第5話 黒歴史やり直してみた!

つづきだよ


 三人組の場合


「さて、その方ら。今から言うことをよく聞くのです。二度は言いません。…ふむやはり。あなた達はどうやら過去において人生を左右させる重要人物に出会えていなかったようです。いえ、正確には出会っているのですが、キーワードを用いた会話をしておらなかったことから、本来の道から大きく反れたようです。そこで、これからその方らを最適な時間に飛ばします。そして、その人物に会ったらその人物の目をしっかりと見ながらこう言うのです『あなたの元で勉強させてください、あなたの元で働かせてください』と。何を言われても聞かれてもただそれだけを繰り返すのです。良いですね?決して他の人物の言うことは聞いてはなりませんよ?何があってもその人物について行くのです、わかりましたね?」

では『いってらっしゃい』!

 ウサミミがそう唱えるとオレ達三人を眩い光が包み込み、そして、仲良くパタリと意識を失った。


「あ、アニキも気が付いたようだぞ」

「あ、アニキ!大丈夫ですかい、アニキ」

「う?うーん…。おぅお前らか。なにが…ここは?」

 何やらオレ達を光が包み込んで、意識が無くなって、気が付いたら…どこだ、ここ?うん?いや、なんか見覚えがあるような、ないような…。

 辺りを見回すとどこかで見たことのある敷地の庭に三人して座り込んでいた。

 と、そこで自分たちの体に異変が起きていることに気が付いた。

「お、おい、お前、そのナリはどうしたんだ」

「あ、アニキ達こそ。これじゃあまるであの頃の…」

 そう、オレ達の体が小学生低学年くらいに縮んでいた!はあぁ?なんっだ、こりゃ!

 そして改めて目の前の建物をよくよく見てみると、やはり見覚えのある建物だった。いや、今まで忘れてたのがどうかしてるくらいだ、だってここって…。

「アニキ、ここって、あの…」

「ああ、間違いねぇ、あの施設だ。オレ達が押し込められてた孤児院だ」

 そこはオレ達が15歳まで預けられていた孤児院だった。


 オレ達は元々孤児で親の顔も兄弟がいるのかも知らない。

 そもそもなんで孤児だったのか、ひょっとして攫われてきたのか、それとも両親や親族がなく預けられたのか、それすら分からない、聴いても誰も説明なんてしてくれなかった。

 そんなオレ達はそれぞれがどこからかこの施設に集められ、ただ歳も近く、ウマがあったからいつもつるんでいた。15歳まではな。

 15歳まではこの施設の裏山にある隠し田畑の世話をさせられた。来る日も来る日も汗と土でドロドロになった。

 15歳になるとそれぞれ別の工場に送られた。

 そこでも毎日毎日、朝から晩まで、工場の油と煙で髪の毛からつま先まで真っ黒にして、ただただ働いた。

 

 ある日、監視付きだが外界に出た先の飲み屋で偶然残りの二人と出会った。

 この時オレは監視の目を盗みながら、二人に脱走の計画を提案した。

 二人は一も二もなく頷き、三人で即行動したんだ。

 それぞれの監視に酒を飲ませて酔いつぶし、そいつらの金で店を出て、裏路地で何から何まで全部ひん剥いて、意気揚々と三人で別の街にその日のうちに逃走した。

 寮に戻っても必要な私物なんて一つもなかったし、それは二人も同じようだった。

 不思議と工場からの追手はなかった。まあ、オレ達みたいなのを相手にするほど向こうも暇ではないってことだろうな。

 そんなこんなで全国を転々としてここまできた。

 で、あの頑固おやじの店で当面の費用をがっつり稼いだついでに、人買いのツテを使ってあの姉妹も売っ払うつもりでいたんだが、最後の最後でドジっちまったってところだ。まさかあんな所にあんなモンがいるなんて思わないだろ?

 

 孤児院の建物を見た瞬間に過去の出来事を次々と思い出したが、どれもろくなもんじゃない。

 そういえば、今着ているこの服。これは三ヶ月に一回着ることができる、着ることが許される、着ることが義務付けられる、しかし決して汚してはならない特別な服だ。

 そしてこの特別な服を着る日はアイツがここに来る日…この孤児院に出資しているとウワサされていた男が来る日だ。

 その男は三ヶ月に一度お供を引き連れてやってきて、院長と何やら話をして満足そうに帰っていく。その男が帰ると院長は何故かいつも機嫌がよかったのを良く覚えている。

「アニキ、この服着てるってことは、これからアイツが?」

 どうやら二人も同じことを思い出したようだ。

「ああ、どうやらそうらしいな」

 ここであのウサミミの言葉を思い出した。

『これからその方らを最適な時間に飛ばします』だったな。そしてその後に…

「『人生を左右させる重要人物に…』『キーワード』って言ってましたよね?つまり…」

「ああ、どうやらこれから来るアイツに『キーワード』を言えってことなんだろうが…」

 …確かにこの場面であればアイツに言うのはほぼ間違いないだろう。だが…

「でもアニキ。アイツはいっつも来たらすぐ院長室に入っちまう。出てきてもまたすぐ帰っていなくなっちまう。無理なんじゃ?」

 そう、アイツはいつ来ても滞在時間はわずか30分位だ。取り巻きと院長が常についてるし…。そういえばこちらから話し掛けるのも院長に禁じられてたな…。つまり、オレ達のことがバレるとマズイってことだな、よし。

「いいや、無理を通す!いいか、オレ達三人でバラバラにアイツに接触するんだ。そして、接触出来たヤツが例のキーワードを言う。…お前ら、ちゃんとキーワードを覚えてるか?」

「「『あなたの元で勉強させてください、あなたの元で働かせてください』」」

「よし」

「でもアニキ。あのウサミミとチビッ子の言うことはホントなんすかね。もし間違ってたらオレ達絶対消されますぜ」

 確かに。あの院長のことだ、そんな粗相なんかしてタダで済ますはずがない。

 オレはゴクリと喉をならしながらも、 

「あのウサミミが言ったことがホントかウソかは分からん。もし間違ってたらオレ達は間違いなく消される。でもな?同じ後悔なら、自分の信じた道をとことん進んでからの方が納得できるってもんだ。今までだってそうだったろ?んで、これからも三人で力会わせて突き進もうじゃねぇか、なあ」

二人を強く見つめながら言った。

「そ、そうですね。そうだ、その通りだ」

「へへっ、生きるも死ぬも三人一緒ならちっとも怖くねーや」

 …半分は自分を奮い立たせる為に言ったことだったが、案外二人にも強い気持ちを持たせることが出来たようだった。

「よし、そうと決まれば、みんなばらけて待機だ。アイツが来たら誰か一人でいい、キーワードをアイツの目を見て言うんだ、いいな」

「「おう」」

 オレ達はアイツがいつも車を停める場所を目標にばらけてそれぞれ待機した。車から降りた直後であれば取り巻きも院長もいないと判断したからだ。


 しばらくすると、映画や漫画で出てくるような、でかいリムジンが施設に横付けされ、アイツがのそりと出て来た。

「それ、今だ!」

 オレ達は三方向から同時にアイツに向かって走り出した。

 ここで一つ計算違いがあった。

 そう、オレ達の体は小学生低学年程度に小さくなっていたことだ。

 子供の足で走ってたどり着いた時にはアイツは取り巻きに囲まれ、警戒態勢になっていた。

 更に小さい体が災いして、取り巻き達に文字通り首根っこをつかまれ、三人共ぶらーんと敢え無く御用となった。


「おいお前ら、何やってる。うちのオヤジに何の用だ、あぁん」

 オレ達は取り巻きに首根っこつかまれた状態で尋問を受けるが、『決して他の人物の言うことは聞いてはなりませんよ?』の言葉を思い出し黙秘していた。

 そうしていると埒が明かないとばかりに、真っ白いスーツに真っ白い帽子を被った、いかにもマフィアのボスのような男が近づいてきた、コイツだ!

「おう、もうええじゃろ。坊主のすることじゃ、大目にみい。そんで?坊主ら、ワシに何か用か?」

 今だ、チャンスは今しかない。…なるほど、確かにここでこいつに言う以外は考えられない、すげぇな、ウサミミ!

「「「あなたの元で勉強させてください、あなたの元で働かせてください」」」

 よし、言われた通りにちゃんと目を見て言えた。どうだ、どうなる。

 言われたオヤジもその取り巻き達も一瞬面食らったように呆けたが、はっと気が付くとニヤリと愉快そうに笑いながら言った。

「だっはっはっは、元気がええのぅ。おう、ええぞ、お前ら見る目がある、今の若いモンに聞かせてやりたいわい。じゃがの、もっとでっかくなってから…」

「「「あなたの元で勉強させてください、あなたの元で働かせてください」」」

 『何を言われても聞かれてもただそれだけを繰り返すのです』を三人共思い出し、キーワードをただただ繰り返す。

 これには流石にどうも様子がおかしいと、オヤジもその取り巻き達もざわつき始めたころ、異変に気付いたように丸々太った院長がドスドスと地面を震わせながら足早にやってきた。…あいつ走れたのか。


「これはこれは。中田様、お早いお着きで。いったいなんの騒ぎ…あ、お前ら、何してる、それにどうやってここに…」

 院長は顔色を青くしたり赤くしたりしながらオレ達を問い詰める、が。

「「「あなたの元で勉強させてください、あなたの元で働かせてください」」」

 オレ達は言われた通り中田のオヤジに向かってキーワードを愚直に繰り返す。

「お、お前ら、一体何を言って…」

 何度も何度も言われた中田のオヤジは何かを感じ取った様子で、しかし院長に笑顔であいさつを交わす。

「おお、院長さん。いつもお世話になっております。いやなに、車を降りたらこの坊主たちに絡まれてしまっての。いや、参った参った」

「ああ、なんと。大変失礼いたしました。その子らには後できつく言っておきますので。ささっ、こちらへ」

 院長は笑顔で中田のオヤジを院長室へと誘う。そして、スッと手を差し出し、オレ達を引き渡すよう促す。オレ達は何か粗相をすると必ず院長に折檻され、一週間は苦痛に苦しむ。ここで引き渡されたらとりあえず監禁されメシ抜きの刑は確定だ。その後さらにどんな目に合うことやら…。

 しかし中田のオヤジは笑顔でそれを拒否する。

「いやいや。その心配は無用じゃよ。この者らは今日からウチで面倒見ることにしたんでな。おいお前ら、お前らはワシのところに来い。しっかり面倒見てやる…じゃが、ワシの所は厳しいぞ?覚悟しろよ?」

 中田のオヤジはめんどくさそうに、しかし、心底嬉しそうにニカっと笑いながらオレ達の頭をわしゃわしゃと、そのごつい手で撫でまわした。

 その時他の二人のことは分からないが、オレは初めての感情に胸がいっぱいになって、思わず泣きだしそうになった…なんだこの初めての感情は?


「さて、お前らは今日、今この時からワシの家族になった。そして家族に嘘はいかん。ええか、しっかりはっきり正直に答えぃ」

 次の瞬間にはキッと真面目な表情でオレ達の目線まで落として問いただす。

「お前らはいつもちゃんと学校に行っておるか?行っておらんならいつも何をしとる?」

 オレ達三人はそれぞれの目を見て確認し、うなずいた。もう普通に正直に話してもいいだろう、と。

 そこでオレが三人を代表して中田のオヤジにここでの生活のことのすべてを話した。そして工場の事は今の年齢のオレ達は知るはずがないので、ここを卒業したヤツから聞いたテイにして、これも知る限りのことを話した。

 

「そ、そんなバカな。何故そんなことまで知って…そもそもそれを知る者とお前らが会えるワケが…いや待てよ…」

 院長は工場の話を終える頃には、もはや取り繕うことも忘れて、真っ青な顔をしながらブツブツと言うのみだった。

「お前たち、今の話に嘘偽りは一切ないと誓えるか?」

 すべてを洗いざらい話した後、やはりすべてをいきなり信じるのは無理だったのか、オヤジはオレ達の目を真っ直ぐ見て確認してきた。気持ちは分かる。オレ達だってここでの生活が異常だと知ったのは逃走中にいろんな所に行って、実際に自分の目で見たからだからな。


「「「今の話に嘘偽りがない事を、月の女神さまに誓う!」」」

 オレ達は別に打ち合わせしたわけでもないのにキレイにハモった。

 月の女神と言われ、オヤジも取り巻きも院長も皆一様に目を丸くしたが、

「だっはっはっは、うんうん、よしよし。どの神にだろうが誓えるなら間違いなかろう。おい、今すぐこの施設の関係者をすべて一か所に集めろ、誰も逃がすなよ。そんで警察のアイツを呼べ。一斉捜査をさせる。議員のワシの名前を出してかまわん、急げ…ああ、それと。ここの電話は使うなよ、傍受されとる恐れがある。工場の奴らも逃がすわけにはいかんが、まずはここじゃ。こりゃあ大捕り物になるぞ!」

またオレ達の頭をわしゃわしゃと乱暴にしかし優しく撫でまわしながら、取り巻きにテキパキと指示を出していた。

 院長はもはや観念したのか、真っ青な顔をしたままその場に膝から崩れ落ち、なおもブツブツとよく分からないことをつぶやいていた。


「オヤジは?この後どうしやす?」

「ワシはここに残って陣頭指揮を執る。お前たちは坊主たちの護衛と、裏山の隠し田畑で作業させられとるモン達の保護だ。こいつらには警察のアイツが来てからもう一回さっきの話をしてもらわんとな」

「(オヤジ、ホントにこいつらの今の話を信じるんで?もし間違ってたらオヤジの議員生命が…)」

「(こいつらの目はウソを言うヤツのソレじゃあない。大丈夫じゃ、ワシは人を見る目はあるつもりじゃ、知っとるじゃろ?…それにの?こりゃあどう見ても政治屋と反社と不良警察ががっつり関わっとる。そいつらを一網打尽にしたらワシは大手柄で大手を振って議会のど真ん中の席に堂々と座れる。この件に噛んどる腐りきった政治屋共も一掃できて、風通しも良おなる。やっとワシの、ワシら政治家の時代が来るってもんよ。これは勝ちが決まった賭けじゃ、ワシは運がええ)」

「(確かに)」

 オヤジと取り巻きの代表みたいなのが、なにやら黒い悪い笑顔で話し合い、時折不気味にふふふっと笑っている。

 …ホントにこいつでよかったんだよな、ウサミミの神様。ちょっと不安になってきた。

 そんな事を考えていると、不意にどこからかチリンと鈴の音が聞こえてきた。

 …今のは何だ?


 警察がわんさか来てから、オレ達はその代表とオヤジとにさっきとまったく同じ話をした。

 警察もやはりにわかには信じられないといった様子だったが、施設の任意という半強制的な家宅捜索を行うと、話を裏付けるような物的証拠が次々と出てきたことや、裏山から保護された子ども達を見て、確信に変わったようで、昼夜を通しての大捜査となった。

 

 オレ達はというと、警察へ説明した後、オヤジの屋敷に連れて行かれ、あったかい風呂とメシをご馳走になり、初めてのふかふかな布団で泥の様に寝た。


 この事件に世間は当分の間全国ニュースやらワイドショーやらで大いに賑わい、オヤジは一躍、時の正義の政治家として名を馳せた。

 オレ達以外の残りの孤児達は身元をすべて洗い出された結果、何十件かの誘拐事件が一遍に解決されることとなった。

 身元の分かった孤児達はそれぞれ本来の家庭に返され、残りの身元不明者は全国の今度こそキチンとした施設へと送られた。

 

 それからオレ達は…

「いいか、お前ら。今日から本格的にオヤジの秘書になるべく勉強しっかりしてもらうぞ!」

 取り巻き筆頭の田村さんに告げられた。

「確かに、勉強させてくれって言ったけど…今までやったことないからなぁ」

「だよな。勉強って何するんだ」

 まず、オレ達は学校というところに行ったことがない。従って、勉強というものが何なのかは正直知らない。あの時は、ウサミミさまの言った通りに言っただけだ。

 そんなオレ達を見て田村さんはオヤジの様にニカっと笑うと、

「ああ、お前らの状況は今や日本中誰でも知ってる。大丈夫だ、オレに任せとけ。まずは勉強とは、からだな」

毎度おなじみとなったかのようにオレ達の頭をワシワシとする。オレ達もこれは嫌いではない。


「ええか、まず勉強とは自分の将来の為に、自分自身の頭の中に知識という武器をため込んでいく作業のことだ」

「「「?」」」

「今はオヤジの秘書になるためにとりあえず勉強していくが、その内その他にもやりたい事、なりたい職業が出て来るかもしれん。その時に役立つのが頭の中の武器、すなわち知識だ。知識のあるなしで選べる職業の幅は全然違う。つまり将来の選択肢を増やす作業でもある」

 ふんふん

「それに頭の中の知識は誰にも盗めない、自分だけの財産だ、分かるな」

 確かに。たとえ手持ちの金を盗まれても頭の中に知識があれば、犯人も捕まえる事もできるだろうし、また稼ぐこともできるだろう。


「次はオヤジの為だ。オレ的にはこっちの方が重要なんだが…オヤジはこいつらの自由にさせろっていうし、ったく」

 オヤジの為?なんでオレ達の勉強とオヤジが関係してくるんだ?

