第9話 そういえばあれからどうなったの?カグヤの場合
わんわんとオレの胸でひとしきり泣いたともちゃんが泣き疲れて静かになった頃、突然チリンちりんと軽やかな鈴の音が鳴った。
鈴の音はどうやらレイ以外には聞こえていたようで、ともちゃんもユウちゃんも辺りをキョロキョロと様子を見る。
「…ふむ、どうやらここまでのようですね」
「つくよみちゃん?」
月詠さまは少し寂しそうな悲しそうな顔をして告げる。
「時間の補修力の波が現在まで到達したようじゃ。これよりは完全に過去を変更した未来となる。先程の鈴の音はその合図での、ワタクシの設置したアラームなのじゃよ、良い音色じゃろう」
「つまり三人組、ケンゴさん、そしてともえさんの過去改変が只今をもって全て確定したのです。そのことにより、お師さまとわたしがこの地上に来た事実が無くなります。つまりこれにて皆さんとは今度こそおさらばです」
「…そうなんだね、うん、分かった。つくよみちゃん、さくやちゃん。お父さんとお母さんとわたし、そしてお姉ちゃんまで助けてくれて本当にありがとう!」
一番最初に気持ちを切り替えたのはともちゃんだった。
「つくよみちゃん、今まで通り満月の夜にお祈りしてもいい?今度はちゃんとお返事してくれるよね?」
「うん、もちろん。今度は満月の光の補助が無くとも、さすともなら問題ないじゃろうし当然返事もする。ただし、夜の日本担当限定神とはいえワタクシは月の女神の一柱、最初は会話もおぼつかぬやも知れぬ。ですからしかと心力を鍛錬するのです。鍛錬の仕方は仁殿が咲夜より聞き及んでおろうから、二人仲睦まじく行うがよい…分かりましたね?ワタクシとの大切なお約束ですよ?」
月詠さまは、ついさっき小さなちーちゃんに言い聞かせたようなセリフをいたずらっぽくウインクしながら言った。
「くすっ、もう、つくよみちゃんったら、わたしはもうそんなに子供じゃないよぅ!…うん、でも、分かった。つくよみちゃんとのお約束、必ず果たして長時間通話ができるようになってみせるよ!」
そうはっきりと宣言するともちゃんに感動したのか、ともちゃんを抱き寄せて強く抱きしめる。ともちゃんも抱きしめ返して二人で涙を流し、今度こその本当の最後の別れを共に惜しんだ。
「じゃあね、つくよみちゃん。ホントに…本当に色々とありがとう、大好きだよ」
「うんうん、分かっておる。今度こそ今生の別れとなるが、先程も言った通り会話はいつでもできる。それにの?」
「?」
「そなたが今瀬を謳歌し見事往生した際にはこちらから遣いを寄越して今度こそワタクシの巫女となるべく修行をしてもらいます、ただそれまでの別れだということ。待っていますよ、よい人生を送りなさい、良いですね、これも大切なお約束ですよ?」
「うん、分かった、その時が来たらこちらこそ、よろしくお願いします」
そして二人は笑顔で一時の別れを惜しみ、次の再会を約束した。
「かぐやちゃん、わたしもともちゃんと同じように今度こそ人生を精一杯生きてからそっちに行くね。だからそれまでさよなら、またね」
「もちろんです、花ちゃんも今度こそ今瀬を楽しんでいらっしゃい。ただ次に会う時わたしは一足先に特級巫女かもしれませんがね」
すみっこもユウちゃんも泣き出すのをこらえたような精一杯の作り笑いを浮かべ、こちらも強く抱擁を交わした。
この二人は千二百年間、間が空いていたいうのにそれをちっとも感じさせない確かな友情があるようだった。
二人のその様子にともちゃんもレイももらい泣きしている。
