複雑な気持ち
第16話
――場所は閉店後のバイト先。
俺は厨房に入ってコンテスト用のケーキ作りをしていた。ノートの内容を頭に叩き込んであるから、あとはイメージ通りに作るだけ。
今日でこのケーキを作るのも三回目になる。
オーブンからケーキクーラーでスポンジを冷やしてる最中、私服に着替えて戻ってきたまひろは俺の隣に来てその様子を見た。
「ん〜っ! いい香り。スポンジの香りにつられて見に来ちゃった」
「……相変わらずお前は食いしん坊だな。匂いにつられるなよ」
「いいでしょ! 私は星河が焼くケーキが好きなの」
俺はこのひとことさえ心温かい気持ちになる。
まひろがこうやってケーキが作っているところを気にしたり応援してくれるから、逆に告白しなくてよかったと思えてしまう。
「イラストの通りに完成するかなぁ」
「できれば少しでもリアル感を求めたいかな。あの後何度もイラストを書き直したんだけど、あとひと工夫が欲しくて……」
「ツリーの葉の部分を飴細工にしてみれば? そしたらツヤ感が増すかも」
「それだと調理時間が足りなくなるし食感が変わるから難しい。それにクッキーの家の屋根には雪の代わりにアザランを散らしたいとも思ってて」
「それいいね! 可愛い仕上がりになりそう!」
「だろ」
俺が作るケーキにはいつもまひろの想いが加わっている。制作は俺だけど、完成品は二人のものだと思っていた。
だから、自然とまひろ好みに作ってしまう。
「……星河が羨ましいな。夢中になれるものが一つあって。私には人生の時間を注ぎ込みたいほどの夢が一つもないから……」
まひろはスポンジを見つめたまましゅんとしてそう呟いた。
「夢なんて、案外近くに転がってるかもよ」
「そうかな。でも、全然見つからないから進路先をどうするか決まらなくて」
「俺はまひろがいなかったら夢なんて見つからなかった。それに、まひろの心強い応援があってこその今がある。だから、毎日感謝してるよ」
ここまで気持ちが伝えられるのに、『好き』だけが伝えられなかった。
見つめられている瞳に吸い込まれそうなくらい、俺はトクトクと心臓が優しい音を奏でている。
「あっ……、ありがと。星河は製菓の専門学校に行くんでしょ。凄いな」
「別に凄くないよ。お菓子作りが好きで勉強が嫌いなだけ」
「製菓も勉強だよ」
「勉強だとしても好きなことなら夢中になれるよ」
俺はそう言いながらスポンジをちぎってまひろの口に突っ込んだ。すると、まひろからは春を連想させるような笑みが生まれる。
「……やっぱりこの味が一番好き。星河のケーキはいつも幸せな味がする」
「そ? ありがと。まひろの夢が見つかったら俺も一番に応援するよ」
俺はそう言いながら冷蔵庫を開いて生クリームを取り出した。すると、まひろが「あっ、そうだ! あのね、この前
「スマホの待ち受け画面……、スイーツ辞めたんだね」
「……あっ、うん」
「気に入ってるかと思っていたのに」
それを聞いた途端、ぼたんと一緒に写っている画像を見られたと察した。
まひろだけには見られたくなかったのに。
でも、消えていく語尾に俺の気持ちは締め付けられていく。
「星河……さ」
「ん、何?」
「最近、私に次はどんなスイーツを食べたいかって聞かなくなったね」
「えっ」
「……ううん、いいの。そろそろ帰るね。ケーキ作り頑張って」
「うん、バイバイ」
俺はまひろの些細な言葉でも期待してしまうし、態度一つで心が引き戻されていく。
自分でもそれがダメだとわかっているのに……。
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