第12話「荊棘の冠」

木曜 午前8時半。


 警視庁本部内に設置された合同捜査本部は騒然としていた。


 室内には40人を超える警察官が着座し、前方のモニターを指揮棒で指す明石警視を注視している。


「これは由々しき事態だ!」


 マイクを使う必要があるのか疑問に思うくらいの地声が、さらに拡声されて室内に響き渡る。


 一昨日、今回の事件に関する捜査協力者、倉橋慎太郎氏が東京駅から覆面パトカーで自宅まで護送されている最中、同乗していた警察官によって拉致された。


 翌日、覆面パトカーは練馬区内で発見されたが、車内には誰もいなかった。


 覆面パトカーを運転していたのは、駒込署の山内巡査部長。同乗していたのは同じく駒込署の高橋警部補。


 状況から考えて、倉橋氏は、高橋警部補と山内巡査部長によって拉致されたと思われる。警察内部の不祥事。しかも一般人を職務中に拉致するなど前代未聞といっていい。


「駒込署には、昨日付けで合同捜査本部から外れてもらっている。間違いありませんね?門脇署長」


 駒込署の門脇署長は、背中を丸めて居心地悪そうにうなずくだけだった。


 本来、署長は即時更迭されてもおかしくない。だが、門脇署長は署内からの人望もあるため、士気の低下を考え留任されている状態だ。後ほど更迭されるのは間違いないが、タイミングだけは間違えないようにしなければならなかった。


「鷺沼氏の殺害から始まり、中川氏の殺害。そして今回の倉橋氏の拉致だ。最初の事件から何日経っていると思っている!記者クラブの連中だって、そろそろ嗅ぎ出して動き始めるぞ!これらのことが報道された場合、都民の目にどう映るか!」


 参列者は皆、自前のパソコンの画面で資料を確認しながら明石警視の話を聞いている。参列者の中には、赤坂署の工藤警部補と白井警部補の姿も見えた。


「藤堂参事官および一般協力者、アメリカ大使館からの協力もあり、鷺沼氏と中川氏の殺害に関してはアウラ・ノクティスという犯罪組織の関与が疑われる。防犯カメラの映像などから、3人の外国人の容疑者はうかびあがっているが、現在も所在不明。倉橋氏の拉致も、倉橋氏自身が2件の事件に関する協力者であったことから同じ組織の犯行による可能性が高い。まだアジトの一つも見つからんとは・・・!」


 明石警視は、工藤警部補と同期。現場からのたたき上げで警視まで上り詰めた生粋の刑事だ。本心は自分で動きたいのだろう。だからこそ歯がゆくて仕方がない。


 しかし、それは藤堂も同じだった。腕を組んで落ち着いているようには見えるが、はらわたは煮えくり返っている。


 今回の一連の事件は、最初から藤堂のミスが連続した結果だ。


 事件の解決を第一義に置くのではなく、あくまで桐嶋の安全を最重要事項として扱った結果なのだ。もしかしたら悠彩堂放火の際に、容疑者を任意同行していれば、現在の状況は違っていたかもしれない。


 倉橋が拉致されたのも藤堂の判断ミスだ。


 鳴海の迎えは警視庁の刑事に任せた。鳴海はそのまま警視庁に行く予定だったからそれはいい。しかし、倉橋も同様にすべきだったのだ。だが、実際には、その時に動かせそうだった駒込署の人間に任せた。


 しかし、よくよく考えてみれば警察内部の人間が絶対安心であるという神話は、とうの昔に崩れていたではないか。


 桐嶋の父、武夫氏の死には、宮古署の刑事2名の関与が疑われる。内偵の結果、彼らには多額の借金があったことがわかっていた。そして、今回の駒込署の2人にも同様のことが昨日判明している。


 買収されたのだろうと、誰しもが思う状況だ。つまり、アウラ・ノクティスの手は警察内部にまで広がっているのだ。


 誰が信用でき、誰が信用できないのか。それすらもわからないといっていい。今いる40人以上の警察官の中にだって、アウラ・ノクティスへの協力者がいてもおかしくない。そういう状況だ。


 明石警視の怒声のような言葉が続く。


「とにかくだ!倉橋氏の救出!これが第一だ!次に容疑者の所在把握!確保!最後にアジト!やつらの行動拠点の把握だ!わかったな!行け!動け!足で稼ぐんだ!少しでも早く解決するぞ!」


「はい!!!!」


 40人以上の一斉応答は床を揺り動かすほどの圧力をもっていた。全員がパソコンをたたみ、上着をひっつかんで部屋から走り出す。


 その時、藤堂が立ち上がった。


「赤坂署の工藤警部補と白井警部補は残ってくれ」


 訝しげそうな目線を向けるものもいたが、工藤と白井以外の刑事はそのまま室外にでていった。二人と明石警視が藤堂の元に歩み寄る。


 藤堂よりも先に工藤が口を開いた。


「我ら2名は信用していただいたと思ってよろしいわけですか、参事官」


「ああ、その通りだ」


 白井はなんのことかわからないでいたが、明石警視は気づいたようだ。


「藤堂参事官。彼らは適任だと思料します」


 明石警視は2人の肩を力を込めて叩いた。工藤には、より力強くだ。


「痛ぇんだよ。馬鹿力だけは相変わらずだな」


「余計なお世話だ。頼んだぞ」


 明石警視は工藤にそう言うと指揮所に向かった。


「あのー、どういうことかわからないのですが・・・」


 白井がおずおずと手を挙げた。


「おれたちにあいつらの内偵をしろとよ」


「あいつら?内偵?」


「察しの悪いヤツだな。さっき外に出ていった刑事全員の状況、少なくても負債状況を内偵して、裏切り者がいないか我々二人だけで調べろってこった!」


「は?・・・えーーー!?二人で!?」


「参事官様の信用を勝ち得たからこそのご指名だ!心してかかるぞ、白井!」


「何日かかりますか?工藤警部補」


「今日明日中には一報を必ず」


「わかりました。よろしくお願いします」


「お願いされました!白井行くぞ!!」


「え、え?待ってくださいよ!」


 こうして赤坂署の二人も室外へ走っていった。


 残ったのは中央指揮所の5人と明石警視、藤堂だけだ。


「さて、参事官。あなたも行ってください」


 意外な言葉が明石警視から藤堂にかけられた。


「しかし、捜査本部に本部長不在は」


「そんなルールはどこにもありませんよ!あなたは頭でっかちな参事官じゃあない!動けない本部長じゃないんだ!だったら動くべきでしょう!」


 明石警視の目は、藤堂を鼓舞するように力が込められていた。


「今回の事件、どうやったってあの場所が最前線だ。だって、そうでしょう。キーマンは桐嶋氏だ。おれの勘もそう言っている!だったら、あなたはそこにいるべきだ!」


「明石さん・・・」


 明石警視は、藤堂が入庁した時の教養指導者だ。藤堂のいろんな面をこれまで見てきた。だからこそ言える言葉だった。


「行け!藤堂!ここはおれに任せろ!」


 藤堂は逡巡したが、明石の言葉に従うことにした。


「わかりました!明石さん、お願いします!そして、ありがとうございます!」


 そう言うと藤堂は走り出した。駐車場に出ると、すぐに自分の車に乗り込み新宿に向かった。


「無事でいてくれ!倉橋!おれが行くまで動くなよ!桐嶋!」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



某所。


 倉橋は闇の中にいた。まだ意識が混濁していて状況が呑み込めないでいる。


 少しすると、自分が目隠しされていることに気が付いた。


 椅子に座り、両手を後ろ手で拘束されている。足が重い。おそらくうっ血しているのだろう。それだけでも長い時間座りっぱなしだったことがわかる。


「ボス、動いたぞ。死んではいないらしい」


 クセは強いが英語だ。桐嶋さんの口から時折でてくるドイツ語のニュアンスに近い気がする。例の組織に捕まったのかと理解した。


 東京駅で、迎えに来たという駒込署の刑事2人と車に乗り、自宅に向かってもらったことを思い出した。しかし、四谷駅近辺で急激に眠くなり、その先の意識がない。


 もしかしたら、あの眠気はなんらかの薬品の効果だったのかもしれない。


 ドラマや映画と違って、実際には即効性の催眠ガスは存在しない。よくあるクロロホルムにも即効性はないのだ。ただし、クロロホルムをある程度の時間に渡って吸引していれば話は別だ。


 思いおこせば、同乗した刑事2人はマスクをしていた。あのマスクには対抗薬品が塗布されていたのかもしれない。しかも、渋滞の多い道を選択していた。薬が効くまでの時間稼ぎか。ようやく倉橋は現在の状況を把握した。


 喉がひりつく。長時間、水分を摂取していないせいだ。おそらく声もまともにでないだろう。


 そう思っていたら口元になにかをあてられた。


 プラスチックのような感触。・・・ストローか?口をつけるとやはりストローのようだ。


 恐る恐る吸い込むと、口の中に柔らかい水の味が広がった。


 冷静にゆっくりと口に含ませる。徐々に徐々に水分を浸透させる。


 喉が広がっていくようだ。カサカサだった舌も味蕾が膨らんでいく。充分に口の中を湿らせてから水を飲み込んだ。


 食道から胃へ、染みわたる感覚が心地いい。それからは何口も飲み込んだ。ようやく声がでそうな気がする。ストローを口から離した。


「腹へった。なんかくれ。重いのはいらない。ゼリーがいい」


 肌感覚から近くにいるのはおそらく二人だ。


 一人は呆気にとられ、一人は心底おもしろそうに笑っている。


「元気そうでなによりだ。おまえさんが死んじゃいないかヒヤヒヤしてた。待ってろ、今準備させる」


 声からして笑っていた方か。だとすれば、水を飲ませてくれたのが、最初に聞いた声の方。つまり、ボスと呼ばれたのがこいつか。


 話している言葉は日本語だ。そこまで流暢ではない。先月頭に、研修で部署にきていたフィレンツェのキュレーターのようなアクセント。イタリア人?


 そして『今準備させる』という言葉に微かな足音もつながった。つまり3人か。3人目がどこかに買いに行ってくれたのだろう。


「おまえさんは二日意識を失っていたんだ。やはり素人にやらせるとダメだな。微妙な匙加減がヘタクソだ。すまなかった」


「・・・普通、謝るところか?」


「ああ、おまえさんには無事でいてもらわないと困る。危害を加えるつもりはない」


「じゃあ、この拘束を解いてくれないか?さすがに痛い」


「そうだな。暴れないと約束してくれるなら」


「こっちは一人だ。暴れても仕方ないだろう」


 近くにいた方が寄ってきて、拘束をすべて解いてくれた。腕と足をゆっくり動かす。まだ鈍い感じだが問題ない。


「目隠しはそのままにさせてくれ。さすがに顏を見られるわけにはいかないのでね」


「声はいいのか」


「録音でもしていない限り問題ないさ。群衆の中ですれ違った時にわからなければそれでいい」


「立ち上がってもいいか?」


「どうぞ」


 ゆっくりと立ち上がって屈伸をしたり肩を回してみた。


 血液が循環し始めたのを感じる。少しふくらはぎがかゆい。手首は拘束されていた時のスレがあるようで、軽くヒリヒリする。ひどい感じはしないので赤くなっているくらいだろう。


「そら、飲めるタイプのゼリーだ。日本は便利だな。こういうものが簡単に手に入る。おにぎりも準備した。食べられそうなら言ってくれ」


 近寄ってきた何者かによって、手にウィダーインゼリーを握らされた。


 さきほど買いに行ってから戻ってくるのが早い。コンビニが近くにあるのだろう。扉が開けられた音も聞こえた。出ていく時にはほぼ聞こえなかったはずだ。戻ってくる時に、より大きな音がでたということは風圧か。かすかに大量の車の音も聞こえた。首都高か環状線か・・・いや、まだ情報が少ないな。


「水はいらんか?」


「いる」


 口元にストローがつけられた。


「いたれり尽くせりだな」


「早いとこ回復してもらわんと次の段階に移れないからな」


「桐嶋さんか?」


「そうだ。おまえさんはそのための交換要員さ。彼自身と接触できれば話は早かったが、まったく足取りがつかめなくてな。おかげで苦労したよ」


「なぜ、おれが?というより、なぜ、あの日の行動を把握していた?おれですらも前日までわかっていなかったのに」


「あの日の朝、東京駅でおまえさんを見かけてね。悪いがつけさせてもらった。当日、東京に戻ることがわかってからは状況を利用しただけさ」


「尾行?鳴海が気づかないほどの?」


「彼は警察だろう?日本の。さすがに特殊な訓練を受けた人物にはかなわないさ」


「ああ、そういうことか」


 近所への聞き込みで対象者をリストアップし、面倒ではない方の一般人を狙ったということはわかった。しかし、東京駅で見かけたということは、顏と名前が一致している上に、ある程度見慣れていなければ群衆の中からふいに見つけ出すことは不可能だ。


「あんた・・・リカルド・フェラーラ?」


「・・・よくわかったな」


 名前を呼ばれた本人よりも周囲がざわめいたのがわかる。ただし、リカルドと呼ばれた人物が肯定した時にそれはおこっていた。


「聞き込みの報告を受けた時には驚いたよ。まさか、先月、文化庁で一緒に働いた御仁がターゲットとはね」


「2週間だったか?」


「そうだな。だから余計にこんな形で死なれちゃ後味が悪かった。そういう意味では心底安心したよ」


「あんただとわかったわけだし、目隠しもとっていいか?」


「おれだけならいいが、他にもいるので勘弁してくれ」


「・・・わかった。しかし、いいのか?そんなにあっさり正体をばらして。表の仕事に支障がでるんじゃないのか?」


「知っているか?今の世の中は日本のコンビニ以上に便利だよ。顏と名前程度ならどうとでもなる。指紋もな。虹彩や静脈認証はまだだが、その内なんとかなるだろう。技術の発展万々歳だな」


