第10話 そしてこれからも

 あれからひと月が経った。

 今日もウチの喫茶店はおかげさまで満員御礼だ。

「じんにー、次の占いのお客様をお通しするよー?」

「はーい、お願いします」

「レイさん、3番さんが占いスイーツ2、占いカレー1、アイスコーヒー1です」

「はい、ありがとうございます」

 

 過去を改変した世界ではともちゃんとユウちゃんの二人はもはや幼馴染ではなかった。

 しかし二人は共に特異点であったため、あの遠い高校に入学する前にお互い連絡を取り合い、店の近所の高校に入学したのだとか。

 そのおかげで今は放課後と週末にバイトに入ってもらえている。

 すみっこが抜けた穴はデカかったが、新人二人を採用したことでなんとかやれている…とはいえ、平日の昼間はエライ事になっているので、もう一人欲しいところだ。やっぱりアイツにすごく負担をかけてたんだな、悪かったなぁ。

 でも二人のお陰でレイは厨房に、オレは占いに専念できる…まあ、そもそも占いをしなかったらもっと楽なんだけどな。

 …うん?まてよ?


 占いはそもそも行方不明になっていたともちゃんを探すためにしていたものだし、ともちゃんが行方不明にならなかった今となってはやる必要ない…あれ?やる必要が、ない?じゃあ、オレは一体何のために…あれぇ?

 確かに占いを辞めると客数も売り上げもガクンと下がるだろうが、忙しくも無くなるので新人二人のバイトも必要ない…。

 すると今よりも細々と慎ましく落ち着いた雰囲気の店内でレイと二人でも十分経営できて…いや、それならオレ一人でも十分じゃないか?

 そうだ、いつまでもレイをこの店に縛り付けなくても良くなる。

 アイツにもやりたい事があるだろうし、むしろそうした方が…。

 あれー?ホントに何でまだオレ占いなんかやってるんだ?

「な、なぁレイ。今日店が終わってから少し大切な話があるんだが…」

「え、ええ!な、なんだいにいさん、大切な話って…ま、まさか?」

「えー?大切な話ならわたしの方が先じゃないの?」

「は、はわわわわわ」

 …なぜだろう、全員が全員全く違うことを考えている様な気がする。

 そんなことを考えていると、また入り口の鈴がカランコロン鳴り、新たな客の入店を知らせる。

「あ、はーい、いらっしゃいませー。すみません、只今満席となって…あっ!」

 来客の対応に向かったともちゃんが何だか戸惑っているようなので、占い部屋から顔をのぞかせるとそこには…。

「てへっ、来ちゃった!ですの」

 つい先日、月に帰ったばかりのすみっこが、両手に旅行カバンを下げて立っていた。


「あ、あなた、さくやちゃん!わ、わたしの宿敵!ど、どの面下げて!」

「うん?敵、とは穏やかではないですね、一体どうしたという…」

「あ、あんなことをしておきながらよくもいけしゃあしゃあと!れーちゃん、塩!塩ちょーだい!こいつめ!」

「あっ!ぺっぺっ!な、なんという事を。ともえさん、わたしが一体あなたに何をしたというのですの?」

 そう言うすみっこの両目があの時見たように赤く怪しく鈍く光った…様な気がした。

「何をって…あれ?何だっけ?…あっ、さくやちゃん、お久しぶり、元気だった?今日はどうしたの?」

「…ふふっ、お久しぶりですの、ともえさん。ええ、その件で仁さんにお話が…今よろしいですの?」

 あれだけ荒ぶっていたともちゃんが、突然毒気を抜かれ、何事もなかったように接している…アイツ一体何やりやがった、ってか何でこんな所にいるんだ? 

