占いのよく当たる喫茶店より~あなたの黒歴史やり直してみませんか?

@daijiroumaru

第1話 不思議な合法ロリすみっこさんと謎の黒い球体

「じゃあ、ちーちゃん、きょうからじんにーのおよめさんになるんだね!」

 目を輝かせた5歳児がこちらの目をしっかりと見てはっきりとそう告げた。

「いや、そうじゃないんだよ?たしかにこれからかぞくになるとはいったけどね?」

 こう答えるオレも10歳児である。

「ともちゃん、君のご両親…お父さんもお母さんもこの度の事故で亡くなってしまわれたからね。君をウチで引き取ることにしたんだよ、一番近い親戚だしね。だから手続きを済ませた今日から君はウチの家族だ、私の娘だよ」

 オレの父はやさしく彼女の頭をなでながら優しい笑顔でそう伝えた。

「ふーん?じゃあ、れーちゃんも?」

 彼女のいう「れーちゃん」とは、今まさにオレの服の裾をギュッと握りしめているオレの実弟(8歳)のことで、なにやら先程の彼女の発言に不服なご様子。

「そーだよ、ともちゃん。かぞくでぼくのいもうとになるんだ。だからおよめさんにはならないし、なれないよ。それよりもいつもいってるでしょ?ともちゃんはともえちゃんだからともちゃんなんだ、ちーちゃんじゃないよ?」

「うん、ちーちゃんもとーちゃんにそういったんだけど、とーちゃんはずっとちーちゃんってよぶの。だからちーちゃんはちーちゃんなんだよ」

 おそらくともちゃんのお父さんはともちゃんをかわいがるあまり呼び名が変化してしまったんだろう。

 ともちゃん→ともちー→ともちーちゃん→ちーちゃんって具合に。

「とにかく、ともちゃんはかぞくでぼくのいもうとだよ!にいちゃんのおよめさんじゃないよ!」

 言うだけ言うとぷいっとそっぽを向いてしまった。いつもはとても仲良しなんだけどなぁ。

 ははーん、さては好きな子をオレに取られると思ったんだな?相変わらずオレの弟はかわいいなぁ。

 お互いにいーってなってる二人をオレはほくほくと眺める。それらを更に優しく見守っている父。これからはこれがウチの家族の形なんだと思うとなんだかわくわくしてきた。


 ともちゃんのお父さんはオレの父さんの弟。つまり、ともちゃんは元々オレ達の従兄妹にあたる。

 そして、ひと月ほど前、その両親が交通事故で亡くなってしまい、一人残されたともちゃんをウチで引き取ることになったそうだ。

 父さんと叔父さんはそれなりに仲がよく、何かと家族で集まって遊んだりしていたので、オレもレイもともちゃんともとても仲が良かったし、おじさんおばさんにもとても可愛がってもらっていた。

 ともちゃんの家はお世辞にも裕福とは言えなかったけど、笑いが絶えずお互いが大好きな、まるでお手本のような温かい家庭だったんだ。

 だから二人が事故で亡くなった時はとても悲しかったけど、ともちゃんをウチで引き取ることに決まった時はとてもうれしかったんだ。


「改めて八犬家へようこそ智恵ちゃん。今日は早速ウチでお祝いをしようね。っと、その前に、君の家に寄って必要なものを取りに行かないとね。大事なものがあるだろう?」

「はっ、くまさん!」

「うん、くまさんも連れて行こう。他にもお着換えやお気に入りもね」

「うん!よめいりどーぐだね!」

「だからちがうってば!ってかなんでそんなことしってるの?」


 それからオレ達は彼女のアパートへ行き、主に遺品整理をした。

 あまり裕福な家庭ではなかったので、そんなに家具も物も無かった。

 それでもかたずけが終わる頃には日はとっぷりと暮れ、満月が山から顔を出していた。

 …うん?今、月のそばで何か光ったような?あれ?気のせいかな。


「…ふう、今日はもうこの位にしておこうか。すっかり遅くなってしまったな」

「とうさん、ごはんにしようよぉ」

「ごはん!」

 ごっはん、ごっはん!と合唱を始めた二人を見て父さんがやれやれといった様子。

「そうだな、ご飯にしよう。ここはまだ水も電気もガスも使えるし、食材も多少あるから今日はここでご飯にしようか。その方が智恵ちゃんのお父さんもお母さんも喜ぶだろう」

 父さんは仏壇のともちゃんの両親の写真に挨拶をした後、残りの食材と明日の朝食を買うため、オレと近所のスーパーに向かった。

 ともちゃんとレイはお留守番だ。ぼちぼちいつも見ている夕方のアニメが始まるから。

 オレもいつも見ていて続きがすごく気になったけど、今日から妹が増えたんだ、がんばらなくっちゃ。

 アニメをグッと我慢したオレと父さんのスーパーからの買い物帰りのこと。

 なんだか消防車や救急車の音がするね、近所かなぁと父さんとのんびり話しながら帰ると、ともちゃんのアパートが燃えていた!


 元々古いアパートだったからか、もうすでにどこが火元かも分からないレベルで全焼中だ。

 消防隊のおじさん達が必至の消火活動をしてくれているがなかなか消えそうにない。

 火事の熱でアパートにはまったく近寄れない。

 こんなの中に取り残されていたら絶対に助からない。 

 二人はこの炎の中にまさかいないよな、大丈夫だよな?と熱さをこらえて目を凝らして見ても、アパートの裏にお正月によく見る門松の竹が燃えずに何故か地面に突き刺さっている以外何もわからない。

 そもそも他は原型をとどめているものが少なく感じた。


 ぼーぜんとする中、父さんの声が聞こえた。

「礼っ!しっかりしろ、おいっ!」

 担架に乗せられ今まさに救急車にのせられるところのようだった。

「ご家族の方ですか?彼は煙を吸って意識がない状態です。これから病院へ搬送しますが一緒に来ていただけませんか?」

「!わ、わかりました。あ、あのっ、もう一人女の子がいませんでしたか?5歳で白のワンピースを着た!大事な娘なんです!」

「そういえば一台前の救急車が女の子を乗せていたはずです、そちらでは?それに救助者はこの子で最後のハズです」

「わかりました。よし、仁、おいで。これに乗って一緒に病院に行こう!」

「うん」

 よかった、二人ともあの中にはいなかったんだ。助かるんだ、助かったんだ。

 そう安堵しいつしか救急車の中で眠っていた。今日から一人増えた家族4人でこれから毎日を楽しく過ごすことを想像しながら…。

 そしていつもここで目が覚める。


「にいさん、起きてよ、にいさん」

 そう、いつもこの夢を見た時には、レイにこんな感じで起こされる。

 あれから10年が経った。

 オレ達は今、父の残してくれた喫茶店『月の涙』を細々と営み生計を立てている。

 喫茶店経営は父の長年の夢だったらしく、5年程前から始めた。

 が、2年経ったあたりで父は病に倒れ、闘病生活もむなしく息を引き取りこの世を去った。

 死ぬ間際までアノことを悔いて「すまない、すまない」とつぶやいていた。

 オレは高校を卒業後専門学校へ行き、この店を継いだ。

 なれない喫茶店経営に悪戦苦闘しながら、それでも父の店を弟と二人で守ってきた。

 レイは事故の後遺症もなく無事にすくすくと育ち、大学生となった。

 高校生の頃から店でバイトとして働きオレを助けてくれていた。

 で、今では…


 ミニスカートのメイド服がよく似合う立派な男の娘になっていた!


 どうしてこうなったのか…。

 そういえば、ずっと前に何かの罰ゲームで一日女装して店の看板娘をさせたことがあったな。

 でもその時はものすごく嫌がってめちゃくちゃ怒ってたんだ。

 けど、「割と似合ってるし、案外可愛いな」って落ち着かせようと思って冗談交じりに言ってやると、まんざらでもなさそうにそのまま一日こなしていたが…。

 ん? もしかしてそれでレイの中の何かの扉が開いたのか? 

 そして今では決まってミニスカメイド服でシフトに入る。 

 いや、ウチの制服はそれじゃないからな? 

 ちゃんとオレとお揃いの男性用の制服もあるのに…。

 そして今では男女問わずファンが増えて、立派なウチの看板娘?である。


「さあさ、起きて下さいな。次の方がお待ちですよ?」

 こっちは最近、といっても2年ほど前にふらりと突然ウチに『ここで働かせてくださいまし』とやってきて半ば強引にウチで住み込みで働く、見た目は小学生中身は大人を地でいく、黒野墨子と名乗った女性だ。

 黒髪前髪ぱっつんでツインテール、おまけに和服のようなどこか古めかしい、だがそれがとても似合っている服をいつも好んで着ている。

 こんな服どこで買ってくるんだろう、しまむーかな。 


 コレでハタチで同い年とは…。何回身分証明書と顔を見比べたことか。

 ホントにこんな人もいるんだな、こういうのを合法ロリっていうんだろうな、世の中って広い。

 しかし、見た目は子供で中身は大人って…まさかそのうち「真実はいつもひとつですの!」とか言い出さないだろうな?そんなこと言ってると「真実は人の数だけある」っていう人とケンカになるよな、絶対。ケンカ、ダメ絶対!混ぜるな危険!


「ねぇ、まだかい?占い」

「いえ、大丈夫ですよ。さあさ、こちらへ」

 占いはすみっこ(最近では親しみを込めて墨子さんのことを『すみっこ』と呼んでいる)に教えてもらって最近始めたサービスのひとつだ。

 占いを受けたい人はあらかじめ占いサービス付きのメニューを注文後、順番が来るまで店内でお茶とお菓子を堪能しながら待機していただき、順番が来るとレイかすみっこに呼ばれ、特設占い部屋へご案内という流れだ。


 この占いは我ながらよく当たると評判で、最近では他県からも占い目的で来るお客さんもいるようだ。

 ありがたいことなんだが最近、数が増えすぎて人数制限をしなくてはならなくなった。

 もはや店内は占い待機中か純粋に喫茶目的の客か、はたまた二人?の看板娘の固定客でごった返している状態だ。

 嬉しい悲鳴ってやつだな。そろそろもう一人くらいアルバイトを増やさないといけないかな。


 ウチは占いもだが、元々はスイーツが評判の店だ。

 元々はオレが専門学校で学んだものを出していたのだが、レイのやつがそれに更にアレンジして出したところ大ヒットとなった…くそう、元祖はオレなんだからな。

 ちなみに占いサービスメニューとは、レイの日替わりスイーツセットorオレの日替わりカレーセットの2種類だ。

 このカレーはだな…。

「さあさ、仁さん、お仕事お仕事、ですの」

 …遠路はるばるご来店頂いたお客様のため、お仕事再開しますか。


「久しぶり、仁坊。相変わらず賑わってるね」

「ああ、いらっしゃい、女将さん。ご無沙汰です」

 次の占い客として通されたのは、ご近所の老舗旅館の女将さんで、ウチの占いの常連客だ。

「今日は何を占いましょうか?またリニューアルの件ですか?」

「いや、今日は別件だね。ちょっと不安な事があってね」

 いつもは老舗旅館を今時の客にどうやったら受け入れてもらえるかといったようなコンサルタント的な事が多かった。

 自分で言うのもなんだが、旅館が今黒字に転じているのはオレの占いのお陰だと自負している。

 …まあ、オレみたいな部外者の胡散臭い占いを信じて実行した女将さんの胆力がすごいんだけどな。

「不安な事、ですか」

「そうなんだよ、実はね…」

 話を要約すると、今跡取り息子を地方の人気旅館に修行にやっているらしい。

 が、手紙や電話での連絡が滞っているらしく、事件にでも巻き込まれていないか心配になったらしい。

 それならと修行先の旅館に連絡を入れてみたところ、毎日問題なく仕事をしているとのことだった。

 だがどうにも不安が頭から消えない、とのことで本日のご来店となったらしい。


「なるほどなるほど。わかりました、少し視てみましょう」

 オレがそう言うと相手も慣れたもので、黙って右手を差し出した。

 オレの占いは占う対象に触れないとできないのだが、この場合は女将さんでも可能だ。何故なら、若旦那の未来も女将さんに影響を及ぼすからな。

 オレは差し出された右手を軽く握ると少し集中し、女将さんの身に起こりうる未来のあらゆる可能性を探っていく。

 言うなれば、マルチエンディングを片っ端から覗いて行って、その中からバットエンディングとグットとトゥルーを見つけ出し、それを報告する、という作業だ。

 

 そもそもこの占いは合法ロリのすみっこに教えてもらったもので、

『これは『遠見の術』と言って、時間及び空間を超えて視たいものを視ることのできるスキルですの。ですから地球誕生の瞬間であれ、時の最果てであれ、地下帝国であれ、別宇宙との境目であれ、望むもの全てを視ることは可能ですの。可能なのですが、スキルを使用するたびに心力、仁さんに分かりやすく例えると、げぇむのMPのようなものを絶えず消費していますの。例えば海の底を見たいと海に潜っても息が続く限りしか潜れませんし、そこまでの景色しか見ることができませんの?これと同様ですの。この場合の息継ぎの息が心力に該当しますの。そして心力、これは数をこなすうちに絶対値は増えますし、一晩寝るとすべて回復しますの。ただ、心力を一度にすべて使い果たすと気を失い、最悪死ぬこともあるんですの。ですから日々ぎりぎりまで心力を使い鍛えて限界値を少しずつ増やしていかないと、仁さんの最も望むモノはいつまで経っても視えないまま、ですの。また、心力は一回使うごとに小休憩をはさめばその間ほんの少しだけですが回復もしますの』

だったかな?って、なんだか異世界チートみたいな話をしてたな。

 まとめると、占い(スキル)使用中は、息継ぎなしで深い深い海を潜るようなもの。

 海の中で息が持たなかったら死んでしまうのと同様で、息をどれだけ持たせられるか、あるいは息を長く保てるように鍛えるしかないってこと。

 しかも視たいモノ探したいモノが漠然としていると、太平洋のど真ん中に落としたコインを探し出すに等しい。

 だから道しるべが必要なんだ。

 探し物の道しるべとして対象に触れることによって、ある程度の方向が分かるから、後は深く広く潜って過去と未来を調べるってこと。

 すみっこに最初に教えられたときは5分前を視るのも肩で息をしてたけど、ここまでできるようになったんだから、大したもんだろ?


