!レイ!お前も来い!一緒にお礼を申し上げに行くんだ!」

「こ、今度は手を!そ、そんな。今日のにいさんはなんだかとても積極的…、あ、い、痛い、痛いよにいさん、もっとやさしく…」

「だ、だめですの、仁さん。まだ、お師さまへのお茶を入れてませんの!こちらの方が最優先事項ですのー!」


 レイがみんなのいる奥の部屋へお茶を運び入れると、ユウちゃんは今度こそ気を失いそうになった。まあ目の前で頭を撃ち抜かれて死んだ人間がひょっこり調理場から出て来たらそうなるよな。

 みんなで席に着き、レイとすみっこが入れた渾身のお茶を飲んだ月詠さまは、ご褒美にとすみっこの頭を撫でまわしてゴロゴロ言わせた、とても満足の一杯だったようだ。

 ほっと一息ついたところで月詠さまがぽつぽつと話始めた。

「…さて、どこから話せばよいのやら。やはりまずは智恵殿の事からかの」


「呼んだ?つくよみちゃん」

 その声に皆が一斉に声の方へ向き直る。

 そこには先程までソファーにもたれかけ意識を失っていたチエちゃんがニコニコと笑顔を振りまき立っていた。

「ふふっ、やっと会えた。『ただいま』つくよみちゃん、久しぶりさくやちゃん。あっ、でももうわたしも子供じゃないからキチンと月詠さま、咲夜さんってお呼びした方がよろしいですよね、申し訳ありませんでした」

 ぺこりと頭を下げてそう言うチエちゃんに月詠さまはすごい勢いで駆け寄ると、ギュッと抱きしめた。見ると目には涙をいっぱい溢れさせていた。

「何を言う。そなたがその様な物言いをするなどと…そんなことを言うならばワタクシはもう二度とそなたと話をしません、許しませんよ。これまで通りになさい」

「…うん、ありがとう、つくよみちゃん」

 そう言うと、月詠さまに突然抱きしめられ少し驚いた様子だったチエちゃんだったが、嬉しそうにこちらも涙を滲ませてギュッと抱きしめ返した。

 まるで生き別れた家族が無事に再会できたような、そんな一場面だ。不覚にもオレもウルっとしてしまった。

 この様子をすみっこはぽかーんとして見ている、なんでだ?大事なお師さまの感動的なシーンだろ?ま、まさか、また嫉妬しているのか?それにしては…

 月詠さまはひとしきりチエちゃんを抱きしめ頭を撫でまわして満足したところで、ハッと我に返りチエちゃんをゆさゆさと揺さぶりながら質問攻めにする。

「そ、そなた、本当に智恵殿なのか?千恵美…疑似人格ではなく?思念体でもなく?ほ、本物の?」

 そんな信じられないモノを見たような表情の月詠さまにチエちゃんはクスリと笑うと、

「うん、わたしはちー…じゃなかった、智恵。じんにーとれーちゃんのかわいい従兄妹の八犬智恵だよ、真田千恵美じゃなくてね。でも全部覚えてる。お父さんとお母さんとわたしを長い時間をかけて助けてくれたこと。全部つくよみちゃんとさくやちゃんのおかげだってことも。改めてつくよみちゃん、さくやちゃん、お父さんとお母さんとわたしを助けてくれて本当にありがとう!ずっと、ずーっと直接お礼がいいたかったんだ、本当に、本当にありがとう!」

たくさんの涙を流しながら、満面の笑みでそう答えた。

 しかし感謝を受け取ったはずの月詠さまはなにやら微妙な表情でいぶかしむ。

「い、いやしかし…そんな…時間の補修力の影響を受けないはずは…はっ、さ、咲夜、もしやその方!このような事をしてワタクシが喜ぶとでも!…い、いえ確かに喜びましたが…地の民には干渉しすぎてはならぬとあれ程!ましてや『特異点化』を施すなどと!いくらそなたといえども許されませんよ!」

 うれしい表情から一片、怒りの形相になった月詠さまはすみっこを厳しく叱りつける。

「そ、そんな、お師さま、ご、誤解です。さ、咲夜はともえさんに何もしておりません。天上神様にも誓います!それにこの咲夜、お師さまの命と教えに背いたことは、お師さまにお仕えしてよりこの千二百年、一度たりともございません」

 すみっこは何やらあらぬ疑いをかけられたのか、真っ青な顔をして首をぶんぶんとふり、潔白を信じてもらおうと必死だ。

「…ふむ、それもそうですね。そもそも咲夜は『特異点化』が使用出来ませんでした、すまぬ咲夜、許してたも。…しかし、それでは一体。智恵殿、すまぬが少し探らせてもらえるかの」

「はい、どうぞ」

 チエ…ともちゃんは月詠さまが何をしようとしているのか理解しているようで、静かに目をつむりこうべを少し下げた。

 月詠さまはともちゃんの頭にそっと静かに手を乗せると今度は驚愕の表情となる。

「な、なんと。じ、自力で?誰にも教わらずに己の才覚のみで、とな!ワタクシの巫女の中で最も優秀なこの咲夜でさえ、指導者を付け神具を用いて軽く百年は修行して得たものを、地の民の人の身でありながら十年足らずで成し遂げるなどと!しかも神具の補助も無く、ましてや神聖力の乏しい地上でなどと…智恵殿は天才か!天才だ!流石ワタクシの智恵殿!さすともっ!」

「そ、そんな…わたしが過去で見た限りではその様な片りんなど何も…ですのにわたしはそんなともえさんに向かってなんと上から目線な物言いを…は、恥ずかしい!クレーターがあったら埋もれてしまいたい!」

 狂喜乱舞しともちゃんを抱きかかえクルクル廻る月詠さまとは対照的に、すみっこは膝から崩れ落ちかなりのショックを受けていた。

 ともちゃんはゆっくり目を開けるとこれまたゆっくり首を振ると、にこりと月詠さまとすみっこを交互に見つめる。

「ううん、違うよ、つくよみちゃん。やり方はさくやちゃんが別れ際に教えてくれたの。わたしはそれを毎月欠かさずやっただけだよ」

「なに?咲夜に?ほう、どれどれどのような…うん?…これはワタクシのホットラインに直接通信する方法か?待て待てそんな高度な術をこんな幼子に…と、いうことは…あっ!ワタクシの回線に智恵殿からと思しき非通知からのものすごい数の不在着信と伝言メッセージがたんまり残ってパンクしかけておる!」

 月詠さまはなおもともちゃんの記憶を辿り、真相を明らかにしていく。


 しかし、十年前の出来事のスキャンを一瞬でこなすなんて流石だ。オレには残念ながらまだ当分出来そうにない、そりゃそうか、オレの師匠に当たるすみっこでさえ百年は修行したってんだからな、当然と言えば当然、か。それをともちゃんは十年で独学で宝珠なしでって、そりゃあ月詠さまがあれ程興奮するのも分かるな。

「お師さまに直接通信、ですか?…この咲夜でさえまだ認証取得段階までいっていないのに、何故そのような…あっ、もしかして!」

「そう、咲夜が智恵殿との別れ際に言い残した『満月の夜にワタクシに祈りを捧げよ』というやつじゃな。まさに『子ウサギの一念、ニンジンで岩を斬る』じゃ!しかしそれだけでは…」

 …なにその物騒なことわざ。


 するとそれまで嬉しそうにしていたともちゃんがちょっと寂しそうな顔をした。

「そうなの。さくやちゃんがつくよみちゃんとお話しする方法を教えてくれたの。だからわたし毎月満月の夜に欠かさずお祈りしたの、満月に向かって。でもいつも返事がなかった…毎回返事が無かったのはちょっと寂しくて辛かったケド、諦めずにずっと繰り返したの。だって、キチンと直接お礼が言いたかったから…」

 そこまで言うとともちゃんはグスグスと泣き出してしまった。

 そんなともちゃんをつくよみちゃんはまたギュッと優しく包み込むように抱きしめてあげた。

「それはつらかったのう、すまなんだ…その頃のワタクシはまだ智恵殿と出会っておらぬ。故に智恵殿のことを承認しておらん、つまり非通知なのじゃ。非通知は毎日山ほど届くでの、すべて受け取らぬことにしておる、それ故返事が出来なんだ、許せよ」

「え?あ、ああっそうか!過去を改変しちゃったからわたしとつくよみちゃんが出会うことがなくなったからかぁ!それならさくやちゃんに頼んで仲介してもらって承認してもらえばよかったのかな?」

「ふむふむ。ということは智恵殿が『半特異点化』したのはワタクシのせいなのですね、咲夜、改めて詫びる、疑ってすまぬ、そもそもそなたを疑うなどと、どうかしておった、これこのとおり」

「あ、頭をお上げください。お師さまの疑いは当然のこと。わたしが浅慮だっただけなのです。ともえさん可愛さについ余計な事を教えてしまいこの様な事態になってしまいました。ですからお叱りはごもっとも。この咲夜を何なりと処分してくださいませ」

 月詠さまはすみっこに頭を下げて謝ったが、謝られた方も真っ青な表情で許しを請う。

「いや、今回の一件は元をただせばワタクシの情勢に皆を巻き込んだことによるもの。その流れで智恵殿が半特異点化したのであれば、致し方なし…ふむ、ならばいっそ」

 月詠さまはともちゃんの頭に再び手を乗せると、ともちゃんを暖かな光が包み込み、やがてともちゃんに吸い込まれる様にすぅっと消えていった。

「これで智恵殿はきちんとした特異点となった。そしてこれは特別にご褒美。ほれ、どうじゃ?」

 月詠さまは少し目を閉じ、なにやら集中している様子だ。するとともちゃんが

「あっ、聞こえる、聞こえるよ、つくよみちゃん。すごーい」

目をキラキラと輝かせて月詠さまに抱き着いた。どうやら頭の中で直接会話ができるようだ、すげー。ともちゃん、もう電話いらないじゃん。あっ、でもこれって月詠さま専用回線ってことなのかな。

「特異点の者は元々、許可を与えればワタクシと直接交信することができるのです。その認証をしたまで。どうです?仁殿もこの際認証しようかの?」

「あっ、じゃあ是非…!?い、いえ、やめておきます、また今度…」

「そうかの?まあ気が向いたらいつでもしてやろう。その時は智恵殿にお願いするといい」

「は、はい、その時は是非よろしくお願いします」

 月詠さまはなにやら上機嫌でオレにも直接交信する資格をくださろうとした。

 もちろんオレはとても嬉しかったし、すごく欲しかった…

 ただしそれは視界の端でオレ達を羨み、ガルルと低く唸るすみっこさえいなければ、だ。

 もしあのまま月詠さまと直接会話ができる権利を得ていた場合、オレはすみっこに後ろから刺されていたかもしれない…いや大げさではなく、ホントにやりそうな雰囲気だったんだって。


「では改めて智恵殿の身に何が起きたのか、話をしようかの」

 もう一度お茶を入れ直して皆改めて一息ついたところで、月詠さまはぽつぽつと話を始めた。

「実は智恵殿は二度不幸にあっておる。一度目は先程までの話で分かる通り、父君の過労による居眠り運転より両親を失ったこと。そして、二度目は…」

 なんとも月詠さまにしては歯切れが悪い中、すみっこがずいっと月詠さまの前に立ち、かばうように続きを話し始めた。

「二度目は私たちの争いに巻き込まれたことです」

「咲夜!」

「ここはお任せ下さい、お師さま。咲夜はこのような時の為にあるのです」

「…すまぬ、しばし任せる」

「お任せを」

 任されたすみっこはそのまま話を続けた。どうにも月詠さまからは話辛い事のようだ。

 心力を少しでも回復する為か、はたまた別の目的か、月詠さまは黙って目を閉じた。


「一度目で両親を亡くされたともえさんは、先代の家に引き取られることになりました。そうですね?」

「あ、ああ、そうだ、その通りだ。で、あの火事だ」

「はい、そうです。実は火事のあったあの日、あの時間の少し前、月天上界にてクーデター騒ぎがありました」

「クーデター?」

「そうです。下手人はその事件のかなり初期の段階で捕らえられ、結果的にはそこまで被害はでませんでした。何のことはない、あのクズで無能でゲスな家柄だけが取り柄の汚職とセクハラしまくりハゲ茶瓶議員がクーデターと見せかけたお師さまへの一方的な逆恨みが周りを巻き込んだだけ、でした」

 そのクーデターの首謀者に思うところが多々あるのか、随分と辛口なすみっことそれに激しく同意する月詠さま。

「しかしそうは言っても、お師さまはいと尊き御方であらせられます。念のため地上のいつもお世話になっている神社とは別の神社に避難することになりました、追手を欺くにはこれが良いなどとまんまと乗せられて。今思い返してみれば、避難に使用する船も神社もあのハゲの手の者が手配を…気づかなかったわたしの失態でした。そもそも避難用の船はその昔わたしが愛用していたものを改修したものでしたので、つい油断を…そして、避難用の船に爆発物が密かに取り付けられていたことにも気づかず港を出港し、しばらくしたところで機関部と操作系回路を爆破され、そのまま地上に墜落しました」

 そういえばあの日月の辺りで何か光ったような…十年前だし子供だったし、あんまり覚えてないな。

「そして…その墜落した先にあったのが、あのアパート…ともえさんとレイさんが留守番していた部屋、でした」

 それまで大人しく話を聴いていたそれぞれがぎょっとした表情をする。

「な、なに?そんなモンが、そんなピンポイントで、あそこに落ちて来たってのか!」

 あまりの話につい声を荒げてすみっこの両肩をつかんでガクガク揺さぶった。

「そ、そもそもあの火事はわたしたちの船がアパートの複数のガスタンクに直撃した為で…」

「じゃ、じゃあなにか?お前たちが落ちて来なかったら火事は起きてなかったってことか?」

 オレ達が知らなかった事実が次々と明らかになることに驚きを隠せず、更にすみっこをガクガク揺さぶる。

「そ、そうです。しかし、衝突の直前にお師さまの御力で被害はかなり最小限に…」

 な、なるほど。そんな質量のモノが普通に落ちてきたら、あの辺り一片吹き飛んで、クレータも出来てるよな。それがアパート一軒の全焼火事で済んだんだ、やっぱり月詠さまはすげぇな、でも…。

 衝撃の事実を知ってオレは力なく椅子にストンと落ちた。

 しかし、レイはどこか冷静で心配そうな顔をしてオレの背中を優しくさすってくれる、そうか、レイにはこの時の記憶がすでに無いんだ。だからどこか他人事に聞こえるのかもしれないな、いやそれでいい、それでいいんだ、あんな思いは二度としたくないしさせたくない。

「確かにただの火事にしてはアパートが一部大きく崩れて無くなっていた…けどその割には…そう、その割にはレイは煙を吸っただけだったし、ともちゃんは…なんでか記憶が無くなって名前も変わってたけど、生きてたし…オレも当時のことはあまり詳しくないけど、そんなモンがあの部屋目掛けて落ちて来たなら二人とも生きてはいない…?」

 オレは今までの月詠さまの行動からある考えにたどり着いた。

 ホントにそうなのか?とすみっこに視線を向けると、すみっこは黙ってうなずいた。

「事故直後、レイさんは全身やけどの瀕死の重傷でした。しかし、何とか体を修復し回復させ、毒素を抜くことで済みましたが、ともえさんは…と、ともえさんは五体バラバラで欠損した部位も多々あり、もうすでに…」

 そ、そんな、そんなことって…あれ?でも、じゃあ、あのチエちゃんとこのともちゃんは?

「このことにお師さまはいたく御心を傷められ…わたしは最後まで反対しましたが、ともえさんを復活させることにしたのです」

 なんだよ結局助かったんじゃないか、驚かせやがって。そりゃまあそうか、今実際にここにいるんだし、経緯はどうあれ助かったんだよな、よかったよかった。

 それに月詠さまはあんなに地上の人間と深く関わってはいけないと、さっきもすみっこに厳しく言っていたが、やっぱりいざとなると名もない者でも分け隔てなく助けて下さる優しい女神さまなんだなっと、すみっこを見上げると、依然暗い表情で、しかし明るく振舞うように、

「亡くなった直後だったことが不幸中の幸いでした。まずバラバラになって、一部消し飛んだ部位もすべて元通りに修復しました。そして意識も…これは体を今まさに離れようとする魂を体に繋ぎ留め直して無事完了しました。ですが、最終チェックの段階で魂に欠損部分が多くみられました。つまり、ともえさんは体を完ぺきに治したものの、魂を半分以上失った状態でした。このままでは植物人間になってしまいます。」

 聞いている分にはなんだか至極簡単な手術の説明をしているように聞こえる。

 もちろんそんなことはないことぐらい十分分かってる。普通だったら諦めるしかないことくらい、すみっこに重々しく説明されるまでもない。

 だから、お前がそんなに責任を感じることもそんな泣きそうな顔をしなくてもいいんだよ。

「本来のお師さまの御力であれば、子供一人の魂の修復なぞ『子ウサギの耳をつまむが如く』なのですが、如何せんそれまでに御力を随分と使われており、宝珠を限界値まで使っても出力が足りませんでした…」

 すみっこは無念そうにつぶやくように更に続けた。

「そこで二人で話し合った結果、お師さまがともえさんと『同化』し、ともえさんの内側から…肉体から足りない魂の記憶をかき集め修復する作業を、わたしは外から作業中のお師さまと修復中のともえさんの魂と記憶に、外部からの邪魔が入らないようプロテクトをかけ、新たに疑似人格を記憶からコピーして作り、それを定着させて、身体の動作をさせることとしました…これらはお師さまがともえさんの魂を完全に修復されるまでの一時的な処置のつもりでした」

 すみっこは身振り手振りで当時の大変さを伝えてくる。

「いかにお師さまといえど、わたしのプロテクトは内側からは破れません。ましてや御力の大半を失った状態ではなおさら…外からわたしが解除するか術の効力が切れるのを待つしか方法はありません。ともえさんの魂の修復の予定時間は1~2時間でしたので、安全率を考慮し、3時間後に解除する手筈でした」

 すみっこは月詠さまを申し訳なさそうに見るも、月詠さまは先程同様うつむいて静かに聞いている。

「ただ、最後まで作業したところでわたしの心力が修行不足の為尽きてしまい、あろうことかその場で意識を失いました…で、次に目が覚めたら病院で、ともえさんとお師さまも行方知れずに。後は仁さんもご存知の通り、わたし同様ともえさんを探している先代とあなた方を占いで知り、お師さま復活までこちらで待たせてもらった次第です。大変申し訳ありませんでした」

 すみっこは深々と頭を下げた。オレ達に頭を下げてもしょうがないと思ったが、すみっこの視線の先には涙ぐむともちゃんがいた。

「また、ともえさんはこの時のお師さまとの『同化』とわたしが過去においてともえさんにお師さまとの連絡の仕方を教えたことによって『半特異点化』したのだと考えます」

 これには月詠さまも黙って頷いた。そうか、毎月満月にお祈りするだけではなく、月詠さまの御力がともちゃんに幾分か染み付いて残っていたことで成し遂げられたことだったのか、納得だ。


「…咲夜が意識を失った後、救急隊員一名と、先の智恵殿の育ての親の父君が来たのです」

 それまで説明をすみっこに任せていた月詠さまが続きを話してくれた。

「お師さま?」

「うん、すまなんだ咲夜、もう大丈夫、ありがとう。そしてこの者たちには知る権利があろう」

 それから月詠さまはすみっこも知らなかったことを話して下さった。

「救急隊員と育ての父君は担架の不足から、咲夜と智恵殿をそれぞれ抱えて救急車両に連れて行った。しかし、救急車両の数も不足しておっての。その時点での重症者として咲夜が優先されたのです」

「なっ、そ、そんな」

「智恵殿は一旦育ての親宅に引き取られることになってな。意識が戻ってからは名前も聞かれたよ。しかし疑似人格は『ちーちゃんはちーちゃんだよ』と言うばかり。警察に届け出ても良い返事はなかった。さもありなん、あの場で行方不明になった人物に『ちー』と名が付くものなどおらんかったしの。仕方なく、姉に当たる『恵美』と『ちー』から『千恵美』と名付け、養女として育てるに至ったのじゃ」

「そ、そんなことが。チエちゃん、苦労したんだね、それなのにあんなに明るい、いい子に育って…わたしの一番の友だちに…それに引き換えわたしは…」

 なにやらユウちゃんにも思うところがあるようだ。

 でもそんなに自分を卑下するもんじゃないぞ?って思ってたら、

「ユウちゃん?大丈夫?君はもっと自分を大切にしていいと思うよ?」

レイがユウちゃんの頭をポンポンしながら、にこっとする…こ、これがイケメンの無自覚ってヤツか。

「は、はい、レイさん。あ、ありがとうございます」

 そんなことされたユウちゃんは、顔を赤くしながら嬉しそうに照れていた…そうか、ああすればいいのか。

 などと感心しながらふとともちゃんの方を見ると、うらやましそうに指を咥えて見ており、オレの視線に気が付くともじもじそわそわとする、これはもしや?


 ともちゃんは昔から「じんにーのおよめさんになる!」とよく周囲に言っていた。

 が、それは幼少の頃の話だ、よく「お父さんのおよめさんになる」って少女が言うのと一緒。

 つまり大きく成長して高校生にもなってまだそんなことを考えていると思わない方がいい。更に言うと覚えているかどうかも怪しいものだ。

 だからここでもしオレがともちゃんを以前のまま好意を持っているとして接すると、

『え?何?じんにーまだそんな子供の頃の話を覚えてるの?気持ち悪いんですけど?身の危険を感じるんでバイトもやめるね?それに今はレイ様命だって言ってるでしょ?だからむしろわたしとレイ様をくっつける手伝いしてよ』

なんてことにもなりかねない。

 それらを踏まえともちゃんの態度から察するに、ともちゃんもレイにアレをやって欲しいんだな?よし、まかせとけ!

「(なあレイ、それをともちゃんにも…ぐはっ!?)」

 空気を呼んでレイにともちゃんにもしてやるよう言おうとしたところ、ともちゃんからわき腹にズドンっと重い一撃を受けた。…な、何故?オレは良かれと思って…ぐふっ。

 すみっこはこの一連のオレ達のやり取りを冷ややかな目で見、月詠さまはとても愉快そうに笑っておられた。


 ここでふと重要な事に気が付いた人物がいた、ユウちゃんだ。

「あれ?でも、待ってください、ツクヨミさま。ということは、チエ…ともちゃん?の両親はともちゃんが過去を改変して一旦助かりますが、再びアパートに宇宙船が突っ込んできて…」

 そ、そうだ。今、ともちゃんはすみっこと過去に行って両親が亡くなる理由を無くした。けど、そのまま時間が進めば、今度は三人が住んでいるアパートに宇宙船が突っ込んできて、家族もろともってことに。せっかくそこまでして助けたのに…あれ?でもさっきともちゃんは家族みんな助かったって…つまり?

 オレもその事に遅れて気が付き、大きな疑問を感じていたが、月詠さまとすみっこはお互いに、ニッと笑い、すみっこがとぼけるように、それでいて得意げに言う。

「ふふっ、仁さん。先程わたしはお師さまに『月の方もきれいさっぱり掃除を済ませて来た』と報告しました、覚えてますね」

「あ、ああ、確かにそんなこと言ってたな。それがどう…」

 すみっこはますます得意げに、しかし小声で面白そうに言う。

「ともえさんは殊の外優秀で、実際わたしはあまり手を貸さずに済みましたの。しかし、それでただ帰っては『子ウサギのお使い』ですの。そこで、わたしはその時点の月神殿の自分と連絡を取り、お師さまに報告した上で恐れ多くも帝に直訴し、クーデターを起こすであろうその一派を『掃除』してきましたの。もちろん証拠もありましたので大義は我にあり、ですの…もっともその証拠は未来の現行犯動画ですが、お師さまの使いならばと許可も得られました。いやー、久しぶりにすっきりしましたの」

「咲夜ばかり楽しんでズルいのぅ。ワタクシもあのハゲずらをひっぱたいてやりたかったのぅ」

「いえいえ、お師さまのその麗しい御手にはふさわしくございません。月のわたしも直には触らず、その辺りに転がっておりました棒切れを使用しておりました、ふふふ。そもそもあのハゲ、普段からお師さまへ対して不遜な色目を使っておりましたから腹に据えかねておりました、丁度よいことです」

「して、そのハゲの処遇はいかに?」

「はい、無間地獄送りのご沙汰でしたので文字通り、闇へと葬りました。永劫彷徨うことでしょう、ざまぁー」

「ふふっ、あらあら、悪い子。後でお仕置きですよ」

「はっ、ありがたき幸せ」

 そして二人は再び楽しそうに笑い転げた…あの、つまり?

「ああ、つまりの?咲夜が智恵殿と過去に戻った折、クーデターの元を絶ったのじゃ。それにより改変後の世界ではもはやクーデターは起きぬ。よってワタクシたちが宇宙船でアパートに突っ込む事象が無くなる。あの家族に二つ目の不幸が降りかかることは無くなった、ということじゃ」

 すみっこは主人の思惑をキチンと読み取って理想的な結果を上げている。そして月詠さまもすみっこならそうすると信じて送り込んだんだな。

 この二人は本当に信頼し合っているんだ。


「さて、今度こそ優花殿の願いを叶えるとするかの」

「は、はい、宜しくお願い致します。しかし、月詠さま?」

「うん?」

「私の願い事も過去のやり直しなのですが、今からでも間に合うのでしょうか」

 「…うん、それがの、優花殿の過去は既にやり直しができぬ事態となっておる。故に別の手段で願いを叶えるとしよう」

「…え?」

 思っていた返事とは違ったのかユウちゃんは唖然とする。

 対して月詠さまはすみっこにすまなそうに…

「さて、すまんな咲夜。順を追って説明するためには、そなたの事も話さねばならぬ、許せよ」

 すみっこは一瞬ビクッとしたが、何やら覚悟を決めた様子で、

「とんでもございません。この咲夜なんら恥じることなどありませぬ故、全てお師さまの御心のままに」

月詠さまの目をしっかりと見据えてきりっと答えた。

 うん、と頷きすみっこの覚悟を確認した月詠さまは静かに語り始めた。


「…昔々、今からチタマ歴で二千年ほど前の話、宇宙を揺るがす大悪党がおった。名をカグヤという。この者、宇宙をまたにかけ、悪行の限りを尽くしておった…とあるがまあ、捕らえた後から知ったことであるが、その者は悪どく富を得たものからのみ奪い、貧しい者たちに還元していく、いわゆる義賊であったようだったがの。しかし、犯罪は犯罪じゃ。我々天上界も捕縛に力を尽くしたが中々成果を上げることは叶わなかった」

 に、二千年前?そんな前から話を始めるのか?あと、チタマって言ったか?いいのかこれ?そ、それに、カグヤって名前の大悪党?なんだよもー!ツッコミどころありすぎて追いつかねぇ!

 しかし、オレ以外のみんなはそんなことを気にせず真剣に月詠さまの話に聞き入っている。


「それから八百年程好き放題されたのだが、ある時、そ奴はとうとう月神殿の宝物庫にも手を付けた。流石に月神殿へ盗みに入られてはタダではすまされぬ。月主力精鋭部隊を遣わし、とうとうそ奴をチタマへと追い詰めた!」

 月詠さまは気分が乗って来たのか、持っていた扇でダンっと机を叩く。それまで黙ってうつむいて聞いていたすみっこはビクリとした、ような気がした。

「あ、あのぅ、それで?その話と、私のお願いはどのようにつながるのでしょう」

 ユウちゃんはおずおずと月詠さまに質問をした。確かに。そんな大昔の大悪党の話がどう関係しているのか。

 月詠さまはそんなユウちゃんの質問を無視するかのように、逆に質問してきた。

「時に、皆は…そうじゃの、智恵殿。『かぐや姫』の話をどのように覚えておる?」

「え?えーっと、確か…『今は昔。竹取の翁というもの有りけり』で始まって…」

「おお、すごいの、それでそれで?」

「へへっ。この前、古典の授業でちょうど習ったんだ。で、簡単に説明すると…」

 それからともちゃんはみんながよく知っている『かぐや姫』の話の概要を説明していった。


 竹取の翁が竹の中から女の子の赤ん坊と金銀財宝を見つけてくること。

 その赤ん坊はすくすくと美しく育ち、絶世の美女とうわさされたこと。

 そんなかぐや姫に五人の若者が求婚したこと。

 結婚する気のないかぐや姫は五人に無理難題を申し付け、無事クリアできれば求婚を受け入れると伝えたこと。

 五人は誰もその難題をクリアできなかったこと。

 そうこうしていると帝から入内(帝の妻になること)するよう言われたが、これも断り続けたこと。

 月から連絡を受けたかぐや姫が月へ帰らないといけなくなったから入内できないと帝に伝えると、帝は当時の軍隊を使って月からの使者を追い払おうとしたこと。

 しかし、追い払うことはできず、とうとうかぐや姫は月の使者と共に帰ったこと。

 かぐや姫は帰り際に、不老不死の薬を帝に渡したこと。

 本当は天の羽衣も渡そうとしたが、月の使者に許可されなかったこと。

 かぐや姫が月に帰った後、帝は「かぐや姫がいない世の中で不老不死になっても意味はない」といって薬を富士山の山頂で燃やしたこと。


 …うん、オレの覚えてる話と同じだ。レイもユウちゃんも同様なようで、うんうんと頷いている。この話におかしなところはなかった、ようだが?

「ほうほう、なるほどなるほど、そのように伝わっておるのか。いや、実に面白い、のう、咲夜?」

 愉快そうにともちゃんの話を聴き、すみっこの肩をバシバシ叩いて喜ぶ。

 しかし、すみっこはどうも居心地が悪そうな表情で、なんだかもじもじそわそわしている。顔色もなんだか悪いようだ。

「お、お師さま。今の話には、何者かによる脚色が随所に見られます。すべてを信じるのはいかがなものかと…」

 ご機嫌な月詠さまは更に気をよくしたようにしていたが、

「ほうほう、例えばどのあたりかの。皆に分かりやすく伝えてくれまいか?のう、『かぐや姫』殿?」

急に冷たい口調ですみっこに語り掛けた。顔は先程と変わらない笑みを浮かべているが目は冷たく笑っていない。

 その言葉と月詠さまの表情に素早く反応し、月詠さまに対して土下座をする。

「も、申し訳ありません!過去の罪全て水に流すことなどできぬのはもちろん承知の上。故に、これまではもちろん、これからも罪を償うべく身を粉にして御身に尽くす所存。更にお師さまに置かれましては極刑になるしかないわが身に対して寛大なるご処置を賜り、今も感謝の念に堪えません。しかしながらこの身の生殺与奪権はお師さまにございます。ここで今すぐ罪を償って死ねと仰せであるならば、この咲夜、喜んでこの首を差し出します!」

 すみっこは真っ青な顔をし、体をブルブル震わせて、それでも懸命に詫び、そして覚悟を決めた。

「ああ、咲夜。今のはワタクシの言い方が悪かった、すまなんだ」

 今度は月詠さまの方がバツの悪そうにすみっこに頭を下げた。

 これにはすみっこも大変な驚きようで、

「め、滅相もございません。ど、どうか、あ、頭をお上げください。私のようなものに、いと尊きあなた様が頭を下げるなどもってのほか。どうか、どうか」

「そうですか?ではこれでお相子ですね」

 そういうと、にぱっとこれまですみっこに向けていた笑顔を再び振りまいた。

 すみっこはこれに感極まってわんわん泣き出してしまったが、月詠さまは愛おしそうに頭をなでなだめ、優しく抱きしめてやった。


 月詠さまになだめられ、すみっこがようやく落ち着いた頃、月詠さまは静かに再び語り始めた。

「…皆、これで分かったと思うが、過去宇宙を騒がせた大悪党宇宙海賊カグヤとは、この咲夜のこと。そして、皆がよく知るかぐや姫伝説とは、宇宙海賊カグヤがチタマに漂着してよりの滞在中の出来事を何者かが物語として残したものなのじゃ。ただ、先程智恵殿が聞かせてくれた話と、ワタクシが直接この咲夜、つまりかぐや姫本人に聞いた証言とは食い違いがあることも事実。…まあ、多少の食い違いは特に問題にはせんがの」