「じんにー?じんにーはまだまだ空かないよ?ほら見てよ、すごい数の占い客だもん」

 ともちゃんは次の占い客用の整理番号をぴらぴらとして見せる。その番号は50番、今からオレが占う客は18番…ま、まじか、まだそんなに。ってか日々どんどん増えるな、どうしよう。

 やはり前みたいに30番くらいで打ち止めにしておくべきだったかな、と今更ながらに悩んでいると…。

「ふぅ、やはりわたしがいないと仁さんはダメだめですの、やれやれですの。仕方ありません、ではわたしも占いに参加しますの。奥のテーブル使いますね?」

 そう言うと、勝手知ったる店内をスイスイと進み、奥の薄暗くて使われていないテーブルに囲いを取り付け、臨時の占いスペースをささっと作ってしまった。

「さあさ、花ちゃ…じゃない、ユウさん、次の占い客をこちらへ」

「う、うん、わかったよ、かぐやちゃ…じゃない、咲夜ちゃん。えーっと19番でお待ちのお客様、こちらへどうぞー」


 そう呼ばれた19番のお客さんの顔を見るといつもの占い常連客だった。

 改変前ではすみっことも親しくしていたが、改変後では今が初対面となる。

 そのせいか、19番さんは不安の色が隠せないようだ。

「19番はオレなんだけど…お嬢ちゃん本当に占い出来るの?出来れば今日もオーナーに占ってもらいたんだけど…」

 …おっと、どうやらオレの占いへの信頼感が半端ないようだ、悪いなすみっこ、にやにや。

「…初めまして。本日からこちらで占い担当に加わります、咲夜と申します、今後も良しなに」

 すみっこは少し寂しそうな笑顔で挨拶をした。


 これが特異点のサガと言うヤツなんだろう、あの日ともちゃんに説明したことが今度は自身に起こっているのだ。

「まず初めに。占いを仁さん…オーナーに教えたのはわたしですの」

 そのセリフに周囲がざわめく。

「更に、わたしはお嬢ちゃんではありませんの。わたしの名は咲夜。これでも仁さんと同い年で将来を誓い合った仲ですの。本日はその約束を果たすため、遠い遠い故郷からはるばる出てきましたの。以後お見知りおきを」

 すみっこは満面の笑みで自己紹介するが、内容が内容なだけに更に店内が騒然となった!


「な、なにぃー!じ、仁のヤツ、あんなカワイ子ちゃんと、だとー!」

「お、オレはてっきりともちゃんかユウちゃんのどちらかが本命だと…だからオレはいっそレイきゅんにしとこうと…」

「おい待て。という事はまさか、ともえちゃんとゆうかちゃんは、フリーだった、だと?」

「う、ウソよ、てっきりオーナーはわたしに気があるとばかり…だまされたー!」

「だ、ダメよ!オーナーの相手は弟のレイ様しか認めない!実の弟にあんな格好で接客させているんだもの、アレはきっとプレイの一環で、毎夜二人は…デュフフ」

「し、しかしアレで本当にオーナーと同い年なのか?事案じゃないのか?通報する?処す?処す?」

「ふっ、決まりだ。オレ達は元々、薄々気が付いていたが、オーナーはやはりオレ達と同類(ロリコン)だっただけのこと。オレもあんな合法ロリを嫁にしたいものだ…いったいどこで見つけて来たのか今度聞いてみよう…はっ、まてよ?それを占ってもらえばいいのでは?」

「そ、それだ!て、天才だ!天才がここにいる!オレも占ってもらおう!すみませーん、占い付きカレーセット下さーい!」

「お、オレも!」

「わ、わたしはケーキセット追加で!」


 …どうやら連中は疑問にも思わなかったようだ。

 そして一部大変酷い誹謗中傷が見受けられるな。お前ら訴えるぞ?

 そしてそして、占いの整理番号がどんどん更新されて行く。

 更に店内は先程のすみっこの一言が発端だが、もはや収拾のつかないカオスと化した!

 そんな中、ともちゃんは必死に鎮静化を図る。いいぞ、がんばれ!

