第42話

――二月下旬。

 梅の花が街を彩っている。日中の気温が二十度まで押し上げる日もあれば、街の景色を銀色に染める日もある。



 星河と喋らなくなってから二ヶ月目を迎えた。

 ”いつか”仲直りできると思っていたけど、その”いつか”は未だにやってくる気配はない。

 十三年間の友情とは、こんなに脆いものなのだろうか。



 結局、自分はどうしたいのかな。

 これが恋だと言われても納得しないけど、確かに星河のことで頭がいっぱいになる。

 でも、幼なじみの期間が長かった分、もっと知りたいとかそーゆー欲にたどり着いてないというか、お互い知り過ぎてるというか……。

 いまの状態でいいと思う自分と、以前の状態に戻りたい自分が綱引きをしている。

 自分の目の前に何が線引きしているのかさえわからないまま。




 三年生は自由登校期間になって郁哉先輩とは校内で会うことはなくなった。

 その代わり、平日の午後や先輩のバイトの始業前の時間に会っている。

 窓の向こうから先輩を眺めていたあの頃からは考えられないくらいお互いの距離が縮んだけど、私たちの関係は二ヶ月前と同じまま。

 先輩は顔も性格も全て魅力的だ。それはいまも変わらないし、私なんて手の届かない存在だと思ってる。

 でも、私の気持ちは……。



 今日は郁哉先輩とデートの日。

 街に出てお互いの服を選びにきた。

 郁哉先輩はきれいめのジャケットに細身の黒いパンツ姿で登場。

 いつも思うけど先輩はセンスがいい。だから、私にはどんな洋服を選んでくれるか楽しみだった。



「まひろちゃんは何色が好き?」


「ん〜、春なら白とかラベンダーとかミントグリーンかな。淡い色が好きかも」


「じゃあ、このワンピースはどう? 似合いそう」



 先輩が選んでくれたのは、白いスカートの裾に細かい花柄がプリントされているワンピース。

 色デザイン共に私好みだったから一瞬にして目が釘付けに。



「わぁぁ。ステキ!! 先輩って私服姿が素敵だけどやっぱりセンスがいい!」


「まひろちゃんに似合うのはこれかなと思って。向こうに試着室があるから着てみれば?」


「はい! いってきま〜す!!」



 試着室でサッと着替えてワンピース姿を鏡に映してから、カーテンを開けて先輩にお披露目した。

 ところが無意識に口にしていた名前は……。



「じゃぁ〜ん!! 星河、おまたせ!」


「えっ……」



 自分でもまさかの呼び間違いに驚いた。

 油断してしまっていたのか、郁哉先輩を”星河”と呼んでしまうなんて。

 私は先輩の驚いた顔で言い間違えたことに気づいて慌てて口を塞いだ。



「ごめんなさいっ!! 私ったら失礼な呼び間違いを……」



 目の前にいるのが先輩だとわかっているのに、間違えた原因がわからない。

 着替えながら星河のことを考えていたせいかな。こんなに失礼な間違いをしたら先輩だってさすがに嫌な気持ちになるよね。

 申し訳ない気持ちのままちらりと上目遣いすると、先輩は嫌な顔一つせずに首を振った。



「気にしないで。俺もきょうだいの名前をよく間違えるから」



 先輩は優しいからすかさずフォローしてくれたけど、フラれても仕方ないくらい失礼だし、罪悪感が拭いきれない。

 星河なんて二ヶ月も喋ってないのに、どうして名前が出てきたんだろう……。



 私たちは買い物を終えてから近くのカフェに行った。

 お互いの服を選んで荷物が増えたから座席は四人席へと通される。

 私は紅茶、先輩はコーヒーを注文した。

 カップからはらせん状に湯気が上がる。

 私は落ち着いた所を見計らって先輩に聞きたかったことを口にした。



「先輩はどうして経済学部に決めたんですか?」



 郁哉先輩は夏頃には推薦で大学が決まっていた。

 そして、一つ年下の私はその後を追うように四月から受験生に。

 でも、まだ進路先に悩んでいるからアドバイスを貰えば少しは先が見えてくるかなと考えていた。



「ん〜、まぁ無難に……かな」


「えっ……。なにか夢があるとか、夢中になれそうなものがあるとかじゃなくて?」


「夢かぁ……。学校を決める時に教師や両親から夢について散々聞かれてきたけど、どれもピンとこなくてさ。それに、夢を叶えられる人ってほんのひと握りじゃないかな」


「確かにそうかも。夢ってなかなか見つからないですからね」


「そう考えていたら、堅実的に学んでいたほうが自分には合ってるんじゃないかなと思ってね」


「堅実的……ですか」


「うん。無理にやりたいことを探すより、近い将来、社会に出ていくことだけを考えるの悪くないんじゃないかな」



 確かにそれも一理あるけど、私には少し物足りない。

 何故なら、星河がパティシエを夢見て日々努力してきた背中を見ていた分、夢のスケールの大きさを知ってしまったから。



「まひろちゃんは?」


「えっ」


「いま夢はあるの? 何か人に譲れないようなものとか、人一倍拘り続けているものとか」


「私の夢か……。えっと、私の夢は…………」



 質問を聞き返されるなんて思ってもいなかった。

 でも、星河の夢を思い描いているうちにモヤがかかっていた未来がチラッと顔を覗かせた。

 そしたら障害になっていた何かがポンポンと弾けていき、一つの結果に結びついた。


 それは、多くの人の笑顔を生み出して、自分も満足を得られる素敵な夢。



「まひろちゃん?」



 じっと黙りながら考えていたせいか、先輩は首を傾げて問いかけてきた。

 でも、私は心が決まったと同時に笑顔を上げた。



「夢を聞いてくれてありがとうございます! 今日まで散々悩んできたけど、先輩のお陰でいま夢が決まりました」


「えっ! いまこの瞬間に夢が決まったの?」


「はいっ!! 自分が楽しく働きながら、大好きなものに魔法をかけて世界に発信していく。私の夢。それは……、それは…………」



 夢が見つかった途端、涙が出そうなほど嬉しくなった。

 星河に今まで何度も指摘されていたし、すぐ目の前にあったのに、今までどうして見つからなかったんだろう。


 この時の私は、溢れんばかりの想いが止められなくなっていき、今すぐにでも学校を調べたくなるくらい夢に前向きになっていた。



 ――しかし、それから数日後。

 水面下で動いていた母親のある計画が、私の未来にハードルを与えることになった。

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