「ふむふむ、なるほどなるほど…ということは、つまり…」

 いつもの占いとは違い少し時間がかかったのが気になったのか、

「ねぇ、どうなんだい?分かったのかい?分からなかったのかい?どっちなんだい?」

そわそわとオレをせかしてくる。

 とはいえ、せかされて中途半端な報告をするわけにはいかない、これでもこれでお金を貰ってるんだからな。

「ちょ、ちょっと。もうちょっとで…あーなるほど、そうすればいいのか、よし!」

 オレは女将さんの手を離すと今度はモニターの端末に手を伸ばし、ギュッと握りしめ、再び集中する。

 このモニターはコンセントにもつながっておらず、ただビデオ端子から配線が伸びているだけだ。

 しかし、しばらく集中すると、電源にも何にも繋がっていないはずのモニターからジジっと音が発せられ、次の瞬間ある一人の派手目な若い女性が映し出された。

「仁坊、この人は?」

 オレは集中を一旦解き、女将さんにこれから起こる未来の話をする。

「…ふう。まず、何故若旦那の連絡が滞る様になったのか、ですが」

「うん」

「どうやら若旦那は修行先の同僚たちに女遊びを教えられたらしく、休日は遊びに夢中になっているからです」

「…はあ?いや、まあ、あの位の歳ならある程度…」

 女将さんは少し呆れつつも、なんだか自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

「で、この女性ですが、若旦那は今この女性にのめり込んでいるようです」

「…これに」

「元々この女性は風俗嬢で、若旦那が遊びに行った先で知り合いました」

「…うん、まあ、風俗嬢だからって別段悪いとは思わないよ?風俗嬢であったとしてもしっかり仕事をこなす立派な娘さんも大勢いるからね」

 これにも女将さんは納得はしないが理解はしようとつぶやく。

「さて、これからとても重大な事が起こるんですが…若旦那は修行が終了しての帰省後、この女性と結婚し女将にします」

「…はあ?何を勝手に…いや、でも、あの子が見初めた娘なら…」

 若旦那を信じたい女将さんはここでも自分に言い聞かせるようにブツブツとつぶやく。

「ただ、この女性は若旦那のもつ『老舗旅館』と『お金』と『老舗旅館の女将という立場』にしか興味がありません」

「!」

「旅館の女将となっても自分はロクに働かず、たまに顔を出すだけ」

「じゃ、じゃあ、いつも何してるのさ」

「…外に愛人を何人も囲っていますので、そちらに通ってます」

「!!」

「そして、これはこれからの未来の中でも最も最悪のケースなんですが…」

「…まだあるのかい?」

「愛人との子供を若旦那の子供だと言い張り認知させ、将来的には若旦那と女将さん…あなたも旅館から追い出して旅館を乗っ取ってしまいます」

「!!!」

 女将さんは信じられないといった様子でモニターの女性を睨みつける。

「…でも普段から旅館の仕事をしてないんじゃあ、ウチらを追い出したりしたら長続きするわけ…」

「そうです。女将さん達を追い出して乗っ取ったところで残りの従業員だけではとても回りません。ですので…」

「?」

「老舗旅館の看板が欲しくて欲しくて堪らない人物に高値で売り払います。…今、若旦那が修行している旅館の主に、です」

「!?」

「つまり、これらを計画したのは…」

「アイツってことかい!ふざけんじゃないよ!若い頃ウチに散々世話になっときながらよくも!」

 女将さんはガタンと思わず立ち上がり、わなわなと震えている。

 …言っとくけどオレの妄想じゃないぞ?ホントにそんな未来もあるんだ、超バットエンディングだけど。でももうこのルートに入ろうとしてる、止めるなら今しか…。

「…あの、女将さん、これはホントのことで…」

「…ああ、すまなかったね、分かってる、アンタは悪くない。わたしが頼んだ事なんだしね。悪かったね、変なモノ視せちまって…」

 女将さんは少し落ち着いたのか、再び椅子に腰かけ、ふーっと深呼吸した。

「…なあ。これ、どうにかなるかい?」

 女将さんは恐る恐るといった様子で、ダメ元でオレに解決方法を聞いてくる。そんなの…

「もちろん!今ならまだ間に合います。反対にもう少し後だとどうにもならないところでした、いやー危なかったですよ、よかったよかった」

 そう伝えると、信じられないものを見たようにオレを見つめる。

「ほ、ホントかい?ねぇ、どうするんだい?教えとくれよ!」

 女将さんはオレをガクガクと揺さぶる。そんなにしても答えは出てきませんよ?や、やめてー、お、おぇ…。

「う、うぷっ。えーっと、ま、まず、今すぐにでも何でもいいので理由をつけて若旦那をこちらに戻します」

「ふんふん」

「で、こちらも急ぐんですが…そちらにキヌさん、ええっと、うん、そう、この女性、旅館にいますよね?」

 オレは再び少し集中してモニターに別の女性を映し出す。別段美人というワケでもなく、どちらかというと素朴な印象で歳も若旦那に近い感じの女性だ。

「うん?あ、ああ、おキヌちゃん。うん、いる、いるよ?この娘が?」

「ちなみにどんな娘です?」

「うん?ええっとね。この娘は幼い頃に両親を亡くして、ウチで引き取ったんだよ。で、別にいいって言ったのに、自分から旅館の仕事を手伝ってくれて…これがまた呑み込みが早くってね。今じゃあこの娘に頼りっきりなんだよ」