「仁さん、レイさん、僅かな間でしたがお世話になりました。お二人とも智恵さんと優花さんと末永くお幸せに。二人を泣かせるようなことをすると許しませんよ?」
「ああ、こっちこそ助かったよ。本当にありがとう、元気でな。月詠さまにあまり迷惑かけるんじゃないぞ。月詠さま、ともちゃんとレイの事、本当にありがとうございました。また改めてともちゃんを通じてお礼申し上げます」
「うんうん、すみさんも元気でね。月詠さま、大したもてなしも出来ず申し訳ありませんでした。色んなお話とても楽しかったです。どうぞお元気で」
オレ達は月詠さまとすみっこに軽くではあるがしっかり礼と感謝を伝え別れを済ませた。
月詠さまもすみっこもその事には特に何も言わず、ただにこやかに微笑んでくれていた。
しかし、その様子にユウちゃんは少々納得がいかなかったようだ。
「でもかぐやちゃん、本当にこれでよかったの?」
「? 何がです?」
ユウちゃんがふと漏らしたこの一言に月詠さまはしまったという表情をして口止めしようとしたが遅かった。
「さっきはいいって言ってたけど、仁さん…佐吉さんの現世の姿がせっかく目の前にいたのにもっとしっかり挨拶しないで。あ、そうか、仁さんは現世では特異点だからどっちみちわたし達と一緒で往生した際に会いに行けるもんね。でもお別れの挨拶はもうちょっとキチンとしないとダメだと思うよ?嫌われちゃうかもよ?」
その言葉に場が一瞬にして凍り付いた。
特にすみっこは余程激しい衝撃を受けたのか先程までの笑顔のままフリーズしていた…あれ? これってひょっとして気を失ってないか?
月詠さまはあちゃーっと額に手を添えて空を仰いでいる。
はっとようやく再起動したすみっこはオレを目が悪い人が良くやる様に目を細めて割と長い時間ブツブツ言いながらジッと見た後、ホントだって顔になり、ばっと月詠さまを見る。主に向けるには余りにも不敬である睨みつけるような糾弾するかのような表情で、だ。
「はぁ~、バレてしまいましたか。花殿にも口止めするべきでした。咲夜これはそなたの…」
「な、何故です、お師さま!咲夜は常日頃からあれ程申していたではありませんか!佐吉さんの魂の行方をご存知ならば教えていただきたいと!なのにこんな、わざわざわたし専用のジャミングを施してまで…何故です、お師さま!…ああ、それにわたしもわたしです。2年もひとつ屋根の下で暮らしていたのに気が付かないなんて!わたしの馬鹿バカ激ばかー!」
いつもの調子でやり過ごそうとする月詠さまと明らかな怒りを露にするすみっこ。
最後のは自分に対するやり場のない怒りにどうしていいのか分からないっと言った感じだ。
そしてよく見るとそんなすみっこの両こぶしは先程三人組に向けた、あのどす黒いオーラを再び纏っている。
「…咲夜、少し前にもソレを見せましたね?あの時は言及しませんでしたが、それは何です?ワタクシはその様な悪意に満ちた力の使い方を教えておりませんし、許可しておりませんよ?」
「…お師さまは云わば光の塊です。これは万が一そのお力に対抗せねばならなくなった時の為に密かに編み出しました…お願いです、どうぞ咲夜にこれを使わせないでください。これを使えばいかにお師さまと言えどもタダではすみません。さあ、ご説明を、お師さま、さあ!」
確か主が誤った道に進んだ際には、その身体を張ってでも止めるのが真に忠義の者とされたって前にテレビの歴史モノでやってたような…もしかしてその影響なのか?
