第4話 黒歴史やり直してみる?

つづきだよ


「ふむ、どうやらここまでのようですね。咲夜、これへ」

 ここに来てまさかの新キャラ登場かよ、なんて気力体力が万全だったらツッコんでたな、きっと。

 この場にいた誰とも違う、とても透明感のある涼やかな声がする方へと頭を無理やり動かして見てみると、そこにはさっきまで失神して倒れていたチエちゃんが悪党二人と対峙するように立ち、その傍らには、これまたいつの間に拘束を解いたのか、すみっこが神妙な顔つきで片膝をついて控えていた。

 しかもどこかうれしそうにそわそわしているようにも見える。表情は澄ましているが、ちぎれそうなほどパタパタと振るしっぽが見えるようだ。

 

「はい、お師さま。咲夜御前に」

「ワタクシの宝珠を」

「御意」

 すみっこがオシサマと呼んだその人物は、悪党二人を見据えたまま手だけをすみっこに差し向ける。

 すみっこもすみっこで万事承知していたかの如くすぐさまこれに対応し、例の黒い宝珠をオシサマの手のひらにうやうやしく、そっとのせた。

 長年同様にしてきたであろうことがよく分かる、丁寧且つ流れるようなとても美しい所作だ。

 そういえばあの宝珠って、ケンゴに取り上げられた後どうなってたっけ。たしかケンゴのポケットにしまわれていたはずだが?

 そう思いケンゴの方を見やると、ケンゴも慌ててポケットを確認しているが、やはりそこにあったものが今はないらしく、疑問で頭がいっぱいの様子の表情をしている。


 オシサマは手のひらの宝珠を確認すると一瞬だけすみっこを見てニコリとほほ笑むとまた厳しい顔つきで悪党二人を見据え、これまた一瞬宝珠に集中する為か、静かに目を閉じる。

 すると黒い宝珠がにわかに虹色に輝きいつものアナウンスを始める。

「…スキル付与優先順位、第一位者。出力は限界値九百九十九倍まで。現在の習得スキル数、全百八、上位進化系まですべて習得済み。…おかえりなさい、マイマスター。これよりすべてのスキルは任意の適正出力にて自動展開されます、ご注意ください」

「…よろしい」

 第一位?マイマスター?つまりこのオシサマがこの宝珠の本来の持ち主ってことか!一体何者なんだ。で、なんでそんなのがチエちゃんの中の人やってるんだよ、どうなってんの?あと、宝珠のヤツ、オレの塩対応と違い過ぎるだろ!


「なんの真似だ?千恵美嬢ちゃんよぉ」

「そんなモン脅しにもなんにもなんねーよ。もう攫って売っぱらうのもヤメだ、みんなまとめてやっちまおうぜ!」

「だな、さっさとかたずけて、アニキ連れてずらかろう!」

「ダメー!チエちゃん、逃げてー!よけてー!」

 顔面蒼白なユウちゃんが叫び声と同時にオシサマに駆け寄ろうとするが、足が震えた上もつれた為、上手く動けないようだった。そしてその間に無情にも悪党二人はオシサマに向けて数発ずつ発砲した。

「いやー!…え?」

 …が、すべての銃弾はオシサマの体を貫く事は無く、10cm位手前でピタリと止まり、力なくそのまま床にポロポロと落ちた。

 その銃弾が自分の足元まで転がってきてようやく。

「「…は?」」

 悪党二人は何とも間の抜けた声を発した。

 そんなことはまったく気にしないといった表情で、オシサマは悪党二人に冷たく告げる。

「その方ら、先程から何をしているのです?ワタクシの御前ですよ?控えなさい」

 オシサマがスッと二人に手をかざすとほぼ同時に二人はびたーんとすごい音を立てて床に倒れこんだ。いや、何か物凄い力で床に押さえつけられている様にも見える。

「…まったく。その方らの無礼無作法については後でしっかり仕置きすることとしましょう。それより咲夜?」

「は、はい、お師さま、なんなりと」

 すみっこはさっきの『仕置き』というワードにビクリッとなりながらも表情には出さないよう努めて返事をする。…オシサマのお仕置きって、あのすみっこがビビるくらいおっかないのかな。

