大陸イチの変わり者姫
宮殿の尖塔から、たゆたうように流れる大河ウエンシンフーがのぞめ、さらにその先、地平のかなたには大国『李王国』との国境線を見える。
「李王国の力添えが必要なのだ、
「にしても、あのような姫と。よろしいのでしょうか、皇子。結婚は一生ものですよ。婿になるわけですから、あだやおろそかにはできません。毎日の挨拶をかかさず、時に愚痴を聞き、たとえ苛立っても笑ってごまかすしかない。まさに、牢獄、いえ、あの。そのような関係がずっと、それこそ、ずっとずっと続くわけです。そのお相手が、あの姫さまとは」
「絶望したくなるな」
「で、で、ですから、お相手は慎重に選ばれないと」
「風がすずやかだ」
いや、すずやかではないなと、
「
「しかし、まだ。まだ、絶壁に立っての選択の猶予はあります。たとえ、これが背水の陣であろうと、いえ、背水にするには、あまりに酷い」
うちに抱く大いなる野望など、誰も信じないだろう。この婚姻は道具でしかないと皇子は自らを鼓舞した。
道具……。
そのはずだ。
そのはずで。
たぶん、きっと、そうだとも。怖れることはない。そうした慰めにもならない意味のない言葉が、
婿さがしの相手である李皇国の
──
名前負けすること甚だしいのは、容姿だけではない。
身体つきは縦幅と横幅が、ほぼほぼ一致するという球かという体型らしく、その性格は狂い龍もかくやというほど凶暴と聞く。
「せめて、朱家のもの静かな淑女、円珠公主さまとか、美貌の誉れ高い西域国の第二群主さまとか。ほかにも、候補はありましたのに。まさか、あの、豚、いえ、口が滑りました。変わり者として有名な行き遅れの、あの、あの李皇国の姫を選ぶなど……」
「よいのだ、
「そうです。その、ただです。あの方は、あまりのご評判ですから。先ほど受け取りました姿絵。こ、これをご覧ください」
そこには凶悪な竜が、大口を開けてにやりと笑う顔が描かれていた。
ご丁寧に、口から牙が飛び出し、さらに、胴体部分は、ぶっくりと縦横均等にふくらんでいる。まさに噂通りの体型なのだろう。
「なかなかに、面白い方のようだ」
「笑っている場合ですか。皇子」
「虚栄心のない人でもあるようだ」
「なさすぎです」
「まあ、いいではないか。この国は弱く、民も貧しい。そんな国が他国との攻防に勝つ、唯一の手ではあるのだ」
「あの、皇子さま。この姿絵からも想像いたしますに、あるいは婉曲的に断られているのかと」
「ほお、わたしに
「その根拠にあふれた強い自己肯定感。
さて、南王母(ナンワンムー)と呼ばれる大陸は、大きく五つの国からなっている。
大陸の南半分を統べる超大国『李皇国』。
その北側には、皇子が住む最弱国家である『北門皇家』があり。
北東に『朱家』。
北北東には『笙家』。
北西に『西域国』。
北北西に『英家』などが主だった国だ。他にも国とは名ばかりの領国も多い。
それぞれの国の中で大国は、などと問うような見識のない者は嘲笑いの対象であり、問答無用の答えが戻ってくるだけだ。
「李皇国」
恵み豊かな南半分の土地を支配し、軍事力でも経済力でも、李皇国に勝る国などない。他の国はその北側でお零れを頂戴しているにすぎない。決して怒らしてはいけない巨大国家だ。
「あの国の帝は怖いものなしでございましょうな」
「絶大な権力をもつ
「それが、あの姫さま」
「そうだ、たとえ、豚だろうが、龍だろうが、あの行き遅れを
つまり、現実的な
「もし、仮に、お子さまがおできになったら、それは、その」
「大丈夫だ、わたしの顔だ。あの姫は実は賢いとは聞いておる。日頃から洞窟にこもって、奇妙な実験を繰り返すが、それが、なかなかに理がかなっているらしい。わたしの顔に姫の頭脳。良い子じゃないか」
「逆を考えないところが、さすがの清々しさ。しかし、まず、それには、大きな関門がございます」
「なんだ」
浩は、おごそかに頭を下げ声をひそめた。
「抱けますか?」
「初志貫徹! 貫いてみせる」
「悲壮なご覚悟、ご立派にございます」
浩の言葉に皮肉な目を向けた皇子は、この後の凄絶な戦いを前に武者震いした。
きっと、なんとかなる。
まるで根拠のない自信だけが、彼の強みである。
評判の悪い姫だからと侮っていたが、各国が精鋭を送り込んだとは、このときはまだ思いもよらなかった。
− 完 −
***************
こちらは 「カクヨムネクスト賞」応募作品です。一旦、ここで完結させてもらいます。すみません。
続きは、カクコン用の長編作品が完結してから書く予定です。
お待ちくださったら、とっても嬉しいです。
【短編】姫よ、わたしを選べ! 〜イケメン皇子たちがブサカワ姫の婿になろうと熾烈な戦いを繰り広げる、これは国の存亡をかけたサバイバル戦争だ!〜 雨 杜和(あめ とわ) @amelish
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