かからない家(5)
手続きも何もかも、あっさりと終わってしまって、なんて時間の無駄だったのだろうと、今なら思う。
井浦さんにはとても感謝されて、最初に提示された金額よりもさらに色をつけてもらった。
その金で、あんなど田舎ではなくもう少しだけ都会の、程よい自然があって、家賃も安い町に引っ越した。
ちゃんと鍵もかかるし、勝手に誰かがいつの間にか家に上がり込んでくることも、金縛りに合うこともない。
はじめから、あんな家にこだわる必要はなかったんだ。
何を意地になって、どうにか鍵をかけようと四個も五個も取り付けていたのか、自分でもわからない。
今度こそ、自由に気ままに生活をするんだ。
しばらくは、何にも縛られず、自分のやりたいことだけをして生きて行くと決めて、あの家での出来事なんて、本当に、すっかり忘れていたんだ。
正直、思い出したくもなかったし、それでいいとさえ思っていた。
しかし、あれから何年も経った、ある日のことだった。
彼女は行方不明になった兄を探していると言った。
あの村で警官として働いていたらしいのだが、まったく連絡が取れなくなり、同じ職場の警官も、彼の行方を知らないらしい。
なんの手がかりも見つからず、人探し専門だという霊能力者に兄の行方を訪ねると、地図であの家の位置を指差したそうだ。
そして、家の所有者を調べたところ、俺の母の名前が出て来たというのだ。
母は痴呆が進み施設に入っているから、代わりに息子の俺を訪ねて来た。
そういう話だった。
三島さんは、何度かあの家を訪ねたそうだが、呼び鈴を鳴らしても誰も出てこず、電話をかけても通じない。
かといって、他人の家に勝手に中に入るわけにはいかない。
そこで、俺に一緒に来て欲しいというのだ。
所有者がまだ母の名前になっていたことには驚いたが、これだけは確信している。
「大丈夫。鍵なんて掛かってないから、勝手に入ってください」
「……どういう意味ですか?」
「どうもこうも、そのままの意味ですよ。あそこは、鍵がかからない家なんです」
三島さんは首を傾げていたが、俺は二度とあの家に近づきたくなかった。
それに、法律上は母のものなのかもしれないが、あれは、井浦さんに売ったんだ。
俺には関係のない家の話だ。
もう二度と、かかわりたくない。
「意味が、わからないんですが……」
少し冷たいと思われたかもしれないが、俺はまだ聞きたいことがあると食い下がる三島さんを追い返して、ドアの鍵を閉める。
この家は、鍵がかかるから、安心だ。
その時、ふと足元を見ると、鍵が落ちていた。
文字が書き込めるタイプの、プラスティックのキーホルダーがついている。
「なんで、ここに?」
拾い上げて、文字を確認すると黒いサインペンではっきりと『山坂』と書かれていた。
あの日、俺がどこかで落とした、あの家の鍵————のようだが、そんなわけない。
これはきっと、何かの間違いだ。
それに、例えそうだとしても、あの家の鍵は付け替えて別物になっている。
この鍵はもう使えない。
そもそも、あの家はかからない家なのだから。
【かからない家 了】
家族怪議 星来 香文子 @eru_melon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。家族怪議の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます