第3話 ピンチはチャンスってホントなの?

つづきだよ


「それより仁さん。どうやら心力が尽きてますの。わたしの心力を少し分けますから、宝珠をわたしに」

 そっと手を差し出し心配そうな表情のすみっこを見て、ふと我に返る。こいつがそんなこと言うとは、顔に出るくらい今ヤバイのか?

「あ、ああ。すまない、助かるよ」

 確か、心力を使い果たすと死ぬこともあるって、前に言ってたな。

 でも、宝珠を使える人同士だとお互いに心力をやり取りできるってのも同時に聞いた。なるほど、こんな時に使うんだな、正直助かる。

 実はさっきから、40度近い熱が出た時みたいに頭と体がふらふらしててヤバかったんだ。

 オレはすみっこに宝珠を渡す為、ジャケットの内ポケットから宝珠を取り出し、すみっこに渡そうとした。しかし…。

「へー、こりゃあ、なんだい?宝珠っていうからにはお宝なのかい?」

 いったいいつからそこにいたのか、全身黒い服装の男がオレの手から宝珠をひょいと取り上げた。よく見るともう片方の手には拳銃を持っているようだった。

「あ、あんた。な、なんで。なんでこんなとこにいるのよ!」

 突然現れた男に激しい怒声を浴びせる者がいた。

「あんたのせいで、うちは全部メチャクチャになったのに!」

 怒声を浴びせているのはチエちゃんだった。目はこれでもかというほどキリキリと吊り上がり、口は牙が生えていてもおかしくないくらい獰猛で、手はよく見ると力いっぱい握りしめ、握りしめすぎて血がにじんでいた。

「…なんだアンタ?」

 そんな彼女を見ても平然と軽く返事を男はする。面識はないのか?

「な!う、ウチを、ウチら家族を忘れたっていうの?」

「んー?なーんか見覚えあるような?ま、いっか、どーでも」

「ど、どうでも?いい?ですって!」

「ちょ、ちょっと、チエちゃん。いったいどうしたの?」

 まるで宿敵にようやくめぐり逢えたにもかかわらず、相手は自分のことなどまったく覚えていない、といった様子だ。

 あまりの尋常ではない様子にそばにいたユウちゃんが必死になだめようとしている。おそらく男が持っている拳銃を警戒しているんだろう。

 そんな二人には目もくれないとばかりに男は愉快そうに話しだした。

「ま、これは一応貰っとくぜー?いくらかにはなるだろ」

 そう言うと黒い宝珠を上着のポケットへしまいこんだ。

「それよりさー。ここにいんだろ?じじぃのトコの漬物石のこと教えたヤツ」

 …漬物石?それってもしかして…。

 オレ以外はみんなきょとんとして愉快そうに話す男を見ている。

「オレさー、じじぃのトコで仕方なく下働きしてたんだよねー。そしたらさー、すんごいお宝見つけたんだよ。それがなんと、純金でできた漬物石!いやー、金持ちのすることはよくわからんケド、漬物石にするくらいカネが余ってるならサ、オレがもらってやろーって思ったワケ」

 なおも男は話を続ける。実に楽しそうに。 

「純金の漬物石ってさー、これがまたメチャンコ重てーんだわ。だからオレさー、一旦使われなくなった古い蔵の中に一旦隠しといて、それからゆっくり運び出してトンズラする準備してたワケ」

 愉快そうに話す男だったが、だんだん表情が険しくなってきた。

「んで、準備万端整っていざお宝いただいてトンズラーって蔵に行ったらさー、肝心のお宝がないワケ。はあ?って思ってじじいの様子を見に行ってみたらさー、なんと漬物石見つけてまたこれまで通り漬物漬けてんだよコレが。ますます、はあ?ってなってそれとなく聞いてみたらさー」

 険しい表情になった男は拳銃をこちらに向け、なお話す。

「漬物石のこと占いで教えたヤツがいるってさ。コレお前のことだろ?あん?どーしてくれんの?」

 こいつは知らないだろうけどオレは知ってる。

 あの漬物石はずっと昔のご先祖様が立てた大手柄の賜物だってことを。

 それをあの老夫婦もその前の所持者もどんなに金銭的に困ることがあっても決して手放すことをしなかったってことを。

 占った時にそのこともちゃんと視えていたから。

 そして、もちろんこいつがあそこに隠したことも。

 諦めて欲しかった、諦めてくれると勝手に思っていた。だからあの人たちには教えなかった、こいつらに関わって欲しくなかったから。なのに。

「あー、そうだよ、オレが占って教えた。ちなみにその時、お前が隠したことも知ってたケド二人には教えなかった。アンタが諦めてくれると知ってたからな。それで?オレにどうして欲しいんだ?上手く逃げられるように逃走経路を占って欲しいのか?言っとくケド、ここにお前が来ることはあらかじめ知ってたんだ。もうすぐお得意様の警察官が来るぞ?どうする?ケンゴさんよ」


 そう言うと男は流石にたじろいだようだ。

 まあ警察の話はブラフだけどな。

 そもそも誰が客として来るかは分からない、言ったろ、自分に関することは占えないって。もし知っていたらホントに警察を事前に呼んでたさ。

 あと名前だけくらいならこの距離でも分かるんだ。

 仕方ない、今のうちにレイかすみっこに本当に呼んできてもらおう。

 そう思いすみっこに目配せすると、二人は察したのかコクリと頷き、レイが壁になるような形ですみっこを部屋からそっと出した。

 頼むぞ、上手く呼んできてくれよ?まああれですみっこは有能だし、大丈夫だろ。後は応援を呼んでくるまでオレが上手く時間を稼がないとな。

 …あれ?あいつ電話使えたっけ?


「な、なに?ケーサツ?それになんでオレの名前まで」

「ねえ!ホントにウチの事忘れたの?姉ちゃんのことも?」

 チエちゃんはケイゴの胸倉をつかみ激しく揺さぶる。

「ちょ、ちょっと、やめ、やめろって。な、なんなんだアンタさっきから!オレはアンタなんか知らねぇ…」

「まだわかんないの!ウチは千恵美、真田千恵美よ!姉ちゃんは真田恵美!思い出せバカー!」

 チエちゃんが名乗りを上げるとケンゴは一瞬キョトンとしたが、次の瞬間には懐かしい人物に会えたような笑顔になった。

「え?真田千恵美ってアンタ、千恵美嬢ちゃんか?ははっ、こんなにおっきくなってたんだな。懐かしいなぁ。恵美さんは?元気か?」

 やはり二人は顔見知りらしい。しかもかなり親しい間柄だったようだ。記憶の扉が開いたことで、さっきまで険しい顔つきだった男の表情が懐かしさに緩んだ優しいものになっていた。もしかすると本来はこちらが素なのかもしれない。

 対するチエちゃんは怪訝な表情で返す。

「…お姉ちゃん?アンタ、あんな事しておいて白々しい!この人殺しー!」

「…は?ひ、人殺し?チエちゃん、一体何言って?」

 チエちゃんはケイゴの胸倉から手をゆっくりと放し、ふーっとためていた息を吐き、心を落ち着かせ、淡々と話し始めた。


「まだとぼけるんだね…いいよ、教えてあげる。アンタがウチの店から経営資金を盗んでトンズラした後のこと」

「は?経営資金を盗んでトンズラ?オレが?そんなのするわけないだろ!」

「したじゃない!」

「してねぇ!これでもおやっさんには今でも頭が上がらないと思うくらい尊敬してんだ。そんな人の大事なカネ盗むんでトンズラなんてするわけないだろ!むしろそっちが先にオレに見切りをつけたんじゃねーか!」

「アンタに見切りをつけたりするワケないじゃない!あんなにとうちゃんもお姉ちゃんも期待してたのに!じゃあなんで急に辞めちゃったのよ、お姉ちゃんものすごく心配して…見てられないくらいショック受けて…」

「そもそもオレはおやっさんの店を辞めるつもりなんかなかったよ。あの時、持病を患ってた母親が死んじまってな。それで母親の故郷で葬式をするために忌引き休暇をもらったんだよ。父親ももうとっくにいないし、女手一つでオレをここまで育ててくれたからせめて最期は母親の故郷でって思ってさ。それにその…、その三日位前におやっさんと大ケンカしちまってたから本人には言い出しづらかったからさ、あの二人に諸々の連絡を任せたよ。で、母親の葬式とその後の手続きを全部済ませて帰ってきたらあの二人におやっさんがカンカンだって言われたよ。『なんでオレを葬式に呼ばなかった。そんなにオレは頼りにならねえか、もういい、お前はクビだ!』って言われたってさ」