「ええか、お前らが学のないチンピラのまんまでっかくなってオヤジの周りをうろついてみろ、恥をかくのはお前らじゃなくオヤジなんだよ、分かるか?」

 ああ、田村さんが言いたいことが分かった気がした。

「まずは普通の学校に通ってもらう。そこで一般知識と集団生活を学ぶんだ。学校から帰ってきたらオレが学校の復習と予習、それと心身を鍛える。将来的には言葉使いや礼儀作法もきっちり叩き込む。それから…」

 そんなにやることがあるのか、勉強ってすごいんだな。一般のヤツらはオレ達が泥まみれで働いている間、こんなことしてたのか。差が付くわけだ。

「…っとまあ、色々言ったがあまり難しく考えなくていい。お前たちにはなるべく一般的な子供の生活をさせろ、とオヤジに言われてる。学校で友達が出来てそいつらと放課後遊ぶ約束してももちろん構わない。ただし、子供の内は門限は17時だ。それを1分でも過ぎたら…」

「「「ごくり」」」

「二度と遅刻をしなくなるように心と体に徹底的に教え込んでやる、わかったな?」

「「「わ、わかりました!」」」

 田村さんは、よしっとニカリと笑いながら言ったが、目は笑っていなかったことで、オレ達の肝は十分冷えた。遅刻はダメな事だと早速教えられた。


 それからオレ達は田村さんの言葉通り、毎日キチンと学校に通い、友達もでき、放課後暗くなるまで遊び、門限ギリギリで屋敷の門に飛び込み、夕食の後予習復習と体力作り、しっかり寝てまた朝学校…というサイクルを繰り返した。

 そうした毎日を繰り返すうち、次第にやり直す前の記憶が薄れ、一年経つ頃にはあのウサミミさまとチビッ子のこともすっかりと忘れてしまっていた。


 それから15年は経った頃、ようやくオレ達は田村さんにもオヤジにも認めてもらえる一人前となった。

 それまでの頑張りが実を結んだ結果だが、認めてもらいたい二人に認められて泣きたくなる程嬉しかった…いや、ホントに三人で泣いて喜んだ。そんなオレ達を見て田村さんもオヤジもどこか満足そうにしていた。

 ただ、この時不満に思うことが一つだけあった。

 流石に身体もでかくなったからか、もうあの頃の様に頭をあのごつくて立派なオレ達が大好きなオヤジの手で頭をワシワシとしてもらうことがなくなったことだ…もう一度あの温もりを味わいたかったが、これが成長と言うヤツだろう。


 この日、いつもの三人で、最近話題の喫茶店に休日を利用してやってきた。ささやかながら自分達へのご褒美としてな。

 店内は満員だったが、オレ達は割と早めに席に通され、その店自慢で話題のカレーセットとやらを注文した…喫茶店の名物料理がカレーセットってどうなんだ?

 注文を待つ間、女性店員?に相席を一名頼まれた。

 オレ達は特に断る必要も無かったので快諾し、どこか見覚えのある感じの青年とテーブルを一緒にした。初対面のはずだが何故か妙な懐かしさがある、不思議な雰囲気の男だった。

 歳も近そうだしせっかく相席したのだからと軽い会話をしてみると妙に気が合い、話も弾んだ。

 そいつは対抗メニューのスイーツセットを頼んでいたが中々美味そうだった。こっちでもよかったな。

 なんでも最近出来た婚約者とのデートの下見に来たそうだ。めでたい話にオレ達はなお盛り上がった。何故か自分の事の様に三人共喜んだ。その様子に青年はとても嬉しそうに照れていた。

 食事中も会話は弾んだが、普段の疲れが出たのか満腹になったからなのか、食後のコーヒーを待つ間についつい居眠りをしてしまった。何故か四人揃ってな。

 それから…。



 ケンゴの場合


「今から言うことをよく聞くのです。二度は言いません。あなたは大喧嘩の後、ウサを晴らす為に友人と次の日の朝まで夜通し飲みに行きましたね?そうではありません。大喧嘩の後、直ちに病院に入院している母親の元へと行くのです。病院に到着したら深夜になっていますが、当直の看護師にどうしても今話をしたいと強く訴えれば会わせてもらえます。首尾よく母親に会えたなら、これまでのこと、ケンカの事、今まで話せなかったことをすべて包み隠さず話すのです。そうすれば何もかもすべて上手くいきます、わかりましたね?それでは…」

『いってらっしゃい』

 ツクヨミさまが再びそう唱えるとオレを眩い光が包み込み、三人組と同様にパタリと意識を失った。

 …マジかよ、ホントにそんなので上手くいくのか?心配しかない…。


 どれくらい経ったのだろう。次に気が付いた時には、懐かしい四畳半一部屋のボロアパートの部屋で大の字になっていた。

「うーん、あれ?今何時だ?」

 なんだかとても頭がふらつき、体もだるい。おまけに気分がムカムカイライラしている。

 電気も付けていなかったため部屋は真っ暗だ。

 とりあえず電気をつけ、時計を見る。午後6時を過ぎたところだった。そして何気なくカレンダーを見てみると…。

「ん?あれ?なんだこれ?どうなってんだ?」

 なんとカレンダーは5年も前の物だった。

 なにがなにやら分からず、マゴマゴしていると、不意に部屋の黒電話が鳴った。


「なんだよ、まだ部屋にいたのかよ。今日飲みに行こうってお前が誘ったんだろ。いつものトコで飲んでるから早く来いよー?」

 電話に出るととても懐かしい明るい声がした。

 昔良くツルんでいた幼馴染の男の声だ。

 お互い気を置かない関係で、何かあれば取り敢えず遊びに行ったり飲みに行ったりとよくした、オレの数少ない親友の一人だ…懐かしいな。

 でもあの事件の後、オレがおやっさんのトコを飛び出してからは会うことが無くなっていた。勤め先が一緒だったから会うのが気まずかったんだ。向こうからも連絡がなかったしな。

 しかし、さっきの話を思い返してみると向こうにしてみればオレは犯罪者でお尋ね者扱いだったからだったんだと、この時ようやく気が付いた。

 …うん?さっきの?あの事件?…あっ!


 その時、不意にウサミミさま…じゃなくてツクヨミさまとチビッ子、チエちゃん、そして死んだと聞かされた恵美さんのことを思い出した。

 それはまるで映画のフラッシュバックを見るような感覚だったが、間違いなく自分の体験した記憶だった。

 そしてツクヨミさまの最後の言葉も思い出した。

 そうだった!飲みに行かずに病院に行けって言われてたんだった!

「ああ、悪い、ちょっと精神的に疲れて横になってたんだけど、いつの間にか寝ちゃってたみたいだ」

「なんだよそれ。まあ今日のおやっさんとのアレの後じゃしょうがないな。うーん、どうする?やっぱ今日はやめとくか?それともパーッとウサ晴らした方がいいのか?任せるぞ?」

「…そうだな、ごめん、今日はやっぱりやめとくよ。こっちから誘ったのに悪いケド…お詫びに今度おごるからさ」

「そっかー?じゃあまた今度にするかぁ。オレももう少し飲んだら帰るよ。じゃあな、元気出せよ?」

「ああ、ありがとう、ホントごめんな」

「いいって…ああ、そういえばな、あの後、恵美さん、お前の事すごーく心配してたぞ?アレ、絶対お前に気があるって。お前もなんだろ?お前ら分かりやすすぎなんだよ、早くくっついちゃえよ、みんな言ってるぞ?じゃあな、がんばれよ」

 電話の相手は言うだけ言うとこちらの返事も聞かずにガチャリと切ってしまった。

 なんでアイツは某ギャルゲーの攻略相手の愛情値が何故か分かる親友みたいなコト言ってんだろう、そんなワケないだろ?相手は会社の社長令嬢で、アイドル的存在で、みんなの癒しで、オレなんか相手にするはず…。

 そんなはずないよな?いやもしかしたら?いやいやそんなことは…などと受話器を持ったまま自問自答している自分に気が付くのに10分使った。


 母親の入院する病院は実はそんなに遠くはない。

 タクシーで精々30分といったところだ。

 だからツクヨミさまが言うように『到着は深夜』には絶対ならない。

 ツクヨミさまはちょっと感覚が古くて20時辺りは既に深夜扱いなのかもしれない…とか割と失礼なことを考えて、そんなツクヨミさまがちょっと可愛く感じてクスクスとほほ笑んだ時期がオレにもあった、ホントごめんなさい、ツクヨミさまは正しかったデス。


 何があったかというと、まず、タクシー代が無かった。

 今日は給料日前で金はないケド、ウサは晴らしたいから親友に金を借りてでも飲むつもりだったくらいだ。

 自転車もないし車持ってたらタクシー使わない。

 電車も通ってなくこの時間だとバスも1時間に一本だが、今から行くならこれしかない。

 バスは最近出来たバスカードという便利なものがあるのでこれを使おう。確かまだ残高が残っていたはず…。

 バス停に到着してみれば5分前に出た後だった。電話口で呆けたあの時間がなければ…。

 仕方ないのでバス停で1時間待ち、いざ乗ろうとしたその時、病院の面会許可証を家に忘れてきたことを思い出した。

 …オレの馬鹿バカ激ばか!なんでこの1時間の間に思い出さないんだ!しかも今のが今日の最終だぞ、田舎なめんな!

 再度仕方ないので面会許可証を取りに家に戻った。

 今日はもうあきらめようかと部屋で再び大の字になってみたが、ツクヨミさまが必ず今日行けって言ってたのと、チビッ子が三人組の時にやり直しはできないと言っていたことを思い出し、

「仕方ない、走って行こう」

面会許可証と財布の中身をキチンと確認してから、夜の田舎道を病院に向けてただひたすら走った。

 …ハアハア、タクシー30分は歩いて4時間半だぞ?勉強になったな?うん?走ったらもっと早いだろって?お前、サラリーマンの運動不足なめんなよ?5分走って残りは全部歩いたに決まってるだろ。

 でもな?ツクヨミさまもそこまで分かってるなら、『面会許可証を必ず持っていくのですよ?』とか言ってくれてもいいじゃないか…あれ?敢えて言わなかったとしたら?もしかして許可証要らなかったり?


 汗だくで病院に着いた時にはツクヨミさまのおっしゃった通り深夜だった。明日が休みでよかった…。

 病院の深夜窓口の警備員に面会許可証を見せたが、よく見るといつも通してもらってる警備員さんだった。

 …もしかして、ホントに許可証が無くても顔パスで入れたかも…いやいや、それはオレがよくても後々この警備員さんに迷惑がかかるかもしれないから、やっぱりこれでよかったんだ、きっと。そうだ、そうに違いない。


 母親が入院している病室の階に来ると、なんだかナースセンターが騒がしい。なにかあったのかな。

「あの、夜分遅くにすみません。どうしても今日母親に会っておきたくて…」

 オレはナースセンターの受付付近にいた看護師さんに面会の許可をもらおうと面会許可証を見せた。

「…あ、ああっ!よかった、ケンゴさん。連絡が間に合ったんですね、心配しましたよ」

 受け答えをした看護師さんの声に皆の視線がこちらに集中し、わっと歓声が起こった。なんだなんだ何事だ?