 確かに身分証や保険証、パスポートだってなんとかなっている。


 どんなルートかは知らないが、そういうものの製造工場が摘発されたなんてニュースも流れるくらいだ。一般人が思っている以上に世の中は『便利』だ。


 相手がプロなら無駄なことはしないだろう。そういう意味では倉橋の安全がある程度保証されたと考えて間違いない。


『桐嶋さんとも腐れ縁だよなぁ。まさか、こんなに濃いつきあいになるとは』


 倉橋と桐嶋には元々接点がなかった。ただ、藤堂とは大学時代の先輩後輩の間柄だ。


 桐嶋とは、その藤堂つながりで知り合い、会ったその日から意気投合。桐嶋が5年前に帰国してからは、絵画に関するアドバイスをたびたびもらっていた。


 桐嶋さんには切り札がある。それは、たぶんあの『銀雲』だ。それでなければ、現在の状況で自分と鳴海をわざわざ向かわせはしない。


『鳴海はちゃんと分析できたんだろうか』


 鳴海とも同じ大学だが、年齢が5つ違いのせいで在学中はまったくかぶっていない。こちらは桐嶋つながりだ。桐嶋と鳴海がどうやって知り合ったかは聞いていないが、所属組織的に考えても藤堂からなのだろうと思う。


 桐嶋との交換材料に使われることには忸怩たる思いはある。


 ただ、倉橋は自分が捕まったこと自体は、まだ良かったと思っている。自分がターゲットになっていたならば、よりガードの薄い、奏が狙われていた可能性もあったからだ。もし、奏が誘拐されたとしたらどう行動しただろう。倉橋はしばし考えた。


『東京を壊滅させていたかもな。エヴァの使徒なみに』


 非常に物騒な結果が想像されたようだ。自分の想像を脳裏に描いて面白くなり、気分が楽になった倉橋は、これからのことを考えるよう気持ちを切り替えた。


「それで?これからどうするんだ?」


「今準備を進めている。もう少しかかる」


「今、何時だ」


「午前8時」


「そうか。なぁ、おにぎりもくれるか?」


「・・・元気なようでなによりだ」


 倉橋は、味気ないコンビニおにぎりをゆっくり食べながら、奏の卵焼きが食べたいと痛切に思っていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



午前9時半頃。


 ホテルの地下駐車場に車を置き、直通のエレベーターで41階に上がってきた藤堂は、扉が開いた瞬間身構えた。


 扉の両脇でエドガーとデイビスが、今にも銃を抜きそうな態勢で警戒していたからだ。藤堂だとわかると道を開ける。


 桐嶋が逗留している部屋の扉を開けると、そこには桐嶋と警察官が2人いた。藤堂の姿を確認すると、2人の警察官は敬礼をする。藤堂はそれに軽く会釈するなり、桐嶋に近寄った。


「奏は?」


「奏から連絡をもらってすぐにミラーに迎えに行ってもらった。多少、取り乱していてね。キャリーの部屋で面倒見てもらっている」


「奏のスマホは?」


「ここだ」


 桐嶋が手で示した先のテーブルには2台のスマホが載っていた。もう1台は桐嶋のものだった。


「やつらからの連絡はまだか」


「まだだ。倉橋の無事だけ早く確認したいが」


「そうだな」


 その時、扉が勢いよく開けられた。全員に緊張が走ったが、中に入ってきたのは鳴海だった。


「桐嶋さん!組成成分の分析結果でました!これっす!」


 鳴海は言葉とともに手に握っていた紙を桐嶋に渡した。


 桐嶋は受け取るなり内容を確認した。・・・あった。桐嶋の予想通りだ。


「鳴海助かった。これでなんとかなる。あとは相手さん次第だ」


「桐嶋さん、あとこれも。頼まれてたやつっす。本庁にあったやつを借りたっす」


 鳴海が桐嶋に渡したのは小さ目のライトだった。


「なんだそれは」


 藤堂が訝しむ。


「これも今回の鍵の一つさ。鳴海、来て早々で悪いが、キャリーを呼んできてくれるか」


「了解っす」


 鳴海は弾けるように外にでていった。


「桐嶋?」


「悪い藤堂。おれのやることはもう決まってるんだ。倉橋を助けて、アウラ・ノクティスと交渉する。それだけだ。そのために重要なことをおまえたちに説明したい。いわば保険だな。いや、本命でもあるのか」


 桐嶋の目線の先には、クリムトの絵があった。奏からの連絡と状況から、倉橋が拉致された可能性が高いと考え、交換条件の材料にもなる絵を昨日のうちに貸金庫から引き揚げて来ていた。


『エリアス、いや、健吾じいさん。あなたからの要望をかなえることができるかはわからないが、桐嶋家の呪縛を解き放つ時がきたようだよ。まったく大変な置き土産を残してくれたもんだ』


 桐嶋が過去と対話しているとキャリーと鳴海が入ってきた。


「そろったな」


 桐嶋は藤堂、鳴海、キャリーの3人をソファに座らせると、クリムトの絵を指し示しながら説明を始めた。


 途中、驚きの声も何度かあがったが桐嶋は気にせずに話を進めていく。


「・・・ということだ」


「兄様・・・すごいです。よくこんな・・・」


「なに、倉橋と二人のじいさんのおかげだよ。おれはパズルを組み上げただけさ。この話を知った全員がキーマンになるが、一番動いてもらわなければならないのはキャリー、君だ。頼めるか?」


