第2話 うちのミニスカメイドに春が来た!

つづきだよ


「お願い、この後付き合って!」

 親友のユウちゃんが、これから帰ろうとするウチを引き留め、あざとい感じの上目遣いでお願いしてきた。ふっ、残念だけど、その手は女子には効かないよ?

「いや、でも、ウチ、これから…」

 うちは家計が常に火の車なので、学校帰りにバイトに行っている。

 今日はバイトがない日なので、これから帰って家業の手伝いをしようと思っていた矢先である。

「今日はわたし珍しく部活休みなの。でね、ずっと気になってた占いに行ってみたくて。でも、一人だとなんだか怖いし。だから、お願い!」

「だから、ウチ、これから…」

「チエちゃんがいつも大変なのはもちろん知ってるよ。せっかく弓道の有名な高校に入ったのに家の都合で部活辞めなくちゃならなくってバイトして、バイトのない日も家のお手伝いしてるのもちろんちゃんと知ってるよ。でも、わたしも今日しかないのよぅ」

 ウチとユウちゃんは小学生の時からの幼馴染で、割と珍しい近所の弓道教室に通った腐れ縁で、高校も同じ弓道部に入ろうって約束していた親友だ。 

 ウチは家庭の事情から弓道部を辞めてしまったが、ユウちゃんは、「チエちゃんの分までがんばるっ」って今も弓道部で汗を流している。

 うちの高校の弓道部は割と知られた強豪校なので、練習は時間も内容もとにかく厳しい。そんな部活が休みの日というのは確かに貴重なのだろう、でもなぁ。

「そんなに急いで行かなきゃいけない所なの?別に明日でも…」

「今日じゃなきゃダメなんだよぅ。わたしもチエちゃんも空いてる放課後なんて、今日しかないだよぅ、お願いぃ!」

「でもなぁ。そんな貴重な日にウチと占いに行くってどうなの?他に行く人いないの?あっ、ほら、最近気になってる隣のクラスの伊藤くん。同じ弓道部なんだからきっと空いてるよ?誘ったらきっとホイホイ付いてくるって。ユウちゃん可愛くってクラスでも人気だもん。ちょっとしたデートみたいでいいじゃん。ああ、うん、いいね、そうしなよ」

 隣のクラスの伊藤くんとは端から見ていてもなかなかイイ感じで、はよ付き合えっていつも思ってる。

「い、伊藤くんじゃダメなんだよ。あ、いや、伊藤くんが嫌いだからじゃなくって、むしろ好きだから今日はダメっていうかって、なに言わせるのよ!」

 ユウちゃん、やっぱり、可愛い。

「ふう、これだけお願いしてもダメなんだね?じゃあ、仕方ない。この手だけは使いたくなかった。使わせたチエちゃんが悪いんだよ?」

 さっきまでわたわたして可愛かったユウちゃんが、決心を固めた強い眼差しでこちらを見つめる、ごくり。

「付いて来てくれたら、あのお店のスペシャルパフェ、おごってあげる!」

「そういうのは早く言いなさい!さっ、行くわよ!」

 ウチは家に断りの電話を入れて、浮かれるユウちゃんと足早に学校を後にした。


 おかしいな、15時過ぎに学校を出たのにもう17時を過ぎようとしている。 

 何で、こんな遠いところまで交通費と時間を使って来なくてはならないのか。

 スペシャルパフェに負けたあの時のウチをはたいてやりたい。

 電車とバスを乗り継いでここまで来たけど、ウチはもうパフェなんかどうでもいいから家に帰ってお風呂に入って布団でぐっすり朝まで寝ていたい。

 ああ、日々、電車やバスで遠距離通勤をして働いているすべての方々を心から尊敬します。

 そしてウチは絶対近場で就職する!って、ウチは家業を継ぐんでした。

 それと今気がついたけど、この後、帰りもあるのかぁ。


 ふと空を見上げると、少し早いお月様が顔を出していた。

「月だ…」

 ウチはふとつぶやいたが、それは雑踏に紛れたのか、隣をフンフンと足取りも軽いユウちゃんにも聞こえてはいなかった。

 …ウチは何故か昔っから月を見るといつも胸騒ぎがする。

 何か大事な事をすっかり忘れてしまい、その結果取り返しが付かなくなる、そんな不安な気持ちにさせられる。

 でも決して月を嫌いにはならない、むしろ好きな方だ。

 ただ、いつも早く帰らないとっとウチの中の誰かに囁かれる、そんな気がするだけだ。


 ウチはトボトボ、ユウちゃんは足取り軽く、正反対な二人が駅から歩くこと実に30分、目的の占いをやってる喫茶店が見えてきた。

 ここまで来る道すがら、ユウちゃんに色々聞いてみたところ、その喫茶店は2年ほど前から占いを始め、よく当たると評判になっており、全国から占い目当てに人が押し寄せるのだそうだ。