 なんだか自慢の娘を紹介するようにまくし立てる。

 …しかし、ここにもいたんだな、そんな娘が…でも、この娘はともちゃんじゃあない。それはちゃんと今コッソリ確認した。

「やっぱりそうなんですね。そのキヌさんと若旦那を結婚させます」

「ええ!でも、そんな急に…それにあのバカ息子にはもったいないし、おキヌちゃんの気持ちも…あの娘にはホントに幸せになってもらいたいんだよ、旅館とは関係なくね。もう実の娘同然なんだ、だから…」

 今時政略結婚なんてありえないもんな。

 旅館の危機だから息子と結婚しろだなんて、断れないに決まってる。それが不憫で不義理で嫌なんだろうな、きっと。

 占いで視て知っていたケド、ホントに愛されてるんだな。

「大丈夫ですよ。キヌさんも若旦那もお互い気があるようですし。むしろお互いが運命の相手に近い存在です」

「そ、それ、本当かい?」

「ええ。ちなみにこの二人が結婚するとまず若旦那がこれを機にきっぱりと夜の遊びをやめてこれまで以上に真面目に働くようになります。…元々若旦那はキヌさんにいい所を見せたかったみたいですし。そして二人手に手を取り合って協力した結果、旅館が一気に賑わいます。これまでが何だったんだってくらいに。それから…」

「それから?」

「キヌさんは若旦那も女将さんも旅館もお客さんも、とてもとても大切に扱います。将来的には子供が三人生まれますが、皆とても良い子に育ちますよ」

 そう言うと、女将さんはポロポロと涙をこぼした。

「そうかい、そうなのかい。ああ、よかった。旅館も大事だけどおキヌちゃんもホントに大事なんだよ、よかった、よかった」

「で、言うまでもないですが…」

「…ああ、分かってる。息子をこっちに戻す時にあの女が一緒に来るってんだろ?塩まいて追っ払うよ、任せときな」

 女将さんはなにやら色々吹っ切れた様子で、あの激しく塩をまくことで有名な相撲取りより激しく塩をまくしぐさをして、グッとガッツポーズをして見せた。


「それと、旅館の重要な貴重品…土地や旅館の権利書、あと資金諸々なんかの保管場所と暗証番号の変更を必ずしてください、これもなるべく早めに」

「?…ま、まさか?」

「はい、若旦那がお酒に盛られて口を滑らせています。この対処をしなかった場合、女性を追い返した3日後に強盗に入られ、それらをすべて盗まれ、キヌさんは攫われて行方不明になります」

「な、なんだって!ほ、ホントにあのバカ息子は!」

「いえ。今回はそれを逆手にとってもう二度と旅館を狙わせないようにすることができますよ」

「!」

「ウチの常連の刑事さんに頼んで張り込んでもらいましょう。これは警察にとってもチャンスなんです。実はこの女性、これまでも同様の詐欺事件を起こしていたんですが、どれも決め手の証拠がないらしく、手を焼いていたようなんです。警察のブラックリストなんですよ、連中」

「れ、連中?」

「そうです、この女性も組織…犯罪グループの一員でしかないんですよ。ですがここで侵入者を現行犯で捕まえてしまえば、余罪取調べでそりゃもう出るわ出るわのお祭り状態になります。ちなみにこの時、依頼者の旅館の主もめでたく御用となります」

「はあぁ、そうなのかい、そんな大事に…。しかし、そんな連中に目をつけられたんじゃ、ウチのバカ息子じゃあどうしようもなかったろうね」

 なんだかどこか納得した様子の女将さん。

「そうですね、相手が悪かったです。でも、これを上手く乗り越えた後は良い事しか起こりません。これもキチンと確認しましたからね」

「よし!ありがとう!恩に着るよ!」

 女将さんは深く頭を下げ、オレに感謝の意を示した。

「いえいえ。こちらも仕事をしたまでですから。頭を挙げて下さい」

「でも、これはケーキセットで足りる報酬じゃないだろ?後でちゃんと相応のお礼をするからね」

「ああ、それでしたら…。すべて上手くいった暁には『旅館に一泊ご招待』でお願いします」

「もちろんだよ!その時は仁坊の大切な人と一緒においで。一番いい部屋を取っとくから、ね」

「じゃあ、レイとすみさんと伺うことにします」

「よし決まりだ!さあこれから忙しくなるね。あ、警察の件、頼んでもいいかい?」

「はい、任せてください。この後すぐ連絡を入れときます」

 女将さんはすべての不安が払しょくされ目標も示されたことで、晴れ晴れとした様子で足取り軽く、そして足早に帰って行った。

 オレは今の結果を忘れないうちに常連の刑事のゲンさんに詳細を電話で連絡したところ、予想通り食いつきが凄まじく、『絶対捕まえてやる、任せときな、情報提供に感謝する、いつもありがとよ』と息巻いていた。

 ここでオレはようやく一息つくことが出来た。

 ゆっくりと目をつむり、ふーっと深呼吸をしながらこれまでの事を改めて思い出していた。

 そう、オレ達はある目的のためにこの店で占いをやってるんだ、その目的とは…。


 あの火事の日に行方不明になったオレの、オレ達の妹の智恵を探し出すことだ。

 救急車に乗って病院についた後、レイの前に搬送された女の子に会いに行ってみるとまったくの別人だったそうだ。

 父は頭がおかしくなりそうなくらい取り乱して、救急隊員や病院関係者に詰め寄っていたが埒が明かないと判断するや、オレにレイを見ているように言うと火事のあったアパートに戻っていった。

 次の日の午前中に父は戻ってきたが、ともちゃんは一緒ではなかった。

 周辺をくまなく探し、周囲の人たちに見掛けていないか聞き込みをして廻ったり、警察に相談して行方不明者登録もしてきたと聞いた。 

 その時の父は見ていて不憫になるくらいな、やつれ具合だった。 

 火事の跡から死体も出てこなかったことで、当時のテレビや週刊誌で不思議な行方不明事件として取り上げられたが、行方は一向に知れないままだった。

 それからしばらくして父は勤めていた会社を辞め、喫茶店を開いた。

 もしかしたら何らかの情報が集まることを期待したのかもしれないが、本人は昔からやってみたかったからだ、と不出来な笑顔を向けるだけだった。

 そんな折、すみっこが『ここで働かせてくださいまし』とやってきた。

 父は合法ロリのすみっこの姿とともちゃんとを重ねたのか住み込みの条件で即時採用した。

 そして、オレ達の事情を知ったすみっこは『よく当たる占いを教えるのでそれで探してみては?』と提案してきた。

 今考えるとよく分かるんだが、当時のオレは、『なら、わざわざ教えてくれずとも、すみっこ自身が占ってくれればいいのでは?』と考えたもんだ。


 ここで先程の道しるべの話になる。

 いかにすみっこ自身に占いの腕があろうと漠然としすぎる上に、8年も前のことだとすみっこの心力が足りないらしい。

 では何故オレ達がその占いを使う方がよいのか? 

 答えはこの占いの条件として『自分が関わることは視ることができない』ってのがあるからなんだそうだ。

 自分自身の過去や未来を占おうとすると、画面も頭の中も真っ白になって何も見えなくなるそうだ。ホワイトアウト(吹雪などで自分の周囲が分からなくなる現象だったかな)になるんだって。

 なので、その現象を逆手にとって、『本来の占いをすると同時に裏でともちゃんの行方を知っているかを確認する』ことにしたんだ。

 関係のある者がいた場合、裏作業スキルがホワイトアウトし判明することができる、らしい。

 らしいっていうのは、今だその現象を自身で確認できていないから…つまりまだともちゃんは見つかっていないからだ。

 しかし、これが結構、いや、すごく、とても、すんごく大変な事なんだ。

 まあ、ピアノを弾くことができる人は楽勝なのかもしれないな。

 これ、二つの占いを並列思考で制御しなくちゃいけない、つまり右手と左手でまったく別の作業をするようなもんなんだ。あと当然心力も倍消費する。

 だから教わった時は一回やっただけで死にそうになった。

 すみっこはくすくす笑ってたけど、あの時はホントにヤバかった。

 それならなんでレイはやらないのかって?

 これにも理由がある。

 レイはやらないんじゃなく、できなかったんだ。

 すみっこが言うにはレイは不適合者だったって、ちょっと悲しそうな顔をして泣き出しそうなレイを慰めてた。


「どうだった、にいさん。今度は見つかったかい?」

 女将さんと入れ替わりに入ってきたミニスカメイドは若干心配そうな目で答えの分かり切った問いを投げかけてきた。女将さんは何度も視ているからもはやともちゃんと無関係なのははっきりしているからな。それでも聞かずにはいられなかったんだろう。