「な!さ、さくやちゃん!何言ってるの?そんなワケないでしょ!う、ウソです、みなさん、ただいまの発言には重大なウソが含まれておりました、誠に申し訳ありません!信じないでくださーい!そして婚約者はわたしです、お願い信じてー!うわあぁん!」

 …鎮静化を図ろうとしたがどうにも上手くいかなかったようだ。

「え?じゃあ占いが出来るのもウソなのかい、ともえちゃん?」

 困惑気味な19番さんがともちゃんに問いただす。

「う、占いの腕前は本当だよ?確かにじんにーに教えたのもさくやちゃんだし、心力もこの中では断トツ…でもね?」

「なんだ、オーナーと同じ占いが出来るのならオレは特に問題ないよ。むしろこんなカワイ子ちゃんにしてもらえて嬉しいな。それにしてもオーナーにこんな可愛らしい許嫁がいたなんて…おめでとうご両人!今度祝いの品を持ってくるよ。じゃあ、お嫁さん、改めて占いお願いします」

「はいですの、さあさ、こちらへ」

 19番さんを満面の笑みで仮占い部屋に案内するすみっこは、ともちゃんと目が合うと今度は黒い笑顔でニタリと一瞥し、仮占い部屋へと消えて行った。


 ともちゃんはその黒い笑顔にわなわなと震え膝から崩れ落ちると、更に両手をついて激しく後悔し始めた。

「や、やられたー!ってかその手があったかー!あんなの信じる信じないは別にして、言ったもん勝ちってことだー!認識操作ってやつだー!外堀からってやつだー!くうぅ、こ、こんなことならわたしが先に宣言しておけばよかったんだー!あんなに時間があったのにー!それと占いもつくよみちゃんとじんにーに習っておけば、今のさくやちゃんの立ち位置がまるっとわたしだったのにー!くやしー!」

 …後悔とはいつだってやるべき事をやるべき時にやらなかった者がするものなのだ、人生の舐めプだめ、絶対。


 その後、ともちゃんはなにやらブツブツと呟きつつ、とてもやつれてふらふらした様子で仕事をしたため、業務に少々支障をきたしたが、ユウちゃんが上手くカバーしてくれたことや、すみっこが占い係に加わってくれたことで予定より早く、無事に本日の業務を終えることが出来た。

 

 ウチは健全な喫茶店を目指しているので営業は夕方までだ。

 改変前はオレの心力の残量の関係とすみっこが夕方のアニメを見る為やむなく夕方までだったが、今は違う。

 今は心力をそこまで消耗しない為、余裕をもって夕方に閉店させることができる。

 …というか、ともちゃんを探索する必要がないので、占い自体をする必要もない。

 そう、その事にオレは気が付いてしまったのだ。 

 占い辞めない?辞めてもいいよね?

 そう思い、閉店後従業員を集めて会議をする事にした。

「うーん、僕はどちらでもいいかな?にいさんの意思に従うよ、オーナーだし」

「占いを辞めるということは、お店が今より暇に…つまりわたし達バイトはクビ?もしかしてレイさんも?」

「えっ?そ、そんなことないよね、にいさん?ぼ、ぼくはにいさんとずっと一緒だよね?」

「はっ、人件費削減!ってことかー!…あのね、じんにー。わたしは別にバイト代なくてもいいからここで…」

「そ、そんなぁ、せっかくお休みを頂いて来たのに…ですがね、仁さん、わたしがいれば占いもお店も…」

 どうやらそれぞれ意見も言い分もあるようだ。

 だが、今はそうじゃない。

 言い出したオレが言うのもなんだが、もっと大きな疑問があるはずだろう?


「そもそも、すみっこ!お前なんでこんな所をまだウロチョロしてるんだ?月詠さまの御傍に仕えるのがお前の悦びじゃなかったのか?特級巫女は?月神殿でのお勤めは?」

「というか、にいさん、この人一体誰なんだい?新しく雇った占いの人?それにしてはみんな顔見知りみたいだし…」

「あ、ああ、後でゆっくり分かりやすく説明するから、今はちょっと…ん?」

 すると、再びすみっこの両目が赤く怪しく鈍く光る。

「あ、あれ?…なんだ、咲夜さんじゃないか、いらっしゃい、いつ来たの?普通に溶け込んでるから分からなかったよ」

 …おいそれ。後遺症とかないんだろうな?あんまりやると月詠さまにチクるぞ?

