胸の痛み

第15話

「あ、そうだ。星河にお守り渡さなきゃ!!」



 ――転倒事件から四日後。

 足首の捻挫もだいぶ回復してきた頃、ポケットに入れっぱなしにしていたお守りの存在を思い出した。


 早く渡さないと、約三週間後にはコンテスト本番だ。

 その間バイトも休んでいたから渡す機会がなかった。よし、今日こそは櫻坂さんがいない隙を狙って……。



 と思っていたけど、櫻坂さんは休み時間の度に星河の席へ。

 私もタイミングを見つけるのに必死で自然とそわそわしていた。付き合いたてだからしょうがないけど、改めてみると星河と一緒に過ごしていた時間がいまは全て彼女に充てられているんだなぁと痛感した。


 休み時間どころか、昼食の時間も、移動教室の時も、放課後も櫻坂さんは星河の隣にいる。当然、二人きりでいる時は声をかけづらい。

 このまま渡せないのかな……。



 ――五時間目の音楽の授業が終わって波瑠と一緒に教室に戻ってくると、櫻坂さんは自分の席で友達と一緒に喋っていた。

 つまり、いまは星河の隣にいない。お守りを渡すチャンスかもと思い、隣の波瑠に聞いた。



「ねねっ! 星河はいま櫻坂さんと一緒にいないけど、どこに行ったかわかる?」


「音楽室を出てからずっと見てないね。なに、急ぎの用なの?」


「ううん。急いではないんだけどコンテストで優勝するようにお守り買ったから渡したくて……」



 私はブレザーのポケットに入れたお守りを握りしめながら周囲を見回した。

 しかし、どこにも星河は見当たらない。



「ふぅん……。コンテストの為にお守り……か。それって、幼なじみの域超えてない?」


「そんなことないよ。幼なじみなら応援するのが当たり前でしょ。審査員に星河の味とセンスを認めてもらいたいし、今回のコンテストが世界に羽ばたく第一歩になるかもしれないでしょ」


「へぇ〜っ。すっごい意気込み。まるで自分のことを言ってるみたい」


「小さい頃から応援してるからね。私は長年星河の味のファンだし、絶対に優勝して欲しい」



 私がお守りを取り出してぎゅっと握りしめていると、それを見た波瑠は言った。



「そんなにキラキラした目でいっぱい応援してるのに、あんた自身が無自覚だからこりゃ前途多難だわ」


「えっ、何の話?」


「うわっ、気づいてないんだ」


「え? なによー! 意味がわかんない……」



 波瑠の言ってることはよくわからなかったけど、残り時間を使って廊下を探しに行った。

 でも、やっぱり見つからなかった。 



 お守りを買った時は甘く見ていた。

 いつでもお守りを渡せると思っていたのは、星河との関係をもっと気楽に考えていたから。

 恋人ができるということがこんなに気を使うものだとは思っていなかった。

 喋ることも、呼び止めることも、待つことさえままならない。遠くから眺めてチャンスを伺うだけ。ただの友達のはずなのに、少し接近するだけで注意されちゃうくらい私たちの関係は脆い。



 なんか、胸の奥がズキンと痛む。どうしてかな……。

 星河が毎週のようにお菓子を渡してくれた時はどう思っていたのかな。

 当然、他の人の目も気になってたよね。最近は学校でお菓子を渡してくれる事がなくなったのは、そーゆー意味なのかな。


 当たり前だったことが、当たり前じゃなくなったことを受け入れるのに時間がかかる。

 そして、私自身はその当たり前に戻って欲しいとも思ったりして。

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