「いいや、だめだった。いなかったよ」

「…そう。僕にもそれができたら、にいさんの負担も随分減るのにね」

「まあな。けどオレにしかできないなら、オレがやるしかない。こいつがレイを認めてくれればいいだけなんだけどな」

 そう言うとオレは『こいつ』を上着の内ポケットから取り出すと恨めし目で見てやる。


 そもそもこのスキルだって、すみっこにこうこうこうやってっと教わったわけではなく、こいつを使ったんだ。

 いつもは上着の内ポケットに入れてる黒くて丸い直径3cm程度の球体。

 すみっこはとある大事な人からの大切な預かりものだと言っていた。

 それをこうしてオレに持たせているのは、まず、適合者でないと使用できないのと、何かあれば、本来の持ち主のところへ必ず戻るから、なんだそうだ。


 そんな黒い球体をぎゅっと握りしめ集中すると、にわかに虹色に輝きだし、

「…スキル付与優先順位、第三位者。出力一割まで。現在スキル数三。現在のスキルの進化まで残り五十得。…何か御用ですか?」

こうしてアナウンスが流れる。

 しかし毎回思うけど、もうちょっと何とかならないのかねぇ。ホント愛想が悪いというか何というか…。

「なんでもないよ、進化まで残りどのくらいか知りたかっただけだよ」

 だから、こちらもついつっけんどんな言い方をしてしまう、オレの気持ちも分かってもらえるだろうか。

 オレがそう言うとこいつは何も言わずまた元の黒い球体に戻った。

 しかし、女将さんを占う前に一回確認した時には進化まで残り百得だったはず…。今のはそんなに善行だったんだろうか。普段の十倍は稼げてしまった。

 このスキルは『得』つまり善行をいくら積んだかで進化…ゲームでいうところのレベルアップをするんだそうだ。

 進化すると心力の消費がどんどん抑えられるようになる。つまり、同じ心力でもっと深い過去、遠い未来が視られるようになるんだそうだ。

 今は頑張れば五年分の過去と未来を視ることができるが、十年前の火事の日の真実を知るためにはもっともっと進化させないと…そのためにももっと善行を積まないと。

 というわけで格安の値段で占いをして様々な人達に貢献することで日々善行を積んでいるワケだ。

「ホント不思議だよね、ソレ。僕が握っても何にもならないのに」

 オレから手渡された黒珠をレイは何度もにぎにぎしている。

 …その姿をちょっと可愛いと思ってしまった。はっ、いかんいかん、そんなこと言ったらまた怒られる。


「仁さん?そろそろ次の方をお通ししてよろしいですの?次の方が本日のらすとですの」

 オレとレイが談笑していると部屋のドアをノックし、すみっこが様子を伺ってきた。

「ああ、ありがとう。うん、大丈夫。お通しして」

「はいですの。さあさ、どうぞこちらへ」

 さ、今日も次で最後だ。もうちょい頑張りますか。


「お待たせして申し訳ありませんでした、占い担当のジンと申します。それでは早速ですが、本日は何を占いましょう?」

 次のお客様は割と年配の夫婦のようだ。一目しただけだが、実に仲睦まじそうな印象だ。

「実はある物の置き場所を忘れてしまいまして。困っていたところ、こちらの占いの評判を耳にした次第です」

「それはわざわざご足労いただきまして、ありがとうございます。その評判に恥じないよう努めさせていただきます。それでどういった物をお探しですか?」

 と言うと、なにやら言いにくそうに、

「実は」

「はい」

「漬物石なんです」

と旦那さんが消え入りそうなか細い声でそう言った。

 うん?漬物石?え?何かの隠語なの?え?ホントに?そんなの無くしても近所のホームセンターで新しいの買ってきなよ。

 …などと思っているとは決して悟らせないビジネスポーカーフェイスで、

「漬物石、ですね?わかりました。早速占いましょう」

 そう言うと旦那さんと奥さんの表情がぱっと明るくなった。

 物がモノだけに断られると思ったのかもしれない。

『たとえどの様な依頼であろうと、決して相手を否定したりしてはいけません、小馬鹿にするなんてもっての外。まず自分自身の中に落とし込んで、相手に寄り添う気持ちが大切ですの』と、すみっこに教わったからな。