「これを仁殿へ。心力を回復して差し上げなさい、さもないと…」

「?さ、さもないと?」

「は、はやくしないと、じんにーがしんじゃうよー!さくやちゃん!はやくー!」

 先程までのクールビューティはどこへやら。一転して幼子のように目に涙をいっぱい浮かべてすみっこに必死に嘆願する。

「こ、これ。まだ出てきてはならぬというに、おとなしくせよ、智恵殿」

「いーの!いーの!いーから、さくやちゃん、はやくはやくー!」

 その様子に一瞬面食らったすみっこだったがすぐ我に返って慌てて返事をする。

「は、はい、ただいま!」


 宝珠をオシサマから受け取ったすみっこが慌てた様子でオレに詰め寄り、宝珠をオレの手にぎゅっとにぎらせる。

「さっ、仁さん、これをしっかり握りしめて。…よく頑張りましたね」

 やはりこいつもチエちゃん同様いつもの口調や表情とどこか違う。

 ただすみっこの場合中の人が違うとかではなく、いつも被っている皮を脱いで素の状態になっているのだろうか。

 宝珠を使って心力を回復する方法はこれまで何度も練習してきたから慣れていたが、回復するスピードが全然違う。どのくらいかと例えるなら、ダイヤル回線と光回線くらいって、この例えでわかる?

 ともかくあっという間にオレは心力を全快させることができ、ようやく起き上がることができたが、やはり頭と体はまだふらつくようだ。

「回復したのは心力だけですからね。それが体となじむまで今少しかかるでしょう。そちらでゆるりと…」

 どこかほっと一息付いた様子のすみっこがソファーへオレをうながしたところへ…

「うわーん、じんにー。よかった、よかったよー!」

「ぐわっ!ゴフっ!…ガクっ」

「あれ?じんにー?じんにー!なんで?つくよみちゃん、じんにーが、じんにーがー!」

「きゃー大変!お義兄さまが『体を強く打ち付けて…』の状態に!チエちゃん、なんてことを!」

 泣きながらオレにドーンと激しいタックルをしてきた人物のせいで、先程のニセ警官同様に壁に強くたたきつけられ、そのまま床に逆戻りだ。

 例えるなら信号を渡ろうとしたところで、視界の外から信号無視のダンプカーにはねられたかのような衝撃がオレを襲った。

 故にダメージも想像以上で、今度は肉体的ダメージであの世に逝きそうだ。

 ちなみにニュースの隠語の『体を強く打ち付けて…』はたしか『遺体が原形を留めないほど変形・損傷している場合に用いられる表現』だったはず。

 つまり死に直結する状態のことで今のオレの状態にもっともふさわしいと言えるな、ユウちゃんナイス表現(?)そして、オレは再び意識が薄れていくのを感じていた。レイ、今度こそそっちに…。


「こ、これ!智恵殿、だからまだ出てきてはならぬと申したのに!見よ、仁殿の有り様を!危うく智恵殿が仁殿を殺めてしまうところだったぞ、まったく。後でいくらでも甘えさせてもらうがよろしかろう、とく今は辛抱せよ、の?」

「ご、ごめんなさい、つくよみちゃん。ごめんなさい、じんにー」

 自分が悪いことをしてしまったことにはっと気が付いた幼子の様にしょんぼらするチエちゃん(外見)。


 そんなチエちゃん(外見)にタックルされ再び三途の川を渡りそうなオレ。あ、あれ?なんだか頭と体が温かくなってきたような…?そ、それに、と、とうさん?レイも。なんだよ、二人ともそんなところにいたのかよ、ほら、見てくれよ。もうオレ達の目的は達成できたよな?ともちゃん、やっぱり生きてたよ…父さんの言った通りだった。あれから色々辛いこともあったみたいだけど、いい友達もできたみたいだし、もうオレ達がいなくても心配いらないよ、きっと。だからさ、オレも今からそっちに行くよ…え、何?よく聞こえない…え?まだ?来るな?なんでだよ、なんでそんなこと言うんだよー。オレもそっちに行かせてくれよー。


「お、お師さま、は、早く体の回復を。今度こそ仁さんが!」

「はっ、そうだった。つくよみちゃん、おねがい、じんにーをたすけて!」

「まったく、しょうのないこと。ほれ」

 オシサマはオレにタックルした体勢のまま片手をオレにかざすと、オレの体は緑色の光に包まれ、やがて…

「あ、あれ?父さんとレイは?さっきまでそこに迎えに来てくれてたのに…そうか、オレ、また置いて行かれ…」

 三途の川を渡り切る前に体も完治されたようだった。

「…わ、割とギリギリであったようだの。ま、まあ、間に合ってよかったの?智恵殿。これに懲りたら…うん?智恵殿?ちょ、な、なにをしておる?」

 チエちゃん(外見)はオレが意識を取り戻したことを確認すると、涙ぐんだ顔で、そっと優しく口づけをした。

「!?」

「…ぷはっ!な、なにをしておる、智恵殿!だから、かような事は、後で、ゆるりと、せよと、申したろう!」

「つくよみちゃん?でもね?ちーちゃんはじんにーのおよめさんなんだよ?だからいいんだよ?」

「だから、後でと、申したろう!」

 大事な事なので2度言いました。いや3度目?