「あ、あのぅ。連絡って?母親になにかありましたか?」

 オレがそう言うと看護師さんは一瞬キョトンとしたが、思い直したようにゆっくりと説明してくれた。

「え?連絡を受けてこちらにいらしたのではないのですか?本当に?」

「は、はい。今日は少し母親の様子が気になりまして…居ても立っても居られず、遅くなりましたが伺った次第…」

 そう言うと再び看護師さん達が、奇跡だ、愛だ、虫の知らせだ、神は死んではいなかった、などと騒ぎ始めた。一部の看護師さんは涙ぐんでさえもいた。いったい…?

「こほん、実は今お母様は大変危険な状態です。担当医師の話では今まさに峠とのことです」

「え!な!ほ、ホントですか!」

「ええ。ですので、ケンゴさんのご自宅に連絡差し上げたのですが、あいにく不在だったようで…ですので次の優先連絡先の勤め先にご連絡を入れました。で、そちらの社長さんが対応してくださいまして、ケンゴさんにも伝えて下さるようお願いしたところです」

 変だな、前の時間軸ではこんなことはなかったハズだ。母親が亡くなるのはこの3日後だったハズ…。

 いやまて。もしかすると、3日前にも容体が悪かったのかもしれない。そしてその日オレは親友と朝まで飲んでその連絡を受けなかったんだ!…ああ、オレはなんてことを!ツクヨミさまはこの事をおっしゃってたのか。

「ああ、でも間に合ってよかった。今、担当医師に面会できるかを相談してみます、少々そちらでお待ちください」

 看護師さんはなんだかまるで肩の荷が降りたかのようにスッキリとした様子でいそいそと足音も立てず病室の方へ向かった…改めて見るとすげースキルだな。

 程なくしていつもお世話になっている医師を連れて戻ってきた。

「おお、ケンゴさん。よかった、連絡が届いたんですね。いやーホントによかった。丁度今お母さんは落ち着いてきたところです。病室を個室に移してますから会ってあげて下さい」

「は、はい、ありがとうございます」

 

 いつもの4人部屋ではなく容体が急変した患者さん用の個室に母親は移されていた。

 部屋の中心には色んな機械に囲まれたベッドで静かな寝息を立てる母親がいた。

「かあさん、ただいま。遅くなってごめん」

 寝ているのは分かっていたが言わずにはいられなかった。

 すると目を閉じたまま母親が返事をした。

「?…ケンゴかい?おやまあ、なんでそんなに泣いてるんだい?ほら、こっち来てそこに座ってごらん」

 泣いてなんか、ない、と思ったが知らずにほほを伝うものがあった。

「かあさん、大丈夫なのかい?お医者さんが危なかったって…」

「…ふふ、どうってことないよ、みんな大げさだね」

 絶対どうってことないことないハズ。なのに、相変わらず目を開けないままこららを向きニコリとほほ笑んだ。

 その様子に傍にいた医師と看護師はちょっと目頭を押さえ、そっと部屋をでて、二人きりにしてくれた。…すみません、ありがとうございます。


 それからツクヨミさまの『首尾よく母親に会えたなら、これまでのこと、ケンカの事、今まで話せなかったことをすべて包み隠さず話すのです』の言葉通り、色んな話を母親とゆっくりたっぷりした。

 話の間、母親はただ静かに微笑みを絶やさず聞いてくれた。

 そして母親の話ももちろんたっぷり聞いた。

 その話の中で、実はおやっさんと恵美さんが割と頻繁に見舞いに来てくれていたことを初めて知った。

 なんだよ二人とも、それならそうと言ってくれればいいじゃないか。お礼が言えなかったじゃないか。

「いいかい、ケンゴ。あの社長さんはとってもいい人だよ。それにケンカをするのは相手を対等だと思ってる証だよ。社長さんはアンタの事、ちゃんと認めてくれてるんだよ。だから、アンタも期待を裏切らないよう、しっかりと働きなよ?いいね?絶対最後の最後まで食らいついていかないといけないよ、分かったね?」

「ああ、ああ、分かった、分かってる。オレ、今までよりもっとしっかり働くよ、そんでかあさんに自慢できるくらい、オレとおやっさんとであの会社をもっとでっかくしてやるよ」

「ふふ、そうかい、それなら、それを楽しみに…」

 そう言うと母親は今度こそ寝むってしまった。ふと窓から外を見てみると、いつの間にか空が白み始めていた。 


 オレは起こさないようそーっと病室を出ると、そこには廊下の長椅子で寝入っているおやっさんと恵美さんがいた。

 オレと連絡が取れず、それでもとりあえず自分達だけで母親の様子を見に来てくれたようだった。頻繁に見舞いに来てくれていた話もどうやら本当のようだった。

 そして様子を見に来たが、オレが一足先に来ていたことから邪魔をしないよう気を使ってくれたようだ。


「おやっさん、恵美さん」

「んん?…おおケンゴか、どうだお袋さんの具合は?」

「んあぁ、ケンゴさん…はっ、あ、やだ、ウチったらこんなトコでこんな格好で…」

 おやっさんはいつもの調子で、つい昨日の大喧嘩も忘れたように話しかけてくる。恵美さんは口元のよだれを袖でぐしぐしと拭い恥ずかしそうにしている。この二人は本当にオレ達家族を大切に思ってくれてるんだな。

「おやっさん、恵美さん、お忙しいところお騒がせしました。おかげさまで母の容体は今安定しています」

 オレは二人に深く頭を下げた。礼儀とかではなく、本当に心から感謝していたため、気が付いたら自然と頭を下げていた。

 そんなオレに恵美さんは、いえいえそんなーとか照れながら嬉しそうに微笑んだが、おやっさんは違った。

 プイっとそっぽを向き、オレに淡々と言う姿は独り言でもつぶやいているようだ。どうやら今更昨日の大喧嘩を思い出したようだ。

「おお、そうか、そりゃあ一安心だ…おい勘違いするなよ。ワシが今ここにいるのはお前ら親子が心配だったからじゃねぇ。恵美が深夜に一人で病院に行くって聞かなかったから仕方なくワシが車を出したってだけだ」

「(ふふっ、嘘よ。お父さんね、二人が心配で心配で。特にケンゴさんと連絡が取れなかったからって責任感じちゃって…ホントはウチの方が付き添いみたいなものなの。お父さん、お酒を飲んだ後に連絡受けたからウチが車を出したの)」

 ツンデレな中年を見かねた恵美さんがこっそりと耳打ちしてくれた。

「あー、後な、お前、2、3日休み取れ。最近有給取ってねーだろ。ワシがお上からヤイヤイ言われんだよ、分かったな」

「(嘘だよ、心配だからもう2、3日お義母さまの様子を見てあげてって…いやだウチったらお義母さまだなんて)」

 恵美さんはいやんいやんとしながら通訳をしてくれた。

 …やっぱりチエちゃんのお姉さんだ、話し方や思考がそっくり…ん?チエちゃん?

「ありがとうございます、そうさせていただきます」

 素直なオレの様子におやっさんは面食らったような顔をしたが、またいつものむすっとした顔に戻ると、

「お、おお。そうしろ。わかりゃいいんだ、わかりゃあ」

そっぽを向いて返事をしたが、耳は真っ赤だった。


「時におやっさん。二人がここにいるってことはチエちゃんはお留守番ですか?なら早く戻ってあげてください…あ、ついでにオレも近くまで送ってくれませんか?オレ帰りの足がなくって…」

「帰りの足って、お前ここまでどうやって来たんだ?それにチエって?」

 次の瞬間、場の空気が一瞬にして凍り付いたのを感じた。その中心にいるのは恵美さんだ。

 オレは留守番しているチエちゃんが心配なだけだったんだ。

 だってこの時、確かまだ小学生のハズだったんだから。

 けど、チエちゃんの名前を出すとおやっさんはキョトンとし、恵美さんは先程までののほほんとした雰囲気が次第に曇り何やら気に食わないといった気配になっていった。なんでだ?あんなに妹スキ好きだったくせに。可愛がり過ぎて最近はちょっと嫌がられていたけど。大好きな妹の心配をされてなんでこんなに機嫌が悪くなるんだ?

「ケンゴさん?ウチに妹なんかいないの知ってますよね?誰と間違えたんですか?」

 その言葉に、はっとおやっさんの方を見ると、おやっさんも真っ青な顔をしながらうんうん頷いている。

「あ、あれ?だって…え?あれ?」

「もしや、か、彼女さん的などなたかの妹さんの事ですか?それとも、か、彼女さん、なんですか?」

 オレは状況が掴めず思わずおやっさんに助けを求める目配せをしたが、なんとあのどんな怖い役人やヤクザモンみたいな同業者にも一歩もひるまないおやっさんがブルブルと震えながら涙目でオレの服の裾をグイグイ引っ張っている。

「(お、おいケンゴ!お、お前、なんてことしてくれたんだ!いや、オレも男だ、気持ちは分かる。別に付き合う前から一人に絞れとも言わん。だ、だがこれは…と、とにかく謝れ、謝っちまえ!エミはウチのかーちゃんに似てて怒るとすっげぇ怖えぇんだよ!は、早く!そうしないとオレまで…)」

 そんなオレ達を見て恵美さんはいつものように優しく微笑みながら…あれ?いつもと同じ優しい笑顔なのに何故だか見ていると背筋が寒くなってくる。

「お父さん?ちょっと静かにしてもらえる?今ケンゴさんと大事なお話をしてるの?分かるでしょう?」

「は、はい、すみません」

 おやっさんは蛇に睨まれたカエルよろしく、脂汗を流しながら背筋を伸ばす。

 背筋が凍り付く優しい笑顔のまま、恵美さんはオレに向き直す。 

「ケンゴさん?チエさん、とはどなたの事です?もしやウチの他にも勘違いさせた女性でも?あらあら、もしかして寝不足でうっかりゲロっちゃいました?それでしたら、ぜひ今度、いえ、これからでもウチとケンゴさんと三人でゆっくりお話させてくれませんか?」 

 視界の外ではおやっさんがなおも、謝れ、謝っちまえ、とブツブツ言っている。

 と、その時、どこかでチリンと鈴の音が聞こえたような気がした。

「あ、あのな、恵美さん。チエちゃんってのは…あれ?チエちゃん?チエちゃんって誰だ?あれ?」

 さっきまではハッキリと覚えていたチエちゃんという人物をオレはどうやっても思い出せなくなっていた。

 それどころかあのウサミミの神様とチビッ子、三人組にチエちゃんの親友の子や漬物石の老夫婦、それにあの奇妙な喫茶店での出来事まで、どんどんと記憶が薄まっていくのを感じた。まるでそれらが最初から存在しなかったかのような、記憶を消されるのではなく、元に戻るような、そんな、なんとも不思議な感覚だった。

 時間にしてみればほんの30秒程だっただろう。オレは頭を押さえて考え込んでいた、ようだ。

 その様子に二人は何か様子がおかしいと感じたのか、恵美さんからももうあの凍える様なオーラは出ていなかった。

「お、おい、大丈夫か、しっかりしろ。だからさっさと謝っちまえって…」

「け、ケンゴさん?あ、あの、大丈夫ですか?」

 

 意識が整い、頭を挙げ、二人を見ると、なんだかとても、これまで一度も味わったことがないような清涼感と幸福感に包まれると同時に、親友の電話での最後の一言を思い出し、根拠のない自信がどんどん身体の中心から湧き出して来た!

「恵美さん、オレと結婚を前提としたお付き合いをさせてください」

「あ、は、はい。よろこんで…って、えぇ?ふえぇぇぇ?」

 オレは気が付いたら恵美さんの両手を握り、目を真っ直ぐ見据えて告白していた。

 恵美さんは先程までの冷たい笑顔から一転し、真っ赤になってアワアワしている。

「お前中々やるじゃないか!あの状態のエミを抑え込むとは。あははっ、やるじゃないか!」

 おやっさんはあんぐりと呆けていたが、次の瞬間には嬉しそうにオレの背中をバシバシ叩いた。

「いてて…おやっさん、オレは決してその場しのぎの出まかせを言ったワケじゃ…」

「おうおう、分かっとるわかっとる。お前にそんなに器用な真似が出来んことは、ワシはよぉーく知っとる」

「おやっさん…」

「エミ、お前はそれでええんか?今キチンと返事した方がええぞ?」

 恵美さんは真っ赤になってアワアワとパニックっていたが、その言葉ではっと我に返ると、

「は、はい、こんなウチでよければ…よろしくお願いします」

口元をにまにまとさせ目には涙を浮かべながら、しかしはっきりと返事をしてくれた。

「おう、二人ともよかったの。いやー周りからはあの二人早く結婚させろって言われとったし。ワシはもうとっくに付き合っとると思っとったから、いつ二人で報告に来るかと待っとったんじゃが。まあケンゴにしたらよくやったほうじゃろう」

 なんだよ、それホント?

 オレはともかく、恵美さんは職場のアイドル的な存在だったから、今もダメ元だったんだけど…。

 どうやらオレはラノベで言うところの鈍感系だったらしい。恵美さんのオレに対する気持ちなんて全然気が付かなかった…。

 でも今ならイケるって妙な自信が溢れてきて気が付いたらっていうか。きっとアイツのお陰だろうな。やっぱり今度おごってやらないとな。


「ああ、でも、今この場で言うとなんだか反則みたいな…」

 危篤状態のかあさんの病室の前でなんて、まるで病人を人質にしているようで段々気が引けて来たんだが、恵美さんはぶんぶんと首を振る。

「ううん、そんなことない。すごく、すごく、うれしい、です。お父さん、ホントにいいの?ウチ、ケンゴさんとお付き合いしてもホントにいいの?」

 恵美さんは恐る恐る父親に許可を確認するように問いかける。

「エミがよければそれでええ。ずっと気になっとったんじゃろ?ケンゴならワシもよく知っとるし。こいつは働き者でええヤツじゃ。ちと真面目すぎるがの。じゃが…」

 おやっさんはオレに向き直ると厳しい表情でオレに言い聞かせるように言う。

「エミを不幸にしたら許さんし、さっきのチエというヤツともスッパリ縁を切ってこい。ええの?」

「はい、わかりました、っていや、だから…」

「あ、そうだった。ケンゴさん?ケンゴさんはチエさんよりウチを選んでくれた、そうなんでしょ?」

「うん?ああ、もちろんだ。オレには元々恵美さんしかいないよ」

「なら、もういいです。でも…」

「でも?」

「もし、それがウソで、チエさんと二股だった、なんてことだったら…」

「ごくり」

「ケンゴさんとチエさんを殺してウチも死にます、ね?」

 先程の凍える笑顔で優しく、しかし、しっかりと釘を刺され、オレもおやっさんもブルブル震えながらぶんぶんと首を縦に振った。


 それから、早速この事をかあさんに報告するべく病室に戻ると、浅い眠りだったのか、今度はしっかりと目を開けて起きていた。

 かあさんに恵美さんとの交際の報告をすると、驚いたようだったが、半分はあきれていた。どうやらおやっさん同様にもうすでに付き合ってると思っていたらしく、いよいよ結婚の報告に来たのだと思ったらしかった。