「もちろんです!もちろんですとも兄様!お役に立ててうれしいです!」


「では、頼む。手配の早さが重要になるかもしれない。すぐにやれるか?」


「はい!」


 小気味の良い返答とともにキャリーは部屋をでていった。


「藤堂と鳴海もすまん。重荷を背負わせたしまった」


「なに気にするな。情報は知っているだけではなにもならん。使わざるを得ない状況にならないことを祈るだけだ」


「これ、重荷っすか?桐嶋さんの勝利を飾るファンファーレっしょ」


 鳴海は桐嶋に向けて拳を突き出した。それに桐嶋は軽く合わせる。


「そうだな・・・鳴海、おまえにはもう一つお願いしたい」


「なんすか?」


「キャリーに動いてもらう以上、ミラーも補佐で動くだろう。だから、奏をお願いしたい」


「女性の扱いヘタクソっすよ?」


「別に口説くわけじゃないから大丈夫さ。守る、共感する。それだけだ」


「・・・わかったっす」


 そう言うと鳴海も隣室に移動した。


 藤堂は、鳴海の退室を見届けると桐嶋に一歩近寄った。


「なぁ、桐嶋。ウインストン女史や鳴海は、おまえの交渉が成功することを疑っていない。だが、おれはそこまで割りきれん」


「付き合い長いからなぁ。おれがヘマするかもと心配なんじゃないか?」


「違う!そういうことじゃない・・・そういうことじゃないんだ」


「藤堂。おれが、アウラ・ノクティスにとって有為な人材だと言ったのはおまえだ。有為な人材とやらに危害を加えるわけがないだろう?」


「人間なんて、わけがわからん生き物だ。全員が、常に論理的な判断をするわけじゃない」


 藤堂の声を聞きながら、桐嶋は生活用品が詰め込まれたケースから、30cm四方くらいの小さめのケースを取り出し中身を確認する。


 中には、絵画修復に必要な最低限の道具一式が入っていた。不足がないかチェックしてから藤堂を見る。


「それには同意する。他人のことなんてわかりゃしないさ。完全に理解するなんてのは絶対に不可能だ。でもな、自分が求める方向に誘導することは可能さ」


「誘導か」


「そうだ。これならそう難しいことじゃない。相手が欲しい情報を提示しながら、相手の思考選択肢を減らしていく。それだけだ」


「簡単に言うものだな」


「言うは易しだ。まぁ、正直、やってみなければわからんがね。やってみる価値は大いにあるはずさ」


 その時、パソコンを操作していた警察官が叫んだ。


「インターポールからの照会結果きました!写真の解像度が低いため、100%の結果ではありませんが、この3名です」


 桐嶋と藤堂は、警察官が示した画面を凝視した。


 ・リカルド・フェラーラ

 ・ピエール・デュボワ

 ・ダビッド・ホフマン


「イタリア人、フランス人、ドイツ人か。まるで万国博覧会だな。これだけで、アウラ・ノクティスが多国籍組織なのが想像できる」


「ヨーロッパに巣食う魔物か・・・」


「お、藤堂。ずいぶんと中二病的な感想だね」


「詩的な感想と言え」


「あ、そういう言い方もあるか」


 藤堂にそう言いながら、桐嶋は視界の端で明滅する光を感じた。


 自分のスマホだ。


 走ってスマホをとり、画面に表示された見覚えのない電話番号を素早くメモし藤堂に渡した。


「調べてくれ」


 藤堂はうなずくと、待機していた警察官に指示をだす。


「さて、勝負だ!」


 桐嶋は気合いを入れて受話ボタンを押した。


「桐嶋さん?」


「そうだ。倉橋は無事か。なにも危害を加えてはいないだろうな」


「無事ですよ。今、写真を撮って送ります」


 相手はそう言うなり、電話を切った。


 藤堂を見ると、通信業者と話しているのか威圧感のある話し方だ。


「きた!電話番号の持ち主は・・・19歳、男性・・・19歳!?トバシか!」


 トバシとは、「飛ばし携帯」の略称で、他人や架空の名義で契約された携帯電話のことを指す。明確な携帯電話不正利用防止法違反であり、今回のケースでは誘拐幇助罪まで適用される可能性がある。


「すぐに逮捕状請求をかけろ。今日中にガラを確保だ!明石警視にも連絡しろ!」


 次々と藤堂が指示をだしていく。


「19歳だぞ?」


「年齢なぞ関係あるか!自分の行為がいかに愚かしい軽率なことだったかをわからせてやる!」


「こわこわ・・・」


 桐嶋のSMSにアドレスが送られてきた。画像共有サイトのアドレスだ。開いてみると、確かに倉橋だ。自身の電波時計の時間を写るように見せている。間違いはないようだ。


 1分後。スマホが鳴った。


「確認した。元気そうだな。良かった」


 受話するなり桐嶋は素直に感想を言った。


「信じていただけましたか?」


「ああ、信じよう。それでそちらの要求は?倉橋の奥さんではなく、おれに連絡をしてきた時点でだいたいわかるがな」


「聡いですね。倉橋さんをお返しする代わりに、桐嶋さんに手伝っていただきたい仕事がありましてね」


「わかった」


「・・・決断が早すぎませんか?」


「こちらの要求は倉橋を無事返してほしいだけだ。それさえ守ってくれれば協力してやろう」


 電話の相手が鼻白んでいるのがわかる。会話の主導権を握って交渉するはずだったのが、桐嶋に握られてしまったからだ。


「わかりました。では、1時間後に、原宿駅から竹下通りを明治通りに向かって歩いてください。そこで次の指示をだします。そうそう、クリムトの絵画も持参いただけますか?」


「わかった」


「それでは、後ほど」


 電話を切った直後、桐嶋が叫ぶ。


「GPSは!?」


「ダメです。車で移動してます。でも、これは・・・首都高?おそらくですが、横羽線を北上しています。今からでも出口を抑えれば」


 藤堂が即座にその提案を否決した。


「人質の安全が最優先だ。そうだな、桐嶋」


「ああ、その通りだ。んー、横羽線か」


「どうした?」


「思ったより遠くから電話してきたと思ってな。そこから原宿までだと時間ぎりぎりじゃないか?」


 藤堂がルートを確認し、自身の経験からだいたいの時間を計算した。


「・・・そうだな」


「電話してきた車と倉橋を連れてくる車はおそらく違うな。さっきの敵さんの口ぶりからしても現場でおれと倉橋を交換するつもりだろう。だとすれば・・・もう一人いるんじゃないか?」


「ありうるな。倉橋がどこにいるかわからんが、倉橋を拉致している人物と、今電話してきた人物が一緒とは限らん。全部で4人いる可能性か」


「今後どういう展開になるかわからんからな。想定だけはしておいた方がいいんじゃないか?」


「ああ、そうするとしよう」


「そういえば、Nシステムを使って特定することはできないのか?」


「あれは法的手続きに時間がかかる。すぐには無理だ」


「使えねぇなぁ」


 そう嘆息しながら、桐嶋は準備していた荷物を手に持った。


 その姿を見た藤堂が確認する。


「もう行くのか?早くないか?」


「早めに行っておくに越したことはないさ。こういうのはギリギリに行っても碌なことにならんもんだ」


「違いない。本当についていかなくていいんだな?」


「しつこい。あ、でも、時間差で原宿に車を手配してくれた方がいいな。弱った倉橋を原宿近辺で敵さんが放り出すかもしれん」


「わかった。手配しておこう」


「おれのGPS確認もいらんぞ。どうせすぐに電源切ることになるさ」


「了解。ケリがついたらすぐに連絡寄こせよ」


「わかってるさ。じゃあな」


 桐嶋の語尾と扉が閉める音は同時だった。


「・・・参事官、本当にこの対応でよろしいのですか?」


 同席していた警察官が不安そうに確認した。


「ああ。あいつならうまくやってくれる」


 藤堂は、自分の言葉で自分を信じ込ませようとしていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 アウラ・ノクティスに指定されたより30分も早く、桐嶋の姿は竹下通りにあった。手にはチョコバナナクレープを持っている。


「一度、原宿でクレープという定番をやってみたかったから買ったが・・・ちと、おっさん一人にはきついな」


 周りを見ながら恥ずかしそうに縮こまりながら食べている。


「うまいからいいか」


 竹下通りの全長は350m。テレビで放映される映像を見るともっと長そうに見えるが、実際にはそれしかない。なにもなければ、歩いても4~5分で端まで着くだろう。ただし、いつも人込みがあふれている日中の竹下通りにそれはありえない。


 アウラ・ノクティスの指示は『1時間後に、原宿駅から竹下通りを明治通りに向かって歩いてください』だ。つまり、どのタイミングで指示をだすか指定していないのだ。


 人の歩く速度はそれぞれだ。ましてや、歩いている姿を見たこともない状態で歩行速度を読むなどということはできない。


 つまり、敵が仕掛けてくるのは『原宿駅をでて、竹下通りに入る前』だと予想した。問題は、神宮側からくるか外苑側からくるかだが、桐嶋は外苑側に決めた。


 原宿駅に着いた時に確認した結果、歩道の広さはどちらもそう大きく変わらないが、外苑側から南進する方が比較的車通りが少ないことがわかった。人の乗降を手早く行いたいのであればそちらだろう。


