近づく距離

第21話

――今日は球技大会。

 三学年が合同で行っているため、一人一球技が参加条件に。

 私は午前の早い時間帯に体育館でバレーボールの試合を終えた。体育館を出て校庭での別の球技を見に行く最中、郁哉先輩が校舎から校庭へ繋がる通路で男友達や女子二人と一緒に探しものをしていた。

 波瑠は校庭でサッカーの試合前でスタンバイしていて、私はいま一人。声をかける勇気もなくてそのまま横を素通りしようと思ったけど……。



「郁哉。やっぱり探すのを一旦中断しよう。そろそろバスケの順番が回ってくるし」


「ねぇ、そうした方がいいって。試合に出ないとまずいって」


「順番まで残り五分もないよ。早く体育館へ行こう」


「無理。時間ギリギリまで探したい。あれは母親の形見だから絶対に……」



 とても困っている様子だったので、思いきって声をかけた。



「あっ……あのっ。郁哉先輩!」



 意気込むあまり声が少し大きくなってしまい、先輩どころか他の三人の先輩の目線まで集中させた。

 すると、私に気づいた郁哉先輩が屈んでいた体を起こす。



「あれ? 確か、まひろちゃんだったよね」


「はっ、はい!! ……私の名前を覚えててくれたんですね」



 テンションが上がるあまり頬が緩んだ。

 先日声をかけてもらってから少し時間が空いたのに覚えててくれてるなんて嬉しい。



「うん。記憶力は悪い方じゃないよ」


「そ、そうですよね。ごめんなさい。……ところで、何か探しものですか? 困っているように見えたので」


「あーー、うん。…………あっ、そうだ! この辺でネックレスを見なかった?」


「見てないです。どんなデザインですか?」


「ゴールドで星の飾りがついてるやつ。この辺で落としたっぽいんだけど、なかなか見つからないし、試合の順番も迫っていて……」



 彼はふぅっと深いため息をついて目線を落とした。

 見つからないうえに、時間がない。それに、母親の形見……か。それなら、私の答えは一つしかない。



「私、球技の順番が終わったので先輩の代わりにネックレスを探します!」



 好かれようと思って提案した訳じゃない。バイト先で制服にジュースをひっかけてしまった時のお詫びをしたかっただけ。

 しかし、彼は首を横に振った。



「そこまでしなくていいよ。見ての通り、友達にも探してもらってるし、まひろちゃんの時間を使わせちゃうのは申し訳ないし」


「でも、大切なものなんですよね。それに、球技大会の順番も迫ってるみたいだし」


「自分の順番が終わってからまた探せばいいし」


「遠慮しないで下さい。この前迷惑をかけたお詫びだと思ってくれれば……」



 郁哉先輩が私の熱意に困ってると、一緒に探していた女子が彼の肩を叩いた。



「郁哉、試合に行っといでよ。この子も探してくれるって言ってくれてるし、私とみずきも試合開始時刻まで残って探すから」


「そうしようぜ。早く試合に行かないとメンバーに迷惑かけちゃうよ」


「任せてください。私、これでも探しものは得意なんです」


「……あ、うん。……じゃあ、頼もうかな。よろしくね」


「はっ、はい!!」



 元気よく返事をすると、先輩と男友達は体育館の方へ走っていった。その背中を見てよっぽど時間に追われてたことを知る。


 ――よし、郁哉先輩が試合を頑張っている間にネックレスを探しださなきゃ!

 心の中で意気込んでから、残り二人の先輩たちと一緒に探した。

 ……ところが、五分ほど経過した頃、先輩二人は私の背後へ来て声をかけた。



「ごめんね。一生懸命探してるところ悪いんだけど、私たちそろそろバレーボールの順番だから行かなきゃいけないの」


「えっ」


「一人で探してもらうことになるけど、そのうち郁哉たちも戻ってくるから」


「あっ、はい……。わかりました」



 先輩二人は返事を聞き取ると、体育館へ足を向かわせた。


 こんな早く一人で探す羽目になるなんて思わなかった。

 でも、やると言ったからには必ず捜し出さなきゃ。



 それから、体育館前から三年生の教室方面へ向かいながらくまなく探した。

 実物を見たわけじゃないからイメージが薄いけど、きっと床に落ちていたら気づくよね。

 階段にさしかかり、目線を振り子のようにして一段一段に滑らせる。目線で掃除できるならピカピカになるくらい。二年生の教室にさしかかるフロアまで上ったその時、正面に黄色いカラーの上履きが視界に入った。見上げると、そこにはしゃがんで見下ろしている星河の姿が。