「ではまず、旦那様。少しお手に触れさせてもらっても構わないでしょうか?」

 初見の方はまずここで必ず「ん?」となる。

 いや、オレだってそうだった。さっきの女将さんは慣れてるだけだ。

「僕の占いは相手に触れないとできないものでして。申し訳ありませんが、少し手に触れさせていただけませんか?」

「あ、ああ、そうなのですか。いえ、一向にかまいません」

 そう言うと、旦那さんは右手をスッと差し出した。

「では件の漬物石を頭の中で思い浮かべてください。イメージが強ければそれだけ探しやすいです。写真などお持ちでしたらそれを見ながらでも構いませんよ」

 それを聞いて旦那さんはスッと静かに目を閉じた。

 見れば隣の奥様も同様にしており、更にテーブルの下で手を繋いでいる。ホント仲がよろしいようで。

 さて、今度はこちらの番だ。

 旦那さんを触れている手と反対の手を、手近にあるモニターにつながる端子をぎゅっと握りしめ集中する。

 と、しばらくしてモニターがジジっと音を発した次には漬物石が映っていた。

 しかも金色!もしやこれが噂の純金の漬物石ってやつか!初めて見た。はぁーなるほどなるほど、そりゃあ藁にも縋る思いでこんなオカルトにも頼りたくなるよな。

 と、こちらが軽く感動していると、二人はぎょっとした表情をしてモニターを見ていた。

 あぁ、そうね、そうだよね。初めて見るとそうなるよね。オレもすみっこに教わった時にはそんな感じだったよ。だからさっきの女将さんが慣れ過ぎなんだよ。


「はい、もう手を放して大丈夫ですよ。こちらが探し物で間違いないでしょうか?」

 オレはにこやかに二人に確認する。

「え、ええ、これ、これです。うん?ここは?」

「んー?なんだか見覚えがあるような?」

「では背景がもっとわかるようにぐるっと廻して見ましょう。これでどうです?」

 オレは背景が分かるように拡大したり縮小したりぐるぐる廻して、より分かりやすくしてみせる。

「あ、あー!あそこだ。ほれ、この前蔵を整理して…」

「あー、あそこね、なんであんな所にあるのかしら」

 どうやら漬物石の在処に無事見当がついたようだ。

「ご確認いただけましたか?」

「ええ、大丈夫です。これから帰ってすぐに行ってみます」

「お役に立てて何よりです。これからもなにとぞご贔屓に」

 にこりとすると向こうも心配事が無くなったのか、スッと肩の力が抜けた本当の笑顔で、

「もちろん、本当にありがとう」

「また来ますね」

「お待ちしております」

 こうして本日最後のお客様は無事足取りも軽くお帰りになった。

 …ただ、今のお客さんにはこの後に不穏な未来が見えたんだが、伝えないことにした。

 それは確率的にはかなり低いものだったし、何より、起こらないことを願いたかったからだった。

 この判断が後で後悔に変わることをオレはまだ知らない。…言ったろ?自分の事は占えないって。


「あんなところにあったんだな、純金の漬物石」

「ほんとね、なんでかしらね」

「これでまた君の美味い漬物が食べられるよ」

「はい、まかせてくださいな、うふふ」

 なんて会話が遠ざかっていく。ふー、やれやれ、今日もこれでお仕事おしまい。


「仁さん、本日の占いもあのお二人でおしまいです、他のお客さんももうお帰りになりました。くろーずの準備をしてきますね?」

「ああ、ありがとう。じゃあ頼むよ」

 はいですの、とこちらに軽く会釈をして部屋から出て行った。

 立ち振る舞いも話し方もいつも上品でついうっとり見てしまうが相手は合法ロリだ。

 合法であっても無くてもオレはロリには手を出さない、絶対にだ。『イエスロリ、ノータッチ』だ!

 みんなもだめだぞ?お兄さんとの約束だぞ?

 …うん?でも、合法ロリはいいのか?だってあいつオレと同い年…。

 

「にいさん、お疲れサマ」

 ボーっと考え事をしていると、レイが部屋に入ってきた。

「ああ、お疲れ。今日も忙しかったか?」

「…うん、疲れたよ」

 レイの場合、通常の業務もあるが、熱烈なファンが多くいるため、とにかく疲れるらしい。これも看板娘?の宿命だ。

「そっか、お疲れお疲れ。じゃあ今日は久しぶりに三人で外食にするか」

 そう言うと、さっきまでぐったりとしていたレイがパッと明るい笑顔になった。

「ホント?やったー!…あ、でも、今日の料理当番すみさんだよ?いいの?」

「う!まぢか…じゃあ外食は明日だな」

「…だね。すみさんのご飯ホント美味しいよね。…なんでウチで働いてるんだろう?」

「…確かに」


 すみっこは住み込みでウチで働いている。

 そして食事だの掃除だのは不公平が出ないように三人で当番制にしているワケだ。

 で、すみっこは何をやらせてもプロ以上にプロ級だ。

 料理をさせれば、近所のスーパーのタイムセール品をどうやったらこんなクオリティになるのかというレベルでとにかくうまい。

 掃除も洗濯もすみっこが当番の時はすべてが輝いている。

 しかも手際がよく、無駄がない。

 また、先程も言った通り、上品で人当たりも良く笑顔も絶えない、しかもそれらを鼻にかけることもなく嫌味がない…こんなところに完璧超人が!

 ウチの店でもそんなすみっこに交際や結婚を申し込む者が後を絶たない。

 ご近所で評判のお嫁さんに欲しい人物、一家に一人欲しい人物ナンバーワン、だそうだ。

 …ホントになんでわざわざウチに『ここで働かせてくださいまし』って来たのか。

 すみっこならどこでも引っ張りだこだろうし、なんなら自分で店を構えても三ツ星くらいすぐ取れそうだ。

 挙句にあの不思議な黒い球体を使って、オレに占いまで教えてくれたし…。


 ただそんなすみっこにも苦手なものはあった。それはなんと家電だ。

 そう、すみっこは自分一人ではテレビをまともに見ることも、電話をかけることもできないのだ。

 いや、テレビなんてスイッチ入れてチャンネルをガチャガチャ回すだけだって思ってるだろ?それが何故かできないんだ。

 こればっかりは何回教えても未だに一人では使えないので、テレビを見るときはオレかレイにお願いする形になっている。…あんなに何でもできるくせに…不思議だ。

 一体すみっこは何者で、目的は何なんだろうかっと今更ながらボーっと考えていた。


 レイとすみっこについてあーでもないこーでもないと話をしていると、部屋の扉がノックされ、閉店準備の済んだ薄暗い店内から件のすみっこが顔を出した。

 珍しいな、閉店準備が終わったならいつもはノックなんかせずに扉をバンっと開けて「じゃあお疲れ様でした、さあ夕方のあにめですわ」ってレイを連れてそそくさといなくなるんだけど。

「仁さん、ちょっとだけよろしいですの?」

 というすみっこの後ろには二人分の人影があった。…もしや残業か?


 つづくよ

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