そしてそこから、どうやらすみっこは使わないに越したことはないが、万が一の場合を想定して月詠さまのご存知ない、唯一対抗できそうな手段として黒い力を習得したんだろう。
だがそれはどうやら月詠さまにとっては許しがたい邪法だった様で、両者は正に一触即発の状態だ。
そこにユウちゃんとともちゃんが決死の覚悟で二人の間に入った。
「さくやちゃん、早まらないで!お願い、少し落ち着いて!」
「かぐやちゃん、ダメだよ、こんなの。これ後で絶対後悔するヤツだよ?」
二人が間に入ったことにより、少し落ち着きを取り戻したのか、口調が落ち着いたものになってきた。
「二人とも、そこをどきなさい。これはわたしとお師さまとの大事な話なのです。手出し無用。どうしてもというなら致し方ありません、少し痛い思いをしてもらいますよ?」
そう言うと、すみっこはその真っ黒なオーラを纏う拳を振り上げ、ためらうことなくともちゃんに真っ直ぐ振り下ろした。
「きゃあ!」
しかしともちゃんはもちろん誰も何のダメージも受けることはなかった。
拳を振り下ろした当のすみっこも、ともちゃんを守ろうとした月詠さまとユウちゃんもあっけに取られていた。
すみっこの真っ黒な拳は空中に突然現れた虹色の翼の様なモノに遮られていたからだ。
「こ、これは『絶対障壁翼』!扱いがとても難しい上、宝珠にも選ばれないと習得できないというあの!しかも虹色と言うことは最上級の物理及び心術全属性完全無効型!う、美しい、まさかこの目で見られる日が来るとは…しかしこれを一体誰が…ってお師さましかいませんね。この様な超高度で難易度の高い術をあの一瞬で展開するとは流石です、ああ、なるほど、宝珠が自動展開したのですね?しかしこの咲夜こんなこともあろうかと…って、え?あれ?」
すみっこは興奮した様子で早口に術の解説をすると同時にニヤリと不敵な笑みを浮かべながら月詠さまを見るが、当の月詠さまは全く心当たりがないようで、フルフルと首を振る。むしろ月詠さまも何が起きているのか分からないって表情だ。
そして程なくみんなの視線がオレに集まる。
右手を突き出し今も虹色の翼にゴリゴリ心力を削られ続けているオレに。
「咲夜、ソレを早く収めなさい、そして宝珠を仁殿へ。今度はそなたが仁殿を殺めてしまいますよ?」
オレはすみっこが黒い拳を収めたことを確認してから障壁の術を解くと、三度(みたび)意識を失いその場に崩れ落ちた。
月詠さまのお言葉に我に返ったすみっこは月詠さまに一礼すると奪うように宝珠を手にし、オレの元へと駆け寄る。
「仁さん、なんて無茶を…身体強化といい今の障壁といい、無茶にも程があります。アレらはあなたが使うにはまだまだ早いのです!」
宝珠をオレの身体に押し当て、いつもの厳しい口調で説教するすみっこの表情は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「千二百年お仕えした大切な月詠さまにあんな怪しげな拳なんか振り下ろして何かあってみろ、今度こそクスリ無しでの極刑モノだろ?もしならなくてもお前なら責任取って自害とかしそうだし…それにさ、月詠さまもお前もお互い泣き出しそうな顔してたしな。それと多分月詠さまは甘んじてあの黒い拳を受ける気だったんじゃないかな。だったら多少無理してでも止められるヤツが止めるしかないだろ?」
相変わらず月詠さまのチャージした宝珠の回復速度は早く、オレの心力はあっという間に笑いながら話せるまでに回復した。
ただし体力はすぐには戻らないので倦怠感が身体を包むため、起き上がるのが少々つらい。
「馬鹿、バカです、それであなたが死んでしまっては元も子も…まったく、あなたは、本当に、救いようがありませんね、この大ばかー!」
そう言いながらすみっこはわあっと泣きながらオレを力いっぱい抱きしめた…ただし、いい匂いはするものの、そこには柔らかいモノなど何もなく、ただゴリゴリミシミシと痛いだけだったことは分かってもらいたい。
そしてそれをあの三人に説明してくれないか?
今の姿勢からは確認できないが、何だかレイとともちゃんとユウちゃんの視線が妙に気になるんだ。
「ふう、これまでのようですね、致し方なし。もはや時間もない事ですし…えぇっと『魂便覧』検索、『千二百年前』『佐吉』っと…おお、これこれ…これを『女神権限でコピー持ち出し』っと。さて仁殿、少しの間咲夜にその身体を貸してやって欲しい。なに、5分程度じゃ」
「もちろんです、どうぞご自由にお使いください」
月詠さまはオレにすまなそうに頼みごとをしてきた。
正直オレの身体を使って何をどうするのか全く分からなかったが、不思議と不安は一切なく、むしろ大恩ある月詠さまの一助になれるという悦びの方が強かった。
即答したオレはスッと目を閉じ心を静めたが、余りに聞き分けが良すぎたのか月詠さまもすみっこも少し驚いているようだった。
「う、うん、助かる…では咲夜よ」
「は、はいお師さま。先程は大変なご無礼を…」
「うん、その話は月に帰ってからじっくりするとしよう、その黒い心力の件も含めての…これはもはやお仕置きというより折檻確定です、覚悟なさい。それよりももう余り時間は残っておらん、もう5分程で我らは月に強制転移させられる」
「はい、存じております」
「ではこれより仁殿のご厚意により、佐吉殿の疑似人格を仁殿へと形成する。互いに思いの丈を余すところ無く告げるのです、良いですね? 正真正銘これが最初で最後です、このことがあ奴にバレると後々更に面倒事になります、こればかりはやり直しはできませんよ?」
「はい!お師さま!ご厚意感謝いたします!」
駄々っ子に対してもひたすら甘い月詠さまがそう言うと、暴れまわった駄々っ子は今日一番の笑顔で力強く答えた。
月詠さまがオレの頭に軽く手を添えた途端にオレの意識は薄くなる。目の前が真っ黒になり、力も抜け、糸の切れた操り人形の様にオレの身体はその場に崩れ落ちた。
次に意識が戻った時、オレは不思議な感覚に襲われていた。
意識はあり視界も思考もはっきりしているのに、身体を動かし話すモノが別にいるという奇妙な感覚だ。
例えるなら戦闘機の複座式だろうか、二人乗りの戦闘機の事だ。
戦闘機であれば前が操縦、後ろはサポートといった具合に二人で協力するものなのだろうが、この場合は違う。
前に乗るものが身体の全てを操り考え話す。後ろにいるものはただただ見ていることしかできないのだ。
思えばともちゃんとチエちゃんの関係もこうだったのだろう。
ただこれは当時5歳のともちゃんにはとても辛かっただろうことは容易に想像できた。
そんな状態を十年も耐えることが出来たのはやはり月詠さまが常に一緒にいて下さったからだろう。
もしそうでなければ5歳のともちゃんの精神は崩壊していたかもしれない。
そう考えると、やはり月詠さまには感謝の言葉しか浮かばない。
そんな月詠さまがオレを頼って下さったんだ、嬉しくないわけがない、どうぞ5分と言わずいくらでもお役立てください。
そんなことを考えていたところ、思いがけず話し掛けられた、相手はそう、佐吉だ。
「(現世の僕、月詠さまのおっしゃる通りほんの少しだけだから、大丈夫。それにそれ以上だと僕が身体に定着してしまって身体を乗っ取ってしまう、そうするとキミは消えてしまうんだよ?)」
「(え?そうなの?それは困るな…じゃあなるべく早くでお願いしていい?)」
「(くすっ、うん、わかった。じゃあ、少しの間ありがたく使わせてもらうね。まったくかぐやちゃんにも困ったモンだね)」
そう言うとブツリと通信が切れた。自分の前々世なワケだが、中々の好青年だったな、かぐや姫が惚れるわけだ。
「佐吉さん?佐吉さん?本当に佐吉さんなのですの?」
『…かぐやちゃん、すぐカッとなる癖はちっとも治ってないようだね、ダメだよ、ちゃんと修行しないと。もう少しでその子もこの子も大変なことになるところだったんだからね?現世の僕と月詠さまに感謝しないと、だよ?』
「う、うぅ…ご、ごめんなさい。佐吉さんの事となると昔からどうにも自分を抑えきれなくて…そ、そんなことより」
『うん?なんだい?…ああ、そうだった。僕の方もかぐやちゃんに言わないといけないことがあるんだった。先にこっちの話を聞いてくれるかい?それと、一つお願いもあるんだ、いいかな?』
「は、はい」
すみっこは今まで見たこともない慎ましやかな仕草で静かに佐吉の話を聞く。
『ごめんね。まずお願いの方なんだけど…どうもその姿は僕の中のかぐやちゃんと結びつかないから、出来る事ならあの頃の姿になれないかな?話をするこの間だけでいいんだ』
そう言われ、すみっこは月詠さまに許可を頂くべく目配せをする。
月詠さまはそれに黙って頷いた…表情は二人のやり取りに何らかの不正がないか、機密を漏らさないか、はたまたこの行為自体が危険なのか、とにかく鋭く厳しい監視者のソレであったが、すみっこのかぐや姫時代の姿が再び見られるとなるや、立派なウサミミがそわそわしっぱなしになった上、拳をグッと握りしめた。
この様子から察するに、月詠さまがこれまで頼んでもすみっこは応じてくれなかったんだろうな。
「あ、あの頃の姿、ですの?そ、そのぅ、実はわたしはあの頃の姿が余り好きではないのですの。あんな姿のせいで色んな殿方の注目を浴びることになり、終いにはあのような結果になりましたし…何よりわたしの種族にとってあの姿は年老いて余命幾ばくもない姿で恥ずかしい限り…それに佐吉さんはあの姿だからわたしを愛してくれたワケではないのでしょう?だったら…」
どうやらカグヤの美的感覚とオレ達とでは致命的なズレがあるようだ。
「…年老いて?…余命幾ばくも?…恥ずかしい?」
すみっこが何やらもごもごと言い訳をする言葉尻を月詠さまは一々捕らえる。そしてその一言毎に室内の温度がぐんぐん下がっていった。
ハッと月詠さまを見ると、いつもと同じ優しい笑顔のハズなのに何故か得も言われぬ恐ろしさを感じ、ますます体の震えが止まらなくなったすみっこは…。
「う、うぅー、わ、分かりました。佐吉さん発ってのお願い事ですし…ただし、それはこちらも同じですの。ですからどちらもあの頃の姿になって話を致しましょう、それで良いですの?」
『うん、いいよ、それでお願い』
「では…『月の宝珠の力よ我らを彩れ』!」
すみっこが両手を真上に突き上げると次の瞬間にはすみっこはかぐや姫に、オレは佐吉になっていた。
…なるほど、月詠さまとかぐや姫は確かによく似ている。
もはや違いは月詠さまのあの立派なウサミミとかぐや姫の泣き黒子(なきぼくろ)くらいか。後はかぐや姫の方が身長が少し低いことくらいかな…。
しかし、個人的にはかぐや姫はあくまでも人としての最高ランク、月詠さまは神々しさも相まっているし、美しさだけなら月詠さまだろうな。別にヒイキしたわけじゃないぞ?
この二人が並んで踊りながら歌でも歌ったりしたら、色んな歌番組から引っ張りだこ間違いなしだ。
「わあ、懐かしい、あの頃のかぐやちゃんと佐吉さんだー!ぐすっ」
「さくやちゃん、きれー…それにじんにーも、か、カッコいい!」
「へぇー、これがかぐや姫の実物なんだ、確かに絶世の美女に間違いないね。佐吉さんもカッコいいし、お似合いのカップルだったんだね」
「よくやりました佐吉殿!うんうん、やはり咲夜…カグヤは美しい…それ!今の内に『動画保存』及び『三次元データ保存』っと、よし!…ふふっ、後でこれを基に姿人形のポーズ違いと色違いを最低10体作成するとして…ポスターにアルバム…あ、ああっ!ひ、閃きました!カグヤと咲夜の夢のコラボ作品!く、くふふっ、じゅるり、こ、これはたまりません。ああ、これは当分徹夜ですね。そしてそしてそれらを目の当たりにしたあ奴が地団駄踏んで悔しがり更にそれらを欲するあまり、ワタクシにいやいやながら頭を下げる様を想うと、ふふっ、うふふふふ…」
「ちっちっちっ、つくよみちゃん、惜しいね、そうじゃないんだよ」
「どういうことです?」
「真の推し活はね?『使用用』『保存用』そして『布教用』を用意するんだよ!どーん!」
「な、なんですってー!がーん!」
三者三葉の感想を口々にする。
オレからは佐吉の姿を見ることはできないが、本物のかぐや姫の姿を特等席で見ていると、なんだかどきどきする。
そして意識だけのオレに愛おしくてたまらない感情と同時に悲しく申し訳ない気持ちが伝わってくる…こっちは佐吉の?何をそんなに謝りたいんだ?
『ああ、あの頃のお互いの姿だ…ホントにこんなことが出来るようになったんだね、我ながらの無茶ブリだったのだけれど。キチンと修行しているようで安心したよ』
「ふふっ、これくらいどうということはありませんの。ですが、もっと褒めてくださって良いのですよ?」
カグヤは佐吉に褒められ得意げなドヤ顔だ。
『そう? じゃあご褒美だ』
そんなカグヤに対しリア充佐吉は優しい笑顔と慣れた手つきで頭をポンポンとした上で優しく撫でた。
「は、はふぅ」
カグヤは何だか情けない声を発してその場に腰砕けになった。が、そこはリア充佐吉がサッとカグヤの腰に手を伸ばしグイっと引き寄せあごをクイッとした…こ、こいつ、戦い慣れてやがる、これがイケメンリア充のコンボ技だと言うのか!…うん、使うかどうか分からないが、とりあえず覚えておこう。
「あっ…」
カグヤはそのままの姿勢で何かを察したのかスッと目を閉じた。
佐吉もそのまま流れるようにキスをしようとし…。
「あー!だ、ダメー!さくやちゃん、佐吉さん、しっかりしてー!ほ、ほら、もう時間が無いよ、早くお話を済ませないと!もうやり直せないんだよ?とにかく、離れてー!お触り禁止ー!」
ユウちゃんに羽交い絞めにされガルルっと唸るともちゃんの威嚇とも取れる忠告で我に返る二人…この時ちっという舌打ちがカグヤから聞こえた、様な気がした。
『ふふっ、そうだね、その子の言う通りだ。じゃあまず僕から』
「…はい」
カグヤは頬を赤らめつつしおらかに、ただ佐吉の言葉を黙って待った。
『あの試練の後、二人で他の神具を探し出す旅に出たよね。その時僕は君に誓った、覚えているかな?いつまでもただ君だけを愛しむと…しかし、君が兄上に娶られるのを嫌い月に帰ってから僕は…』
「ああ、あのぼんくらに代わり、見事政を正したのですよね、先程お師さまにお聞きしましたの。わたしはとても誇らしく思ったんですのよ?流石わたしが選んだ、わたしを選んだ佐吉さんですのと。地の民の皆に自慢したい気持ちで一杯ですの」
『うん、でもアレは兄上が何もやっていなかったからそう見えるだけで、実はそんなに大したことはしていないんだ。左大臣や養父上(ちちうえ)、そして他の忠臣達あっての事なんだよ。兄上がもし真面目に同じように政務を行なっていたらその評価は兄上のものだったんだ…ああいや、入れ替わったんだからホントにそうなんだけどね。いやいやそんなことはこの際どうでも。とにかく僕は君に何としても謝りたくて…でも怖くって』
先程まで鼻高々に佐吉の武勇伝を思い出していたカグヤは突然の謝罪に首をかしげる。
「はて?何をそんなに謝ることがあるのですの?そしてわたしの何を恐れるのですの?はっ、もしやわたしの短気な性格でしょうか、ううっ、恥ずかしい」
本当に恥ずかしいのか袖で顔を隠してしまったカグヤをよそに、佐吉は申し訳なさそうに頭を下げて謝罪した。
『さっきも少し言ったけど、いつまでもただ君だけを愛しむと言いながら、帝としては子孫を絶やすわけにはいかず…元々兄上の妃や側室達だったけど、それらに寵愛を注がねばならず…ご、ごめん、でも決して浮気ではないんだ。もう千二百年も過ぎた後だとか仕方が無かったとか言い訳はしない。それに自分からは側室を選んだりなんかはしていない。そして他の女人の香りがして汚らわしいと君に嫌われるのが怖かったんだ。』
「…そちらの話は分かりましたの。今度はわたしの番ですの」
『…うん』
「お師さまから先程聞きましたの。もしわたしが短気を起こさずあのぼんくらの妃となっていた場合の、もしもの未来の話について、ですの」
『…え?』
「もしわたしが月に自首せずあのぼんくらの妃になっていた未来では、佐吉さんはわたしを取り戻すべく勇敢に戦ってくれたそうなのですの。そして見事わたしを取り戻し、佐吉さんとわたしは遂に結ばれて末永く幸せに暮らせたと。ああ、その際はこの花ちゃんと一緒に、ですの」
