第16話 百人の患者

「ブロッサム、ごめん!!」


「はい?」


 西地区で一番大きな教会が今回の会場だ。

 だが、着くなり医者に謝られた。


「今回の人数、かなり増えちゃって……

前回、紹介人数は一人につき一人に変更したんだけど、患者さん達ちゃんと聞いていなかったみたいなんだ。

その……七十人来てる。」


「もしかして説明したのは治癒後ですか?」


「そうなんだ。皆、興奮状態で聞こえていなかったみたいで……」


 治癒後は皆、泣いたり、ガッツポーズしたり、笑いだしたり大騒ぎになった。

 あの時ならば仕方ない、とブロッサムは気持ちを落ち着けようとする。

 

(まだ七十人ですもの、大丈夫、大丈夫。)


「では、今回は治癒前に説明なさって下さいませ。」


「そうするよ。

あー、ところでブロッサム……君、グレイス様とはお知り合いかい?」


「グレイス様?」


 聞き覚えの無い名前にブロッサムはコテンと首を傾げた。


「王族で唯一の治癒術師のお方だ。

先日治癒を見学したいと連絡があってね。

先ほど、君の同級生のソフィア嬢といらしたから客室でお待ちいただいている。」


 アクアが、あっと声をあげた。


「ブロッサム様、マーガレット様の……」


(……忘れてましたわ。)


「グレイス様とは面識はありませんが、甥御様の御婚約者とは知り合いです。」


「マーガレット様か、納得した。

ご挨拶に行こう。」


 グレイス様はソフィアを話し相手にお茶を飲んでいた。


「お初にお目にかかります。

ブロッサムと申します。」


 前世のカーテシーに似た礼をすると、グレイスは立ち上がって近づいて来た。


「まあまあまあ、あなたがブロッサム?」


 満面の笑みでしげしげとブロッサムを見る。

 コパーブラウンというのか、艶々の髪とキラキラした瞳が印象的な貴婦人だ。

 

「ソフィアやマーガレットが言う通り、可愛らしい方ね!」


「そうでしょう!?

あたくしの友人ですもの!!」


(だから、何故ソフィアが自慢げなのかしら?) 


「あなたの事を聞いて、会わなくてはいけないと思ったの。

わたくしには治せない患者も一瞬で治したのだもの。

だから、担当していたGランクの患者を連れてきたのよ。」 


「はい?」


「わたくしの治癒では、一時間しか効果がないもの。

すぐに神聖力が消えてしまうのよ。

どうかよろしくね。」


「……ブロッサム、三十人来ているんだ。

今日じゃなくてもいいから、治癒してやってくれ。」


「は……」


(はいぃぃぃー!?)


 口に出かけた叫びをかろうじて飲み込んで、ブロッサムは冷静なふりを保った。


(どういう事ですの!聞いてませんことよ!)


 視線で問うも、医者は目を逸らした。


「ブロッサムは治癒のたびに体調を崩してしまうのでしょう?

だからわたくしが連れて来た患者は、明日でも良いのよ。

教会には泊まれるように話してあるわ。」


(泊まれるって誰が?

患者と、もしかしてわたくしも?)


 ブロッサムは、遠出のたびに体調を崩していた。

 なので、育った屋敷以外で夜を過ごした事がほとんど無い。

 数少ない外泊経験は学校行事。

 到着前からのひどい目眩でホテルでの療養を余儀なくされ、あちこち見学に行く他の生徒と別れて休んでいた、それくらいだ。

 そのせいだろう、外泊にひどく抵抗がある。

 インドア派だった前世の影響もあるかもしれない。


(嫌ですわ。

わたくしは今日も自分の部屋に帰って、慣れ親しんだベッドで寝るのですわ。)


 今頃、屋敷ではメイド達がブロッサムの為にシーツや寝間着を洗い、部屋を掃除してくれているはずだ。

 彼女達に感謝しつつ、ふかふかのベッドに身を沈ませる瞬間が、ブロッサムは何よりも好きだった。


(アイラブ自宅、ノーモア外泊ですわ!!)


「できるだけの事を致しますわ。

全員、会場へ連れてきて下さいまし。」


 ブロッサムの胸に決意の炎が灯る。


(全員、今日治しますわ!!)


 ブロッサムは、キッと顔を上げ会場へ向かった。

 そして患者達に話しかけた。


「治癒の効果が最大限になるように、わたくしに近づいて下さいませ。」


 部屋の中央に立つブロッサムに患者達が寄っていく。


(百人。

前世で通っていた小学校の生徒数と、だいたい同じ数。

大丈夫、できますわ。)


 何が大丈夫なのか?

 理屈はわからないが、ブロッサムはやる気に満ちていた。


「いきますわ。」


 ブロッサムが祈ると結界が展開した。

 虹色の球が広がっていく。


(全員治す、家に帰る!)


 三十メートル……五十メートル……

 どんどん大きくなって七十メートルになった。


 さて、この世界の教会はたいてい病院と孤児院がセットである。

 この教会の場合、一階から三階までに礼拝所と病院、四階からは孤児院と職員の居住スペースとなっていた。

 ブロッサムが居るのは四階、会議から子供らの誕生パーティーまで多目的に使う部屋だった。

 その孤児院の職員に聖女がいた。

 名前はアメリア、今年学校を卒業した十八歳。

 彼女は神聖力が弱く、まだ一度も結界を張ったことが無い。

 平民生まれGランクには、一定数そういう人がいた。

 彼らは任務に就けないので、教会関連の仕事をする事が多い。

 

(ブロッサム様の結界か、見たかったな。

でも当番だから仕方ないよね。)


 同じ結界を張った事の無い聖女、勝手に親近感を抱いていた。

 そのブロッサムが結界を使えるようになっただけでも嬉しいのに、アメリアの職場に来て治癒を行うという。

 アメリアは朝からソワソワしていた。

 せめて一目だけでも姿を見れないものかと。


「わあっ!なんだあれ!」


 床から現れた虹色に子供達が、騒ぎ出した。

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