 そんな喫茶店は終業も早いらしく、18時にはいつも閉めてしまうらしい。

 なので、お客さんの中にはわざわざ有給を取って、泊りがけで来る人も珍しくないらしい。

 そんなに当たるなら、うちの家業のことも占ってもらおうかな。


 喫茶店に差し掛かりいよいよ扉を開け店内に入ろうとした瞬間、扉が開き店内から先客と思しき二人組が出てきた。

「あんなところにあったんだな、純金の漬物石」

「ほんとね、なんでかしらね」

「これでまた君の美味い漬物が食べられるよ」

「はい、まかせてくださいな、うふふ」

 なんて、会話をしながら、仲睦まじく歩いて去って行く。どうやら、占いの腕は評判の通りのようだ。

「あらら、お客様ですの?申し訳ありません、本日はこれにて閉店と相成りましたの、うん?あらら、どうなさいましたの?」

 そこには、黒髪前髪ぱっつんでツインテールで見た感じが小学生低学年位の可愛らしい女の子が、少々困った顔をしてこちらをのぞき込んでいた。

 そんなの見てウチとユウちゃんは…

「「か、かわいいー。 えー、何この子、めっちゃかわいい!」」

 次に気が付いた時その女の子は、ウチら二人に小一時間もみくちゃにされ、ややぐったりしていた。いや、こんな可愛いの反則だよ、これがこの店のやりくちかー!(誉め言葉)


「こほん、さ、先程も言いました通り、当店はすでに閉店と相成りましたの。申し訳ありませんが、またのご来店をお待ちしております、ですの」

 にこりとすると、さっさと店の扉を閉めようとする。

 あー、間に合わなかったー。まー、こりゃあしょうがないね。 とウチは思っていたのだけれど、ユウちゃんはウチとは熱意が違ったようで。

「お、お願いします。どうしても今日、占ってもらいたいんです。はるばる2時間かけてきたんです。今日の為にお小遣いもためました。だから、お願いします」

「う、ウチからもお願いします、この子のこと、占ってやってください!」

 ユウちゃんの熱意に押されて、気が付いたらウチも幼女に頭を下げていた。

「ふう、困りましたの。うん?あら?あらら?あらららら?」

 なんだか、ウチの方をじっと見る幼女。

「あ、あなた、いえ、あなた様はもしや?」

 更にウチの手を触ったり握ったりさすさすしたりした後、ユウちゃんにも同じようにすると、

「あらまあ、こちらの方もこちらの方で、ですの」

改めてこちらをじっとのぞき込み…

「おかえりなさいませ、お嬢様方!」

 と、そんなどこかのメイド喫茶でよく聞くセリフと、突然の手のひら返しの満面の笑みで迎え入れられた。


「さあさ、どうぞ。店内すでに薄暗くなっておりますの。足元にお気をつけくださいませ、お嬢様方、ですの」

 なんだかそこまで丁寧だと逆に不安になってくる。 

「あのぅ、なんで急に占い視てもらえるようになったんですか?」

 不安なのはユウちゃんも同じようだ。

「いえいえ、他意はありませんの。お客様方で、美少女来店者数がちょうど100人目だったのを失念しておりましたの、ですの」

 そう言いながらころころと笑う幼女。

 なんだその取ってつけたような理由。ホントにここ、占いしてくれるの?もしかして、ウチらをいかがわしいお店に売り飛ばそうとしてないよね? と、ウチが訝しんでいると、ユウちゃんがなおも質問する。

「それにどうして、こんなに閉店が早いんです?もっと遅い時間じゃないと来られない方もいると思いますよ?」

 そうだよね、それもそうだ。普通の社会人なら有給でも取らない限りは平日は来られない。

「それは致し方無いのですわ。なぜなら…」

「…年齢制限ですか?幼女は条例で夕方以降は働けない、とか?」

 言うや、件の幼女の足がピタリと止まり、鬼の形相で振り返った、ような気がした。薄暗いし一瞬だったので確かではない。

「…幼女はそもそも働けませんわ。労働法というものがありますの。それにわたしはこれでも成人しておりますの。ではなく」

「「ではなく?」」

 今度は確認できた。明らかに照れたような申し訳ないような、そんな表情だった。

「…夕方のあにめを見るためですの。毎日夕方にやってる猫とネズミのケンカのお話。あれが毎日とても楽しくて楽しみで。仁さん…店主にお願いしているの、ですの」

 意外な理由だった。そんな理由でウチらは学校帰りに慌ててくる羽目になったんかい、2時間もかけて!

「そ、それなら。円盤で見るなり、録画で見るなりすればよいのでは?それって再放送のヤツでしょ?」

 うん、そうだよね。だからこの理由はきっとフェイクだ。

 はっ、もしや、本当の理由を知ると消されるのでは。物理的にも社会的にも。

 やばいヤバイ、それなら今のうちに隙を見て何とかユウちゃんを連れて逃げないと!

「円盤?録画?何のことですの?それに再放送?放送は見逃すと二度と見れない、と、仁さんが…」

 うん、本当の理由だった。

 

 薄暗い店内を進むと、半開きのドアの向こうから明かりがもれており、少しここで待つよう言われた。

 室内からなにやら先程の幼女を含む三人の話し声が聞こえる。

「仁さん、ちょっとだけよろしいですの?」

「なんだよ、すみっこ。もしかして、残業か?」

「えーっ、やめなよ、今日はにいさんもう限界だよ?」

「ならばわたしが視てもかまいません、ですの。さ、お二人を入れますよ?」

「…珍しくすみっこがやる気になってるな。夕方のアニメはいいのか?そろそろ始まるぞ?」

「…よくはありませんが、やるべきことはやるべき時にやらねばなりませんの。それはそうと、仁さん?」

「ん?」

「仁さんは、『円盤』とか『録画』とか『再放送』などはご存知ですの?もしや、わたしをたばかったりなどとは?」

「い、嫌だなー、すみさん。そんなの知るわけないじゃないですか。あっ、そろそろ心力も回復してきたし、もうあと二人だっけ?オレがやるよ、やらせてくださいまし。だからそんな怖い顔するなよぉ」 

 それから少しの静寂の後、ドアが開き、

「さあさ、お嬢様方、中へどうぞ、ですの」

先程同様満面の笑みのすみっこさんが部屋へ招き入れてくれた。


「さあさ、お二人とも、こちらですの」

 部屋の中に通されると、テーブルに椅子が4脚、それに先程外に声が聞こえてきた男性一人とミニスカメイドが一人。それと、モニターが1台テーブルに乗っているが、見たところコンセントはもちろん何処にも何にも接続されているようには見えなかった。これどうするものなんだろう。

「…じゃあ、すみさん、僕たちは外に出てようか」

 一人の男性がすみっこさんに…、って、ええっ? そういえば、外まで聞こえてきた会話は男性が二人だったはず。 

 そして、今まさに美少女ミニスカメイドの声もその内の一人だったような、つまり? 

「いいえ、レイさん、それには及びません、ですの。わたしたちも聞かせていただきましょう、よろしいですの?お嬢様方?」

 その言葉に二人の男性はぎょっとした顔をし、お互い目で確認するかのように、目をパチパチさせていた。

「…今日はホントに珍しいね、すみさん。普段なら、『お客様のぷらいばしぃにわたしたちが触れるのは許されませんですの!』っとか言って部屋から追い出すくせに」

「そうですね、レイさん。普段ならわたしもそう言いますが、今回はわたしたちにも関りがあることですので、これでよろしいんですの」

 すみっこさんはにこやかにだが、どこか圧力のある笑顔でレイさんに返事を…。 ん?『レイ』さん?もしかして?いや、まさか、そんな?

 ウチは自分の中の『レイ』という人物と同一人物なのかとても気になった。

 そういえば、さっきの声も聞き覚えがあったような気がして、ついじーっと、ミニスカメイドの美少女?男性?を見つめてみる。

 あっ、やっぱりそうだ、ウチのレイさんと同一人物だ!


「やっぱり!レイさん!あなた、高校の弓道県大会でいつも個人優勝してた、八犬 礼さんですよね?ウチ、じゃない、わたし、大ファンなんです!」

 ウチは感動のあまり、つい大きな声でまくし立てた。

 だって、ずっとあこがれて、あこがれ過ぎてレイさんの卒業した高校に入学し、レイさんが所属していた弓道部に入ったくらいだ。

 ユウちゃんにはストーカーみたいだからやめない?って言われたケド、そんなことはない。これは立派な推し活だよ!

 家庭の事情で辞めざるをえなかったケド。

 あー、まさかこんなところで会えるなんて。

 確かにウチが個人的に調べた限りでは、大学に行っても弓道を続けると思ってたけど、家業の喫茶店を手伝うから弓道もやめたって。

「あー、まさかここのことだったのかー。色々調べてみたけど、喫茶店を何故か特定できなかったんだよなぁ。でもこうしてここで会えるなんて、親友の頼みは聞いてみるもんだなぁ、やっぱり持つべきは親友だなー。もうこれって運命なのかなぁ。うん、そうだよね、いやあ、そうなのかなぁ、えー?やー、照れるなぁ、えへへー」

「…もしもし?あなた様?心の声が途中からもれてますの?」

 そう言われ、はっと自分の世界から帰ってきて周りを見渡すと、皆さんドン引いてらっしゃった。はずかしー。でもうれしー。

「へー、君はレイのことに詳しいんだね、なんだか嬉しいよ」

 と、もう一人の男性が心底嬉しそうに話しかけてきた。

「…あなたは?」

「オレ?オレは…」

「ぼくの兄で、この店のオーナー。それと、これから君たちの占いをしてくれる人だよ」

 レイさんはとても自慢げに紹介してくれた。ふんすフンスどやぁって聞こえてきそう。

「はっ、お、お義兄さま!」

「うん?うん、レイの兄の仁といいます。これからも当店と弟をご贔屓に」

「はい、可能な限り通わせていただきます!不束者ですが、末永くよろしくお願いします!」

 ウチは突然の幸運な出会いに初めて神様に感謝した!あー、もう、今死んでも悔いは無しっ!いやいや、だめだめ、これから二人で幸せになるんだから。これまでの不幸は今日の出会いでプラマイゼロだよ、やったー!

 ウチが思わぬ出会いとご家族からの公認をいただいて?興奮してハスハスしていると…

「チエちゃんチエちゃん。多分チエちゃん今物凄い勘違いしてるよ?早くこっちに帰っておいで?」

 と、ユウちゃんが水を差してきた、ような気がした。でもそんなの関係ねぇ、ハスハス。

「…うちのチエちゃんがすみません、後でしっかり言っておきます」

「ははっ、なかなか楽しい娘だね。オレはホントにレイのお相手がこの娘でも構わないけどね」

「!ぼくが構うよ、にいさん。それに、ぼくにはにいさんがいるし…」

「ほらな?こいついつまでもオレに依存してるフシがあるから、ちょっと心配だったんだよ」

「もう、にいさんってばっ!」

 とても仲良しの兄弟を見て、なんだか腐の道への扉も開きそうになってしまった。

「さあさ、それでは、そろそろ本題に入りません?ですの」

「ああ、そうだった、そうだった。 で、えーっと、どちらの何を占いましょうか?」

「あっ、はい!私です。私の…私の運命の相手を占ってください!」

「ほうほう、運命の相手ね。…一応、そちらの娘も占っておく?」

「はいっ、よろしくお願いします。でも、ウチの相手は決まってると思います!」

「う、うん、そっか、そうだよね。じゃあ、こっちの娘から視てみようか」

 そう言うと、お義兄さまは一瞬すみっこさんに目配せすると、すみっこさんも大きく、うんうんっと頷いていた。


「じゃあ、これから君の運命の相手を占ってみます。すまないけど、ちょっと手を握らせてもらえるかい?オレの占いは対象に触れないとできないんだよ、すぐ済むからね。…レイ、そんなにらみつけるなよ、今日ちょっと変だぞ?」

「あ、はい、わかりました。どうぞ」

 ユウちゃんはお義兄さまに言われるまま、すっと手を差し出した。

 その手をお義兄さまは軽く握り、反対の手で例の何処にも何にも接続されていないモニターの端子を握りしめ、静かに目を閉じ集中した。

 なんだかお義兄さまが、あーこれは…とかなんとかつぶやいたような気がしたけど、気のせいだねきっと。だってみんな気づいてないし。

 しばらくすると、モニターがジジっ、と音を立てた次の瞬間、ウチらのよく見覚えのある男の子が映っていた!なにこれすごーっ!

「…ふう、流石にちょっと疲れてきたな。あ、もう手を放して大丈夫だよ?さて、君の運命の相手だけど、この子は…」

「「伊藤くん!」」

「うん?そう、伊藤くん。…んー?なになに?あー、なるほど、君と同じ学校の部活仲間なんだ。あれ?この高校、レイの出身校だろ?…ということはレイの後輩か。へー、偶然ってあるもんだな。じゃあ、オレから紹介するまでもないね」

 お義兄さまはウチらが伊藤くんのことを説明する前にすでに理解しているようだった。ホントに何でもわかるんだ。

「は、はい、よく知ってます。あー、よかった。やっぱり伊藤くんが運命の相手だったんだ。これを確かめたかったんです。今日頑張って来たかいがありました、ありがとうございます!」

「ふふっ、よかったね、ユウちゃん。おめでとう」

「ありがとう、チエちゃん。今日付き合ってくれて、ホントにありがとう。これでやっとスッキリしたよ」

「これなら明日告白しても大丈夫だね」

「やだー、もー、えー、どうしようっかなー」

 占いの結果が良いものであったことで、周囲は大円団の雰囲気の中、すみっこさんだけが、まだまだだなって顔をして、

「…惜しいですの、仁さん。それともこの娘に気を使ってるんですの?」

なんだか不穏な事を言い出した。


「なんだよ、すみっこ。いいんだよ、これで。全部知ることが必ずしもいいとは限らないんだよ」

「それではこの娘のためにも相手の為にもなりませんの。さあさ、仁さん。あと二人、いるはずですわ?」

「…ホントに今日はどうしたんだよ、すみっこもレイも」

 ウチら二人は完全に二人の会話についていけず、ぽかーんとしていた。あ、レイ様もだ。

「あのぅ、もしかして、ホントは伊藤くんじゃないんですか?わたしの運命の相手」

「ほら見ろ、ややこしくなったじゃないか、どうすんだよ、すみっこ」

「どうもこうも。仁さんがきちんと個人的な意思を介入させず最初からすべてを伝えておけばよかっただけですの」

 お義兄さまとすみっこさんはなおも言い争いをする中、ユウちゃんはオロオロしている。…見てられない。

「お義兄さま、きちんと説明してください。伊藤くんはユウちゃんの運命の相手ではないのですか?」

 そう言うと、お義兄さまはバツが悪そうにぽつぽつと語りだした。

「…あのね、運命の相手と言っても長い人生の中で出会わないこともあるだけで、実はみんな何人かはいるんだよ。相性のいい人悪い人含めてね。君には将来的に相性の良い運命の相手が実は三人いるみたいなんだ。で、内訳なんだけど、現在は出会ってないのが一人と、もう一人はすごくライバルが沢山いるからあまりおすすめはしないんだ。むしろ今の君の人生を大きく変えるような醜い争いが起きる可能性もある。で、オレの判断で一番当たり障りのない伊藤くんだけを紹介したんだけど…。知りたいかい?」

「…知りたいような、知りたくないような。なんだか怖いです」

「うん、それが普通なんだよ。なまじ色んな未来を知ってしまうと希望も得られるけど絶望も同時にやってくるんだ。それにね、伊藤くんも決して悪い相手じゃない。だから…」

「いや、ユウちゃん、教えてもらうべきだよ」

 ウチは意を決してユウちゃんに訴える。周りの人たちもぎょっとした表情だ。でも親友の為にもここはウチが引っ張ってあげないと!

「未来の絶望を知っていれば回避することができるよ、ね?そうですよね?お義兄さま!」

「その通りですの、とも…いえ、千恵美さん。仁さん?観念なさいな」

 すみっこさんは微笑んでウチの後押しをしてくれた。…あれ?なんでウチの名前知ってるの?

 お義兄さまは今度こそ観念した様子でフーっと息を吐くと、静かに占いの続きを始めた。

「ふー、わかったわかった、わかりました。じゃあ今度はその三人の顔を同時に写すね。あと、さっきも言った通り、別に伊藤くんの相性が悪いわけじゃないよ?むしろ、後の二人は少しいばらの道を歩むことになるかもしれない。だから…」

「仁さん?往生際が悪いですの。さっさとする、ですの」

「…知らないからな?君もいいんだね?」

「は、はい。お願いします」

 ユウちゃんの目に力がこもる。ついでにウチの手も力を込めて握りしめた。…ちょっと痛い。


 お義兄さまは再びモニターの端子をぎゅっと握りしめ、再び集中した。すると、今度は三人の顔が浮かび上がる。って、え?なんで?

「え?ぼく?」

 集中を解いたお義兄さまはやれやれといった様子。すみっこさんはうんうんと頷いている。

 そう、そこには、知らない男性一人と、伊藤くんと、レイ様が映っていた!

「ふー、やれやれ。流石にちょっと疲れたな…じゃあ一人ずつ解説しようか。この三人との相性はとてもいいから誰を選んでも君の人生の上で問題はない。むしろお互いにプラスになる程だ。こういう相手が三人とは。いやはや、滅多にないことだよ、すごいね、君」

 お義兄さまはもはや色々吹っ切れた様子で、口調が軽い。…で、でも。

「まずは、伊藤くんだね。この子は君と大恋愛の末、周囲にも祝福され、めでたくゴールイン。でも、結婚後に勤め先で大きな失敗をしてしまう。しかし、君の内助の功により、逆に大出世をすることになるんだ。まさに君がピンチをチャンスに変えてしまうわけだ。で、三人の子供に恵まれ、順風満帆な人生を過ごし、十人の孫たちに見守られながらの大往生って、でてる」

 すごいよ、ユウちゃん、もう伊藤くんでいいじゃん。…だから。

「次はこの男性。今から5年後に5秒だけ出会うことができる、超激レアさん。ちなみに普通に行動してると出会うことすらできない。その気があるなら出会う方法を教えるよ、名前は佐藤さん。その5秒を運命と感じた彼が君を努力と根性で探し出し、モーレツにアタックする情熱家だ。んで、アタックを受け入れた場合、出会いから3年後に見事ゴールイン。結婚後も彼は何事にも真摯に取り組み、君のことも仕事も家庭も大事にする。ただ彼は長年勤めた会社を辞め、脱サラするんだけど、なんとこれが大当たり。何をするか今教えるとちょっと良くないので教えないけど、実は君とやることで何をやっても大成功になるんだ。で、こちらも多くの家族に見守られての大往生。だってさ」

 す、すごすぎるよ、ユウちゃん、流石ウチの大親友。…だからだから。

「えーっと、最後はうちのレイ。本人の前だからあまり詳しくは話せないんだ。お互いに意識しちゃうと変な未来になっちゃうこともあるからね。でも、うちのレイも他の二人と比べても差はほとんどない。むしろ、一番相性はいいかも。ただ、レイはウチの店でもファンクラブが出来てるくらい男女問わず人気者だから、付き合うとなると相当な覚悟がいるね。でも相性は一番いい。さっ、誰にする?」

 お義兄さまはもういっそ清々しいくらい、ユウちゃんに仕事やり遂げた感を出している。

「う、うーん。どーしよう」

「ま、今すぐ結論を出さなくても大丈夫だからさ、今日は帰ってゆっくり考えなよ」

「そ、そうですね、そうします。流石に今すぐは決められないし…」

 ユウちゃんはそう言うと、レイ様をチラッと見て照れたように微笑んだ!レイ様もまんざらでもなさそうだ!

 こ、こんなことって!

「お、お義兄さま!」

「に、にいさん!」

 ウチとレイ様は同時につっこんだ。


「うん?な、なんだよ二人とも。だからいいのかって確認したろ?」

 はい、確かにウチがアオりました。やっぱりアオりだめ!絶対! でも、でも、まさかこんなことになるとはっ!

 はっ、そうか、そうだよ。

「ゆ、ユウちゃん。ユウちゃんはやっぱり伊藤くんを選ぶよね?だってもうすでに出会っている一番最初の運命の相手だし。学校でもすごく二人の空気作ってるし。みんな言ってるよ、あいつらはよ付き合えって。これで伊藤くんを選ばなかったらもったいないし、それに」

 ユウちゃんにレイ様を選ばせないため、ウチは必死にまくし立てた。

「それに、5年後に5秒しか出会わない超激レアさんも、出会う方法を聞いたにも関わらず出会えなかったらもう後がないよ?伊藤くんもレイ様だって、その頃にはとっくに相手をみ、見つけてるよ?だ、だから、ね?」

 そう、ユウちゃんがそもそもレイ様を選ばなければウチとレイ様の未来に問題ないはず、なのに…。

「…ご、ごめんね、チエちゃん。そうだけど、そうなんだけど。でも、せっかく教えてもらった相手だから」

 ユウちゃんはそう言うと、レイ様の方にくるっと向き直すと、

「レイさん、結婚前提でお付き合いお願いします。でもまずはお友達から。よろしくお願いします」

ばっと頭を下げると同時に右手を差し出した。なんだか懐かし番組で見たことあるやつだ!ねるとんだ!

 こ、こいつ!そ、そうだった、忘れてた。ユウちゃんは追い込むと必ずウチの意思に反した行動をするんだった。あー、今日はさっさと帰って帰りの電車2時間でゆっくり洗脳…もとい説得するべきだった、やらかしたぁ!

 当の本人のレイ様はオロオロとしてユウちゃんの手を取るべきかどうか迷っている様子。お義兄さまはいつの間に移動したのかソファーでぐったりしている。

「ぐぬぬっ、ゆ、ユウちゃん?いくらユウちゃんでもやっていいことと悪いことがあるんだよ?それ以上進むというなら、いいでしょう、戦争だよ!いいから伊藤くんにしときなよ!」

 ここまではっきり意思を伝えればユウちゃんならきっと分かってくれる、そう思っていた。けど。

「わ、わかったよ、チエちゃん。チエちゃんとはこんなことで争いたくなかったけど、しょうがないよね。同じ人を好きになっちゃったんだから。さっきお義兄さまも『相当な覚悟が必要』っておっしゃってたし。戦争、望むところだよ、ばっちこい!」

 いつの間にかお義兄さまをお義兄さまって呼んでるし、あと、いつレイ様を好きになったの?あー、また追い込んじゃった、やらかしたぁ!(2回目)

 ウチとユウちゃんが、グルルっがるるっと、にらみ合っているとニヤニヤしながらすみっこさんが、

「あらあら、まあまあ。どうしましょ、どうします?レイさん?仁さん?ああ、どうしてこんなことに(棒)」

なんだかとてもこの状況を楽しんでいるように更にアオってきた。

「ちょ、ちょっと、にいさん、なんとかしてよ、にいさぁん。だいたい、すみさんが余計な事言うからこんなことに。ぼく、すみさんに何かした?」

 そうだ、最初はユウちゃんも相手が伊藤くんで満足してたのに。それなのにお義兄さまやウチらをそそのかしたりするからこんなことになったんだ。…ウチも賛成したけど、こんな結果をはじめから知っていたら賛成しなかったよ!

「あらあら、なんてことを、ですの。これからみんなでぱっぴーえんどになるのですから、幸せのおすそわけ、ですの」

「…どういうことだい、すみさん?みんなでハッピーエンド?他に誰が…?ま、まさか?」

 レイ様は真っ青な顔をしてウチとお義兄さまとすみっこさんを交互に見ている。

 はっ、まさかウチの浮気を疑われてる?ご、誤解です、レイ様。お、おのれ、この性悪幼女、もう許さない!

「この際、ですの。こちらのお嬢さんも占ってみませんの?もしかすると、そちらのお嬢さんよりレイさんとの相性が良いかもしれませんよ?そうすれば、そちらのお嬢さんも伊藤くん?もしくは佐藤さん?を選べて、万事めでたしめでたし、ですの」

 な、なるほど、確かに。ユウちゃんがレイ様を選ぶ必要がなければいいんだもんね。

 そ、それなら。と、ウチとユウちゃんは、

「「お義兄さま、お願いします。占ってください!」」

仲良く同時にソファーでぐったりしていたお義兄さまに強めにお願いをした。

「お、おぅ、わ、わかったよ。じゃあ、君も同じように占ってみるね。これでおしまいだからね?もう争ったらだめだよ?もし、それでも争うようなら…」

「「ごくりっ」」

「…ウチの店、出禁」

「「わ、わかりました!」」


 クマが冬眠を終えた直後のように、本当にけだるそうにソファーからのそのそと占いのテーブルについた。

 本来なら今日の分はとっくに終わっていたようだから、やはり疲れが出ているんだろうか?やっぱり残業ってやだな。ごめんなさい、お義兄さま。

「じゃあ、君の手を握らせてくれるかい?」

「は、はい、どうぞ、よろしくお願いします!」

 ウチはユウちゃんがやったのと同じように右手を差し出し、お義兄さまもこれまた同じようにウチの手を軽く握り、何もつながっていないモニターの端子をぐっと握りしめ、再び集中した。


 ユウちゃんの時はものの数秒で結果が出たが、今回はなんだか様子がおかしかった。あれ?っとか、まさかそんな、とか、ぶつぶつつぶやいた末、一旦集中するのをやめ、すみっこさんをにらみつけるように言った。

「おい、すみっこ。お前、これ、知ってたな?なんで黙ってた」

「…わたしも先程知りました。ただ、わたしの本来の目的はまだ先にあるのです。ここまではお互いの共通の目的だったまで。しかし、ここまでよく頑張りましたね、仁さん」

 怖い雰囲気のお義兄さまにも驚いたが、すみっこさんもこれまでとは別人のような口調と表情に変わった。これにはお義兄さまもレイ様も驚いていたが、

「そうかよ、お前の本当の目的ね。まあいいや、オレの、オレ達の目的はこれで果たせたし。これまでのお礼も含めてお前の目的とやらにも、もう少しだけ付き合ってやるよ。ありがとな、すみ」

そう言うと、再び占いを再開すべく集中し、ようやくその結果がモニターに! あ、あれ?

「「真っ白?」」

 そう、ユウちゃんの時みたいにモニターがジジっとなって画面が明るくなったが、画面は真っ白いだけで、誰の顔も表示されなかった。 

 え?つまり?どういうこと?ま、まさか?