 桐嶋は、Google Mapで確認しながら裏通りを進み、路地から駅前通りをのぞき込んでいた。


『人質をとられた側が、いつまでも受け身でいるなんて思うのはドラマの見過ぎなんだよ』


 桐嶋がそう思っていると、それらしき車がゆっくりと外苑側から進んでくるのを見つけた。当たりだ。目を凝らしてみると、後部座席に倉橋らしき姿があった。


 交渉事は機先を制した方が有利に進めることができる。さきほどの電話では、桐嶋が主導権をとって終わった。敵としては今度こそ機先を制して主導権を握りたいだろう。


『そうはさせるか』


 桐嶋は、その車に近づき後部座席の窓をノックする。倉橋が桐嶋の顏を認識して驚いた瞬間、車が急ブレーキをかけて止まった。桐嶋は、その直後に後部座席のドアを開け、勢いよく倉橋の腕をつかみ、外に引っ張りだした。


「倉橋、すまんな、選手交代だ」


「桐嶋さん!?」


 倉橋のひっくり返った声を聞きながらドアを閉める。呆気にとられた車内の3人はなにもできないままだった。後ろからクラクションの音が聞こえる。


「後ろがつかえている。早く車をだしてくれ」


 あわてて車をスタートさせたが、3人には、理解するまでの時間が必要だったようだ。ようやく隣の男が口を開く。


「・・・大胆すぎないか?」


「よく言われるよ、リカルド」


 桐嶋は平然としている。名前も当てずっぽうだ。男が一瞬殺気だったように感じたが、すぐに平静さを取り戻した。桐嶋の持ち物は、一枚の絵らしき包みとケース一つだけ。


「まずはスマートフォンの電源を切ってもらおうか」


「ああ、そうだな」


 桐嶋は抗うこともなく電源を切った。


 今のところ、主導権は桐嶋のままだ。リカルドはなんとかして主導権を奪い取りたかったが糸口が見つからない。


「目隠しをしてくれるか?」


 リカルドが平静を装いながら、黒い布を桐嶋に差し出した。


「当然の配慮だ。どこに連れていかれるかわからんが、ついたら起こしてくれ」


 言うなり桐嶋は寝に入った。強がっているだけだと思ったリカルドだったが、数分後には静かな寝息が聞こえてきた。リカルドは驚愕した。


『なんなんだこの人は!?』


 リカルドは、桐嶋を気に入った自分に気づいた。いや、気づいてしまった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 車が目的地に到着したようだ。まだ目隠しをされたままの桐嶋は、手を引かれながら屋内へと連れていかれた。車を置いた場所から家屋まで、足元では敷き詰められた砂利の音がしている。


『一軒家かな』


 車からの距離を考えても、その可能性が高いと桐嶋は思った。


 肌に当たる風が感じなくなってからそこそこ歩いた。かなり大きい屋敷のようだ。


 先導役が立ち止まった。目隠しが外される。夏のまぶしい陽光が、桐嶋の目に注ぎ込んだ。光量調節に苦労しながらも室内を見渡すと、そこは広いリビングだった。調度品はほぼないが、吹き抜けの高い天井と2階の欄干が高級別荘を思わせる。


『うちの別荘とは大違いだ』


 桐嶋は場違いな感想をいだいていた。


 部屋の中央部分には、内装に不釣り合いなイーゼルが3つあった。2つには白い布がかけられていたが、もう1つには何も置かれていない。その脇にはリカルドが立っていた。後ろにも一人分の気配を感じる。


「さて、桐嶋さん。まずは持ってきてくれた絵をここに置いてくれるか?」


 言われるまま、桐嶋はクリムトの絵から保護材を取り去り、イーゼルに置いた。隣と比べるとやはり小さい。


「そして、おまえさんに協力してもらいたい仕事というのがこれだ」


 手前の布が取り払われ、1枚の油彩画が姿を現した。


「ラファエロ・・・」


 ラファエロ・サンツィオ作『若い男性の肖像』


 ポーランドのクラクフにあるチャルトリスキ美術館に所蔵されていたが、ナチスによって略奪された。その後は所在不明、第二次世界大戦中に失われた最も重要な芸術作品の一つとされている傑作だ。


「おまえらが持っていたのか」


「我々が持っていたというのは間違いないが、ここまで完璧な修復をしてくれたのは桐嶋武夫、おまえさんの父上だよ」


「親父が?」


「そうだ。この絵は、とある倉庫に眠っていたんだが状態がひどくてね、誰も手を付けていなかった。それを鷺沼が武夫に依頼したってわけさ。修復完了した報告写真を見て驚いたよ。あの煤けた真っ黒な状態、板材まで焦げていた絵がこんな傑作だったとは・・・おまえさんの父親は素晴らしい修復技術をもっていた」