「ハア、今更…ようやく、やっと…恵美さん」

「は、はい」

「こんなどうしようもない息子ですけど、よろしくお願いします」

「は、はい、い、いえ、こ、こちらこそ。ふ、不束者ですが、よ、よろしくお願いします」

 かあさんが恵美さんに頭を下げると恵美さんもそれに負けないくらいすごい勢いで頭を下げた後、お互い顔を見ると、何がそんなにおかしかったのか、大いに笑い合っていた。


 それから3日後、かあさんは眠るように安らかに息を引き取った。

 とても安らかな顔で、まるで何も思い残すことはない、そんな穏やかな表情だった。

 葬式をかあさんの故郷でしようと思うと、おやっさんに相談したところ、

「なに言ってんだ。そもそもお袋さんがこっちに出て来たのはいつだ」

意外な事を教えられた。

「お袋さんが田舎飛び出してこっち来てからの方が長いならこっちで式をしてやらんと。こっちの方が式に出たい人間が多いじゃろ。それと…」

 おやっさんは会社の社長という職業柄、付き合いで冠婚葬祭様々な式に呼ばれるだけあって、やたらと詳しかった。

 オレは葬儀屋さんとおやっさんと恵美さんに上手く支えられ、喪主をなんとかこなし、近くの父親の眠る墓に納骨も済ませた。


 ただ、戸籍の死亡報告はかあさんの故郷でやるか、郵送でやり取りするかが必要だったので、

「おやっさん、恵美さんと婚前旅行がてら母親の故郷に行かせてください」

休日、おやっさん宅に決死の覚悟で直談判に行った。

 郵送で済ませることも出来たのだが、オレは恵美さんと二人でどうしてもかあさんの故郷をこの目で見てみたかったからだ。

「ぶーっ、ゲホゲホ、い、いきなりなに言い出しやがる」

 おやっさんは今しがた飲んだビールを漫画のお手本の様に噴き出す。恵美さんはそんなの初耳だと顔を真っ赤にしてアワアワしてる。

「お、お前、婚前旅行なんてのは婚約してからいくもんじゃろ。お前ら付き合いだしてまだひと月も過っとらんだろ、ええかげんにせぇ!」

 流石に調子に乗り過ぎたようで、怒られてしまった。

「で、ですよね、すみません、調子に乗りました…でも、こんな機会でもないと母の故郷を恵美さんと一緒に見る機会もないかもしれないと思って、つい…」

 おやっさんはさっき噴き出したビールを取り戻すかのようなすごい勢いで次のビールを飲む。その様子をもじもじそわそわした様子で恵美さんが上目遣いに見ている。

「…結婚すればなんぼでも一緒に行けるじゃろう。せっかくじゃから今回お前は一人で下見がてら行って来い。休みは取らせてやる」

「…はい、わかりました、ありがとうございます」

 恵美さんのそわそわもじもじがしょんぼらに変ったその時、ちらっとおやっさんは恵美さんを見やると、

「そういえば最近恵美も有給消化しきれとらんかったのぅ。近いうちに2、3日とってもええぞ」

 その言葉にそれまで俯いて話を聞いていた恵美さんはパッと晴れやかな笑顔になりおやっさんを見る。

「いいの?ホントに?」

「…前にも言ったが最近は社員に有給消化させんとお上にヤイヤイ言われるんよ、ワシが。じゃからえぇ。で、恵美が自分の有給をどう使おうがワシには関係ない」

 おやっさんは言い終わるやまた次のビールをグイっと飲む。

「お父さん、ありがとう」

 あっけに取られるオレにおやっさんはニカっと笑いながら酒をすすめてくる。

「お前は働き者でええやつなんじゃが、真面目過ぎる。もっと搦め手も覚えんと。帰ってきたらみっちり叩き込んでやるから覚悟しとけよ」

「はい、よろしくお願いします、お義父さん!」

「…お義父さんはまだちと早いが、悪くないのぅ」 


 それから5年、ようやく仕事でもおやっさんに認めてもらえるようになり、今では片腕として頼りにされるまでになった。

 その機会に、おやっさんに恵美さんとの結婚の許可をもらい、晴れて婚約が正式に認められた。次の春に挙式の予定だ。


 そんな中、なんとも不思議な喫茶店のうわさを耳にした。カレーを食べると占いをしてくれるそうで、しかもその的中率が驚くべきものだとか。

 それなら今度恵美さんと二人で行ってみようと思ったが、念のため、下見にオレだけでこっそりと行ってみることにした。

 うわさの喫茶店に行ってみるとウワサ通りに行列が出来ていた。が、相席でも構まわないかと女性店員?に聞かれ頼んだところ、割と早めに店内に通された。

 相席の3人組はしっかりとした身なりで知性と教養がすべての所作から醸し出されており、どこぞの上流階級者感が漂っていた。

 しかしそれが鼻につくことは一切なく、しっかりと身についている礼儀作法がむしろ心を豊かにしてくれているようだった。

 正直、この店との場違い感は半端ない。

 しかし、どこかで会ったことがあるような気がどうしてもぬぐえず、軽い会話をしてみた。すると、相手もそうだったようで、会話を重ねてみたが、やはりお互い初対面であるとわかった。

 話してみると予想通り3人とも人当たりが良く気持ちの良い性格で、会話もとても楽しかった。

 3人はなんと支持率過去最高と今話題の中田栄角総理の若い秘書たちだという。やはり一流の者は一流の者に支えられているもんなんだな、と感心すると同時に、オレもお義父さんには恥をかかせられないと改めて自分を戒めた。

 そんな3人は幼少の頃から中田氏の元で世話になっていたそうで実の親以上に、とても慕っているのが会話の端々から伺えた。 

 話題の占いメニューにはカレーセットとスイーツセットがあるらしく、三人組はカレーを頼んでいたが、オレはスイーツセットにしてみた。下見に来たからついでに味見だ。

 スイーツセットも上品な程よい甘さでとてもよかったが、次に恵美さんと来た時にはカレーを頼むとしよう。三人がとても美味そうにしていたから、ちょっと気になったんだ。

 食事中も会話は弾んだが、普段の疲れが出たのか満腹になったからなのか、食後のコーヒーを待つ間についつい居眠りをしてしまった。何故か四人揃って。

 それから…。




 智恵ちゃんの場合



「さて、智恵殿。待たせたの。これからもう一度父君と母君に会わせてやろう。しかし、その時にワタクシのこれから言うことを必ず二人に伝えるのですよ?よいですね?『今日はいつもの公園でいい。その代わり夜ご飯に父君のハンバーグが食べたい』と言うのです、よいですね、必ず伝えるのですよ?ワタクシとの大切なお約束ですよ?」

 ともえさんはきょとんとしていましたが、『大切なお約束』に反応し、大切な使命に目を輝かせながら、大きくうなずきました。

「わかったよ、つくよみちゃん。『きょうはいつものこうえん。よるごはんはとーちゃんのはんばーぐ!』だね。ちーちゃん、おやくそく、ちゃんとまもれるよ」

 フンスと鼻息荒く決意に満ちた幼い瞳がお師さまをしっかりと見つめます。

「ふふっ、そうか、そうか。やはり智恵殿は賢い子だな、よしよし。なに、心配はいらん。念の為、咲夜を一緒に行かせる。故にちっとも心細くなどないぞ…咲夜、智恵殿の供をせよ」

「御意」


「ではの智恵殿。『いってらっしゃい』!」

 わたしたちを時間旅行の光が包み、ほどなく二人とも意識を失い、ソファーに仲良くもたれかけました。

 …ちらりと見えたのですが、お師さまは少し涙目になって、その姿を見届けておられました。もう二度と会えぬ10年同じ体で共に過ごした親友のような自身の半身のようなこの少女を想って…少しうらやましいです、ともえさん。


 わたしがともえさんをスキャンして知っていた通り、10年前のあの事故の日の朝に見事二人とも戻って来ていました、流石お師さま、完璧です。

 ともえさんは小さな布団でくぅくぅと寝息を立てて寝ています。

 この時間のわたしの体はまだ月にあるので、今は思念体として寝ているともえさんの上をプカプカと漂って、そうこれではまるで、ゆー…。

 台所の方では包丁のトントンと小気味よい音が聞こえ、あさげの香りが漂ってきました。

 と、そこへ

「ちー、起きろ、朝だぞー!今日はちーの好きなあの公園に遊びに行くぞ!」

 父君が元気よくともえさんを起こしに来ました。

「うーん?むにゃむにゃ…あー、あれ?とーちゃん?あっ!とーちゃんだ!とーちゃんだよ、つくよみちゃん!」

 ともえさんは起き抜けとは思えない勢いで父君に飛びつきました。

 飛びつかれた父君を見ると、顔色が優れず土気色をしています、やはり…。

「おぉ!ちーは今日も元気いっぱいだな!よーしよし。じゃあトイレ行って顔洗ってご飯食べたら遊びに行くぞ!」

「「おー!」」

 ともえさんは父君の姿をまた見て触れて会話することが出来たことで終始興奮しておりました。

「はっ、ということは、かーちゃんも?」

「おぉ、もちろん一緒に行くぞ!三人でおっきなすべり台の公園にピクニックだ!」

「やったー!」

「(ともえさん、ともえさん。お約束。お師さまとの大事なだいじなお約束…)」

 ともえさんはほんのり涙を浮かべて喜んでいましたが、ここを見過ごすわけにはいきません。

「はっ、そうだった!…あ、あのねとーちゃん」

「おーなんだ?」

「えーっとね?『きょうはいつものこうえん。よるごはんはとーちゃんのはんばーぐ!』」

 ともえさんはそのままを父君に伝えました…少し直球過ぎです。

「うん?『きょうはいつものこうえん。よるごはんはとーちゃんのはんばーぐ』?」

 さすがの父君もなにやらいぶかしんでいるご様子。

 …仕方ありません、ここはわたしがともえさんに一時的に憑依し上手く話を…

「…つまり、今日はとーちゃんが疲れてるからいつもの公園で我慢する。でもその代わりに晩御飯はとーちゃん特製ハンバーグにしろってことか?」

 正直ちょっと驚いて自分の目を疑いました。な、なんという親ば…。

「…お、お前ってヤツは!な、なんて、なんて優しい子なんだあぁ!」

 そう言うや否や父君はともえさんを力の限りぎゅーっと抱きしめました。力加減を忘れたのかともえさんは目を白黒させています。

「と、とーちゃ、く、くるし…」

 わが子の苦しむ声でようやく我に返ったのか、バっと引き離し、改めて聞き返します。

「でも、いいのか?とーちゃんもかーちゃんも大丈夫だぞ?次はまたいつ行けるか分からないぞ?」

「いーの。おっきなすべりだいより、とーちゃんとかーちゃんのほーがすきだもん。それに…」

「それに?」

「つくよみちゃんがそうしなさいって。だから、いーの」

「つくよみちゃん?おともだちかい?」

「うん!とーおぉってもだいすきな、ちーちゃんのいちばんのおともだち!すんごくきれーでかっこいいの!」

「へー、いいなぁ。今度とーちゃんにも教えてな、つくよみちゃんのこと」

「うん!」

 父君はそうと決まればと、母君にも今日の予定変更を伝えに部屋を出ていきました。


「ねぇ、さくやちゃん」

「(はい、なんでしょう?)」

「つくよみちゃんは?もう、あえないの?」

 ともえさんはなんだか寂しそうにつぶやくように質問します。 

「(…お師さまは先に月にお戻りになられました。咲夜もともえさんを万事見届け次第お暇致します、ですが…)」

 ともえさんにわたしの姿は見えないはずですが、しかしこちらをはっきりと希望に満ちた幼くも強い瞳でみつめます。

「(お師さまは常に月におられます。つまり、お師さまはいつでもともえさんを見守っておられるのです)」

「…そっかー。そうだよね」

 どうやら期待した返答ではなかった様子…仕方ありませんね。

「(…満月の夜、お師さまのお力が最も強く地上に届きます。この時お師さまの事を祈ってみてください、お師さまはきっと答えてくださいます)」

「ほんと?うん、わかった、やってみる!ありがと、さくやちゃん!」

 …これは気休めだ。実際にやろうと思えば可能だが、ともえさんが地の民の人の身である限り修行の時間が圧倒的に足りない。例えともえさんに今世紀最高の才能があったとしても、自身の寿命すべてを修行に費やしてできるかできないか…それでも、もし、月の神具が手元にあるか、もしくはともえさんが仁さんのように特異点であれば話は別ですが。