 確かに犯罪者であるカグヤ本人の証言をすべて事実と受け入れるのは難しいのだろう。この件の目撃者でもいれば話は違うが…。

「と、いうわけでじゃ、咲夜よ」

「はい、なんなりと」

 すみっこはもうなにやら吹っ切れたようなすっきりとした表情で月詠さまを真っ直ぐ見つめ指示を待つ。

「うん。先程の智恵殿の話と食い違う部分を申してみよ。なお、これは証言証拠として保存するものとする」

「御意」

 すみっこは一度深く深呼吸をした後、決意を固め、きりりとした表情で話し始めた。


「まず最初に。これから証言する内容に一切ウソ偽りがないことを、月の女神が一柱『月詠命・クロノス』様に誓います」

「うん、では聴こう」

「ではまず海賊時代の話ですが、わたしの船、宇宙船ですが、全体は黒いジャミング材で塗装されており、直径は15cm長さは30cmほどの竹筒の姿を模しておりました。故に宇宙空間では発見されることはまずなく、なんなら艦隊の真横をすり抜けたことも幾度となくありました」

「やはり何度聞いてもにわかには…いやまて、あの時乗ったのがそれか、なるほどなるほど…」

 月詠さまは早速初っ端から衝撃があったらしく、うんうんうなっている…いや、ちょっと待てよ。

「すみっこ、ちょっといいか?直径15cmの竹筒にどうやって入るんだよ。15mの間違いじゃないのか?」

 オレは我慢できず、思わず質問してみた。他のみんなも同意見の様で、うんうんと頷いている。

「…ああ、皆さんにはまだない技術でしたね。わたしたちは荷物を運ぶ時、その荷物を小さく軽くして運ぶ技術があるのです。しかし、これは生き物には使えません。そこでわたしはその常識をかいくぐるべく、小さくなったわたしが乗れる宇宙船を作ったのです、このわたし自ら。悪事は発明をさせるものなのですよ!」

 ドヤーっとふんぞり返り自慢げにするすみっこ。それをふんふんと素直に聞く月詠さま。

「…いや待て。自らと言ったか?つまりお前がそれまでなかった生物を小さくできる装置を作って、更に超小型の宇宙船まで?あの機械オンチのすみっこが?月詠さま、こいつ早速嘘をつきましたよ!」

 この意見にも他の三人も激しく同意したようで、更に激しくうなずく。

「な、なんということを!わたしは機械オンチなどではありません。何をもってそのようなことを!お師さま、これは言いがかりです。わたしは先程宣誓した通り、決して嘘は申しておりません」

 ふんぞり返って自慢げにしていたすみっこだが、今度は顔を真っ赤にして、オレに反論し、月詠さまに泣いてすがった。

「機械オンチの証拠ならたんまりあるぞ。テレビは一人で見られない、録画もできない、挙句はさっき電話もかけられなかったよな?ウチの電話は簡単なダイヤル式なのにだぞ?あんなに使い方も教えたのに」

 他三人のうんうんはなおも止まらない。

「ふむ、しかし仁殿。咲夜が機械オンチではないのは我々も調べがついておる。むしろ稀代の発明家といっても過言ではないとの報告も受けておる」

「お褒めに預かり光栄です。仁さん?私はこの地上のやり方に馴染んでおらなかっただけ、な、の、で、す!」

 プイっとむくれてしまった。そういえばダイヤル式電話機を原始的過ぎるって言っていたな。


「…最初にこんなに脱線するとは思いませんでしたが…では、続けます」

 すみっこは脱線した話と空気を仕切り直す様に、顔を引き締め直して続きを話した。

「『竹取の翁が竹の中から女の子の赤ん坊と金銀財宝を見つけて来た』の所ですが、わたしは月の精鋭部隊の追撃を受けて、とある山の竹藪の中に墜落したのです。墜落する際わたしは船から間一髪脱出しましたが、衝撃によりそのまま意識を失ってしまいました。そしてその墜落の衝撃に驚いた翁…じさまが意識を失ったわたしと、壊れた船から飛び出したこれまで盗んだ金銀財宝を発見し持ち帰ったのです」

 なるほどなぁ。

 生物を小さくする装置の効果が徐々に切れていったと考えると、確かに『すくすく成長した』ように見えるわな、なるほどなるほど。

「さて、わたしが一番言いたいのは、『無理難題の求婚条件』の件(くだり)です!わたしは別に無理難題など申しておりません!それに当時のわたしは逃亡中の身なので、本来現地で結婚などあり得ません!…あり得ませんでしたが、散々お世話になったじさまとばさまの顔を立てるためやむなく…それなのに、あんまりです!」

 突然すみっこは声を荒げて叫び、さめざめと泣いた。

 そういえば当時の貴族の女性は適齢期になると結婚を強く勧められるんだったか…結婚をしないでいる女性の家族は周囲から白い目で見られることもあったとか。

 つまりこの場合、養父母に迷惑をかけないためにひとまず婿探しをしているというスタンスにしたんだな。でも…

「いや、待てよすみっこ、十分無理難題だぞ?えーっと、確か…『仏の御石の鉢』、『蓬莱の玉の枝』、『火鼠の皮衣』、『竜の首の珠』、『燕の子安貝』の五つを五人の若者に持ってこさせようとしたんだろ?全部伝説上のアイテムじゃねーか。場所も蓬莱とか空想上の場所があったり…無茶ブリ過ぎるだろ」

「ほう、仁殿、すばらしい、よく知っておったな、関心関心」

 すかさず突っ込むオレに月詠さまは素直に感嘆した。

「ち、ちがう、ちがうのです、仁さん…実はその五つの品は直前に月神殿宝物庫から盗み出したもので…当時イキっていたわたしが腕自慢の為に…ですがそのぅ、墜落の際に散り散りにまき散らしてしまったのです。いずれ自身でこっそり回収しようと考えていたのですが、これを婿探しの条件に使えないかと思いついたのです」

 その言葉に今度は月詠さまはうんうんと頷いて、続きを話すよう、すみっこに促した。

「そしてそれらは日本国内のしかも墜落地点から割と近場に落ちたのです。確か一番遠くて四国だったと。念の為盗んだ神具にはあらかじめ発信器を付けておりましたし、後で探知機で確認もしましたし、間違いありません。なんなら一番近いのは徒歩三日程で取って来られるものでした」

 興奮した様子のすみっこは更に続ける。

「求婚希望者は五人どころか二、三十人はおりました…平民から貴族、大人から子供、多種多様な方々です。わたしは一人ひとり全員にきちんと説明して地図まで作って持たせました。ですのに、誰も話を信じてくれなかったようで、はなから無理難題だと言い、とうとう誰も持ち帰ってくれませんでした…」

 そう言うと、当時の事を思い出したのか、なんだか悲しくやるせなくしょんぼらしてしまった。

 が、ぱっと顔を上げ、そういえばっと思い出したかのように話し始め、

「ところがなんと!一人、ただ一人、持ち帰った者がおりました!その方は佐吉さんといいまして、幼馴染の男子でして。そういえば雰囲気がどことなく仁さんに似ていたような気もしますね、まあ佐吉さんの方が良い殿御(とのご)でしたがね。で、佐吉さんは私の話もキチンと聞いて信じてくれて、一番遠かった『竜の首の珠』を取ってきてくれたのです。あれにはとても感動したのを今でも覚えております…ですので、この方となら、と…祝言を上げることにしたのです」

いやんいやんと、当時を思い出し興奮して早口で捲し立て、嬉し恥ずかしで身悶えし始めた。

 …なぜだろう、なんだかひどく胸の辺りがイラっとモヤっとしてきた。

 そして何故か月詠さまは笑いだすのを必死でこらえ、ユウちゃんはそういえば…でもこれってもしかして…やっぱりそうだよね…などと自問自答しながら、オレをじっと見る。レイはかぐや姫の裏話に興味津々、そしてともちゃんは何故か暗殺者のような目でオレを見ている、なんでだ?