「しかし、おまえらが殺したんだろう?」


「おれの前任者だな。上の言うことしか聞けない無能者だった。しかもタイミングが悪い。その結果がこれだ」


 もう1枚の布の下にも同じ作品が並んでいた。しかし、よく見ると、筆致が甘い部分や塗りが少ない部分、仕上が必要な部分と、明らかに作業途中の作品だ。


「途中かけの贋作・・・なるほどな、これを仕上げろということか」


 リカルドが桐嶋の言葉にうなずいた。


「この2つは、5年前から中川のところに保管されていた。しかも組織に黙ってだ。これも前任者の仕業だな。ただ、中川も粛清対象の画商だったから好都合だったがね」


「殺して奪ったか」


「そうだ」


 リカルドは平然としている。リカルド自身が手をかけたかは明言されていないが、人の生き死にに慣れていることだけは確かだろう。


「・・・親父が使っていた画材は?」


「たぶん、これでいいと思う。一緒になって保管されていた。足りないものがあったら言ってくれ。準備する」


 桐嶋は、木箱に入っている画材を確認した。見た限り、一通り揃っている。桐嶋自身がケースに入れて持ち込んだ画材も合わせればなんとかなりそうだった。


「いいだろう。ラファエロ作品に携われるなんてめったにない経験だ。たとえ贋作といえどもな」


「完成まではどのくらいかかりそうだ?」


「そうだな。内部の完全な乾燥まで考えれば1年程度かかるが、作業自体は5日・・・いや、6日だな」


「そうか。それなら間に合うな」


「間に合う?」


「ああ、この絵はすでに買い手がついているんだ。モニュメンツ・メン財団も余計なことをしてくれたもんさ」


 彼らの口から財団の名前がでてくるとは思わなかった桐嶋は、関係性を考え一つの答えを導き出した。


「カードか」


「そうだ。あんなものをオンラインストアなんかで販売するものだから興味をそそられる人が増えた。財団の思惑としては成功だろうがな」


「いくらだ?」


「10億ドル」


 リカルドは聞かれることを想定していたのだろう。金額を即答した。


「・・・依頼者は、よほど優越感に浸りたい金持ちだな」


「ただし期限付きだ。来年のクリスマスまでに納品できるなら10億ドル。その後なら1億ドル」


「10分の1か。ひどい話だな」


「そのくらい期日までに欲しいのだろうさ」


 桐嶋は日数を数えることで、アウラ・ノクティスが急いでいたことを確信した。


「なるほどな。乾燥期間を考えればギリギリの時間だ。理解したよ。それで?おれへの報酬は?」


「5万ドル」


「・・・安いな。鷺沼は、クリムトの修復代に1億円を提示してきたぞ?」


「妥当だと思うがな。まだ、おまえさんをそこまで信用できない。人柄も腕もだ」


 桐嶋は挑発されていることを感じた。リカルドの表情もそれを物語っている。


『安い挑発だ。だが、仕上がりが完璧であればあるほど仕掛けが生きてくる。そうだな、のってやるか』


 桐嶋は、そう考えた。


「いいだろう!だがな、完成した作品を見れば、もっと報酬を積み上げたくなるようにしてやる!」


「期待しているよ。あ、期間中の食事は期待しないでくれ。コンビニで買ってくるので、なにか希望があったら言ってくれ。冷蔵庫の中にある飲み物はいつでもどうぞ」


 桐嶋は、すでに画面を丹念に確認している最中だったが、リカルドの声は聞こえたのだろう。手をひらひらと振って応答の意思表示をした。


 ラファエロ作品のキャンパスは、木枠に張った布ではなく板材だ。これはほぼ同時代に活躍したレオナルド・ダ・ヴィンチも同じで、かのモナリザも板材に描かれている。


 ラファエロはポプラ材を好んで使っていた。しかも板材自体に彼が細工した透かし模様が入っていることが多い。この作品も外側に透かし模様が彫刻されていた。


 修復された真作を見るとかなり細工が細かい。贋作の方も同じに見えるが、よくよく確認すると彫りが甘かったり、角の処理が滑らかではない箇所がある。


 桐嶋は、リカルドに、よく切れる彫刻刀の手配を依頼し、結局その日は、表面のクリーニングと贋作の修正箇所の確認で終了した。


 夜、コンビニ弁当を食べながら、桐嶋はリカルドに疑問をぶつけた。


「なぁ、鷺沼はなぜ5年前に殺さなかったんだ?」


「やつはな、この5年間、行方をくらませていたんだ。なにかを察知したのかもしれんな。だから逆に、日本に来ていたことの方が驚いたよ。しかも、同じホテルに逗留しているときたもんだ。神様の存在を信じたね」


 リカルドがわざとらしく胸前で十字をきった。


「・・・じゃあ、鷺沼が来日した目的や行動は?」


「知らんな。ツレが執行したのが、鷺沼をホテルで見かけた2日後だ。タイミングを見計らって尾行はしていたが、来日目的までは調べてはいない」


 鷺沼の死が偶然の産物だったことに桐嶋は驚いていた。偶然と必然が連続した結果、勝手な深読みが横行した先に現在の状況がある。


「そうだな。おれも神様の存在を信じる」


「ん?どうした?」


「いや、こっちの話。ならば、クリムトの絵のことは?」


「正直、知らなかった。だから、おまえさんが持ってきたことに驚いたよ。存在も中川の店で発見した資料で知ったのだがね。悠彩堂とやりとりした絵画リストの唯一の不一致点がそのクリムトだったんだ。組織の管理は意外と杜撰で、不一致はよくある話なんだ。おまえさんの家はよほど誠実だったんだな」


『これも深読みの結果か・・・』


 桐嶋は忸怩たる思いだ。結末をハッピーエンドにしないと、すべてが裏目にでるかもしれないと身震いした。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 翌日から桐嶋は板材の透かし模様の彫刻を含めた贋作製作作業に没頭した。


 桐嶋の作業中は、見張りとしてリカルドが必ず同席している。リカルドもそこにいるだけでは暇なのだろう。桐嶋が聞いているかいないか、わからないにも関わらず雑談をしてくる。その中で、クリムトの絵の謎が一つ解けた。


「その絵・・・ようやく見ることができたよ」


「知っているのか?」


「ああ、おれのじいさんからの伝聞だがね。何回も聞かされたもんさ」


 桐嶋は内心身構えた。このクリムトの絵を見たことがあるということは、直接的にハンナ一家へ関わりがあった可能性があるからだ。惨劇の話なら聞きたくはない。


「おれのじいさんは大戦中、軍人でね。当時、イタリアと同盟関係だったナチスの将校から武勇伝として聞かされたそうだよ。絵の美しさは、ことさら夢見ごこちに語っていたそうだ。幾度も聞いたので、絵のことは詳細まで覚えてしまったと言っていた」


 桐嶋の想像とは違ったらしい。リカルドの言葉に耳を向ける。


「『やつらはこの絵の価値がわかっていない。飾る場所に嵌めるためリパーパシングするとは考えられない冒涜だ』と激昂していたらしい。だから、所持していた一家は収容所に叩きこんでやったと笑っていたそうだ。ただ、その将校が絵を賛美する言葉には惹かれたようでね。一度、見てみたいとしきりに言っていたのさ。もう、じいさんは亡くなったから、見ることはなかったがね」


 リカルドは、クリムトの絵を見つめている。伝聞が合っていたか確かめているようだ。


「じいさんの代わりに見ることになるとはね」


 その口調には、故人を懐かしむような響きがあった。


 この話以外にも面白い話はたくさん聞けた。リカルドはなかなかの教養人でもあったようだ。


 そんな話に耳を傾けながらも桐嶋は考えていた。


『親父はすごい技量の持ち主だったんだな。こんな面倒な絵をよくもここまで作り上げたもんだ』


 ラファエロ作品の特徴は、非常に緻密で繊細な筆使いと絵具の厚塗りにある。


 ラファエロは点字製作用の尖筆を多用し、下絵の輪郭を線ではなくぎざぎざの引っかき傷のような筆致で描いている。この筆致が、画面に繊細さを与えるのだ。


 緻密さはいたるところにある。例えば、髪の毛だ。よく見ると質感と色味の違う線で、髪の毛一本一本を丁寧に描いている。


 この『若い男性の肖像』には、毛皮が描かれているが、この毛皮も髪の毛同様、いや、それ以上かもしれない繊細さで描かれている。画面を触ると、そこに実物があると錯覚しそうなくらいの質感があるのだ。


 最もやっかいなのが銀筆だ。


 銀筆は、見た目は鉛筆と似ているが、芯に鉛ではなく銀を含んでいるため、より繊細で美しい線が描けるのが特徴だ。ただし、繊細ゆえに筆圧の調整が非常に難しい。


 銀筆で描かれた線は、最初は淡い灰色だが、空気に触れることで酸化がすすみ、次第に黒く変化していく。この変化によって、時間経過とともに深みを増す、味わい深い表現が可能なのだ。つまり、退色の加減一つですべてが変わる。500年もの歳月を現代に蘇らせるため、桐嶋は神経をすり減らしながら作業をおこなった。


 そして、完了予定日の夕方、ようやく贋作の製作は完了した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「おい、リカルド。できたぞ」


 桐嶋はかなり疲労しているが、おくびにもださない。彼にとってはここからが本番だ。一つでも弱みを見せるわけにはいかない。


「ようやくか。出来は?」


「完璧さ。見てみろよ」


 リカルドは立ち上がり、修復された真作と桐嶋が完成させた贋作を見比べる。


 リカルドの本職はキュレーターだ。絵画を見る目には自信がある。その目で必死に粗探しをしても違いが見当たらなかった。


「素晴らしいな。見事だ。武夫の技に見劣りしない。これまでの実績は伊達ではないということか」


『これはもう一つの真作だ』と、リカルドは感嘆した。


 複製でもないし、贋作というのも違うと思わせる迫力がその絵画にはあった。


「これなら贋作料に1億払っても惜しくはない。次も頼むぞ。近い内に連絡する」


「次か、次なぁ」


 桐嶋は窓の外を見ている。そろそろ暗くなってきたようだ。


「どうした?」


「照明を消してもらっていいか?なあに、逃げはしないさ」


 言葉の真意がわからないリカルドは反射的に拒否しようとしたが、これだけの技を持つ桐嶋の機嫌を損なうことは得策ではないと考え了承した。


「ああ、これでいいか?」


 リカルドが照明の明かりを消すと、夕暮れの残滓が窓から伸びる。暗闇というわけではないが、完全に視認するのは困難な程度の暗さだ。


 桐嶋は二つの絵の場所の近くに移動し、予定していた行動を開始した。


「絵の場所は覚えているな?そこを見ていてくれ」


「ああ」


 リカルドの返答を待ってから、桐嶋は準備してきたライトをポケットから取り出し、スイッチを入れ、絵にライトを向けた。


「・・・おい!どういうことだこれは!この色はなんだ!」


 絵に降り注ぐ光は、現実離れした蛍光色のような淡い黄色を帯びていた。その光は、まるで別世界からこぼれ落ちてきたかのように、不思議な存在感を放っている。


 小さい範囲ではない。画面の至るところにその光は浮かび上がった。透かし模様のところが特に強い。


 片方だけではない。真作も贋作もほぼ同じ箇所が光っていた。


 激昂したであろうリカルドが、銃を向けたのがシルエットからもわかる。


「今すぐ説明しろ!返答によってはただじゃおかん!」


「ああ、説明するさ。そのためにここまで来たようなもんだ」


 桐嶋は動じもせずにソファに腰かけ、ライトを消した。


 リカルドは大声をだしているわけではない。抑制された響くような低音だ。


 驚いた時の大声は「恐れ」の発露だ。人によっては威圧の効果にならず、逆に侮られる結果を生む。桐嶋が、その類だと本能的に理解しているのかもしれない。


「油彩画の顔料には様々な材料が使われる。それは知っているだろうが、その中にはこんな効果をもたらす材料もあるということさ」


「・・・その材料はなんだ・・・」


「雲母だよ」


「雲母だと?ばかな、そのような色に光る雲母なぞ見たことも聞いたこともない!」


 桐嶋は手元のライトを手の中で転がしている。


「普通に流通している雲母は、光を反射してキラキラと光るが蛍光色には光らないさ。この絵に使われている他の雲母だってそうだ。しかし、特定の波長の光をあてると蛍光発光するのがこれだ」


 桐嶋は再びライトをあてた。リカルドがよく見ると、ライトから照射されている光は青紫色だった。


「ブラックライト」


「当たり。こいつは短波UVライトさ。通常の太陽光は長波。短波でなければ、この雲母は発光しない」


「いったいどこにそんな雲母が」


「日本の特定の地域でしか産出しない雲母なのさ。名を『銀雲』という。そして銀雲は、アウラ・ノクティスで約50年前から流通していた」


「なんだと!?」


 心底驚いたリカルドは、大声がでそうになったが無理やり抑え込んだ。桐嶋が語り始めた情報は危うい。他の人間に聞かせてはいけないと悟ったのだ。


「鷺沼だよ。おれのじいさんから『高品質の雲母』の話を聞き、販売元に出向き、仕入れて流通させた。その総量1.8t」


「1.8t!?」


「ああ、そうだ。もっとも50年に渡っての量だから、一度の流通ではそこまでの量ではない。ただ、アウラ・ノクティスから仕事をもらっていた修復家のほとんどは使ったことがあるだろうな」


「・・・だとすれば、修復や贋作製作に雲母が使われている絵画は・・・」


「そうさ。このライトをあてればすぐにわかる」


 桐嶋は再びライトを消した。暗い場所での光は、見るものに様々な心理的効果を与える。ライトの点滅によって、桐嶋はリカルドの不安を増幅させようとしていた。


「どれだけの数があるか検討もつかん・・・」


「だろうな。自分で『管理が甘い組織』と言っていたくらいだ。しかも、実際に作業に当たった修復家や、その絵に関係した画商は誰もいない。おまえらが全員殺してしまった。すべての絵を回収し短波の紫外線をあて確認する以外に方法はないが、そんなことは不可能だろう?」


「ああ、できるわけがない・・・」


 リカルドは、何かを決意したように銃を構え直し、桐嶋に狙いをつけた。


「このことを知っているのは、おまえさん一人か?」


「そんなわけがないだろう」


 桐嶋は立ち上がり両手を広げた。撃てるものなら撃ってみろという意思表示だ。


「おれが信頼する仲間たちは全員知っているさ。そして、おれが明日までに連絡をしなければ、この情報は全世界に向けて発信されることになる」


「SNSか?そんな不確かなものを全面的に信じる者が多数だとでも?」


「違うな。アメリカ政府の公式発表として注意喚起されるのさ」


「アメリカだと!?」


 もう何度目の驚愕かわからない。リカルドはめまいがしてきた。


「ああ、そうだ。アメリカの公式発表を疑う人間はあまりいないだろうな。世界中の秘密主義で強欲な富裕層があたふたする姿は見物だな」


「アメリカ政府が一般人の言葉を信用して公式発表するわけがない!」


「別に、おれ個人の言葉がそのままいくわけじゃないさ。この情報はモニュメンツ・メン財団からアメリカ政府への情報提供という形で渡される。モニュメンツ・メン財団は、勲章を2つももらうほどの組織だ。政府だって無下にはできない。しかも、大統領補佐官はこちらの味方だ。口添えくらいはしてくれるさ」


「そんな・・・」


 この事実が、もし公表されれば世界中に混乱がおこるだけでなく、アウラ・ノクティスの存続問題にまで波及する可能性がある。売却した先から追求があるだけでなく、返金請求の嵐になる可能性も当然あり、その総額は天文学的金額になってもおかしくない。最悪、アウラ・ノクティスは消滅する。


「そこで取引だ、リカルド。この事実を公表されたくなければ、こちらの条件をのめ」


「条件だと?」


 銃をおろしたリカルドが力なく確認した。


「ああ。条件は2つ。1つ、おれたちに今後一切かかわるな。2つ、クリムトの絵はおれがもらう。以上だ」


「・・・それだけでいいのか?」


「ああ、それだけだ」


「正直、100億よこせとか、殺させろとか言われても拒否できる内容じゃない。その2つだけでいいなら願ったりかなったりだ。だが、いいのか?その判定方法を公表しないのであれば、これからも贋作を売り続けるぞ」


「別にかまわんさ。おれは正義の味方じゃない。ただ、安全と平穏がほしいだけだ。それにな、贋作はおまえたちのものだけじゃなく、古今東西いくらでもある。これに関しては騙される方も悪いと考えている口でね。贋作を買ったヤツの自業自得ってだけだろ」