 ケンゴはうつむきがちに悲しそうなやりきれなさそうな表情で当時を思い出しながら静かに語った。

「そ、そんな。とうちゃんがそんなこと言うわけないじゃない!お姉ちゃんとずっとアンタが戻ってくるの待ってたのに!そ、それじゃあ、それじゃあお姉ちゃんは?なんでお姉ちゃんを見捨てて殺したの?あんなに、あんなにアンタのこと…」

 うつむき悲しげな表情をしていたケンゴだったが、今度はぎょっとした表情でチエちゃんの両肩をガクガクゆらす。

「こ、殺すってなんだよ。さっきも言ってたな、し、死んだ?恵美さん、し、死んだ、のか?」

 やはりお互いの認識には相当なズレがあるようだ。それはお互い驚愕の表情をしていることからよく分かる。

「…アンタがいなくなった後、店の経営資金が無くなっていることに気が付いたの。で、あの二人が『きっとヤツがやったんだ。オレ達がヤツと資金を探してくる』っていなくなって。で、その2、3日後に『ヤツと資金を見つけたから、恵美さんにヤツの隠れ場所まで一緒に来てほしい。一緒にヤツを説得してくれ』って連絡があったの。ウチは怪しいから行かずに警察に連絡しようって言ったけど…」

 ホントに怪しい。なんで店の主人ではなくお姉さんを指名したのか。普通なら警察に連絡してくれって言いそうなもんだ。

「お姉ちゃんはすごくうれしそうに二人と一緒にアンタの隠れ場所まで行ったの。上手く説得すればアンタもお金も戻ってくるって。とうちゃんにも許してもらえるように一緒に頼むんだって。ケド…」

「…けど?」

 なんとなく流れ的に結末は分かる分、聞きたくない、でも聞かないといけないといった表情でケイゴは話の続きを促す。

「…お姉ちゃんはいくら待っても帰ってこなかった。心配になったウチらは警察に連絡したよ。とうちゃんも必死になって指定された付近を捜したよ。ウチは入れ違いになったらいけないから留守番してた。そしたら…」

「そしたら?」

「そしたら、…お姉ちゃん、半裸の姿で森の中で凍死体で見つかったって。警察の話だと、乱暴はされてなかったらしくって…乱暴されそうになったところを隙を見て逃げ出したけど深夜の森に迷い込んで…冬だったし…そのままって…」

 ケンゴはあまりの事に呆然としている。

 チエちゃんも辛いことを思い出し、大粒の涙をぼろぼろとこぼしている。ユウちゃんはそんなチエちゃんを優しくぎゅっと抱きしめた。

「そ、それで。それであの二人はどうしたんだよ。まさか今もあそこで働いてるのか?」

 そういうケンゴにチエちゃんはブンブンと首を振り否定した。

「…あの二人もあれから戻ってこなかった。警察の話だと、アンタが説得にきたお姉ちゃんと二人を殺そうとしたんだろうって。二人をまず殺害して、それからお姉ちゃんを乱暴しようとしたけど逃げられたから、お金を持って逃げたんだろうって」

 一緒に聞いていたユウちゃんはチエちゃんを抱きしめながらボロボロと涙をこぼし、レイも静かに怒っていた。


 ところで、すみっこはちゃんと警察呼びに行ってくれてるのか?ちょっと遅いような…。

「ほ、ホントにアンタが指示したんじゃないの?今までどこで何してたの?警察は指名手配したって言ってたけど」

「は?指名手配?そんなのされてないと思うぞ?別に今まで普通に生活してたさ。じじいのトコで住み込みで働いてたから住所は変わっちまったけど。こっちこそ、おやっさんに捨てられたと思ってちょっとやさぐれちゃったけどな。でもやっぱりおやっさんのことは嫌いにはなれなかったから、せめておやっさんの店には関わらないようにしてたよ」


「いやいや、指名手配はしてましたよ?そして、皆さん、お手柄ですね。指名手配犯の逮捕協力に感謝します」

「あ、あの時の警察官!それにアンタ達!殺されたんじゃ?」

「いやだなぁ、千恵美嬢ちゃん。勝手に殺さないでくれよ。やっと、これからだってのによ」

 突然警官一名と二人組の男が入ってきた。それとその後ろから縄で後ろ手に縛られたすみっこが部屋に投げ込まれた。

「仁さん、レイさん、すみません、賊に不覚を取りましたの。この検非違使も偽物でして、まんまと担がれたのですの」

 すみっこは三人の男たちをキッと睨みつけた。いや、検非違使って。どこの平安時代出身だよ。

「すみっこ…そもそも警察には電話しなかったのか?せっかくオレが時間稼いでたのに」

 そう、警察がもうすぐ来るぞって話は嘘だったからすみっこ達に目配せした。本物の警察が来るまで時間稼ぎをわざわざしていたんだが…。

「で、電話、ですの?あのジーコロコロってヤツ、ですの?そ、それがそのぅ、あの通信機は原始的過ぎて上手く扱えませんでしたの。なので、ひとっ走りゲンさんを呼びに行こうと思いましたの。そうしたら、店の外にちょうどこのニセ検非違使がいたので、これ幸いと助力を求めましたところ、騙されて捕縛されました、の」

