何とかして

もも

何とかして

 もっと大きいシャベルを持ってきたら良かった。全然掘れないじゃん。

 あー、マジでミスったなぁ。


 アタシは地面に放り出しているを見て、うんざりした。

 なんでもかんでもこっちに押し付けるのはお姉ちゃんのダメなところだ。


「ちゃーちゃん。お茶碗割っちゃったから、何とかして」

「ちゃーちゃん。お洋服に開いた穴、何とかして」

「ちゃーちゃん。消しゴムの角がなくなっちゃったの、何とかして」


 何とかして。


 そう言うと、お姉ちゃんのぽよんとした白い頬には、いつもゆるりと天然のピンク色が走る。


 アタシみたいにただぱっちりと大きいだけの品のない二重の目と違って、重そうな奥二重の目はとっても控えめで、アタシはその小さな黒目を自分の手の中に入れたくて仕方なくなるぐらい、お姉ちゃんのことが大好きだ。


 「何とかして」と言われると何とかしてあげたくなってしまう。

 二の腕も腰も太腿も、何もかも細くて薄いアタシは醜い。

 ぽっちゃりしていてだらしない身体をしたダメなお姉ちゃん、最高。


 だから。


 お姉ちゃんがアタシのことを全部の体重をかけて頼ってくれると、それだけで胸がぶわーっとアツくなる。

 皆が推し活でテンション上がるのと一緒だよ。

 アタシにとっての推しが、お姉ちゃんなだけ。

 

 アタシは再びシャベルを手に土を掘りながら、お姉ちゃんからの電話を思い出す。


「ちゃーちゃ、ん、また、ダメに、な、なっちゃったの、何とか、して」


 電話越しだったけど、吐くんじゃないかと思うぐらい泣いているのが分かる。

 ずびずび鳴っている鼻の音が、たまらなく可愛い。


 好きになったらとことんその人だけになっちゃって、愛情もお金も何もかもぜぇんぶ差し出しちゃうお姉ちゃんは、本当に簡単にポイッてされるんだよね。

 その度にいっぱい頭を撫でて、ぎゅってして、頬をすりすり合わせて慰めてあげるのはアタシの役目だ。


 ん?  

 違うな、役目じゃないや。

 やりたくてやってんだもんね。

 仕事じゃないし。

 お姉ちゃんをヨシヨシするのがいくらになるかなんて、考えたことないもん。


 アタシのしたことでお姉ちゃんが喜んでくれるなら、何でもしてあげたい。

 ダメなところもひっくるめて、全部全部愛しい。

 

 だから、アタシはお姉ちゃんの「何とかして」を断ったことなんて一回もない。

  

 もちろん、今回も何とかしたよ。

 

 お姉ちゃんの元カレ、お金チラつかせたら簡単に来てくれるんだもん、超チョロかった。

 お姉ちゃんよりアタシの方がスタイル良くて美人とか何とか言ってたけど、目、腐ってんじゃないの。あ、でもそのお陰でアタシはお姉ちゃんに頼って貰えて、お姉ちゃんのことを心行くまで抱き締められるんだから、別にいいのか。腐っててくれて、ありがと。

 

 じゃくじゃくと地面に穴を掘り続けてるけど、もう何時間経ったんだろ。

 アタシはスーパーの袋に入ったを持ち上げる。


 毎回思うけど、ヒトの頭って無駄に重いなぁ。

 脳みそなんかほとんど使ってない癖に。


 掘った穴に袋を投げ込む。

 うん、まぁこんなもんか。

 腕の長さぐらい掘ったし、イケるっしょ。

 

 アタシは掘り出した土を穴に戻し、右足で上から踏み付ける。

 コイツの前の男は、あっちのクヌギの木の下に埋めた。

 その前の男は、こっちのツバキの木の下に。

 その前の前の男は、そっちのカシの木の下に。

 それより前の男は……どこだっけ。

 ていうか、お姉ちゃんが男に捨てられた時にアタシにお願いする「何とかして」に対するアンサーは、これで合ってんのかな。 

 

 ……ま、どうでもいいや。

 

 さっき埋めた男の記憶と一緒に、身体についた土をぱんぱんと払い落とす。

 

 早くお姉ちゃんに会いたいな。

 

 そうだ、お姉ちゃんの好きなあの店のミルフィーユを買わなくちゃ。気分が沈んでる時にはスイートな気持ちになれるモノをいっぱい食べるのが一番だもん。苦いモノや辛いモノはいらない。柔らかいお姉ちゃんの中には、甘いモノだけあればいい。

 お姉ちゃんの心も身体も痛くするヤツは、これからもアタシがこっそりやっつけるから、今日は安心して眠ってくれたらいいな。


 そう思ったら、胸の辺りがぽわぽわと温かくなった。

 お姉ちゃん、待ってて。

 いっぱいぎゅうってしてあげるからね。

 

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