特別なお菓子
第41話
いま暮らしている自宅マンションには、四歳の頃に新築で引っ越してきた。
隣の家に家族三人揃って引っ越し挨拶に行った時、玄関には同じ年の男の子が顔を見せてくれた。それが、星河だ。
私たちはお互い一人っ子だし、四月から同じ幼稚園に通い始めたこともあって、本物のきょうだいのようにお互いの家を行き来していた。
初めてのバレンタインの日。
私は星河に手作りチョコを渡した。それは、前日に母親と一緒に作ったもの。……と言っても、既製品のタルト型に溶かしたチョコレートを流し込んで、カラーチョコペンで模様を書いたりアザランや砕いたナッツを上からまぶしたもの。
いま考えれば誰でも簡単に作れるものだけど、その時は人生初の手作りお菓子だったから一生懸命だった。
星河はそれから一ヶ月後のホワイトデーに手作りクッキーをプレゼントしてくれた。
まるで石でも食べてるような固さだったから今でも鮮明に覚えてる。
生まれて初めてこんなに固いものを食べたから、一口かじった時はびっくりした。
……でも、そのクッキーには市販品にない良さがギュッと凝縮されていた。
それがあまりにも美味しかったから、お父さんに一つあげた。そしたら、『世界一美味しいクッキーだね』って。『星河から貰ったんだよ』って言ったら、お父さんは星河が家に遊びに来た時に『クッキー美味しかったよ。今度また作ってね』と言ってた。
それがきっかけで星河はお菓子作りの道へ。きっと、初めて作ったお菓子が認められたことが嬉しかったんだと思う。
それから数年後のお父さんが病気で入院していた時。
彼は病院にお見舞いに来る度に手作り菓子を持ってきてくれた。
お陰で病室には沢山のお菓子で溢れていた。甘い香りが漂う病室なんて見たことも聞いたこともないと医師に言われるほど。看護師さんには、娘の私が作ったものと勘違いされていたとか。
お菓子と共に手紙もやりとりしていて、お父さんはそれを見るのがいつも楽しみだった。
最後までどんな内容をやりとりしていたか教えてくれなかったけど、本物の息子のようにかわいがっていたのは間違いない。
だから、パティシエコンテストで優勝したことを天国で喜んでくれると思う。
――ぼたんにとってはただのお菓子かもしれないけど、私にとっては一つ一つが特別なお菓子。
失敗も成功も一番近くで見てきたから。
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