「そ、そうだよ、さくやちゃん。さっきも変なこと言ったりして。あの後大変だったんだよ?…主にユウちゃんが」

「かぐやちゃんかぐやちゃん、どうしたの?月詠さまの折檻に耐えられずに逃げて来たの?…そっかぁ。じゃあわたしが一緒に謝ってあげるから迎えを寄越してもらお?ともちゃん、月詠さまに連絡できる?かぐやちゃん確保ー!って」

「う、うん、わかった、やってみる。じんにー、ちょっとまた奥の部屋使うね」

「ああ、わかった。でもこの前みたいにならないように心力の使い過ぎに気を付けろよって、あー、やっぱり心配だからオレも一緒に行くよ」

「う、うん、ありがと。(やったー!じんにーと二人っきり!よーし、ここを上手く使って今度こそ…)」

「だ、だめだよ、ともちゃんとにいさんがあの狭い部屋で二人きりなんて。ぼくがともちゃんについて行くよ」

「(ギクリ)えー?い、いいよ、れーちゃん。じんにーでいいよ、じんにーがいいよぅ」

「と、ともちゃんとレイさんが二人っきりなのも良くないと思うの!それならわたしが行きます」

「も、もう、ユウちゃんまで!や、やめて、せっかくじんにーと二人っきりに…空気読んでー!」

「ほらぁ、やっぱりにいさんと狭い部屋でいかがわしい事をしようとしてたでしょ!ダメ、絶対だめ!そんなことばっかり考えてるのなら、今度こそ叔父さんにしっかりと叱ってもらうからね!」

「そ、そんなぁ。そんなことしないってば。父さんにはこの前も怒られたばかりなのに…その内ここにこれなくなる…ねぇじんにーからも何とか…」

 すみっこの処遇についてみんなで話していたところ、どんどん話はそれてゆき、収拾がつかなくなってきた。

 これには、当の本人がとうとう痺れを切らせ一喝する。

「みなさん、落ち着くんですの。これから流れをキチンとお話するんですの」

 そうしてようやく場が落ち着いたところで、ゆっくりとすみっこが事情を話し始めた。


「まず、わたしは別にお師さまの折檻に堪え切れなくなって逃げ出したのではないのですの」

 ユウちゃんをジロリと睨む。睨まれたユウちゃんは気まずさからそっぽを向いた。

「次にお師さまの御許し無くこの場にいるワケでもないのですの」

「じゃあどうして月の神殿にいるはずのお前がこんな所にいるんだよ」

 その言葉にすみっこは待ってました、と言わんばかりに意気揚々と経緯(いきさつ)を説明する。

「コホン、この度、わたくし咲夜は月でのクーデターを見事未然に防ぎ、加えて地上で長年行方知れずでした月詠さまを無事保護し月神殿へ護送した功績を天上神様より直々に称えられ…特級巫女試験挑戦への資格を手にすることが出来ました!」 

 じゃーんという効果音が聞こえてきそうな位大袈裟なポーズを決めたすみっこに、一同はおおーっと歓声を上げる。

「すごいすごい!それでそれで?」

 自分の親友の大手柄の報告に興奮を隠しきれないユウちゃん。

 その様子に大変満足気にうんうん頷くすみっこ。

「そしてそれとは別にお師さまよりご褒美として、長期有給休暇の取得を許可されました!」

 これにも一同は先程同様、おおーっと歓声を上げる。

「へぇ、月神殿にも有給休暇ってあるんだな。ちなみに期間は?どーんと一週間位か?もしかしてひと月とか!」

「ああ、そうかもね。あんな大手柄だもんね。折檻にも耐えたことだろうし、どーんと?」

 すみっこの長期間の有給休暇取得の報告にみんな自分の事の様に興奮する。

「ふふっ、そうです、お師さまはとても太っ腹なのです。なんと、どーんと地上時間で百年!」

 すみっこは人差し指をビシッと自慢げに立てて誇らしげだ。

 反対に聞いていた一同はドン引きしている。

 …ひゃ、百年?つまりオレ達が死んだ後もまだ続く休暇って一体…。

 ま、まさかこいつ、オレ達の寿命の事、計算に入れてないんじゃ?

 あ、ありうる。そういえばこいつが千二百年前に地上に墜落する前に既に千年くらい生きてたんだっけか。

 だからこいつとオレ達との百年にはとんでもない認識のズレがあるんだ!そこにこいつは気が付いてないんだ!

 どっかの異世界マンガの残念エルフみたいなんだ!