 桐嶋の言葉に呆気にとられたリカルドだったが、すぐに心底楽しそうに笑った。額をおさえながら体全体で笑っている。


「桐嶋さん、おまえさん、本当におもしろいやつだな。組織に関係なく友人になってほしいくらいだ」


「はぁ!?願い下げだな。おまえみたいな物騒なやつはいらんわ」


「おいおい、おまえさんの周りは物騒なのしかいないと思うぞ?おれが善良に見えるくらいだ」


「・・・まぁ、否定はせんがな」


「それで?どうすればいい?おれは公表しないでください!お願いします!と頼み込むしかない状態だ。さきほどの条件はすべて飲むが・・・念書でも書けばいいのか?」


「おまえだけじゃなく、幹部一人一人から誓約書をもらおうか」


「幹部?全員?正気か!?」


 アウラ・ノクティスの幹部は世界中にちらばっている。数年に一度程度しか集合することがない。リカルドはその手間を考えて暗澹たる気持ちになった。


「面倒だが・・・仕方がない。わかった。それぞれが持つ紋章と封蝋付きで誓約書をだしてもらおう」


「そんなに安請け合いしていいのか?」


 幹部が何人いるかはわからないが、社会的にもそれなりの立場の人間ばかりだろう。自分の否になりそうなことを簡単に受けるとは桐嶋には思えなかった。しかし、一つの可能性にたどりつく。


「そうか、リカルド、そもそもおまえが幹部の一人か」


「ご明察。まあ、時間だけはくれ。すぐには無理だ」


「ああ、かまわん。そういうことなら、おまえのだけでも効力がありそうだしな」


「おれの誓約書は近日中に必ず。どこに送ればいい?」


「そうだな。焼き討ちしてくれたせいで当分の間は根無し草だが、店に郵便くらいは届くだろう。あ、そうだ。メール便で送ってくれ」


「わかった。そうしよう」


 腰の後ろに銃をしまったリカルドは、ソファにかけていたジャケットを持った。もう外は真っ暗だ。街灯の明かりが床を照らす。


「駄賃だ。ラファエロはどちらとももっていくがいいさ」


「・・・いいのか?」


 リカルドは桐嶋の真意を測りかねた。真作は世界的にも貴重な絵画だ。一部の好事家が秘匿していいものじゃない。てっきり『置いていけ』と言われると考えていたため、あまりにも意外な言葉に耳を疑った。


「かまわん。幸い、この絵が存在することはおれしか知らない。名画は秘密のままの方が名画足り得ることもあるさ。あ、クリムトはやらんぞ?」


「ご執心だな」


 桐嶋はクリムトの絵に手を置いた。金箔が月の光を反射し怪しく輝く。


「それはそうだ。祖父、健吾はこの絵のおかげで贋作を作ることを決意した。それが武夫に受け継がれたからこそ、桐嶋家の過去を知ることができた。おれにとってこの絵・・・いや、この傷痕は、さながら荊棘の冠なのかもしれない」


 傷痕は、ほぼ円形状につけられている。見ようによっては、イバラの冠に見えなくもない。


「La corona di spine di Cristo」(イタリア語で「キリストのイバラの冠」)


 リカルドはイタリア人の多くがそうであるようにカトリック教徒だ。桐嶋の言葉が腑に落ちた。


「なるほどな。ならば、さしずめその絵は『黄金の荊棘』ということか?」


「黄金の荊棘か・・・いいな、そのワード。この絵の銘にするか。『若い女の肖像』じゃあ味気ない」


 二人は自重した笑いをたなびかせた。


「なぁ・・・また、会えるか?」


「会いたくはないが、この世界にいれば、どこかでなにかの時に会うこともあろうさ」


「そうだな。では、その時まで、再見」


「Well...Take care」


 リカルドは部屋を出ると、仲間にすべてを説明したようだ。ほどなく、彼らは無言でラファエロの絵を運び出していった。屋外で車の音が聞こえる。


 桐嶋はスマートフォンを取り出し電源を入れた。充電はぎりぎり大丈夫だった。


「あ、藤堂。終わった。全部終わったよ・・・ああ、予定通りだ。大丈夫、傷一つない」


 桐嶋は電話しながら身支度を始めた。持ってきたケースに道具をおさめ、絵を保護材で包む。


「それでな、迎えにきてくれ・・・ん?場所?」


『あれ?そういえばここどこだ?』


 外に出て確認するが、まったく見覚えのない景色だった。


「わからん!探してくれ!頼む!」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



4日後。


 キャリーたち4人が乗ったと思われる、アメリカ行きの飛行機を羽田空港で桐嶋が見上げている。


「あれか?」


「ああ、だろうな」


 なにげなく相槌をうった桐嶋だったが、後ろを振り向くと藤堂がいた。


「こんなとこで油を売ってていいのかよ、参事官」


「部下が優秀だから少しくらい大丈夫さ」


 藤堂が桐嶋の隣に並んだ。


「それで?どうするんだ、おまえは?」


「どうとは」


「ウインストンさんのことだよ」


「ああ、彼女は歳の離れた妹さ。それ以上でも以下でもないさ」


「もう7年だろ?そろそろいいんじゃないのか?」


「まだ7年だ。おれにとって、ソフィアに成り替われる女性はいない。そんな簡単に割り切れるもんじゃあない。仮におまえがおれの立場だってそうだろが」


「・・・かもな」


「ほらな、人のことはいくらでも言えるもんだ」


「違いない」


 藤堂が苦笑する。桐嶋は両腕を挙げて大きく伸びをした。


「なんにせよ、ゆっくりしたいな。今回は事が多すぎた」


「まだまだいろいろありそうだしな」


「ああ、引きずりっぱなしだ」


「仕事は?」


「なにも変わらんさ。これまで通り細々とやっていくさ」


「それがいいか」


「まぁな」


 二人が帰ろうとした時、背後から声がかかる。


「兄様!私決めました!アメリカには帰りません!兄様の助手をします!」


 キャリーだ。背後には例の3人も控えている。


「はあ!?あれ??だって!飛行機!?」


「引き返しました!キャンセルです!」


「待て待て待て!なに言ってんだ!?財団は!?」


「やめます!もう決めたのです!」


 藤堂が笑いながら桐嶋の肩をたたく。


「あきらめろ。もう運命だと思っちまえ」


「他人事だと思いやがって・・・」


「ああ、他人事さ。これで楽しくなってきた」


 呆然とする桐嶋を置いて藤堂は歩き始めた。


「ウインストンさん!こいつのことは任せてもいいかい?」


「藤堂様!?・・・はい!任されました!」


 満面の笑みとはこのような表情のことを言うのだろう。


 この二人に、この先どのようなことが待ち受けているかはわからない。


 それでも藤堂は、可能な限り協力して見守っていこうと心の中で誓っていた。


 見上げると、青い空に舞う何条もの飛行機雲がたなびいている。藤堂の目には、プレゼントにかけるリボンのようにも見えた。



(黄金の荊棘 完)

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黄金の荊棘 - オウゴンノイバラ - 秋澄しえる @akizumiciel

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