 しょんぼらと事の経緯を悔しそうに情けなさそうに語ってくれた。

 …あー、やっぱりダメだったかぁ。

 そう思い周りの反応を見てみるとみんなも『あー、やっぱり、そうだよなー』って顔をしてる。

 オレとレイは分かるケド、なんで今日会ったばかりのこの二人にもそんな顔をされてるのかは謎だった。オレの知らない所でなんかやらかしたのか?

 

 有能なんだか無能なんだか分からないしょんぼらしているすみっこを余所に、ニセ警官と二人の男はニヤニヤしながら楽しそうに話し出した。

「くくくっ、そうだね、そうだよ、オレはニセモノの警察官。で、こっちの二人はオレの部下」

「アンタんとこの金じゃ旨味があんまりなかったんだよね、あんだけ準備とかしたのにさ」

「そうだぜまったく。毎日毎日頭小突かれて怒鳴られてよー、あんな端金じゃ割に合わねーっての」

 こいつら…まてよ?

「なあ、それって、どういうことだよ。この男が店の金盗んだ挙句元恋人を殺したんじゃないのかよ。オレはさっきそう聞いたぜ?」

 事情が全く分からないっといった感じでわざとらしく聞いてみた。

 すると気分を良くしたのか、案の定三人は自分の犯した罪を第三者に自慢するかのように解説し始めた。

「いいぜぇ、教えてやるよ、どうせ最期だしな」


 こいつらも拳銃を持っているようで、これ見よがしにちらつかせる。よく見ると、警官はこんなの持たないだろってゴツいヤツだ。

「まずオレ達はあのチンケだが金はありそうなあの店に目を付けた」

「そこであの店にオレら二人が店員とし潜り込んで」

「で、信頼された頃に金を盗ってドロン」

 ふんふんと食い入るように聞くオレを見て気をよくしたのか、自分の悪事を自慢したくなったのか、更に活舌がよくなっていく。

「いつどうやってドロンしようと考えてたら、この間抜けがあのオヤジと大喧嘩した挙句に当分休みが欲しいってこいつらに伝言を頼んできやがった」

「それならこれに乗っかるしかねーよな?」

「そそっ。オヤジと大喧嘩して嫌気が差したこの間抜けが店の金を盗んでトンズラしたことにして」

「けど、金はオレ達がしっかりもらって。罪だけこいつにかぶってもらって」

「更にそのどさくさでオレ達もバッチリとんずら!」

「けどよ?思ってたより店の金が少なくてよ?」

「だから、前々から気に入ってたあのねーちゃんも貰って行くことにしたんだわ」

「それでオレ達が『金とこいつの隠れ場所見つけた。店長よりねーさんの方が説得しやすいだろうから、一緒に来てくれ』って言ったワケ。そしたらうれしそうにホイホイ付いてきやがった」

「で、そのまま売り飛ばそうとしたんだけどよ。こいつらが味見くらいいいだろ?って聞かなくてよ。まったく。…しかも、どっちが先かで言い争ってる間にまんまと逃げられちまうし…。探したけど見つからなかったから結構焦ったケド、死んでくれてたんでよかったぜ、ホント」

「「すんませんしたっ」」

「しょうがないからオレが警官に変装して、この間抜けにもう一つ罪を被ってもらったよ。ついでにこの二人もこの間抜けに殺されたことにしといたし。まー、ただ、指名手配だけはウソだけどな」

 …よくもまあ、ここまで自慢げに自分の悪事をペラペラしゃべれるもんだな。

 ちらりと見るとケンゴとチエちゃんは怒りにブルブル震えているようだ。頼むからもうちょっとだけ辛抱してくれよ?