「まあ月世界では時間の観念が地上とは異なります、というかほぼありません。そこで地上時間で大体この位っといつも決めるのですが、今回の休暇期間はわたしが長年真面目に務めたからこそ許可が下りたのであって、決して…」

 すみっこはなんだかつらつらと話しているが、みんな同様のショックを受け、誰も聞いていないようだ。

「…というワケで、地上にいる間はまたこちらでお世話になりたく。ですので…」

 すみっこはその場にすくっと立つとオレに深々と頭を下げる、そして、

「ここで働かせてくださいまし!」

いつか聞いたセリフを再び言い放った。

 

 …なるほど、これはもしやオレ達の死後もこの店を少しでも守る、とかそんな殊勝な事を考えてるのか?

 先代…オレの父さんの築いた愛着のあるこの小さな城をオレ達の子孫と共に守り抜く、と。

 な、泣かせるじゃないか、すみっこのくせに!

 この前の月詠さまとの話からすると、レイ以外は死後月神殿に修行に入る予定のようだ、オレもそうしようと思っている。

 今や人生百年時代、とはいうものの、平均寿命は男女とも70歳から80歳だ。

 仮にみんな70歳まで生きたとして、残りはおよそ50年。

 つまり、すみっこはオレ達がみんな死んで月神殿に行った後の50年をオレ達の子孫たちとこの店を守るって言ってるんだな!

 な、なんてヤツだ!

 お前がそこまでこの店に愛着を持っていたなんてちっとも知らなかった、ごめんよ、こんな自分が恥ずかしい。

 ああ心配するな、もちろん月詠さまにキチンとお前の武勇伝は伝えておくぞ、だから安心しろ、そして任せた!

 そんなことを考えてすみっこを見ると何やら身体をブルりと震わせた。ふふっ、今から武者震いか、たいしたヤツだ!流石月詠さま一番の巫女様だ!

 すみっこがそこまでするってなら、しょうがない、もうちょっと頑張ってみるか。

 それに占いに関して今後はオレの師匠に当たるすみっこも参戦してくれることだし。

 オレ達の死後、子孫たちとすみっこが50年は続けられるように下地も作っとかないとな。

 そんなことを考えていると不意にすみっこがへぷちっと可愛らしいくしゃみをした、ふふっ、頼りにしてるぞ。


「よし、わかった。お前の覚悟を思い知ったよ、まさかそこまでとは…それにさっきもお陰で助かった事だし、やっぱりお前がいると助かるしな。改めてまたよろしくな」

 すみっこの重い覚悟を真剣に受け止めようと考えたオレとしては断る理由はなかったので即OKした。

 その返事を聞くと、意外にも驚いた表情を一瞬した後、満面の笑みを浮かべてオレと握手を交わす。契約成立ってやつだな。

「はい、ありがとうございます…覚悟というのが気になりますが…不束者ではありますが、末永くよろしくお願いします、旦那様!」

「「「「旦那様?」」」」

 最後のワードに引っ掛かりを覚えたのはオレを含めたすみっこ以外の全員だ。

「ですの。前回は先代との契約ですので、先代が旦那様でしたの。今回は仁さんとの契約ですの。それが何か?」

 しれっと笑顔で小首を傾け応答する。

 なるほど、他意はない、と。

 しかし、すみっこが父さんを旦那様って呼んでいた記憶などない。

「なるほど、今回はオレが契約者だから、ね。ホントに他意はない、よな?すみっこが父さんを旦那様って呼んでるのを見たことも聞いたこともないんだけど?」

「…他意?ふふっ、もちろんないですの。先代も旦那様と呼ばれるのを何故か気にされたのでオーナーと呼んでたんですの。この時代の方は皆そうですの?旦那様も何かご不都合があるのでしたら呼び名はこれまで通り、仁さん、と。もしくはこれを機に、マスターとか、ご主人様とか、(あなたとか)」

「いやいや、呼び名は今まで通り仁で。あ、でも、喫茶店なんだし、マスターってのもあこがれるなぁ。今はオーナーって呼ばれてるし…オレにとってのオーナーって父さんのことだし…そうだな、この機会にマスターってのもいいかも…あーでも…」