 その日はともえさんの希望通り、近所の歩いて行ける比較的広い公園に親子三人で仲良くピクニックを楽しみ、帰りにスーパーへ寄ってハンバーグの材料を買って帰りました。

 父君のハンバーグはわたしの予想をはるかに超える出来栄えで、サプライズにとろけるスライスチーズと目玉焼きが追加され、ともえさんは大層喜んでいました。

 …わたしも食べてみたかった。そうだ、満月の晩にこれをお供えしてもらうよう後で頼んでみましょう、お師さまには内緒で…。ああ、でも、もし知られたら、怒られるだろうか、取り上げられるだろうか。でも、そのやり取りもわたしの楽しみの一つなのです。


 この思念体の状態では食べることも寝ることも必要ないので、ともえさんが寝てしまったら基本的に暇なのです。

 が、ここで、暇を暇として怠惰に過ごしては『子ウサギのお使い』です。お師さまにいただいたこの時間は有効に使わなければ。

 そう考え、昼はともえさんの警護及び相談相手。そして夜は、環境改善のために暗躍することとしました。


 まず手始めに、月にいるわたしの本体と情報を共有化します。これは、この先起こる月のクーデターを未然に防ぐためです。あのクーデターのせいで、このような事態になったのですから。

「月のわたし、月のわたし、わかりますか?こちら地上、こちら地上。応答よろし」

「…こちら月神殿わたし。地上?地上に何故わたしの思念体が?も、もしや佐吉さんのことで何か?応答よろし」

「…残念ですが佐吉さんは関係ありません。これより事の顛末の報告データを転送します。お師さまとよく相談し、早急に対応願います。応答よろし」

「データ無事着信、データ内容確認中…。こ、これは!よく頑張りましたね、さすがわたし。可及的速やかにお師さまと対策に入ります。結果が出次第返答します。それまで待機されたし。応答よろし」

「了解。あのハゲ茶瓶をわたしとお師さまの分までぶん殴っといてくれたし。以上」

「…ぶふっ」

 これで月でこれからクーデターが起こることはなくなるはず。何故ならあのデータがあれば超有能なお師さまとその筆頭巫女のわたしとその他のあ奴らがいますからね、何も心配事はありません。


 次の日は日曜日でしたが、父君は仕事に行かれました。仕事がやってもやっても減らないため、休日出勤するのだそうです。

 そういえば、昨日も元気な様子でしたが、目にはクマがあり心力も体力も半分を下回っており、依然危険な状態です。

 働き過ぎで亡くなったようなものだとお師さまもおっしゃってましたし、少し調べてみることにしましょう。


 …うん、ブラックですが、異世界転生させるほどブラックではありません。これなら中ブラック扱いでお師さまも異世界転生させずに輪廻転生させるでしょう。まあ、そのおかげで今回は比較的楽だったのですが。

 一度異世界転生させたものは魂が向こうの所属になってしまうため、基本呼び戻せません。

 もし今回父君がうっかり異世界転生していようものなら、父親が存在しないことになるため、この『黒歴史改編の術』も不発、下手をするとともえさんの存在が消滅してしまうところでしたからね。

 が、この中ブラックの状況が続けばせっかくお師さまがともえさんに両親を戻して差し上げたことがすべて水泡に帰すことになります。それは断じてなりません。

 かくなる上は父君の労働環境を改善させるしか道はありません。

 

 というわけで、夜の暇な時間を有効に使って、徹底的に調べてみました。

 まあ、予想通り、企業の重役に腐りきっているのが約3名と関連会社や取引先などに数名ずついました。

 いろいろ好き放題やって、考えうる限りの悪事を働いき甘い汁を自分達だけがたっぷりでっぷり吸っているといった状態です。

 何故皆懲りないのか。歴史から何も学ばないのでしょうか。

 しかしお師さまはこんなクズ…いえ、間違っている人間も救ってしまおうとされる慈愛の方です。

 そのため、満月の夜には浄化の光をあれ程照らされます。症状が軽い者が一晩浴びればそれだけで元のまともな人間に戻れるのですが、戻れないものは心の闇に心身ともに支配される、妖化(あやかしか)が手遅れな程進行しているのでしょう。

 妖化が重度な者は死んだ後になって後悔することになります。生きている時間より死んだ後の時間の方が長いというのに。

 妖化に重度汚染された魂はそのまま輪廻転生の輪に入れることはできません。永い永い、永劫とも言える時間をかけて魂をクリーニングしなければならないからです。しつこいシミはこそいでも中々落ちないと相場は決まっています。当然汚染された魂もあらゆる手段でこそぎますが、この時意識もありますので相当な苦痛となります。

 地の民はこれを悪事を働いたものが死後裁かれる地獄として広めたようです。遠い昔、お師さまがその当時の僧に懇切丁寧に説明されておられましたからね。


 まあ、わたしがここでくだらないクズの心配をしても詮無きこと。

 この件は、こういうのが得意な地の民に任せるとしましょう。先頃、丁度良い地の民を見つけましたしね。


「もし、そなたが中田栄角さんですか?わたしは月天上界女神が一柱『月詠命・クロノス』様一番の巫女、咲夜です。今夜はお話があって参りました」

 というわけで、3人組の時にちらりと見て知っていた中田氏の夢枕に立つことにしました、我ながら名案です。

「月の女神の巫女様?…つまりあの3人の世話をなさった?」

 流石に呑み込みが早すぎませんか?もう少し疑うことをした方が良いですよ?どうやって説得しようかと考えながらだったんですが…。

「…話が早くて助かります、実は…」

 わたしは調べた企業の腐った重役達を何とかしてほしいと、証拠の在処とともに伝えたところ、中田氏はやはりこういった話が大好きみたいで、目を輝かせて聞いていました。

「わかりました。それでは早速明日の朝一番に取り掛かります、巫女様。それと…」

「なんでしょう」

「あの3人をよくぞワシのところへ寄越してくださった、重ねて感謝いたします」

「…それは全て我が主、月詠さまのなせる御業であり、その御心に従ったまで。しかし、その言葉はもちろんキチンと伝えておきます」

 この中田氏は利害だけでなく、3人の人間性にも感じ入っている様子で、得難い人物を得られた幸運に感謝しているようだった。

「ご理解ご協力感謝します。あなたの頭上に月の恵みが絶えず降りしきらんことを」

 わたしはそう言うと、ともえさんの元に戻りました。


 それから2、3日後。

「ただいまー」

「あっ、とーちゃん、おかえり!きょうははやいね。ちーちゃんこれからおふろだよ、いっしょにはいる?」

「あらあなた、おかえりなさい。ホントに早いわね、どうしたの?体がどこか悪いの?」

 父君が突然いつもより早く帰宅しました。とは言っても会社を定時に出ただけなんですがね。

「うん、まあ、いろいろあって。ちょっとちーと風呂入ってくるよ。話は晩飯食べながらするな」

「やったー」

 父君とともえさんは仲良くお風呂へ入り、母君はなんだかよくわからないけどまあいいかといった様子で晩御飯の準備に入りました。


「それがな?なんか会社の重役の中から逮捕者が何人か出たらしくてな?そんで、明日から少しの間営業停止になったんだよ」

「ええっ、潰れるの?」

「いや、オレもそう思ったんだけど、どうやら違うみたいで。なんでも経営方針の見直しと働き方改革の徹底の為だって」

「ふーん」

「営業停止の間は有給扱いらしいから…」

「あっ、じゃあ、ちーちゃんとあそべる?」

「おう、もちろん!いっぱい遊ぼうな。そうだ、こないだ行けなかったおっきなすべり台、行くか?」

 おっきなすべり台と聞いて、ともえさんはハッと思い出したようにわたしを見ます。…やはりわたしのこと見えてるんでしょうか。

「(もう行っても大丈夫ですよ。それに咲夜が付いています、万が一もありません)」

 そう伝えると、更に顔を輝かせて、

「いくー!」

父君に元気にお返事をしました。


 前回の時間軸での両親の死亡の原因は父君の過労による居眠り運転でした。

 しかし、今回はもう大丈夫。万が一居眠り運転をしたとしても、わたしがいるのですからなんとでもなります。

 とはいえ、別の要因で再び思わぬ事故が起きても面白くありません。

 ですから、ちょっとルートの確認に行ってみることにしました。


 ともえさんが寝静まったのを見計らって、夜のルート探索にすいっと出掛けます。

 月の光を直接魂に沢山浴びられるので心力も潤沢です。今なら難関な『黒歴史改編の術』も一人くらいなら難なく出来そうです。

 父君とともえさんの記憶をもとにいつも通るルートをじっくり見て回ると、細い山道を通る箇所が1か所ありました。

 片側は山で切り立っており、もう片側は深い崖。

 車一台通るのがやっとな上、アスファルトは引かれておらず、ガードレールもミラーもありません。

 そう、そこはまさに前回の時間軸で父君が居眠り運転をし、崖から落ちた場所でした。

 しかも前日の雨の影響からか道はぬかるんでいるようです。

 こんなところを運転しては十分睡眠をとっていたとしても事故は再び起こりえます。仕方ありませんね、大サービスですよ?お師さまに深く感謝し、満月の夜にあのハンバーグをお供えなさい。


 次の日、ともえさん家族はドライブがてらおっきなすべり台の公園に向けて出かけました。当然わたしもついて行きます。家族団らんを邪魔しないよう、わたしは車の屋根の上で待機です。

