言葉の重み
第30話
――翌朝の十二月二十四日。
今日は終業式。家に帰宅したのは午前一時を過ぎていたので朝からあくびが止まらなかった。
昨晩から痛みが引かない手。少し水ぶくれになっているだろう。
ぼたんに包帯の件を聞かれたけど、夜中に寝ぼけてベッドのに手を打ちつけたと嘘をついた。
もちろん余計な心配をかけさせたくなかったから。
教室内でふとした拍子でまひろと目があったけど、彼女の目は心配していた。だから、首を横に振った。『気にするな』と。
午前中で学校が終わったから帰りにぼたんから「どこかでランチしてから帰らない?」と誘われたけど、時間に余裕がないから断った。
昨日、炎と一緒に消えたレシピをもう一度書かなきゃいけないし、明日はいよいよコンテスト本番だから。
帰宅したら最後のクリスマスケーキを作らなければならない。
ぼたんを駅に送った後、俺は徒歩で反対方面の自宅を目指した。
ところが、その道中で郁哉先輩が同じ学校の制服を着ている女の子と一緒に歩いているところを発見。
俺はカッと頭に血が上って二人の前に立った。
「ちょっと、どーゆーことですか? まひろにちょっかい出してるクセに女と二人きりで歩いてるなんて」
「あれ? 君はまひろちゃんの幼なじみの……」
「答えて下さい。まひろにちょっかい出してるくせに、他の女と二人きりで歩いてるなんて酷くないですか」
俺は腕を組んだまま軽蔑した目つきでそう言うと、郁哉先輩と女はプッと笑った。
逆にそれが気に触ってプルプルと身震いする。
しかし、彼は女の頭にポンと手を乗せて笑顔で言った。
「この子はね、俺の妹」
「えっ、妹……?」
「あまり似てないから、一緒に歩いているだけで恋人だと勘違いされちゃうんだよね」
「……すみませんでした。勝手に勘違いして」
構えていた分拍子抜けしてしまったせいか、一気に恥ずかしくなった。郁哉先輩は妹に先に帰るように伝えると、妹は一人で駅へと向かった。俺はフライング状態の自分を戒めていると、彼は話を続けた。
「ねぇ、君はまひろちゃんの幼なじみなのに、どうしていつも俺に突っかかってくるの?」
「……」
質問に答えたくない。
何故なら、俺自身もその答えに彷徨っている最中だから。
「答えたくないの?」
「……いえ、そうじゃなくて」
「じゃあ、何?」
「幼なじみとして心配というか……。まひろは無自覚なところがあるから傷つけて欲しくなくて」
俺は幼なじみという盾を前面に出して言い訳をした。
本来なら今日でバイトを辞めるから、それまではギリギリのラインまで気持ちを保とうとしている自分もいた。
でも、実際はもっと宙ぶらりん状態で吐き出すことのない想いを胸の中に詰め込んでいた。
「でもさ、君には彼女がいるよね」
「……はい」
「だったら、俺に楯突く権利はないんじゃないかな。君がフリーでまひろちゃんに想いを寄せてるならわかるけど、もし君の彼女がいまこの瞬間にこの会話を聞き取っていたらどう思う?」
「それは……」
言い返せなかった。
何故なら彼が言ってることは正解だから。
「俺と勝負するなら、君が気持ちを整理してから来ないと。……順番、違うんじゃないかな」
郁哉先輩はそう言うと、俺の肩を二回トントンと叩いて駅の方へ足を向かわせた。
彼は俺が思ってるより大人だ。
それに加えて俺の気持ちに気づいている。
確かに俺は自分のことを棚に上げて郁哉先輩を責めるなんて間違ってるよな。
しかし、郁哉先輩は五歩先で一旦足を止めると、振り返って言った。
「あっ、そうだ。君に聞きたいことがあるんだけど」
「……えっ、何ですか?」
「昨晩、まひろちゃんに何か……」
「えっ」
「………………いや、ごめん。なんでもない。じゃっ」
彼が聞きたいことは何となく察していたけど、言わなかった。
……多分、これがまひろにとって正解だから。
俺はまひろを忘れようと思う度に、台風に巻き込まれてしまったかのように心がぐちゃぐちゃになる。
こんな状態になるくらいなら、もっと早い段階で『好き』と伝えていた方がまだマシだったのかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます