ドラマチックな出会い

第6話

――同日のバイト先。

 十七時の出勤後、この時間で勤務終了するパートさんとバトンタッチしてから厨房で食洗機の食器を拭いてる間、隣で仕込みをしているオーナーに最近気になっていたことを聞いた。



「オーナーはどうしてこの仕事に就いたんですか?」



 私も星河みたいに夢があればいいけど、未だにピンとくるものはなくて進路希望の用紙も空欄のまま。

 提出期限は迫ってるのに、どの大学を検索しても魅力に欠けるというか興味がないというか……。だから、少しでも将来のヒントになればと思って聞いた。



「夢を応援してくれる人がいたからだよ」


「それって、もしかして奥さんですか?」


「そう。実は彼女も料理をするのが好きで同じ調理専門学校に通ってたんだ」


「へぇ〜。そうだったんですね」


「昔は良きライバルだったけど、熱心に取り組んでいる姿勢を見てたら一番に応援したい人になってた。お互い同じ気持ちだと知った時は嬉しかったよ。……まぁ、ずいぶん遠回りしたけどね」



 夢は尊い。

 応援する側もされる側も一つの目標に向かっているから。

 それに、私が何よりも好きなのは夢を語っている時の瞳。真っ直ぐで、何処となくウキウキしていて、幸せに満ちあふれていて。見ている側も好きなんだなぁと伝わってくるくらいキラキラと輝いている。



「ステキ……。お互いの夢を応援して支えあえる関係か。しかも、それが恋愛に発展するなんて究極のドラマチックですね」


「そう? まぁ、彼女がいなければ自分の店を持とうなんて思わなかったけどね」



 オーナーがニコリとしながらそう言うと、ドアベルが鳴った。

 食器を一旦作業台に置いてフロアに出て「いらっしゃいませ〜」とドア方面を見た途端、目線が止まった。何故なら、扉の前にはななな……なんと!! 憧れの男性の設楽郁哉したらいくや先輩が制服姿でお友達と一緒に来店したから。



「嘘っ……」


 

 ――その瞬間、”運命”という言葉が脳裏をよぎった。

 確かにここは学校の最寄り駅だからいつ遭遇してもおかしくない。でも、座席はカウンターを合わせて二十席もないほど小さな店舗だし、客層は社会人や親子連れが多い。……にもかかわらず、この店を選んでくれたということは運命以外なにものでもない。

 こんなチャンスはもう二度と訪れないと思ったら全身に緊張が走って手先が震えた。そして、すぐ横のカウンターで作業をしている星河に目もくれずに呟いた。



「ねぇ、星河。私、ドラマチックな瞬間がやってきたかもしれない……」


「は?」


「ほら、見て! あの郁哉先輩が店に来たの! 出会いのチャンスを絶対に逃したくない! いましかない。そう、先輩に出会うならいまよいま!!」



 このチャンスを逃したくなくて、手を拭いてからお冷のグラスを二つ鷲掴みにした。


 郁哉先輩とはいままで一ミリたりとも接点がなかったのに、まさかバイト先に来るなんて。一度話しかけたら学校でも気づいて話しかけてくれるかな。

 髪を一本結びに束ねるだけじゃなくて、もっとかわいい髪型にしてくればよかった。うっわぁぁぁ〜〜!! どうしよう!! ここで出会って、偶然が偶然を呼んで仲良くなって、いつか恋人になる日が来るかもしれない。もしかしたら、今日という日を境にドラマチックな恋ができるかもしれない!! 


 私は腹から湧き上がってくる笑みを時よりこぼしながら、トレーにお冷とおしぼりを乗せてから持ち上げようとすると……。



「いらっしゃいませ、お冷とおしぼりになりま~す」



 先輩がいるテーブル方面から星河の声がした。「ん?」と思って目線を向けると、既に対応している。



「あっ……、あれ? 先を越された? 星河ったら、さっきまで隣にいなかったっけ?」



 その姿が目に映った瞬間、遅れをとったことに気づいた。

 本来ならそこにいるのは私。おしぼりとお冷を郁哉先輩のテーブルに持っていって、「実は私も同じ学校の生徒なんです」くらい伝えようと思っていた。あいつが邪魔をしなければ、郁哉先輩と目と目を合わせるチャンスができたのに。あいつったら、普段はもっとのんびり接客しているクセにどうしてこんな時に限って対応が早いのよ。


 ……いや、まだまだこれから。

 次はオーダーというチャンスがある。そこで敢えて注文を聞き直せば少しは印象が残るかもしれない。


 私は接客からカウンターに戻ってきた星河に作り笑顔のまま言った。



「あの席のオーダーは私が行くから、星河は厨房に行って食器でも拭いててくれない?」


「……あのな、いくら憧れの郁哉先輩だからって、大切なお客様に色眼鏡使おうとするなよ」


「(ギクッ)そっ、そんなことないよ! 私はいつでもお客様に平等よ」


「ふぅ〜ん……。それなら、誰がオーダーへ行っても文句はないよな」


「うっっ…………」



 星河は私の気持ちを知ってるクセに敢えて嫌な所をつつく。

 過ぎたことを根に持ってもしかたないので、一旦諦めて再び洗い物をしながら先輩のいるテーブルへちらちらと目線を向けていると、お友達の手が上がって「すみませ〜ん」と声をかけてきた。 ”チャンス到来”と思って濡れている手を拭いてからテーブルに向かおうとすると、


 ドンッ…………。

 背後から現れた星河は、カウンターを離れようとしている私にわざとぶつかり、テーブル席へ向かってオーダーを取り始めた。


 その瞬間、悪意を感じた。

 あいつは私にオーダーさせる気なんて更々ない。自分の恋が順調なクセに、人の恋愛を邪魔しにかかるなんて性根悪すぎ。

 星河は注文を終えてカウンターへ戻ってくると厨房にいるオーナーに伝票を渡す。私は拳をギュッと握りしめたまま彼に言った。



「……ねぇ、さっきわざとぶつかったでしょ」


「なんの事?」


「私を郁哉先輩のテーブルに行かせまいと思って」


「考えすぎじゃねーの? ほら、そろそろお客様がお帰りだからレジについて」



 白々しい顔でそう言われた瞬間、口角がヒクヒクした。

 でも、まだ話すチャンスは二度ある。料理を提供の時とお会計の時。”三度目の正直”ということわざがあるくらいだから、あいつの動きを観察しながら先手を打てばいいのよね。



 私は料理を提供する時にどうやって話しかけようかな〜なんて考えていると、郁哉先輩たちの奥のテーブルの中年夫婦が上着を手に持ちながら席を立った。すかさずレジに移動すると、その間に料理が完成したようで星河の手によって運ばれていく。その一連の動きがあまりにもスムーズだったせいで貴重な三度目のチャンスは煙のように消えた。



 もしかして、運が悪すぎるのかな。残りの接近チャンスは最後のレジしかない。これで、もし星河に先を越されたら?? もう二度と郁哉先輩と出会うチャンスがなくなってしまうかもしれない。トホホ……。


 私はレジを終えてから奥のテーブルの片付けに向かった。四つのグラスをトレーに置いてからテーブルを拭いていると、背中からは郁哉先輩が笑う声。

 ちらりと背後に振り返ると、そこには今まで遠くから眺めていた先輩の笑顔が。

 こんなに近くにいても話しかけるチャンスがない。出会うって大変なんだなぁ〜と思いながらトレーを持ち上げてからカウンターに戻ろうとすると……。


 グキッ……。

 足が床につっかかってしまい、先輩たちがいるテーブルの横でトレーを持ったまま派手に転倒した。



「いてっ!!」



 ガッッシャーン!!

 コップの中にわずかに残っていたりんごジュースは床を濡らして、氷はプロスケーターのように床面をツーっと滑っていく。私は地面に倒れたままの惨めな姿をさらけ出した瞬間、虚しさの嵐に包まれた。


 うっうっうっ……。私ったらドジ丸出しじゃん。先輩とドラマチックに出会うどころか、カッコ悪いところを見せてどうするのよ。ってか、ショックでメンタル持たないんだけど。


 体を起こしてから「失礼しました」と言って床からコップと氷を拾っている最中、私が先ほど溢したりんごジュースの水滴が郁哉先輩のスラックスに付着していることに気づいた。思わず顔面に冷や汗がブワッと吹き出して、テーブルの前に立って頭をペコペコと下げた。



「お客様、大変申し訳ございません!! スラックスにジュースをこぼしてしまったのでいますぐおしぼりをお持ちします」


「えっ……。あっ、本当だ」


「ごめんなさい!!」



 私は星河からダスターとおしぼりを受け取ってから先輩におしぼりを渡した。



「うわぁぁ……、どうしよう。郁哉先輩の制服がシミになっちゃったら……」



 ひとりごとを言いながらダスターで床を拭き始めると、先輩はおしぼりでスラックスの裾を拭きながら私に言った。



「……もしかして俺のこと、知ってるの?」


「えっ」


「いま郁哉先輩って言ってたから」



 顔を見上げると、彼は私の目を見てキョトンとしている。

 もちろん、彼は私のことなど知らない。



「あっ、はい……。実は私、同じ学校の生徒なんです。以前から郁哉先輩のことを学校でよく見かけてて……」



 心臓をバクバクさせながらそう言ってる最中に、オーナーが厨房から出てきて血相を変えたまま私の隣についた。



「お客様。大変申し訳ございません。お洋服は大丈夫でしたか?」


「水滴は三〜四滴くらいしかかかってないんで大丈夫です」


「クリーニング代をお出ししますので、後日請求して下さい。領収書をお持ちいただければ……」


「大丈夫ですよ。おしぼりで拭けば済むんで」


「しかし、大事なお洋服を……」


「気にしないでください。大したことありませんから」


「申し訳ございませんでした」



 オーナーが深々と頭を下げると、私も同じように頭を下げた。


 はぁぁ……、ショック〜〜〜!! 本当はもっとステキな出会い方をしたかったな。運命的な出会いをして、学校で会ったら「あの時の」と覚えててもらえるような。まさか初っ端から迷惑をかけてしまうなんて……。きっと、私どころか店の嫌なイメージがついただろうな。 

 あぁ〜あ、せっかくのチャンスだったのに最悪な出会いになっちゃったよ。

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