ヤキモチ

第26話

――十二月十八日。

 パティシエコンテストまで残り一週間。いよいよ気持ちに余裕がなくなっていた。

 それは、コンテストだけじゃない。ぼたんのわがままに加えて、まひろが郁哉先輩と急接近していて、いまも学校の渡り廊下で二人きりで喋っている。


 球技大会の日に郁哉先輩のネックレスを見つけてからまだ二週間程度しか経ってないのに、二人の関係は右肩上がりになっている。

 しかも、その横をぼたんと一緒に通り過ぎるだけで俺の神経は過敏になっている。

 先輩にスマホを見せながら喋っているまひろの声をただ黙って聞くしかない。



「ここのパスタ屋さん、盛り付けがおしゃれだし、美味しいし、おすすめですよ」


「いいね、今度そのお店に行ってみようか」


「えっ! もしかして私と一緒に?」


「うん。誘ってるつもりだったけどね」



 二人の会話はデートの約束だった。

 俺は立場上、歯を食いしばることしかできない。通過する際に横目でまひろの笑顔を見ていたら、近いうちに郁哉先輩と付き合ってしまうのではないかと不安に駆られていった。



「星河……、ねぇ。聞いてる?」


「……あっ、ごめん。なんだっけ」



 俺はぼたんが手を揺らしてることさえ気づかなかった。いつもそう。まひろのことを考えると、彼女の気持ちを置いてけぼりにしてしまう。それがいけないとわかっているのに。

 まひろへの想いはいつ吹っ切れるのだろう。もちろん何度も軌道修正した。『星河なんて恋愛対象外!』と言われたあの日から、一線を引きながら付き合うのが正解だろうと考えていたけど、まひろの本音が溢れる度に心が屈折している。


 すると、ぼたんは指をしならせて恋人つなぎをしてきた。



「……ねぇ、気づいてた? 私たち、交際を始めてから今日で一ヶ月目なんだよ」


「えっ…………えっと……。ごめん」



 俺は目が泳いだ。それに気づく以前に、ここ一ヶ月は自分のことしか頭になかったから。

 ぼたんと交際したばかりの時は好きになろうと努力をしていたのに、理想から外れていく度につまずいている。



「節目の月とか、誕生日とか、クリスマスとか、バレンタインとか、特別な日は一緒にいたいの。だから、もう少し気にしてくれると嬉しいな」



 彼女はそう言うと、無理したように微笑んだ。

 その表情一つでわかる彼女の幸福度。俺は変わろうと思いつつ何一つ変えていない。

 だから、言った。



「そうだね。期待に応えられるかわからないけど、特別な日はなるべく予定を入れないでおくよ。クリスマスの埋め合わせはいつにしようか」


「えっ」


「コンテストがあるしバイトの日程もずらせないからクリスマスにデートの約束はできないけど、他の日に少し遠出でもしてみようか」



 埋め合わせの提案をすると、彼女は目尻を下げてぱああっと微笑んだ。

 きっと、この言葉を望んでいたのだろう。



「ネズミーランドに行きたい! 行ったら二人で写真をいっぱい撮りたい!」


「よしっ、じゃあ決まりね。年末辺りはどう?」


「うんっ! 後でスケジュール確認するね!」



 俺がまひろの恋を応援してやれるように、自分自身も頑張らなければならない。

 まひろの幻影だけを追いかけていても仕方ないし、友達のままでいると決断したのは自分だから、少しずつ気持ちにケリをつけていこうと思う。



「あれ? 君は昨日のイタリアン店の……」



 背後から男の声で呼び止められたので振り返ると、そこにはまひろと話を終えた郁哉先輩の姿が。

 俺は体を振り向かせて軽く会釈する。



「昨日はどうも」


「本当に同じ学校だったんだね。……あれ、隣にいるのは君の彼女?」


「はい……」


「なるほど……ね。じゃっ!」 



 あいつはフッと微笑むと一人で教室方面へ向かった。

 その微笑みにどういう意味が含まれているかわからないけどいい気はしない。




 ――夜二十一時十五分。場所はバイト先。

 今日は普段より客の引きが早かったので、タイムカードを切ってケーキ作りを始めた。

 俺が叔父の店で働いてる理由は、ある程度シフトの自由が利くから。こうやって店の状況に応じて早めにタイムカードを切れたり、閉店後に厨房を貸してもらってケーキ作りをさせてくれるのは、この店の最大のメリットだ。個人経営の店じゃないとここまで配慮してもらえない。だから、いつも助けられている。


 今日はスポンジケーキ作りとクッキーの生地とマジパン作りの日。

 厨房でボウルを湯煎しながらグラニュー糖と卵を混ぜていると、勤務中のまひろが音に反応してフロアからひょいと覗き込んできた。



「今日はこの時間からケーキ作りをしてるの? 早いね」


「客足も落ち着いたからね」


「それなら私も最後まで付き合っちゃおうかな。スポンジケーキが仕上がるところを見たいし」


「帰りは二十二時半過ぎるかもよ?」


「うん、いいの。今日は見ていく」



 この時点で断るのが正解なのにいつも断れない。

 まひろのワクワクした目が俺の口を塞いでくるから。



「そんなにケーキを作ってるところを見るのが好きなら、自分で作ってみればいいのに。想像以上に楽しいよ?」


「ううん、私はケーキを作りたいんじゃなくて、出来立ての瞬間を見たいの」


「なんだよ、それ」


「コンテストには応援に行けないから、応援できる時にしたい。夢を応援している幼なじみとしてね!」



 こーゆーことをさらりと言われると昼間の自分が嫌になる。

 結局まひろの気分に左右される俺。だから、人知れず抱いた決断は絶対に崩さないと決めている。

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