「あれ?」

「どうしたの、あなた」

「うん、この辺の道がすごくきれいになってるような…こんなんだったっけ?」

「さあ?お役人がキチンと仕事をしたんじゃないの?」

「そうかもな、すごく運転しやすくなってる。今時はすごいな」

「すごいねー!」

 そして、ともえさんはおっきなすべり台と美味しいお弁当を満喫し、父君母君もそんなともえさんを見て癒され、家族全員満足して無事帰宅しました。


 それからまたしばらくした夜、ともえさんが寝静まった後、月神殿のわたしから連絡が入りました。

「地上わたし、地上わたし、聞こえますか。こちら月神殿わたし、応答よろし」

「こちら地上わたし。月神殿わたし、どうしました?応答よろし」

「件のクーデターを無事未然に納めました。顛末の報告データを転送し、情報を共有化します。応答よろし」

「了解、データ無事着信、データ内容確認中…。な、なるほど、あのハゲ茶瓶は無間地獄の刑ですか。分不相応のくせにお師さまにいやらしく懸想するからこの様な目に合うのです、敢えて言いましょう、ざまぁ!であると。それに最後のわたしのあの一撃、さすがわたし、胸がスカッとしました。応答よろし」

「そちらのお師さまと地上のわたしのお手柄です。今度天上神様からお褒めのお言葉をお師さまが承ります、それまでに帰還されたし。応答よろし」

「了解、こちらももうじき片付く予定です、ただ…応答よろし」

「ただ、なんです?応答よろし」

「ただ、せっかく地上にいるのですから、佐吉さんについてもっと調べてみたかった…以上」

「…ぐぬぬ」


 それからまた一週間後。

「ただいまー」

「おかえり、とーちゃん、おふろはいろ?」

「あら、おかえりなさい。ちーとお風呂上がった頃、ご飯出来るわよ」

 父君が定時で帰ることにもみんなが慣れた頃、

「うん、じゃあ風呂入ってご飯食べながらまた話をするよ」

父君はそわそわした様子でともえさんとお風呂に行きました。


「え!昇進するの!」

「ああ、そうなんだよ。それがな?この前重役が何人か捕まって、その影響が取引先とかにも色々あってな?更に何人か関係してた人間がいたらしくって。まあ要するに会社の重役をごろっとまるっと入れ替えることになったんだよ。で、あの部下の面倒見のいい課長が部長になって、その部長がオレを課長に推薦してくれて、で、それが無事承認されたんだ」

 父君は興奮が隠せない様子で、話はちょっと要領を得ませんでした。

「あの課長…いや部長はこれまでずっと上と下を支えてきてたのをみんな知ってるし、みんな大賛成だ。そんな人に推薦されて…推薦されただけでもうれしかったのに、こんな、こんな…」

「あなたの日頃の頑張りをしっかり見てくれてたのね、おめでとう、すごいじゃない」

「とーちゃん、すごーい!」

「ああ、ああ、ちーのとうちゃんはすごいんだぞ。よーし、がんばるぞー!」

「おー!」

 

 それからまた一月後。

「…ほう、仁くんと、ほう…」

「うん、ちーちゃんはじんにーのおよめさんになるの」

 いつものともえさんがいつもの様に仁さんとの将来を夢見て楽しそうに父君母君と話しておりました。

 父君はこめかみの辺りをぴくぴくさせながら、聴いています。なんなら髪の毛が少し逆立っている様にも見えました。

「あらあら、いいじゃない、仁くんなら。でも礼くんも捨てがたいわよね」

 母君はのほほんとした様子で、ともえさんの話に合わせます。

「んーん。れーくんはいーの。じんにーがいいの」

「あらあら、まあまあ」

 女性の恋バナは女性だけでするからよいのです。そこに父親が混ざると…。

「ふん!仁くんも礼くんもダメだダメだ!ちーはだれにもやらん!ずっととうちゃんと一緒にいような?な!」

 これではまるで父君の方が幼子の様です。

「いーや!ちーちゃんはじんにーのおよめさんになるの!なるの!」

 ともえさんと父君はいーっとなると、お互いぷいっとそっぽを向いてしまいました。

「あらあら大変ねぇ。さ、二人とも、そろそろお風呂入ってきなさいな。ご飯にしますよ」

「「はーい」」

 今日も二人仲良くお風呂に行きました。

 …わたしも、本来なら佐吉さんと…それなのに、アイツのせいで…。

 ちょっと古い昔のことを思い出したからか、お師さまに会いたくなり、ちょっぴり早く月に帰りたくなりました。


 それからまた半年後。

 どこらかともなくチリンと鈴の音が…そうですか。

「(ともえさん、もうそろそろ大丈夫でしょう)」

「うん?なにが?」

「(ご両親が亡くなり、あの火事のあった日はもうとっくに過ぎ去りました)」

「はっ、そういえば、そうだった。…あれ?じゃあ、ちーちゃん、じんにーのおよめさんにいつなるの?」

 ともえさんは元々ご両親が事故で亡くなったことで、先代…ご両親の兄、仁さんの父君に引き取られることになったのです。そのことを仁さんに嫁入りしたとずっと勘違いしていました。

 しかも、引き取られることになった矢先にあの火事でともえさんは…いえ、そもそもその火事の原因も…。

 …いえいえ、そんなことより。

「(それはこれからのともえさん次第です。頑張って仁さんのはぁとを見事射抜かなくてはなりません)」

「ええー、そうなんだー。うーん、よぉし、がんばるよ!さくやちゃん、おてつだいしてくれる?」

「(…いえ、残念ながら、咲夜はこれ以上ともえさんのお手伝いはできそうにありません)」

「どうして?…ちーちゃんのこと、きらいになったの?」

「(いいえ、決してそのような事はありません。咲夜もお師さまもともえさんのことは大好きです)」

「じゃあ、どうして?」

「(もう間もなく時間の補修力が働く影響で、ともえさんがあの時間軸の出来事をすべて忘れてしまう為です。また、補修力の影響で、咲夜もこれ以上この時間にとどまることが出来なくなってしまう…つまり咲夜は未来に帰らねばなりません)」

「…ちょっとなにいってるかよくわかんない」

「(ともえさんはもう大丈夫です。この先の出来事を咲夜は何度も確認しましたが、どれもともえさんなら何の問題もなく乗り越えられるものばかり。それに、素晴らしい人生の親友との出会いもあります)」

「じゃあ、さくやちゃん、もういっちゃうの?」

「(残念ですが、これまでのようです。ですが、咲夜もお師さまも常に月からともえさんを見守っています。前に言いましたね?満月の夜、月に向かってお師さまに語り掛けてみてください。お師さまなら例えお忙しくとも必ず答えてくださいます)」

「…うん、わかった。やってみる。ばいばい、さくやちゃん」

「(はい。それでは咲夜は任務完了したため帰還します。…ともえさん…未来で…と、待ってます…)」

「さくやちゃん、ありがとー!つくよみちゃんも、ありがとー!じゃあねー、ばいばぁい!」

 こうしてわたしは元のあの時間に戻りました。

 ともえさんはまだ幼いですが、わたしは何の心配もしていません。これからともえさんは、やっと、本来の自分の人生を歩むことになったのですから。それに、わたしもお師さまもいつも見守っています、あの月から、いつも、いつまでも…。


 それからいちねんはんたった。

「つくよみちゃん、ちーちゃん、きょうからしょうがくせいだよ」

 まんげつのよるはかならず、つきのつくよみちゃんとさくやちゃんにはなしかける。

 でも、きょうもおへんじはなかった。


 それから六年が経った。

「つくよみちゃん、わたし、今日から中学生だよ」

 満月の夜の報告は毎月必ずしているが、今日も二人から返事はやはりなかった。


 それから三年が経った。

「つくよみちゃん、わたし、今日から高校生だよ」

 満月の夜の報告は毎月必ずしているが、今日も二人から返事はなかった。

「でね、じんにーとれーくんの喫茶店の近くの高校に入学したの。放課後と週末はじんにーのお店でバイトすることになったの。あと、ユウちゃんとも連絡を取り合って、あの日のあの時間あの喫茶店に集合することにしたんだ、そうすれば…」


 さくやちゃんはすぐ忘れてしまうと言っていたが、毎月満月の夜に報告していたからか、実は前の時間軸の出来事も全て覚えている。

 とはいっても自分の体を別の自分が動かしてしゃべっているのをつくよみちゃんと幼い自分が眺めていたから、なんとなく、うすぼんやりとしか覚えていない。それでもすべてを忘れたわけではなかった。

 事故で両親が亡くなったこと。

 両親が亡くなったことで叔父さんの家に引き取られることになったこと。

 火事で瀕死のわたしをつくよみちゃんに助けてもらい、以来ずっと一緒にいてくれたこと。

 意識を失った小さいわたしを抱えて火事の現場から逃がしてくれ、そのまま育ててくれた二人目の父親と大好きなお姉ちゃんのこと。

 そんな二人をひどい目に合わせたあの四人の男たち。

 そしてじんにーのお店での出来事。

 何もかも覚えている。


 微かな記憶をたどり、来週からじんにーのお店でバイトを始める。…うまくすれば、と淡い期待を胸に抱いて。

 そして、バイトを始めて3時間、途中の休憩でスタッフルームで一息つくと、何故かそのまま居眠りをしてしまった。慣れないバイトで疲れたからかも。ちょっとだけ、ちょっとだけ…。

 それから…


 つづくよ

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