 その様子にユウちゃんは目の前に視線をふさぐため広げたはずの手のひらの指の隙間からこちらをのぞき見、ひゃーとかきゃーとか言ってる。

 すみっこはなんだかぷるぷると笑顔のまま震えていてちょっと怖い。

「とーちゃんとかーちゃんもね、いつもよるのぷろれすのあとはこうやってたの。だからいいんだよ?」

 な、なるほどなーって…叔父さん叔母さん、小さい子って意外と色々見てるからね?油断したらダメだよ?

「あー、もう!もうよい、わかったわかった。ではこのままでよいか、致し方ない。えーと、その方ら…」

 お師さまはともちゃんへの説得を諦め、先程から蚊帳の外になっている三人組に沙汰を告げようとする。

 オレに抱き着いたままの状態で。なんだこれ?どんな状況だよ、せ、せっかくのシリアスシーンが台無しだよ…。と、思っていると…

「お師さま、ともえさん、良くなどありません!お師さまの威厳が損なわれます!さあさ、お立ち下さい!ともえさんも!よいですね?」

 ギロリと聞こえてきそうな表情と厳しい口調で二人?にすみっこが物申す。言われた二人?は渋々といった表情でオレから離れた。

 …なんだか色々柔らかかったしいい香りもするしで、オレとしてはもう少しあのままでもよかったようなって思ってたら、心を読んだかのようなすみっこにオレもギロリと睨まれた。…うらやまけしからんですわってすみっこがボソッとつぶやいたような気がしたが、気のせいだったようだ。


「…こほん。さて、その方ら、待たせたの。ちと横やりが入ったものでな、あいすまぬ」

 先程までの緊張感のない空気とは裏腹に、一瞬で場の空気に緊張感が漂う冷たく涼やかな声で三人に告げる。

「まったくだ、オレらにこんなことしときながらあんな茶番を見せつけやがって!」

「は、早くオレらを解放しろ!あ、あと、アニキの体もそいつみたいに治せ、今すぐ!」

 悪党二人は口では強気な事を言っているが、内心ではこの後自分たちの身に何が起こるか不安でたまらないようで、体が小刻みに震えている。最悪の未来も予想しているのか顔面も蒼白だ。

「ワタクシとしてはこのまま三人とも灰も残さぬ程分解してやっても良いのだが…」

「「ひっ!」」

「…良いのだが、いかんせん幼子も見ているのでな。ここはワタクシのカッコ良い所でも見せておきたいところよ、そこでな?」

「「ごくり」」

「そこでな?その方らには特別に過去を清算する機会を与えることとする」

 うん?過去を清算?そんなことできるの?


「な!お待ちくださいましお師さま!なりません!さようなことをなさっては!せっかく復活されたのにまた力を失ってしまいかねません。しかもこのような下賤な者たちに対して!絶対なりません!」

 そう言うと、すみっこはこれまで見たこともない残忍な暗殺者のごとき表情で三人の前にゆらりと立つと、

「このような愚かしい者共の始末など、お師さまのお手を煩わせるほどの事でもありません。咲夜が見事魂ごと分子レベルまで跡形もなく分解して、復活も転生もできぬようにして御覧に入れます」

そう言うや否や、すみっこの両手が不気味な黒い光を放ちだした。

 この発言にか両手の不気味な黒い光にか、どちらに反応したのか定かではないが、オシサマは眉をピクリとひそめた。

 …すみっこはとうとう本気で怒ったようで、もう誰にも止められそうにない。ひょっとして近々来るって噂の恐怖の大王ってこいつのことじゃないのか?


『…そうして、もう誰にもすみっこは止められず、一瞬で三人を見事分子レベルまで分解して見せた。三人を始末した後もすみっこの怒りは収まらず暴走し、三日三晩暴れまわり、とうとうこの世界は滅んでしまった。たった三人の心無い人間のせいで、人類は滅んだのだ…』

 って妄想のナレーションがオレの頭の中を全力で駆け巡っていた時、

「咲夜、待ちなさい」

オシサマが涼やかな声色で待ったをかけた。た、助かったのか?

「し、しかし、お師さま。こ奴らは!こ奴らが!わ、私は!私が!…」

「咲夜、良い、良いのです。それにほれ、なんだか思い出さぬか?」

「?」

「ワタクシと咲夜が初めて会った時のことです。あの時もこのような光景ではなかったかの」

「!あ、あれは!あの時は!い、いえ、も、もちろん覚えております、お師さま。あれを、あの時を、この咲夜生涯忘れることなど決してなく。故にお師さまに永劫変わらぬ忠誠を誓い、共に歩み御傍にお仕えすることこそわが身の悦びでありまする」

 すみっこはそう言うと先程までの恐怖の大王ムーブをやめ、従順な子犬のような表情でオシサマに片膝をついて敬意を示した。

 …た、助かった。これできっと人類は後千年栄えることが許された…そしてオレはもう二度とすみっこを本気で怒らせない、そう心に強く誓った。

 

 オシサマはそんなすみっこの様子に大層満足し、小さな子にご褒美を与えるように、良い行いをほめるように、優しく、愛おしく頭をなでた。

「ふにゃ~、えへへっ」

 子犬の次は子猫の様に、すみっこはただただ甘えて頭をなでられた、なでられていた、のどをゴロゴロ鳴らして。

 次第に今度はお師さまの様子がなんだかおかしくなってきた。なんだか頬を赤らめ、ハアハア言い出したのだ。

「ああ可愛い。ああ愛らしい。幼女姿の咲夜はなんて可愛いらしいの、ハアハア」

 …これはきっと深い深い師弟愛の究極の形なのだろうが、見ているこっちもなんだかおかしな気分になってくる。

「つくよみちゃん、さくやちゃん。いいかげんにしないとだめだよ、おじさんたち、ずっとまってるよ?」

 この場で一番の年少者のともちゃんの一言ではっと我に返るダメな大人二人。

 …すみっこのポンコツは知っていたが、その師匠もやはりポンコツなのだろうか。

 …ひょっとすると、ともちゃんが先程オレに甘えていたところをオシサマとすみっこに咎められたことへの意趣返しなのかもしれないな。

「こ、こほん。咲夜、心力の事なら心配はいりません。何しろこの10年ただひたすら回復に努めたからの。あの時と違い、今は心力満タンです。それに、これから行うことはむしろワタクシの十八番であること知っておろう?故に心配無用」

「そ、そうでありました。この咲夜、不覚を取りました、お許しください。お師さまの力量不足を疑ったわけではなく、心底御身一番を考慮した次第。平にご容赦ください」

「うん、許す」

 お師さまとすみっこはお互い目を合わせるとニッとほほ笑みあった。本当に仲の良い、家族のような師弟関係なのだろう。

 お師さまはそんなすみっこの頭を凝りもせずそーっと再びなでようとしたところで、

「つくよみちゃん、まだー?」

お目付け役からのツッコミに合い、伸ばした手をビクリとさせ、諦めた。

 これにはすみっこも不満そうだが、話が進まない。これ以上はそれこそ、後でゆるりとせよ、だ。


 オシサマが手のひらを三人の方へ向けると、先程のオレの時のような緑色の光が三人を優しく包み、割と重傷だったはずのニセ警官も意識を取り戻した。

「な、なんだ?何が起こった?オレはたしかそいつにぶん殴られて、それで…」

「あ、アニキ!よ、よかった、意識が戻ったんすね」

「おお、お前ら、無事か。よし、もう女共を攫うのはヤメだ。さっさと全員バラしてトンズラするぞ!」

「い、いや、アニキ、それが…」

「あん?なんだ、どうした」

 今意識を取り戻したばかりのニセ警官は当然これまでの出来事を知るはずもなく、残りの二人との認識の違いに戸惑っているようだ。

「その方ら罪人をこれからお師さまがお裁き下さる。神妙になさい」

 先程ほどではないが、一切容赦しない表情のすみっこが冷たく三人に告げる。

「あーん?なんだてめぇ。さっきまでふんじばってたガキじゃねーか。なに偉そうにしてやがる。それにどーやってアレを解いたんだ」

「や、やめてくれアニキ。こいつらに逆らわない方がいい。さっきもバラバラにされて三人共殺されるトコだったんだ、頼む。オレはアンタには死んでほしくねーんだ」

「お、オレからも頼む。な、なあアンタら。オレとこいつは殺されてもかまわねぇ、それなりの事してきたしな。け、けどよ。オレら二人の命でアニキは許してもらっちゃくれねぇか?なあ、頼むよ」