『な、なんだって?それに花ちゃん?あっ、君、あの花ちゃんなのかい?ほ、本人?さっきから気にはなっていたケド、あんまりよく似てるものだから君たち姉妹の子孫なのだとばかり…あの時あんなに捜索させたのに行方知れずで一体どこに…ああ、それよりも、兄上が申し訳ない事を。そして僕も迎えの流罪放免船が遅れたこと、併せて謝罪させてもらいたい』
「ううん、いいの、もう済んだ事だから。それにたった今月詠さまに呪いを解いて頂いたことだし、もういいの」
『それでも千二百年も、ごめんよ。あっ、そうだった、これは慰めになるか分からないけど一応伝えておくね。あの時流罪になってあの地で最期を遂げた者たちの遺骨は全て回収して丁重に埋葬しておいたよ。場所は現世の僕の記憶に残しておくから後で聞いてみるといい』
「ほ、本当?あ、ありがとう!それだけが心残りだったの。もう今となってはあの島がどこにあったのか全く分からなくて…正直諦めてたの、本当にありがとう!」
『いや、当時の僕にできたのはそれが精一杯だったから…ウワサで君は不老不死になったと聞いていたから心配していたんだよ?あの内気で大人しい君の事だから独りぼっちになって辛くて泣いていると思ってね。だから保護しようと方々探させたけれど行方は杳として知れなかった…晩年諦めてお姉さんの隣に君の分の墓石もちゃんと作ったんだよ、誰も入っていないけどね。本当にごめん…君にも僕を裁く権利はある、かぐやちゃんとよく相談して…』
「「裁くだなんてとんでもない!」」
オレには佐吉の気持ちや考えている事がハッキリ分かるが、先程までの佐吉の告白には嘘偽りも黒い計算もなにもない。本心から二人に謝罪し、責めは甘んじて受ける気満々だった…だったのだが、当の二人は食い気味にそれらを否定した。
思いもよらない言葉に驚いた佐吉は深々と下げていた頭をゆるゆると挙げ、二人を見る。
カグヤもユウちゃんもそんな佐吉を笑顔で迎える。
『…僕を裁く為に月詠さまにご助力頂いたんじゃないのかい?』
その言葉に二人はフルフルと仲良く首を横に振る。
「その様な事にお師さまの御力を頼るなど以ての外!いくら佐吉さんでもその発言は許されませんよ?」
『じゃ、じゃあ一体…』
「これまでのわたしはただただ愛しい佐吉さんにもう一度会いたかった、本当にそれだけでした。わたしが月に自首した際には『拘束の羽衣』のせいでお別れがキチンとできませんでしたから、それだけが心残りだったのですの。しかしお師さまに貴重な可能性の未来のお話を伺った今となっては、わたしの短気のせいで二人の明るい未来を台無しにしてしまったことを謝りたかった。わたしの方こそ佐吉さんに裁かれるべきなのです、の。ですから…」
すみっこは泣きそうな顔をして、それでも懸命にこらえて笑顔で佐吉を真っ直ぐに見つめる。
そんなカグヤを佐吉はギュッと抱きしめ、そのまま唇でカグヤの口を塞ぐ。
「あ、ああーっ!」
「ん…ぷはぁ、な、何を…」
『かぐやちゃん、僕はね、とても怖かったんだ。君が月に帰ったのも兄上に逆らえずにいる僕の不甲斐ない様を嫌われて愛想をつかされたものだとばかり…だから、兄上と入れ替わってからはとても頑張ったんだ。そうすれば君が僕を見直して帰って来てくれるんじゃないかと…満月の度にお願いもしたんだ、かぐやちゃんを返して欲しい、帰って来て欲しいって…それにね、僕の転生先を君にだけは知らせないように月詠さまにお願いしたのも僕なんだ。不甲斐ない僕の転生先に怒りをぶつけるんじゃないかと不安で…僕が責められるならまだいいけど転生先はもう他人みたいなもんだろ?だから月詠さまを責めないで欲しい。むしろ月詠さまはそんなことしなくても大丈夫、かぐやちゃんならきっと分かってくれる、むしろ会いたくてたまらないみたいだよって何度も諭して下さったけど、最終的にはいつもしぶしぶながら希望を聞いて下さったよ。僕はね、君が思うよりよっぽど君を愛しているんだ…』
すると今度はカグヤから口づけをする。
「ま、またー!」