 実はこんな商売している関係上、セキュリティは万全で、今も店内とこの部屋の状況や会話を録画録音してる。

 ただ、警察や警備会社には連絡が行かないからさっきみたいに電話は使わないといけないんだけど、電話は店の入り口側のレジの隣なんだよなー。これがひと段落したらもう一回線この部屋に引こう。それかこの前テレビの2時間サスペンスで出てきた最新式の、ボタンをポチっとすると警備会社の人がワッと駆けつけてくれるヤツ設置しよう。うん、そうしよう。


 ニヤニヤが止まらないニセ警官はケンゴに更に畳みかけてくる。

「あー、それとな?お前が狙ってたあの金塊。オレ達が貰っておいてやったぜ?ごくろーさん」

「な、なに?金塊って、あの漬物石のことか?いつ?どーやって?」

 顔を真っ青にしたケンゴがニセ警官の襟首をつかんで問い質すも、ニセ警官は余裕の表情だ。

「じいさんとばあさんがお前の隠した金塊を見つけて、お前があの屋敷を出た後すぐな」

「だからどうやって。ま、まさか」

「そう、そのまさかだよ。お前一人だったらもっと楽だったんだけどな。メンドーだけど二人とも殺したさ、コレでな」

 邪悪な笑みを浮かべながら手に持つ拳銃を、顔が真っ青なケンゴに見せつける。な、なんてことを…。

 ケンゴはその言葉を聞くとがっくりと膝から崩れ落ちた。

「でもお前もそうするつもりだったんだろ?そんなものまで用意してよ。まー、お前がグズグズしてくれたお陰でこっちは色々上手くいったし。ありがとな」

 ホントに感謝などしていないことはあの汚らしい笑顔で十分わかる。

「お、オレは…。そうするつもりなら一旦古い蔵になんか隠したりしない」

「ならなんでここに来た?その拳銃は?お前は金塊の存在を知るここの連中とじじばばを殺してから盗むつもりだったんだろ?え?考えてたのはオレ達とおんなじ事だよな?」

 そう言われ、ケイゴは今思い出したかのように自分の手に握られている拳銃を見つめ、そしてブンブンと首を激しく振った。

「ち、ちがう。確かに漬物石が見つかった時は在処を教えたヤツに物凄く腹が立ったさ。それこそ拳銃で撃ち殺したらどんなにスカッとするかとか考えたさ。でも拳銃なんて持ってないし。これもモデルガンなんだ。ちょっとこれで脅かしてウサを晴らしたかっただけなんだよ」

 自分の意気地のなさを情けなさを嘲笑するかのようにフフッとつぶやくと。

「あのじじいにも感謝してる。おやっさんの店を追い出されて行き場がなくなったオレをあのあったかい、まるで自分の田舎の家みたいな屋敷で住み込みで働かせてくれたからな。オレにとっておやっさんは父親でじじいはじいちゃんなんだ。ちょっと困らせて後でちゃんと返すつもりだった、ちょっとかまって欲しかっただけなのかもしれない…」

 今となっては遅すぎる告白だった。

「そ、それなのに。それなのに、お前、お前らぁー!」

 ケンゴはとうとう堪忍袋の緒が切れたのか、なりふり構わずニセ警官に殴りかかった。が、乾いた銃声一発でそれは簡単に阻止された。

 弾はケンゴの右太ももにあたり、その反動ですっころび、痛みでのたうち回っている。とうとうやりやがった!

「け、ケイゴさん!た、大変、こんなに血が!し、止血!そ、それからきゅ、救急車!」

 ユウちゃんはあたふたとしながらも、なんだか手馴れた様子で適切に処置しようとしている。

 ユウちゃんが咄嗟に動いたのとは対照的に、オレもチエちゃんとレイも一瞬の出来事に呆然としていたが、ユウちゃんの声で我に返り、レイは救急車を呼ぶべく電話に駆けて行った。が、乾いた銃声一発でそれも阻止される。

「れ、レイー!」

「に、にいさん、に、にげて、にげて、にいさ…」

 床に倒れこんで、それでもオレを気遣うレイに、もう一発。今度は頭に命中。…即死だ。


「…ま、また、大切な人がわたしを置いて…な、なんで…こんな…」

「い、いやー!れ、レイ様ー!」

 レイが凶弾に倒れ、ガクガクとその場にへたり込んだユウちゃんと、あまりのショックに意識を失い倒れこんだチエちゃん。そしてオレは…。

「くくくっ、なんでオレ達が全部説明してやったと思ってんだ?優しいオレ達からの冥途の土産ってヤツだよ。おんなじ死ぬにしても知っときたいだろーからな?…オレってやっぱ優しいよなー?」

「「優しいっス!さすがアニキ!」」

「人を撃って殺してへらへらしてやがる奴の何処がだ!」

 撃たれて痛む足をかばいながら、それでもなおケンゴは奴らに食い下がる。オレは…。

「あーん?なんだとー?お前もこいつみたいになりてーの?なー?あっ、そーだ。オレの部下になるってんならお前だけ助けてやってもいいぜ?それとお前も。お前の占い、儲かりそうだからな。どーする?ん?」

 こいつ、どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのか!…なんだか頭の中で糸の切れるような音がした。

「…お、お前ら。老夫婦に続いて、れ、レイまで…。ゆ、ゆるさん、ゆるさんぞ、お前らー!」

「はっ、どー許さないってんだよ、教えてくれよ、ほれっ」

 ニセ警官は怒りに震えるオレの眉間に拳銃を突きつけなお続ける。

「ほれ、なんとか言えよ。ごめんなさい、許してくださいって。オレだけは助けてくださいってよー」

 オレは自分に突きつけられた拳銃を無造作に握ると、そのままぐしゃりと握りつぶした。

 怒り心頭怒髪冠を衝くとはこのことか、オレの中のスーパーヤサイ人が目を覚ましたらしい。

 さっきまで椅子から立ち上がることさえ困難な状態だったのだが、今はウソみたいに体が軽く、力もどんどん湧いてくる。

「…は?え?」

 ニセ警官はあまりのことに頭が理解できないのか、握りつぶされた拳銃とオレの間を目が泳いでいる。

「歯ぁ食いしばれよ、このクズ野郎」

 一度は言ってみたいセリフをこんなところで使うとは思わなかったが、そう言うや言わぬやの間にニセ警官を力いっぱいぶん殴った。顔ではなく腹を。これも一度やってみたかった。

 殴られたニセ警官は2、3メートル先の壁に勢いよく打ち付けられ、そのままズルズルっと意識無く床に倒れこんだ。

 その様子に残りの人間はみな唖然としていたが、すみっこは状況を理解したようで。

「じ、仁さん?あ、あなた、まさか『身体強化の術』を習得してたんですの?あんな高等な術をいつの間に…しかもその様子だと習得するだけして練習をしませんでしたね?ぶっつけ本番でそんな倍率で力を使ったりなんかしたら…」

「したらどうなるんです?」

 なにやら解説を始めたすみっこに、これまたお約束な合いの手をいれるユウちゃん。…意外とこの状況でも余裕があるのかな?

 マンガの某男だらけ塾みたいになっている二人を余所に、オレはこの場から逃げ出そうとする残りの二人もぶっ飛ばそうと一気に距離を詰め、思いっきり…。

「元々残りの心力が無いに等しい状態だったので…」

「だったので?」

「すぐにガス欠を起こします。そして今度こそ命の保証はないですの」

「で、ですって!大変、お義兄さま、ストップ、ストーップ!」

 ガス欠?なるわけないだろ、今、正に絶好調だ。このままレイのカタキを取って…

「あ、あれ?」

 思いっきり二人をぶん殴ろうとしたその瞬間、目の前が真っ暗になり、逆にオレがその場に倒れこんだ。さっきまで綿毛のように軽かった体も今では体が鉛になったように重く、ちっとも動かせない。それどころか息をするのも困難になってきた。

 く、くそう、ここまでか。こんなことなら、すみっこの言う通りキチンと練習しておけばよかった…練習でできないことは本番でもできないってホントだな。

 ユウちゃんの制止の声も空しく倒れこんだオレに、残りの二人の銃口が向く。

「ふう。驚かせやがって、まったく」

「おい、もうさっさと残りも殺してずらかろうぜ」

「だな。アニキも心配だし、長居は無用だな」

 レイ…、今そっちに行くよ。せめてカタキは取りたかったケド。そっちでたっぷり怒られてやるから…。

 薄れゆく意識の中、すみっことユウちゃんがなんだか別のことに驚いている様子なのが分かった。残りの男二人も同様のようだ。

 何にそんなに驚いているのかと視線をそちらに向けたが、角度的によく見えなかった。もう視界もぼやけていたし、もうすぐ死ぬオレにはどうでもいいことにも思えた。

 今度こそ死を覚悟し、走馬灯を散々見ていた時、これまで聞き覚えのない声がした。

「ふむ、どうやらここまでのようですね。咲夜、これへ」


 つづくよ

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