「「この通りだ」」

 部下二人が深々と頭を下げるのを見てニセ警官はワナワナと震え、部下に強く言い放つ。

「お、おい、お前ら。ふざけんじゃねぇ!オレがお前らに全部背負わせて許してもらって満足するようなクズだと思ってんのか!むしろ逆だ!」

 ニセ警官はクルリとオシサマに向き直ると、

「おい、なんだかオレ達のどっちかが死ぬ話になってるんだが?冗談じゃねぇ。今日のことも、これまでのことも、全部オレが計画してヤってきたことだ、こいつらはオレの指示通りに動いただけ!だから全部オレだけが悪いんだ!こいつらは悪くねぇ。オレだけが悪いんだ!だからケジメつけるってんならオレだけにしろよ!なぁ!」

命令なのか謝罪なのか嘆願なのかよく分からないことを強く告げた。

 すると闇落ちしたかのようなすみっこがニヤリとすると、冷たく言い放つ。むしろこっちが悪人みたいだな。

「あなた達、何か勘違いしてますね。地の民の魂などどれも価値など等しく、差などありません。故にどちらの誰を優遇するかなどという話にはなり得ません。あなた達はアリやハチ一匹一匹の違いなど分からないでしょう?それと同じことです。敢えて言いましょう、あなた達は一蓮托生であると。つまり、滅びるにしろやり直すにしろ、三人共々ということです」

 なんだか良い事言ってやった、ドヤーってなってるすみっこに三人の間の抜けたような質問が返ってきた。


「「「やり直す?」」」

 ちょっと悦に浸っていたすみっこが、はっと帰ってきた。

「こ、こほん。それについてはこちらのいと尊き御方からお話があります。心から拝聴なさい」

 すみっこはうやうやしくお師さまを紹介すると、オシサマもこれまたノってきた。

「その方ら、これから大事な話をするでの、しかと耳にせよ」

「「なんだよ、嬢ちゃん」」

「この方はあなた達の知ってる千恵美さんとは別人です。もっとも中身がですが…」

「「「じゃあ誰だよ」」」

 すみっこはその言葉を待ってましたと言わんばかりにキラーんっと目を輝かせ…

「静まれー!こちらの方をどなたと心得る。恐れ多くも天下の月天上界女神が一柱『月詠命(つくよみのみこと)・クロノス』様である!そして私はクロノス様一番の巫女、咲夜!ええい、者共、頭が高い!控えぃ!控えおろー!」

 日本人なら一度は言ってみたいセリフの内の一つを堂々と言い放ち、すみっこは得意満面だ。むふーっと鼻息も聞こえてくる。

 …そういえば土曜夜八時の『日本全国世直し三人旅』に最近ハマってたな、アレの影響か。アレのせいでオレ達は最近『ドルフ』が見れなくてちょいちょいケンカになってたな。

「へ、へへぇー」

 …実際に控えたのはユウちゃんだけだった。他のものは皆ポカーンとしていた、オレもな。

 ん?待てよ?クロノスの巫女?

 クロノス巫女→クロノスミコ→くろのすみこ→黒野墨子、ってことか!…な、なんという安直な偽名…。


 月詠さまはイマイチこのノリがよく分かっていらっしゃらないご様子で、何やら半笑いだ。

「…え、えー、只今紹介のあった月の女神日本担当の月詠である…ふぅむ、しかし、このままでは少々やりにくいな、『分離(キャストオフ)』」

 月詠さまが『分離』と唱えると、チエちゃんの体が激しく輝き、やがてその光が収束すると、チエちゃんの背中からもう一人出てきた。まるでセミの羽化のような、ある意味神秘的な光景だ。

 出てきた人物を見ると、日本人なら誰でも知っているであろう人物を連想させた。

 スラリと美しい気品に満ちた立ち姿、艶やかに輝く長くしなやかな美しい黒髪、そしてあの十二単。もうアレだろ?あの人だろ?

「キレー、まるでかぐやちゃんみたい…」

 ユウちゃんがポツリとつぶやく。

 三人組もケンゴも思わずその美しさに息を吞む。

 そう、その通り。この姿は想像の『かぐや姫』まんまで、絵本から飛び出して来たって言ってもみんな信じるヤツだ。

 しかし、一つ決定的に違うところが一か所だけある。それは、頭にそれはそれは立派なウサギの耳、ウサミミがあることだ。

 あと、気にしすぎかもしれないが、ユウちゃんの言い方だと実際にかぐや姫に会ったことがあるように聞こえるが、そんなわけないよな。

「くふふっ、『かぐや姫』みたいですって、光栄ですね、咲夜?」

 やはり月詠さまはかぐや姫本人ではないのだろう。まあ、やっぱり空想上の人物だろうからな。

 しかし、間違えられた月詠さまはやたらとそのことがうれしいらしく、すみっこに自慢するように言ったが、肝心のすみっこは、

「ご、ご冗談を。ご勘弁ください、お師さま。ユウさんも、無礼ですよ」

バツの悪そうな表情でうつむくだけだ。

 しかし絶世の美女と言われるかぐや姫に例えて怒られたのは日本史史上ユウちゃんが初めてかもしれない…なんでだ?月では価値観が違うのか?

「ご、ごめんなさい。あんまりよく似て…いえ、お綺麗でしたので、つい…」

 ユウちゃんもまさか怒られるとは思っていなかったらしく、慌てて謝罪している。

「いえ、良いのですよ、優花殿。ワタクシはうれしいのです、ありがとう」

「「そ、そんな、うれしいだなんて…」」

 ユウちゃんとすみっこがまったく違う意味の同じセリフを被らせる。すみっこはどういうことなんだ?やはり月ではかぐや姫に例えられるのは悪い事なのか?その割には月詠さまは喜んでいるようだが?


「ふう、やはりこの姿の方が馴染みますね…ああ、智恵殿は少し離れていなさい」

「はーい。えへへっ、じんにー」

 ともちゃんは月詠さまに言われるやオレの隣に駆け寄ってきて、ピトリとくっついた…うん、まあ、悪くない。

 今度はともちゃんがオレにくっついてきても、すみっこは我関せずで、月詠さまの隣におとなしく控えている。

 さっきはやはり中身に月詠さまがいたから睨まれたのかな…なぜだろう、なぜだか分からないが、ちょっとさみしい。


「さて、その方ら。今から言うことをよく聞くのです、二度は言いません…ふむやはり。あなた達はどうやら過去において人生を左右させる重要人物に出会えていなかったようです。いえ、正確には出会っているのですが、キーワードを用いた会話をしておらなかったことから、本来の道から大きく反れたようです。そこで、これからその方らを最適な時間に飛ばします。そして、その人物に会ったらその人物の目をしっかりと見ながらこう言うのです『あなたの元で勉強させてください、あなたの元で働かせてください』と。何を言われても、何を聞かれてもただそれだけを繰り返すのです。良いですね?決して他の人物の言うことは聞いてはなりませんよ?何があってもその人物について行くのです、わかりましたね?」

「あ、ああ、わかった…いや、わかりました。それでその…」

「なんです?」

「その重要な人物って誰のことなんだ…ですか?間違えたらマズイんだろ…ですよね?」

 確かに。月詠さまの言うことが正しいなら本人にキチンと伝えないとダメなんだろうな。だから人相やら姿やら名前やら性別やら年齢やら、聞きたいことは山ほどあるはずだ、しかし。

「ふふっ、大丈夫。一目すれば絶対に分かります。もうその人物に言うしかありえませんからね。さあ、それでは…」

「それとこの術は一人の人生において一度しか使えません。ですから失敗しても二度目があると思わないことです」

 すみっこが横から注意を促す。

「な、なに?そんな大事な事をこんなギリギリで言いやがって…」

「ま、待ってくれ…ください!まだ…」

「では、『いってらっしゃい』!」

 月詠さまがそう唱えると三人を眩い光が包み込み、そして、パタリと意識を失った。


「さて次はその方の番です」

 月詠さまはケンゴの方を見て向き直ると、先程の三人組のように解説を始めた。

「…ふむ、あなたは…ああ、やはりそうですね、あそこしかありえませんね。自分でもなんとなく想像はつくのでしょう?」

 ケンゴは笑顔で問いかけてくる月詠さまに、少し考えてからおずおずと返答した。

「そ、それは…これまでのオレの人生でやり直せるとしたら、あそこしかありえません。おやっさん…いえ、社長と大喧嘩した時です。あのケンカをなかったことにできれば…」

 確かに。これまでの話をまとめるとすべてはその大喧嘩から始まったと言っても過言ではないようだし…。

 仮にそれが無ければ、チエちゃんのお姉さんも、漬物石の老夫婦も殺されることはなかったかもしれない。ケンゴもおそらくそう考えたのだろう。しかし…

「惜しい。むしろそのケンカは両者にとってなくてはならないものなのです。あなたが変えるべきはその後。よいですね?今から言うことをよく聞くのです、二度は言いません。あなたは大喧嘩の後、ウサを晴らす為に友人と次の日の朝まで夜通し呑みに行きましたね?そうではありません。大喧嘩の後、直ちに病院に入院している母親の元へと行くのです。病院に到着したら深夜になっていますが、当直の看護師にどうしても今話をしたいと強く訴えれば会わせてもらえます。首尾よく母親に会えたなら、これまでのこと、ケンカの事、今まで話せなかったことをすべて包み隠さず話すのです。そうすれば何もかもすべて上手くいきます、わかりましたね?それでは…」

解説をやや早口でした、どうやら何かを急いでいるような?

 そして、先程の三人組の時の様にケンゴを送り出そうとしたが、

「お、お待ちください、ツクヨミさま。ほ、本当にそれで?あ、あの三人組の計画を阻止できるのですか?」

不安で一杯のケンゴは月詠さまになお食いつく。

「ふふっ、大丈夫。なぜなら、あの三人組があなたと出会うことは既に無くなっているのですから。さあ、それでは…」

「え?そ、それは一体どういう意味…」

『いってらっしゃい』!

 月詠さまが再びそう唱えるとケンゴを眩い光が包み込み、三人組と同様にパタリと意識を失った。


「ふう、流石に連続四人は少々骨が折れるの、じゃが…」

 肩をコキコキ鳴らしながら、ともちゃんの前に月詠さまが歩み寄り、

「そちで終いじゃ、智恵殿」

にこりと優しくほほ笑んだ。


 しかし、それに待ったをかける人物がいた。

「直訴、直訴致します!ツクヨミさま、恐れながら申し上げます。なにとぞ、何卒私の願いを先にお聞き入れください!」

 平身低頭の姿勢で月詠さまに物申す、ユウちゃんだ。

「なんです?今忙しいのです、後になさい。さ、次は智恵殿の番だ、待たせたの」

 土下座をしてまでお願いしているユウちゃんを冷たくあしらい、なお話を続けようとする月詠さま。しかし、ユウちゃんはなおも食い下がる。

「いいえ、いいえ!今でないと!今を逃すと、私の積年の願いが叶うことは二度とありません!なにとぞ、何卒!」

 尋常ではない様子のユウちゃんに、月詠さま以外は動揺を隠せない。


「ユウさん、どうしたというのです?何をお願いするのか知りませんが、お師さまならばきっと力になって下さいます。今は本当に立て込んでいるのです。事象の歪みは度々起こせません、やるなら一度にやってしまわねば」

 流石に不憫に思ったのか、すみっこが優しくユウちゃんを諭す。

「ならばなおの事、今しか、今でしか!お願いでございますツクヨミさま!後生一生の願いです」

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、なお懸命にお願いする…一体何をそんなに?

「なりません。次は智恵殿の番です。これは変えられません。さ、智恵殿、待たせたの、これから話すことをよく聞くのですよ?」

 月詠さまはユウちゃんの顔を見ようともせず、ともちゃんに微笑みかけ、先程までの四人にもしたようなセリフを言いだした。

「…つくよみちゃん。ちーちゃん、あとでもいーよ?さきにそのおねえちゃんでもいーよ?」

 その言葉にぱっと顔を明るくしたユウちゃん。そして、少し驚いた表情をした月詠さまだったが、また、いや、先程より更に優しい笑顔でともちゃんの頭を優しくやさしくなでた。

 …すみっこが視界の外で笑顔のままムッとして、握りしめたコブシをブルブル震わせている。リアル幼女に合法ロリが嫉妬するな。

「そなたの優しさは美徳であり、ワタクシとしても誇らしくあるが、何事も守らねばならぬものもある。何でも許してしまうと途端に世は乱れてしまうものなのじゃ、分かってくれるか?」

「…うん、わかった。おねえちゃん、ごめんね?」

 外見は親友のチエちゃんで中身はリアル幼女に申し訳なさそうにされたユウちゃんはそれ以上反論はできず、無念極まった様子で、黙ってうなずいた。

 …きっと自分の願い事と親友の幸せを天秤にかけて、そして親友を優先させたんだろう、よく耐えたな、えらいよ、ユウちゃん。

「優花殿。落ち着きなさい。あなたの願いは分かっています。その願いをかなえるには少し話が長くなるだけの事。任せておきなさい」

 月詠さまは優しくにこやかにユウちゃんを諭した。先程の冷たい態度はやはり今の月詠さまには本当に余裕がなかったからかもしれない。


「さ、ではよいですね?これから大切なことを話しますから、よく聞くのですよ?…そなたの父君は文字通り朝から晩まで毎日の仕事でへとへとに疲れていましたね。しかし、父君は智恵殿が大好きでしたから、あの久しぶりに取れた休みの日に家族でお出かけをする計画を立てましたね。ほれ、隣の県にある、そなたが大好きなあの大きな長い長いすべり台がある公園です、覚えてますか?」

 すべり台の公園の話でともちゃんの表情はぱっと明るくなった。

「うん、おぼえてる。このまえもね、いったの。すっごくたのしかった。おべんとうもちーちゃんのすきな、さんどいっちでとってもおいしかったの。…でもね」

 それまで家族の楽しい思い出をあれこれ矢継ぎ早に嬉しそうに楽しそうに話していたが、急にしゅんとしてしまった。

「でもね?かえりみちでね?おくるまがぐるんってなって。いつねたのかわかんないけど、おきたらびょういんだったの。とーちゃんもかーちゃんもいなかった…。でもね、さびしくなかったよ?だって、びょういんでたら、ちーちゃん、じんにーのおよめさんになってたんだもん。おじ…おとーさまが、きょうからうちでくらすんだよって。じんにーとれーちゃんといっしょにって。とーちゃんとかーちゃんは?ってきいたら、ちーちゃんだけだって。とーちゃんとかーちゃんはとってもとおくにいったからって」

 明るく話すがどこか寂しそうなともちゃんの話に場の空気が凍り付き、皆息をのむ。

「まえにかーちゃんがいってたの。およめさんになったら、とーちゃんとかーちゃんとはなれてくらすんだよって。だから、だから…さみしくなんかないんだよ?」

「そ、そんな…、な、なんてこと!ち、ちえちゃん、ごめん、ごめんね。それなのに!私に…、私!わたしっ!」

 一番の親友の衝撃の過去に思わず抱き着きながら謝罪するユウちゃん。

「い、いたいよ、おねえちゃん」

 ユウちゃんの腕の中でジタバタするともちゃんに初めて気が付いたように、パッと離れた。

「ご、ごめんなさい…あれ?じゃあ、今のお父さんや亡くなった恵美さんは?…月詠さま?」

 ユウちゃんは月詠さまなら何か知っているに違いないと、振り向き質問した。

 が、当の月詠さまとすみっこは何故かバツの悪そうな顔をしてうつむき、その返答はしなかった。

「…その話も後でゆるりと聞かせよう。今は智恵殿だ」

 月詠さまはともちゃんに向き直ると、再度大切な話を続けた。


「さて、智恵殿。待たせたの。これからもう一度父君と母君に合わせてやろう。しかし、その時にワタクシのこれから言うことを必ず二人に伝えるのですよ?よいですね?『今日はいつもの公園でいい。その代わり夜ご飯に父君のハンバーグが食べたい』と言うのです、よいですね、必ず伝えるのですよ?ワタクシとの大切なお約束ですよ?」

 ともちゃんはきょとんとしていたが、『大切なお約束』に反応し、大切な使命に目を輝かせながら、大きくうなずいた。

「わかったよ、つくよみちゃん。『きょうはいつものこうえん。よるごはんはとーちゃんのはんばーぐ!』だね。ちーちゃん、おやくそく、ちゃんとまもれるよ」

 フンスと鼻息荒く決意に満ちた目で月詠さまを見つめる。

「そうか、そうか。やはり智恵殿は賢い子だな、よしよし。なに、心配はいらん。念の為、咲夜を一緒に行かせる。故に寂しくなどないぞ…咲夜、智恵殿の供をせよ」

「御意」

 すみっこはともちゃんを連れてソファーに腰掛けさせると、その隣に自信も座り、優しく手を握りしめた。

「ともえさん、心配はいりません。万事この咲夜にお任せを。…ではお師さま、お願いいたします」

 月詠さまはともちゃんを少し寂しそうに、名残惜しそうに見つめていたが、やがて。

「ではの智恵殿。『いってらっしゃい』!」

 二人をあの光が包み、ほどなく二人は意識を失うと、ソファーに仲良くもたれかけた。…ちらりと見えたが、月詠さまは少し涙目になって、その姿を見届けていた。


 つづくよ

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