 うん、マスターって呼ばれると喫茶店の主っぽくていいな。

 でも今となってはこの喫茶店を軽食や飲み物で切り盛りしてるのは実質レイだから、マスターはレイで、経営をやりくりしてるオレはやっぱりオーナーってことになるのかなぁ。

 ご主人様は論外だし、最後のは小声で聞き取れなかったし、やっぱり今まで通りが一番かぁ。

「うん、色々考えたケド、やっぱり今まで通りで頼むよ、これからもよろしくな」

「はいですの、(あなた)」


「「ふ、ふーん。じゃあ、まあ、いいか」」

 なんとなく言いくるめられたのが2人。 

 すみっこは不敵にころころと笑っている。

 そんなすみっこをユウちゃんはジッと見つめてポツリと言う。

「かぐやちゃんがその顔する時は決まってアクドイ事考えてる時だよね?今度は何やろうとしてるの?」

 ジト目のユウちゃんのその一言で笑顔のすみっこがギクリと一瞬で凍り付く。

「は、花ちゃん?親友に向かってそ、そんなひどい事言うの、良くないと思うんですの?」

 凍り付いた笑顔のまますみっこはユウちゃんに反論する。

「最後にその顔見た時は、佐吉さんに言い寄る呉服屋の福ちゃんに酷い事した時だよね?」

「し、しぃー、しぃー!そ、その話はまだお師さまにもバレていないのです。もしお師さまに知れたらわたしも花ちゃんも酷い事になるからだめー!」

「え!そうなの?!あわわわ、わたしまたかぐやちゃんのせいでひどい目に合うの?もうやだー!」

「ふふふっ、知られたら、ですの。いくらお師さまと言えども流石に…」

『話は聞かせて貰いました。咲夜、到着早々色々とやらかしたそうですね?さすともに聞きましたよ?一旦帰ってらっしゃい、長期休暇はその後です。優花殿は今回不問とs』

 突然月詠さまの声が聞こえたと思ったら言うだけ言ってブツリと切れてしまった。どうやら通信用の心力がそこで切れたらしい。

 そして気まずそうな表情をしたともちゃんが恐る恐る手を挙げる。

「日課のつくよみちゃんとの通信練習してたの。さくやちゃんいるし、丁度いいかなぁと思って…サプライズで…」

 ずーんと肩を落とすすみっこ。やっぱり悪い事は出来ないようになってるんだな、特に専属巫女は。

「ま、まあ、月詠さまのトコに一旦帰って来い。そんなにかからないだろ?帰ってきたらまたお前の美味いメシ食わせてくれよ、な?」

「は、はいですの。今回は恐らく地上時間で1年くらいかと…では、ちょっと行って来ますの」


 少し残念そうな、それでいて少し楽しそうに再び別れを告げる。

「ここから月に帰るのか?どうやって?例の竹筒か?」

 オレは素直な疑問をぶつけてみる。

「ええ。ですが、ここからだと誰に見られるか分かりませんから、少し街外れまで行ってからにします…そうか、今度からゲートを使えば」

「ゲート?」

「ですの。向こうとここを直接繋いでしまえば、行き来が楽に…はっ、だ、ダメですの。そうするとお師さまも必ず付いてくるに決まってますの!そしてそれをわたしのセイにされてしまい…そんなことになれば今度こそ各所から袋叩きに…だめ、絶対!ですの…いえ、もしやそれらも全てお師さまはお見通し?まさか今回の招集はその為?さ、流石お師さま、恐ろしいお方!」