「お義兄さま、これはどういうことですか?まさか、チエちゃんの運命の相手はいないってことですか?」

 ユウちゃんはウチが聞きにくいことをズバリお義兄さまに問いただした。…いや、助かるケド…。

「…あー、これはだな、えーっと、だな。…うん、そう。実はまだ生まれていないんだよ」

 しどろもどろに説明するお義兄さまの顔は心なしなんだか赤くなっているような?耳なんか真っ赤だ。…つまり、嘘なんだね。ウチを傷つけないよう嘘をついてくれてるんだ。なら、ウチはそれに乗るしかない。

「「あー、そうなんですねー(棒)」」

 ユウちゃんも空気を読んだようで、どうやら同じ感想のようだ。…とほほ、可哀想なウチ。え?待って?と、いうことは?

「あー、ってことは。わたしの勝ちだね、チエちゃん!」

 ううっ、そうだよね、そうなるよね。

「う、うん、そうだね、そうなるね。…お、おめでとう、ユウちゃん」

「うん、ありがとー、やったー、えへへっ」

 こ、これがNTR(ネトラレ)ってやつかー、いや、この場合はBSS(ボクガサキニスキダッタノニ)か…。どちらにしても脳が破壊されるって本当なんだ。もういろんなことがどうでもいいや、帰りに人知れず死のう。

 ユウちゃんは舞い上がり、ウチは打ちのめされ、と対照的な二人をまたしても性悪幼女がくすくすといった感じで、

「えーっと。チエさん、チエさん、千恵美さん?この結果はですね、そういうことではないのですよ?」

なんだか慰めてくれようとしていた。…ホントはいい幼女なの?

「お、おい、すみっこ!今度こそ余計なことは言うなよ、頼むよ」

 ?どうしてお義兄さまがあんなに慌ててるのだろう。あ、そうだ…、もう、『お義兄さま』じゃないんだった…。

「も、もしかして。お義兄さま、また結果をごまかしましたね?」

 ユウちゃんは、キッと仁さんをにらみつけた。

 誰かをあんなに強く睨みつけるなんて…。ユウちゃんとの付き合いは長いが初めて見たかもしれない。

「たとえ同じ人を好きになって争うことになっても、相手がチエちゃんなら、わたしは正々堂々と勝負して、そして勝ちたいんです。…負けたくはないけど、譲られる勝ちはもっと嫌なんです。だってチエちゃんはわたしの一番の友だちだから。だから、もう一度、きちんと占ってください!」

 ゆ、ユウちゃん。なんてまっすぐでいい子なの。流石ウチの一番の友だち。

「…でもね?考えてみて?ユウちゃんは運命の相手が三人もいるんだよ?それに比べてウチはまだ生まれていない人が一人だけ。だからこの場合、ユウちゃんがレイ様をウチに譲ってくれれば…って、それだとウチは『譲られた勝ち』になるのかー。あー!もしかして、さっきのセリフはこの布石!?ユウちゃん、怖い子!」

「…ち、千恵美さん?また途中から心の声がもれてますの」

「ち、チエちゃん、そんなこと考えてたの?」

「ち、違うちがうチガイマスー」


 思ってたことがうっかり口から出たことをまずいと思い、ドン引きしている二人にぶんぶん手を振り否定していると、

「あ、あのな。今度はホントにこれが本当の結果なんだよ」

仁さんがふらふらになりながら説明してくれた。

 でもホントに顔色が悪い。

 なんだか顔が土色になってる。

 あれ?なんだか見たことがあるような?人は本当に体調が悪くて死にそうなときって土気色になるって、なったって…あれ?だれだっけ?

「それより仁さん。もしかして、心力が尽きてますの?少し顔色が悪いですの。わたしの心力を少し分けますから、宝珠をわたしに」

 心力?宝珠?何のことだろう。でも、なんでだろう、知ってる気がする?

「あ、ああ。すまない、助かるよ」

 そう言うと、仁さんはジャケットの内ポケットから直径2~3cm位の黒い球体を取り出す。あー、それそれ。知ってる。見たことある。あれ?なんで?みたことなんかないはずなのに? で、それをすみっこさんに…。

「へー、こりゃあ、なんだい?宝珠っていうからにはお宝なのかい?」

 宝珠と呼ばれた黒い球体はすみっこさんの手に渡る前に、いつからいたかも誰かも分からない男にひょいと取り上げられた。

 …いや、ウチは知ってるこの男。よーく、知ってる!でも、なんでこいつが今ここにいる!


つづくよ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る