「さっきからなにやってんの?」


「えっと……、捜し物を」


「何落としたの?」


「ネックレス」


「先々月買ったやつ?」


「ううん、それじゃない」


「じゃあ、春に買ったやつかな」


「……違う」



 アクセサリーを購入するたびに見せびらかしていたから、星河はジュエリーボックスの中身を知っている。だから、記憶を巡らせて質問攻めに。



「一人で探すのは大変だから一緒に探すよ」



 星河は屈んだまま階段付近を探し始めた。

 私はその背中を見た途端、止めなきゃいけないという想いが走る。



「実は、探してるのは私のものじゃないの!」



 力強くそう言うと、星河は振り返る。



「じゃあ、誰の?」


「郁哉、先輩……」


「…………それを、どうしてお前が?」


「母親の形見で大切なものだし、先輩はいま試合中だから……」


「だからって、友達でも彼女でもないお前が一人で探すの?」



 星河の口調はだんだん強くなっていく。

 確かに事情を知らなければ郁哉先輩がネックレスを”探させてる”と思うだろう。でも、先日のように誤解を生ませたくないから素直に言った。



「私が探すって言ったの。バイト先で制服を汚しちゃった時のお詫びとして。それに、先輩も試合が終わったら戻ってくるし、できれば戻ってくる前に見つけてあげたいから」



 そう言いつつも目線は星河の足元へ。何故か顔を見ることができなかった。沈黙が五〜六秒続いたあと、星河は後ろへ振り返った。



「……どんなネックレス?」


「えっ」


「一緒に探してやるよ。母親の形見なら探すしかないだろ。一人より二人の方が早く見つかるだろうし」


「星河……」


「ぼたんの事なら心配しなくてもいいよ。いま試合中だし。お前が嫌というなら消えるけど」


「ううん、そんなことない! すごく助かるよ。ありがとう……」

 


 正直、一人で探していて心細かった。だから、一緒に探してくれるって言ってくれた時は嬉しかった。



 ――それから十五分後。

 私と星河は三年生の教室のフロアに入った。生徒は全員校庭や体育館に出払っているから足音は私たち二人のみ。お互いの息遣いさえ聞こえてしまいそうなほど静寂に包まれている。目線を床に滑らせながら歩いていると、D組の向かいの窓横の柱の隅にきらりと光るものを発見。期待を込めて駆け寄ってから拾い上げると、それは郁哉先輩が言っていたものと同じ星の飾りがついたゴールドのネックレスだった。



「やったぁぁあ!! ねぇ、星河! 探してたネックレス見つかったよ!」


「おーーっ、マジ??」


「ほらほら、見て! きっとこれだよ、コレ!! 先輩が言ってたネックレスは……」



 ネックレスをつまみ上げてから満面の笑みで星河の前にぶら下げた。すると、星河は笑顔を消してフイっと背中を向ける。



「見つかって良かったな」


「あ、うん」


「……じゃあ俺、校庭に戻るから」



 てっきり喜んでくれると思っていたのに、彼は素っ気ない態度で再び階段の方へ向かった。

 私はその背中に向かって廊下中に響くくらいの声で言った。



「一緒に探してくれてありがとう!!」



 でも、彼は振り返らずに階段の奥へと消えて行った。返事はしてくれなかったけど、伝わったと信じている。



 その足で、球技大会で盛り上がってる体育館へ向かって、試合が終わったばかりの郁哉先輩の元へ。



「先輩! ネックレス見つかりました!」


「うわぁ、ありがとう。……どこに落ちてたの?」


「郁哉先輩の教室の前です。壊れてなくてよかった」


「そっか。ちゃんとフックがかかってなかったのかな。校庭へ行く途中の道ばかり探していたけど、まさかそんな手前に落ちていたなんて気づかなかった」


「見つかって良かったですね。私も安心しました。どっ、どうぞ」



 私はネックレスを滑らせるように先輩の手中へ。すると、途中まで一緒にネックレスを探していた女先輩二人が私たちの元へやって来た。



「うそーーっ! ネックレス見つかったんだ! 良かったねぇ!!」


「あ、はい。お陰様で」


「あの後、すぐに試合だったから一人で探させちゃってごめんね」


「いえ、いいんです。無事に見つかったので」


「郁哉、お母様の形見、見つかって良かったね」


「あっ、あぁ……」


「この子に感謝しなよ。ほとんど一人で探していたんだから」



 彼女たちは先輩の肩をポンポンと叩きながらそう言うと、私たちの元から離れていった。

 すると、郁哉先輩は言った。



「もしかして、ずっと一人で探してたの?」


「えっ、あ……、えぇ。まぁ……」


「てっきりあのまま三人で探し続けていたかと」


「私、時間がたっぷりあったので……。あっ、でも気にしなくていいです。いい運動になりましたから」



 確かに一人で探してた時間は長かったけど、十五分くらいは星河と一緒に探してた。でも、わざわざ言う必要がないとも思った。

 ところが、ここから心臓が飛び出すほどの急展開が訪れるなんて……。



「ねぇ、よかったら俺とLINE交換しない?」


「えっ!! 私とですか?!」


「うん。友達になりたいなと思って」



 彼はそう言うと、ジャージズボンのポケットからスマホを取り出した。私は特別感に包まれながら、上着のポケットからスマホを出した。


 ――神様。ドラマティックなシュチュエーションを与えてくれてありがとうございます。まさか、あの郁哉先輩の方からLINE交換しようと言ってくれるなんて……。

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