 オレはゲートについて聞きたかっただけなんだが、すみっこは一人で盛り上がっては落ち込んだりとせわしない。終いには行き着いた予想の未来にブルブルと震えてしまった。 

「ま、まあ何にせよ気を付けてな。月詠さまによろしく。しっかり叱られて後腐れなくまた来いよ」

「はいですの…ああ、そうそう、仁さん、大切な話を忘れるところでしたの、少々お耳を」

 すみっこは耳まで届かないから少し屈めとジェスチャーする…なんだろ、こんな切羽詰まってする大事な話って。

 そう思いながらすみっこの目線までしゃがむと…

「んむ!?」

「あ、ああーっ!」

「…ん。うふふっ、別れのキッスを忘れるところでしたの、わたしの愛しい旦那様。では行って参ります」

 そう言うやすみっこは来た時と同じに両手に旅行カバンを持ったまま、物凄い勢いで夜の街を駆けていった。

 そして、ともちゃんは一連の様子を目の当たりにして、何かの記憶の扉でも開いたのか、ブルブル震えている。

「う、ううっ、お、思い出した、全部思い出したよ、このドロボウ猫めー!今度こそー!」

 怒りの言葉を叫びながらともちゃんはすみっこをこれまたすごい速さで追いかけて行った…すごいな、二人とももう見えない。

「…じゃあ、オレ達だけで閉店の作業するか」

「「はーい」」


 それから1時間後。

 閉店作業も終わり、オレ達三人は晩御飯を食べていた。

 ちなみに、ユウちゃんは今、すみっこが以前使っていた部屋を使い、ウチに居候している。

 千二百年も身寄りが無くやってきたワケだが、それは何かと不便だろうとオレが提案したんだ。

 ともちゃんは『ユウちゃんだけずるい!わたしも!』と最後までかなり駄々をこねたが、叔父さんの許可がどうしても下りなかったようで、泣く泣く諦めていた…そのせいか最近叔父さんとあまり会話をしていないようで、その事をオレが叔父さんにチクチクと言われる。

 最近、叔父さんのオレに対するアタリが徐々に強くなってるから正直勘弁して欲しい。

 そんなワケで、三人で夕食を済ませ、テレビを見ながら茶を飲み団らんしていると、不意に店の裏口が開く音がした。

 オレ達が何気なくそちらを見ると、なんだか頭と身体をふらふらさせたともちゃんが立っていた。

「…ただいまじんにー…わたしなんであんな所をこんな時間にこんな格好で走ってたんだろう?変だなぁ。あ、もうこんな時間…じゃあ今日はもう帰るね、遅くなると父さんがもうここには来させないってすごく怒るんだ。じゃあね、おやすみなさい…」

 ともちゃんは更衣室で着替え荷物を手早くまとめるとふらふらした足取りで帰って行った。

「かぐやちゃんがまたやった…」

「にいさん、ちょっと心配だね。足元ふらついてたし、こんな時間だし…」

「そうだな…仕方ない。ちょっと家まで送ってくるよ」

 オレは急いでともちゃんの後を追いかけ、車で自宅まで送ることにした。

 車と行っても食材調達用の軽トラだけどな。

 送る道すがらともちゃんにそれとなく聞いてみたが、なんで走っていたのか本当に覚えていないらしく、別れ際のすみっこのあの行動の事も忘れていた。

 無理に思い出させてまた興奮させるのも良くないと思い、そのままにしておいた。

 軽トラだったけど、オレに家まで送ってもらえるのが余程嬉しかったのか、つかの間のドライブデートを大いに楽しみ、終始ご機嫌だった。

 こんなことでそんなに喜んでくれるならまたしてあげよう。

 そうだな、今度はちゃんとした車をレンタルしてどこかドライブでもしてみようか。


 それからなんだかんだと1年経過。

 ドライブデート?もちろんしたぞ?

 ただ、ドライブデートは結局4人で行くことになった、まあダブルデートだな。

 色々行ったな、観光名所に遊園地に海に山に、それとともちゃんの思い出の長い滑り台のある公園も。

 お?なんだか最近のオレはリア充っぽくないか?

 おっと、もちろん健全な男女交際の範囲内で、だぞ?相手はまだ未成年だしいくらお互いが好きでも条例ってモンがあるし…だから決して世に出回っている薄い本のようなことは何もなかった…ホントだぞ?…でもオレも健全な成人男性だし…うん、まあ、軽くは、な?

 …なんだよ、分かったよ。その辺の詳しい話はまた別の機会にな?


 ウチの喫茶店はおかげさまで千客万来満員御礼、今日も大繁盛だ。

 ユウちゃんとともちゃんも業務にすっかり慣れて、今日も笑顔でテキパキと働いてくれている。

 レイもお茶を入れる所作に更に磨きがかかり、今日も固定ファンのうっとりする視線を存分に集めている。

 オレも一日の占いの上限数をしっかりと定め、かつ、慣れたこともあり、以前にも増して今日も絶好調だ。

 …あれ?これ、すみっこ、別に要らないんじゃ?

