第17話 アメリア
床から虹色がせり上がってくる。
お絵かきをしていた子供達が、怯えて騒ぎだす。
「大丈夫!聖女様の結界です!」
年配の職員が子供らを落ち着かせようと言った。
(ブロッサム様の結界?
こんなに大きいの!?)
ブロッサムと自分の格の違いを見せつけられた気になるアメリアだったが、子供達の前だという事を思い出す。
「そうですよ。
聖女様が治癒を行っているのです。
何も心配しなくて大丈夫。」
なるべく優しく自信に満ちた声で話しかけ、アメリアは微笑んだ。
結界にすっぽり包まれてしまうと、危険が無いことが分かった子供達がはしゃぎだした。
「あったか~い。」
「お風呂みたいだねー。」
「日向ぼっこ〜。」
「きれーい。」
キャッキャッとはしゃぐ子供達を見ていると、アメリアは心が満たされていくのを感じた。
卒業が近づいて教師に進路について訊かれた時、真っ先に孤児院が思いついた。
弟妹の世話をしていて子供には慣れていたし、聖女見習いとして教会のボランティアに来た時も孤児院が一番楽しかった。
自分は子供が好きなんだ、と改めて思う。
(いいじゃない、結界が張れなくても。
子供達の役にたっていれば、私は幸せだわ。)
胸につかえていたものが、すうっと消えてゆく。
結界の中は様々な色の光が舞っていて、夢のようだった。
(万華鏡みたい。こんな結界初めて見た。)
治癒が終わったらしい。
結界がゆっくり薄れて消えてゆく。
「アメリア先生、なんか光ってる!」
子供の一人がアメリアを指差す。
「え?」
「アメリア先生、ちょっとこちらへ!
みんなは、お絵かきを続けていなさい。」
先輩の女性職員が、アメリアを部屋から連れ出す。
「アメリアさん、それは結界ではないですか?」
「え?」
廊下の鏡にうっすらとだがアメリアを包む光の球が写っていた。
女性職員は、司祭の所にアメリアを連れて行った。
「おおお、皆を一度に!!」
「こりゃすげぇ!」
「世界一の治癒術師じゃないか!?」
「古傷が痛みが消えた!?」
多目的ホールでは、治癒を受けた者達が口々にブロッサムを褒め称えていた。
(こんなに頑張ったら、相当お疲れなのでは……?)
カイは心配になって、そっとブロッサムの様子をうかがう。
ブロッサムは、顔に微笑みを貼り付かせて真っ直ぐ前方の一点を見つめていた。
(これは、以前公爵家のパーティーで高熱を出した時と同じ顔!!)
「ブロッサム様、お疲れでしょう。
あちらでお休みに……」
カイが声をかけるとほぼ同時に、ブロッサムの体がぐらりと揺れた。
とっさに抱きとめた為、頭を打つ事は無かった。
「部屋に案内して下さい。休ませます。」
気を失ったブロッサムをお姫様抱っこで運ぶカイに、若い女性達がときめいていた。
だがブロッサムは全く知らずに、屋敷に帰る夢を見ていた。
(うふふ、今日のお布団もフッカフカですわ。
ポチも一緒に寝ましょう。
温かいですわー。)
「こっちだ。」
医者が慌てて案内し、アクアがついていく。
「本当に体調を崩してしまうのね。」
グレイスの言葉に、この教会の司祭も頷く。
「治癒に集中し過ぎて毎回力を使い果たすタイプなのかもしれませんな。
加減を覚えれば良いのですが……」
「……マーガレットがランク超えした事はご存知?」
「Aランクになったお方ですね。」
「彼女ね。
なるべく大きくな結界を、長い時間展開できるように練習していたんですって。
毎日よ。」
「……ほほう、努力家ですな。」
「ブロッサムの力は稀有なものです。
伸ばせば、人類全体に有益となるでしょう。」
グレイスの迫力のある笑顔に、司祭は身震いする。
「ブロッサム様にとって過度なご負担にならなければ良いのですが……」
「大丈夫、ちゃんと加減しますよ。
ちゃんとね。」
(ブロッサム様に女神様の御加護がありますように……)
思わず女神に祈ってしまう司祭だった。
グレイスの周囲には優秀な人物が多い。
そういう人物を好んで周囲に置くだけでなく、彼女が厳しく指導したからでもある事を司祭は知っていた。
グレイスは、帰る前にブロッサムが寝ている部屋に突然訪ねてきた。
普通は『先触れ』といって、侍女が先に来て訪問を知らせるのだが本人がいきなり来た。
アクアが、慌てて部屋に入れる。
部屋と言っても、貴族の部屋は寝室の前にソファやテーブルのあるリビングのような場所がセットなのでそこまでなのだが。
「申しわけありません、グレイス様。
ブロッサム様はまだお目覚めになっておりません。」
断るアクアとカイに、グレイスは意外な事を申し出た。
「ブロッサムに治癒を施したいのだけど、そちらに入れてもらえるかしら?」
「治癒を?」
世界最高峰の治癒を受けられるとなれば断る理由は無い。
アクアは、グレイスを寝室に入れる。
グレイスはブロッサムの眠るベッドに近寄ると、祈りを捧げた。
「女神の祝福を。」
明るい緑色をした結界が現れグレイスとブロッサムを包む。
青かった顔色が、少しずつ良くなっていく。
「大変素晴らしかった、と伝えてもらえるかしら?」
そう言うと、グレイスは部屋を出て行った。
その頃、アメリアは司祭の前に連れて行かれていた。
先輩女性職員が、アメリアの結界について話している。
「今は結界を展開できるかね?」
「いいえ、今はできません。
さっきの結界もすぐに消えてしまいました。」
アメリアがおずおずと司祭に話しかける。
「……あの、私は任務に就く事になるのでしょうか?」
「うん?
まだアメリアの結界は、小さく弱いから任務に就くとしても随分先になると思うが。」
明らかにホッとするアメリアに司祭は、訊いた。
「もしや、任務に行くのが怖いのかね。」
「え?」
「結構、多いのだよ。
誰だって、危険な所には行きたくない。」
アメリアは、ふるふると首を振った。
「そうではないのです。
私は孤児院の仕事にやりがいを感じています。
できることならば、ずっとこの仕事を続けたいのです。
……聖女に生まれておいて、わがままだと思いますか?」
今度は司祭が首を振った。
「いいや。
低ランク聖女が、普段別の仕事をすることは珍しくない。
そういう理由ならば、考慮されてこの地域に赴任できると思う。
だから安心して神聖力を高めるといい。
もしもの時に、子供達を守るのは君だよ。」
「はい!」
アメリアは、最高の笑顔で返事をした。
落ちこぼれ聖女の治癒修行!!一人前目指して頑張ります!! むろむ @muromu-k
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