「ちなみにこれがその『竜の首の珠』じゃ。『時の涙』とも『銀水晶』とも言うがの。いわゆる神具でさまざまな知恵を授けると言われる代物じゃ、それに関しては仁殿も詳しかろ?他の四つの品も皆さまざまな効力を持つ強力な神具じゃ。今は月神殿の宝物庫に今度こそ厳重に保管されておる」

 そう言うと月詠さまは懐からあの黒い宝珠を取り出し、みんなに見せてくれた。

「こほん、もちろん残り四つの神具も後程わたしと佐吉さんとですべて回収しました、ふふっ婚前旅行ですね、ああ、懐かしい、うっとり」

 言うや当時を思い出したのか、すみっこは再びのろけてくねくねした。


「あれ?でも、物語ではそんな人出てこないよ?なんで?それに結婚したの?かぐや姫が?」

 当然の疑問をレイが当の本人に問いただす。

「そこは何故かは分かりません。ともかく佐吉さんと祝言を上げたいとじさまとばさまに伝えたところ、大層喜んでくれて…あの時は本当に嬉くて、初めてうれし涙というものを流しました。それまでこんな幸せなことがあるとは知らなかったのです。思えば人らしい感情はこの頃初めて持つようになったのかもしれません。宇宙海賊などと恐れられた頃は殺伐とした感情しかなく、故に表情も乏しくまるで機械のような…しかし、佐吉さんとじさまばさまのお陰で人並みの幸せを知ることができました。それまで自分の見る景色はいつも白黒でしたが、急にふるからーになって、気分もまるで常春のように暖かで…そんな自分自身の変化にあんなに驚いたことはありませんでした…ですのに」

 当時の幸せいっぱいな気持ちを思い出し体をくねらせていたが、ピタリと止めるや急に黒い表情に切り替わった。

「ですのに、あの、クソ帝が!全部!ぜぇーんぶ台無しにしやがりやがったのです!」

 当時の憎しみを思い出したのか、コブシを強く握りしめブルブルと震わせる。

「え?どういうこと?なにがあったのさ、すみさん」

 レイが優しくなだめるように問う。

「…佐吉さんとの祝言を翌月に控えたころ、宮廷からの使者が来ました。すぐにでも入内せよ、と」

「ええっ、そんな。結婚が決まってる人に?そんなことって」

「ええ、じさまは身分が違い過ぎるというテイで取りやめて下さるよう訴えてくれましたが、地方の役人が時の権力者に勝てるはずもなく…わたしと佐吉さんは無理やり引き裂かれ、わたしは入内、つまり、帝の妻となることを命じられたのです」

「そんな、無理やり?そんな、そんなことが、本当にあったなんて…」

 ともちゃんとレイは青ざめた表情ですみっこを見つめる。

 すみっこもワナワナと体を震わせ、小さくコクリと頷く。

 しかし、次の瞬間、開き直った様子で、

「ですので、すべてがどうでもよくなりました。いっそわたしが帝ごと都を焼け野原にしてやろうかとも思いましたが、じさまとばさま、それに佐吉さんに迷惑が及びます。わたしは所詮宇宙を騒がせた極悪人、人並みの幸せは分不相応だったのだと思うと悲しくなり、神を呪ったこともありました…あ、いえ、決してお師さまのことではなく、その頃は見守られていたなどと知る由も無かった事ですので平にご容赦を。…とまあ色々と思い悩んだ末、悪人は悪人らしく罰せられるべき、と決心し、わたしは月に自首しようと、船の救難信号を発して居場所を知らせました。捕まれば極刑は免れませんでしたが、後悔は微塵もありませんでした。佐吉さんと結ばれないのならいっその事、と。佐吉さんと宇宙の果てまで逃げることも考えましたが、逃亡生活と悪人の道に佐吉さんを巻き込みたくはなかったのです」

 開き直り明るく話すすみっこだったが、当時を思い出したのか頬を涙が伝う。

 そんなすみっこを月詠さまは優しく抱きしめ、頭を撫でた。

 そのことで感極まったすみっこはまたわんわん泣いたがそのことを止めたりとがめるものは当然誰もおらず、オレも皆も胸が締め付けられた思いでグスグス泣いた。


「さて、残りはわたしが月に帰る時の話ですが、先程ともえさんがおっしゃった通り、不老不死の薬と天の羽衣は確かに存在しました」

 そうすみっこが語り出すとユウちゃんはこれまで以上に前のめりな姿勢で話に興味を示す。やっぱり女子は天の羽衣とか憧れるもんなのかな。

「ただし、これは物語のような良いものではありません」

 そう言うすみっこの顔はこれまで以上に残忍な表情をしていた。

「まず、アレは不老不死の薬などとそんなに良いモノではありません。忘れましたか?わたしは極悪人として月の精鋭部隊に捕縛されるのですよ?その様な者が何故そんなものを持っているのです?アレは…」

「…アレはある特定以上の極悪人を断罪する際に飲ませる『死ねなくなるクスリ』で、あの場の羽衣は強力な拘束具『拘束の羽衣』」

 月詠さまは辛そうにつぶやくように説明する。

「お師さま…」

「よい、咲夜。そなたからは伝えにくかろう、ここはワタクシが説明しておこう」

「…お心遣い感謝いたします」

 そう言うと月詠さまはすみっこの頭をなでながら話を続ける。

「まず羽衣ですが、一口に羽衣と言っても様々な用途のモノがあるのです。この場合の羽衣…あれは凶悪な罪人をとらえた際に使用するもので、羽織ると思考の一切が停止し羽衣の権限を持つ者の命令しか聞けなくなるとても危険な代物。余程の凶悪犯にしか使わないものなのです」

 なんだよそれ。まるで異世界モノに出てくる隷属の首輪みたいなもんかよ、こえー。悪用されたらどうにもならんやつだ。

「そしてクスリの方ですが…地の民にも実際に寿命以上の罰則が科せられることがあるでしょう?当然月にもあります。そして、月では寿命や老化を理由に罪を許すことはないのです、分かりますか?実刑三百年ならキチンと三百年償わせるのです。百叩きで百叩き終わる前に死ぬことも許されないのです。そしてそれを可能にするのが先程の『死ねなくなるクスリ』というわけです」

 すごいな月の裁きは、まるで容赦がない。


 ユウちゃんは余程衝撃的な内容だったのか、とても青ざめ絶望するような表情をしている。無理もない、死ぬことが許されないなんて、怖すぎるよな。

「まあ考え方によっては不老不死と言えなくはないですね。クスリを服用した瞬間にどんな病を患っていても、どれだけ年を取っていても、一瞬でその身体の一番活力あふれる全盛期に若返り、その後決して病にならず、年も取りず、常にその状態を維持します。これもすべて罪をキチンと償う為です…お師さま、咲夜は大丈夫です、ご心配ご無用にて」

 すみっこが解説を再開したが、月詠さまは少し心配そうに見つめる。

「またこのクスリを服用するとどのような傷もたちどころに治ります。例え四肢を切断されようが次の瞬間には元通り。ですが、痛みは当然あります。これがこの薬の恐ろしい所なのです。実刑三百年の刑を、死んだ方がマシと思えるようなな拷問や責め苦を、本当に三百年間受け続けることを想像できますか?あまりの苦痛や恐怖に気が触れることも許されません。そしてわたしの様に首を…」

 く、首?見るとすみっこは無意識にか首をさすっている、本当に首がついているかを確認するかのように。

「わたしは佐吉さんとの仲を引き裂いた帝をどうしても許せませんでした。そこで、『死ねなくなるクスリ』を『不老不死の薬』と称し、飲ませることにしたのです。永劫とも言える時間と時代を彷徨わせてわたしたちにちょっかいをかけたことを後悔させたい一心でした…もっともあのヘタレは怖くて飲まなかった上にもっともらしいことを言って処分したようですがね」 

 自虐的に鼻で笑いながら当時の話をするすみっこは少し寂しそうにも見えた。

「その後わたしは月での御白州にて月一周引きずり回しの上斬首が言い渡されましたが、お師さまがお奉行様に一筆したためて下さり、『死ねなくなるクスリ』を服用した上での斬首。その後はお師さま預かりとして巫女修行に打ち込むこととなりました。理屈の上では斬首されたことでわたしの罪は晴らされたのです。そしてそれからわたしはお師さまに数々の…」

 すごいな斬首されても死なないとか、『死ねなくなるクスリ』ってまじでやべぇな…うん?待てよ?

「なあ、すみっこ、ちょっといいか?」

「なんです仁さん。今からがとてもいい所…これからお師さまのあんな癖やこんな趣味のことを…」

「待ちなさい咲夜、皆にワタクシの何を吹き込もうとしているのです?許しませんよ!」

 色々思い当たることでもあるのか、顔を真っ赤にしてすみっこの口をふさごうと大慌ての月詠さま…一体どんな話だったのか大人しく聞いておけばよかった。


「…解毒剤、罪人用のクスリというからには解毒剤があるんですよね?ね?」

 月詠さまに敢え無く取り押さえられていたすみっこにユウちゃんはすごい形相で問いただす。

 確かにそういうクスリは解毒剤も同時に開発するって聞いたことがあるな。

 オレもさっきそれを聞きたかったんだ。

「ユウさん、わたしは今の状況にむしろ満足しています。お師さまもそれはご承知で、そろそろ特級巫女の試験を受けてみないかと言われるほどなのですよ?今更…」

「そうじゃ!そうじゃないんです!そうでは!」

「ユウさん?」

 ユウちゃんの強い意志のこもった言葉にその場がしんと静まり返る。そんな中…

 

「優花殿、いや花殿。そなたの願いは知っておると最初に申したろう?そなたの所望する解毒剤はコレじゃ」

 月詠さまは胸元から小さな紙包みを取り出し、そっとユウちゃんに渡す。なんでそんなものをユウちゃんが欲しがるんだ?

「月詠さま、ホントに、最初から、全部、分かって?ありがとうございます…ああ、あの時、これがあれば、わたしも、それにお姉ちゃんを…」

 大粒の涙を流しながら、渡された紙包みをとても大事そうに愛おしそうに抱きしめた。

「さて、このためにここまで長い話をしたが…何故優花殿にこの薬が必要だったか…咲夜、もう分かりますね?」

 突然話を振られ慌てふためくすみっこ。

「も、申し訳ございません、先程も申した通り一向に見当もつかず…」

 もごもごと言うばかりのすみっこを月詠さまは愛おしそうに見ながらニッといたずらっぽく笑い、続ける。

「ふふっ、残念ですね…もし分かったのであれば、特級巫女の試験を一部免除しても良かったのですが、残念です、ええ、とても残念です」

「え!な!そ、そんなぁ!」

 涙目になって後悔するすみっこ。試験の一部免除はそれほどまでにとても価値のあるものらしい。


「さて、『竹取物語』の作者は今も不明とされておると同時に、様々な候補者がいますね、智恵殿知ってますか?」

「え?う、うん。作者不明って授業で習ったような」

「では物語と先程までの咲夜の…かぐや姫本人の証言により大筋の話は合っている、これも分かりましたね?」

「うん、そうだね、物語では最終的にかぐや姫が帝に思いを寄せてたけど違ったね、帝はクズだね、あり得ない」

 すみっこは激しく同意したようで、首がもげそうなくらい頷く。

「と、いうことは、かぐや姫の近くで実際に見ていたものが何者かに伝え、そして伝え聞いた者が後々物語として世に残した、とは考えられませんか?ですから伝言ゲームの様に細部は曖昧で大雑把になり実際とは異なる、しかしそれでいて大筋は合っている、そうは思いませんか?そしてその時の為政者に都合の良いように都度改変されて、今に伝え聞く話となったとは?」

「た、確かに。しかも相当近くにいた人物じゃないと分からない所とかあったよね」

「はて、そんな人物が?」

 かぐや姫本人のすみっこは首をひねるがなんせ千二百年も前の話だ、細かいところまでは覚えてはいないのだろう。


「ふう、咲夜は忘れてしまいましたか…女中の優殿、覚えていませんか?そしてその妹の花殿、ほれ、あの病弱な。あなたは何度もお見舞いに行っていますよ?よく話と気の合った同年代の数少ない友人でしたよ?」

 そこまで言われて初めて思い出した、とすみっこは驚きの声を上げる。

「お、思い出しました。花ちゃん、そして優。そうだ、ああ懐かしい、どうして今まで忘れていたのか。確かに優はカグヤの世話女房でしたし、その妹の花ちゃんは病弱でしたがとても頭が良くわたしが読み書きを教えるとメキメキと…まさかお師さま」

「うん、その花殿が原本の作者に当たるのです。女中の優殿が病弱で外出もままならない不憫な可愛い妹にかぐや姫の日常をつぶさに話していたのです。文字の読めない姉ができる、妹が興味津々な唯一のお話…その頃都で話題持ちきりの自らの主人かぐや姫のお話を。その花殿がかぐや姫が月に自首した後、物語としてまとめると瞬く間に広がり、後世さまざまな者が物語を整え、今に伝わる形になったのじゃ」

「な、なんと。ああ、花さん、すばらしい、大変すばらしい成果です。しかし惜しむらくは病弱で先の知れぬ身であったこと…もしあの時わたしの手元に万病薬があれば素知らぬ顔をして飲ませたものを。いかんせん逃亡中にチタマに墜落した身でしたし調合しようにも材料にはチタマには存在しないモノが多く含まれていたので…」

「…万病薬?」

 それまで紙包みを後生大事に抱えていたユウちゃんには気になるワードがあったらしく、すみっこに聞き返す。

「ええそうです、すべての病を治すことのできる万能薬です。あの時それさえあれば…」

「そう、でしたか…そうですね、あの時その様なモノがあればあのような事には…」

「ユウさん?」

 万病薬の話を聞き、ますます落ち込むユウちゃんにすみっこはおろおろとするばかり。


「ふう、まだわからんのか咲夜よ。その花殿が今、目の前にいる優花殿だ。ほれ見憶えないか?」

「え?…あ、そ、そんな?確かに良く似ていましたから、てっきりあの姉妹の子孫だとばかり…そ、それに、あれから千二百年経っているのですよ?地の民の人の身で生きていられるワケ…あっ、まさか!」

「うん、ようやっと理解できたようだの。どれ、ワタクシがもう少し詳しく説明しよう…」

「いえ、月詠さま、それはわたしがいたします。わたしがせねばなりません」

「そうか?別によいのじゃぞ?そなたは何も悪くない」

「ありがとうございます、月詠さま、されどこれは姉の為でもあるのです」

「うん、分かった」

 それからユウちゃんは紙包みを大事そうに抱きしめたまま、少し悲しそうな表情でぽつぽつと話し始めた。


「カグヤちゃんが帝に不老不死の薬を献上され月に帰った後、わたしの容体は日に日に悪化し、とうとう明日をも知れぬ身となりました。そのことを嘆いた姉が富士の山にて『不老不死の薬』を燃やすとのウワサを聞きつけます。どうせ燃やしてしまうなら、と、当時親しかった帝近くの役人を通じて、なんとか一つまみ分のクスリを融通してもらいました。一つまみであれば不老不死とは言わずとも病くらいなら治るやもととの一念によるものです。そしていざ薬をひとなめするとたちどころに病は身体より消え去り、それまで鉛の様に重かった体が嘘の様にが軽く…まるで綿毛のようでした。これには皆大層驚きそして喜んでくれました。そして後日その話を帝が耳にされると薬を燃やしたことをひどく後悔されたと風のうわさで聞きました」

「な、なめ?アレを花ちゃんは飲んでしまっていたのですか?な、なんということを。ああ、帝に献上する際、帝以外の誰にも口にさせてはならないとあれ程!末端の役人には伝わっていなかったのですか…」

 深く後悔し、同時にあきれ果てるすみっこを少しおかしそうにクスリと笑うと、また続きを話し始めるユウちゃん。 

「わたし達は帝のクスリをくすねた罪で…家族もろとも流罪となりました」

「な、なんと狭量な。それに流罪はやり過ぎです!」

 すみっこは帝をディスりながら、泣き出しそうな顔でユウちゃんの話を聞く。

「わたしはクスリの力で不自由なく過ごしましたが家族はそうもいきません。年月を重ねるごとに一人またひとりと…最後に残った姉は24で息を引き取りました。最期までわたしにごめんねごめんねと謝りながら…謝るのはわたしの方なのに…それからわたしは姉の名前をもらい、優花と名乗ることにしました。そうすることでわたしは一人ではなく姉と共にどこまでも生きていける、そんな風に思ったのです。」

 すみっこはユウちゃんのその後の身の上話をユウちゃんの背中に手を添えてとても真剣に聞いている。

 ユウちゃんは辛い過去を思い出したのだろう、グスグスと鼻をすすりながら、それでも話を続ける。

「家族全員を看取って簡素な墓を作ったわたしは島を力任せに抜け出し、さまざまな土地、さまざまな時代を渡り歩きました。初めの頃は見るもの聞くもの全てが珍しくとても楽しかった。また疲れもせずお腹も減らず眠る必要のないこの身体に感謝もしました。かぐやちゃんの物語を書いたのはこの頃です。わたしは罪人なので作者名を記すわけにはいきませんでした。都の役人の目に留まり島抜けしたことがバレるわけにはいかなかったからです。そのため作品の作者名は未明とし、売って幾ばくかの銭にする書き物の商売を始めたのです。しかし一向に歳を取らないわたしをいぶかしむ者も出て来たこともあり、一か所に落ち着くことはその後もできませんでした。そんな身体でしたので、それからのわたしはなるべく人に関わらないよう努めて生活しました。それには尼がとても都合が良く割と長い時間上手くいっていました、家族の弔いもゆっくりできましたし…しかしある時『八重比丘尼(やえびくに)』なんて騒がれて追い廻され、それもできなくなり…あれにはほとほと困りました。それから…」

 いい思い出なんか何もなさそうな永い永い時間を一人で渡り歩いて生きていくのはとても大変なことなんだろう、オレには想像もつかない孤独な旅だったはずだ。しかもゴールなんて存在しない、まさに罪人の為のクスリだ。

 しかし本当に恐ろしい罪を犯したのなら反省もできるが、何もしていないのにこの仕打ちはあんまりだ。

「花ちゃん!もう、もうよいのです。そして、ごめんなさい。わたしが余計な事をしたばかりにその様な…それなのにわたしは何も知らず月神殿で呑気に巫女修行などと…本当にごめんなさい!」

 すみっこもこれ以上聞いていられなくなったのか、ガバりとユウちゃんを強く抱きしめた。 


「先程の話の続きですが、諸国漫遊は二百年ほどで飽きました。それから後は如何にして死ぬか…死ぬ方法を探す旅でした。それはとても永く辛く苦しいもの…いえ、むしろ千二百年で月詠さまにお会いできて幸いでした。月詠さま、カグヤちゃん、大変お世話になりました。この様な身の上に親身になっていただき感謝の念に堪えません、亡き姉と家族の分までお礼申し上げ奉ります」

 そしてこちらに向き直ると…

「ともちゃん…現代のわたしの親友、大好きだよ。レイ様…わたしの運命の人、ふふっ、もう少し早くお会いしたかった。そしてお義兄さま、占いありがとうございました、とても楽しいひと時でした…それではみなさん、これにてご免!」

 ペコリと頭を下げたと思った次の瞬間、それまで後生大事に抱えていた紙包みを開き、中の粉薬を一息に飲み込む。

 あまりの事に誰も止めることはできなかった。

 早速薬の効果が表れたのか、その場にバタンと勢い良く倒れ、うっと目を白黒させながら胸をどんどん叩き、喉をがりがり掻きむしり苦しみだした…とても見ていられない様子にともちゃんとレイがオレに抱き着いてくる。

 親しい友人が今まさに目の前で死にそうな場面ではあるが、これまでの話を聞いた以上止めることが出来ず、ともちゃんはオレに抱き着いた状態で大粒の涙を流しながらガタガタ震えていた。

「ゆうちゃぁん、ゆうちゃぁん、うわあぁぁん!じんにー、ゆうちゃんが、ゆうちゃんがぁ!」

「に、にいさん、とめ、止めないと!ユウちゃん死んじゃうよ!ねえ!…にいさんが止めないならぼくが!」

「だ、だめだレイ!止めちゃだめだ!止めちゃあ…ユウちゃんはコレを千二百年待ってたんだぞ?絶対ダメだ!」

 オレ達三人は止めたくても止められず、その場にへたり込んでお互い抱きしめ合い、ただユウちゃんが自ら望んで死んでいく様子を見ているしかない…見ているしかないんだが、あまりにも苦しむ様子にいよいよ我慢が出来なくなった、その時。

 

 月詠さまが落ち着いた様子で、しかし少し呆れたようにゆっくりと諭すようにユウちゃんに語り掛ける。

「これこれ、そのように慌てずともよい。ゆっくり飲みなさい。咲夜、水を」

「御意」

 すみっこはこれを想定していたのか既に水の入ったコップをいつの間にか持っており、それを慌てずゆっくり静かにユウちゃんに手渡す。

 ユウちゃんはすみっこから奪い取る様にコップを受け取ると一気に中の水を飲み干した。

「…んぐんぐ、ぷはぁ、し、死ぬかと…あ、あれ?ひょっとしてわたし今、死ねたの?し、しまったぁ!お、お願い、お願いします、もう一度、もう一度わたしに介錯を~!」 

 人間死ぬ気でいても最期の瞬間にはやはり生への執着をみせるものなのかもしれないな。

 

「花ちゃん、その薬を何か勘違いしていましたね?…大体昔っからそそっかしいのです、あなたは。この千二百年でちっとも落ち着いていなかったようですね」

「へ?勘違い?」

 すみっこは呆れたようにユウちゃんにワケを話す。

「花ちゃん、あなた『金曜映画ショー』の見過ぎです。もしやクスリを飲んだ瞬間、それまで止まっていた時間が押し寄せて一瞬で千二百年分の歳を取ると?違いますよ?言ったでしょう、それは解毒剤だと。『死ねなくなるクスリ』の成分だけを取り除く代物なのです。そもそもそれだと誤飲した際に取り返しがつかないではないですか。それに先程の解毒剤は『死ねなくなるクスリ』での刑を満了した際に飲むことが許される代物です。罪をキチンと償った後は自由が待っているものなのですよ?」

 呆然とした表情で聞くユウちゃんにすみっこは更に続ける。

「それと先程お師さまが花ちゃんに渡したそのクスリは元々わたしが受け取るハズだったモノです。そんなに都合よくそんな貴重な薬をいくらお師さまと言えども事前に用意できるわけありません。さっきも言いましたが、わたしは今の環境に大変満足しているのです。その旨をお師さまに以前お伝えしたのですが『いつ咲夜の気が変わってもいいように』と、常備なさってくださっていたのです…しかし今回はそのおかげで千二百年ぶりに花ちゃんにわたしの薬を飲ませることが出来ました、ああ、お師さまのなんと慈悲深く聡明であらせられることか!お師さまに深く感謝しないといけませんよ?」

「へ、へへぇ~」

 すみっこはドヤ顔で講釈をたれ、ユウちゃんは月詠さまに感謝し土下座をする。

 しかし次の瞬間二人はパッと目を合わせ、お互いくしゃくしゃの笑顔で抱き合った。

「うわあぁぁん!かぐやちゃぁん!永かった、永かったよぉ!」

「花ちゃん、ごめんね!わたしが余計な事をしたばっかりに!ごめんね、本当にごめんなさい!」

 それから二人は抱き合ってわんわんと泣き、はるか昔の友情を互いに確かめ合ったのだった。



つづくよ

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