 そんなことを考えていたところで、また入り口の鈴がカランコロン鳴り、新たな客の入店を知らせる。

「あ、はーい、いらっしゃいませー。只今満席となって…あっ、かぐやちゃん!お帰りー!」

「はい、ただいまですの!旦那様ー!愛しの旦那様の元へあなたの愛妻咲夜が帰って来ましたよー!」

 去年月に帰ったすみっこが、再び両手に旅行カバンを下げて立っていた。


「あはは、なんだそれ。でも、お帰りすみっこ…うん?ひょっとして今後は咲夜の方がいいのか?」

「ううっ、別にノリで言ったワケではないのですが…ええ、そうですね、もう偽名を名乗る必要はありませんから」

 元々咲夜が『黒野墨子』と名乗っていたのは月の反乱分子から身を隠しつつ、ともちゃんと同化したまま行方不明になっていた月詠さまを探す為だった。

 しかし、ともちゃんの過去を改変する際にどちらも問題なく解決したため、その必要も無くなったという事だろう…しかし。

「でもオレは『すみっこ』の方が可愛いと思うケド、まあこればっかりはな。じゃあ、改めてよろしく『咲夜』」

「ですの。可愛いと言われると残念ですが、こちらが今のわたしの名前ですので」

 元はカグヤという名で宇宙を騒がせた宇宙海賊だったらしいのだが、なんやかんやで月の裁きを受け、月詠さまの元で巫女修行する際に『咲夜』と名を改めたそうだ。

 自身が最も敬愛する月詠さまに名付けられたこともあり、その名はとても大切で誇らしいものなのだろう。

「ですから今後は是非咲夜という名とわたし自身を愛してくださいな」

 咲夜はどんっとない胸を叩き、にこりと笑顔で誇らしげに言う。


「さっきから黙って聞いていれば…さくやちゃん、ちょっとはしゃぎすぎだよ?」

 黒く冷たい笑顔でともちゃんはすみっ…咲夜をたしなめる。

「そうだよ、かぐやちゃ…咲夜ちゃん。それに二人とも。今は業務中だから、そういうのは後でゆっくりね」 

 ユウちゃんは親友二人を温かく見守り、ライバル二人を共存の道へと導く。

「じゃあ咲夜、働くのは明日からにして今日は荷ほどきがてらゆっくりしろよ。部屋は前の部屋の隣になったからちょっと掃除も必要だしさ」

「分かりましたの。では早速…おじゃま…じゃない、ただいまー!」

「ああ、お帰り」


 咲夜は両手の荷物を持ち直すと、勝手知ったる店の2階に上がる…と、その前に。

「ああ、そうですの。ともえさん宛てに郵便が来てましたの忘れてましたの、はいですの」

「郵便?わたし宛てに?誰からだろう、DMかな?でも自宅じゃなくてバイト先にって…あっ!」

 見てみると宛先には住所も宛名も何も書かれていないし、切手も消印もない。

 不審に思いながらぺらりとハガキの裏を見たともちゃんは驚きの声を上げそのまま固まってしまった。

「確かに渡しましたの…でもともえさん?今は業務中ですの、なんなら今日はわたしが代わりましょうか?」

「…う、ううん、大丈夫。…ありがとうさくやちゃん、ありがとうつくよみちゃん」

 咲夜はその返事を聞くとともちゃんを見ずにぴらぴらと手を振ると今度こそ2階にトントンと登っていった。


 ともちゃんにとって、そのハガキは本来なら手元に届くことのない、しかし念願のものであった。

 ともちゃんはハガキを大事そうに抱きしめ、涙をポロポロとこぼしながら嬉しそうに微笑んだ。

「…おめでとう、エミねーちゃん、幸せにね…とうちゃんも、よかったね」

 ハガキにはよくある結婚しましたの文字と幸せそうな新郎新婦が、ともちゃんの祝福を喜ぶかのような笑顔で写っており、その端には初老の男性がうれし涙を流して喜ぶ姿があった。


 おしまい

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