「…ん。ふふっ、そうだったんですか、そうだったんですね。わたしの方こそ愛想をつかされたものだとばかり。ですから避けられているならその理由も知りたかったのです…しかし、同じことを悪い方向に二人とも考えていたなんて…やはりどんなに愛し合っていても会話は大事ですね。でもこれだけは違いますよ?わたしの方が…」
『ああ、僕の方が…』
『「愛してる』」
そして今度はどちらからともなく、ごく自然に愛を確かめ合うように二人は口づけを交わす。
「も、もうー!…うぅ、でも、千二百年も待ったんだし、ケジメだし、アレはじんにーだけどじんにーじゃないし、うぅー、でも…」
何やらブツブツと苦悩するともちゃんを月詠さまとユウちゃんは優しく慰めているのが、視線の端に見えた。
レイはどうやらハッキリと認識を切り替えているのか、歴史の裏話を楽しんでいる様に見えた。
すると月詠さまとカグヤの身体が光の粒子の様なモノをまとい始め、どんどん透けてきた。
「ふむ、咲夜、そろそろ本当に時間一杯です、最後の別れをなさい」
その言葉にカグヤと佐吉は二人の世界からようやく戻り、そして改めて見つめ合う。
「長年のモヤモヤがスッキリしましたの。佐吉さん、いつまでもあなたの魂だけを愛します」
『僕も…と言いたいところだけど、もう人生を二回終えた身だし、説得力はないけどね。でも、あえて。僕もずっと君だけを愛しているよ』
『「叶うなら来世でも共に』」
そう言うや再び口づけを交わす二人。
ともちゃんももはや色々諦めたかのような微妙な顔でそっぽを向いている。
「時間です、『解除』及び『魂便覧更新』っと」
「(ありがとう、現世の僕。お陰で今度こそ心置きなく成仏できる…って変な話だね。でも、身体を貸してくれて、かぐやちゃんともう一度話をさせてくれて、本当にありがとう。お礼と言ったらなんだけど、僕が帝時代に残した私物がどうやらまだ発見されていないようなんだ。さっきの花ちゃんのご家族の埋葬場所と一緒に記憶に残しておくから機会があったら行ってみると良い。君たちが役立ててくれると嬉しいよ。その代わりに月詠さまにも感謝の気持ちを伝えてほしい、佐吉は本当に果報者であったと、とても感謝していると…)」
そう言い残すとオレの中から佐吉はきれいさっぱりいなくなった。
あとに残ったのは幻術も解けたすみっことオレが互いに抱き合っている状況だけだった。
「ではな、先程も言いましたが、各々今瀬を目一杯謳歌するのですよ。智恵殿、今度こそ連絡待っておる」
「うん、またねつくよみちゃん。ほら、さくやちゃん、もういいでしょ?早く離れて…」
「そうだぞ、ほら、月詠さまの御傍に…んむ?!」
月詠さまの御傍にいるのがお前の仕事だろって言おうとしたところ、すみっこがオレに優しく口づけをする。
「ふふっ、これはわたし達二人からのお礼ですの」
「あ、ああーっ!」
すみっこは更にオレの首に両腕を絡ませると、再び口づけをする。
「…ん。そしてこれはわたしから。これまでのお世話になった分ですの、そして…」
「ちょ、ちょっと、さくやちゃん!ちょっとー!ねぇー!」
すみっこが三度オレにキスをしようとしたところで、本格的に時間切れになったようで…。
「あらまあ、残念、ここまでですの。では続きは次にお会いした時、もっとすごいことを…あいるびーばっく、ですの」
どこぞの未来から来たロボット兵みたいなセリフを言い残し、今度こそすみっこは消えてしまった。申し訳なさそうな月詠さまと共に…最後の別れがこんなのでよかったのか?
「帰ってくるなー!て、敵!敵だー!さくやちゃんはわたしの敵になった!わたしを怒らせたなー!うわあぁぁん!」
何故だ、感動的な場面だったハズが、一瞬にして修羅場と化した。
そして怒りをぶつけるべき相手は文字通り消えてしまい、後にはただただともちゃんのやり場のない怒りの咆哮だけが空しく響き渡っていた。
つづくよ
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