誘う神社

星野 ラベンダー

誘う神社

 小学五年生の夏休みが始まって、しばらく経った頃。8月に入ってすぐのことです。


 朝ご飯を食べた僕は、今日一日をどう過ごすかまだ予定を立てておらず、何をしようか悩んでいました。

 お母さんは、まだほとんど手をつけていない夏休みの宿題を指さして、これをやる日にしちゃいなさいと言いましたが、僕は聞く耳らしい耳を持っていませんでした。


 その後、お母さんの言うとおりにすれば良かったと何度も考える羽目になるとは、思ってもいなかったのです。

そこへ、友達のC君が訪ねてきました。C君とは一年生のときからずっと一緒のクラスで、学校の友達の中で一番の仲良しでした。


 C君は、プールに遊びに行こうと誘ってきました。僕は少し迷いました。市営プールには夏休みに入ってから既に何度も行っていて、わざわざ遊びに行くほどの目新しさが、もうないだろうと思ったからです。


 するとC君は「だから、自転車に乗っていこうぜ!」と言いました。


「プールにはバスに乗って行くだろ? でも今日は普段バスを使う場所へ、自転車に乗って行くんだ! きっと大冒険になるぞ! というかもうそのつもりで、自転車に乗って来たし!」


 おお、と僕は途端に興味が湧きました。バスでもそれなりにかかる場所へ、自転車に乗って更に時間をかけて行く。大変じゃないかと思うよりも、何が起こるかわからずなんだか楽しそう、という好奇心が上回りました。


「どうする? 行くか?」

「行く行く! 面白そう!」


 僕は早速支度を始めました。プールバッグを持って、水筒にたくさん水と氷を入れて、あと道中長いだろうから腹ごしらえ用のおやつも……と色々リュックサックに詰めていたときです。


 田舎から泊まりに来ていたおばあちゃんが、「どこかへ行くのですか?」と話しかけてきました。僕は不思議に思いました。声の響きが、焦っているようでもあり、咎めているようにも聞こえたからです。

 いつも穏やかに笑っているおばあちゃんは、やけに真面目な顔になって言いました。


「今日はなんだか……とっても嫌な感じがする。家で静かに過ごしていたほうがいいでしょう。C君にも、そう伝えなさい」


 僕は嫌な感じって何、とおばあちゃんに聞きましたが、祖母は「とにかく、嫌な感覚なんですよ。胸騒ぎと言うべきか……」と、上手く答えられていませんでした。


 お父さんいわく、おばあちゃんは昔から「今日は嫌な感じがするから出かけない」と言い出すことが度々あったそうです。ただその嫌な感じとは具体的にどういうもので、何が起こりそうなのかは、おばあちゃんでも説明できないそうです。


 おばあちゃんは、「縁起」だとか「ゲン担ぎ」などをとても大事にしています。靴を履くときは必ず右足から履くだとか、不吉な言葉は口にしないとか、部屋に盛り塩を置くとか。そんなおばあちゃんのことを、僕は日頃から考えすぎる人って嫌だなあと呆れていました。だからおばあちゃんの言う「胸騒ぎ」も、実はなんでもないことを考えすぎてしまっているのでしょう。


 僕はC君と遊ぶことに脳のスイッチが切り替わっていたので、引き止めてくるおばあちゃんを無視して、出かけることを決めました。


「どうしても行くのですか? だったらせめて、これを持ってお行き」


 おばあちゃんが僕に持たせたのは、古びて色の褪せたお守りでした。更に「C君の分も」ともう一つ同じものを渡されました。


 さすがに鬱陶しくなってきた僕は、いらないと言い張りました。するとお母さんがやって来て、おばあちゃんに迷惑をかけるんじゃない、と叱ってきました。

 このままだと遊びに行くのを止められてしまいそうです。僕は渋々、お守りを首からかけました。

 やっと出かけられると思ったとき、おばあちゃんは僕の名前を呼んで、じっと見つめてきました。


「絶対に、絶対にお守りを外すんじゃありませんよ。無事にお家に帰ってきたかったら……。今日は本当に、嫌な感じがするんです。こんなに息苦しいのは初めてよ……」


 僕は適当に返事をして、さっさと歩き去りました。

 玄関先で待っていたC君は、「遅かったな?」と首を傾げました。お守りのことを話すと、「あー、じいちゃんやばあちゃんって謎に口うるさかったりするよな!」と何度も頷きました。


「一応C君の分も、ってお守り渡されたんだけど……」 

「いらないよ、そんな格好悪いもの! それより、早く行こうぜ!」


 こうして、僕達二人は自転車に乗って、プールへと出発しました。


 真夏の太陽がアスファルトを照りつけていて、凄く眩しく、日差しは焦げ付くような暑さでした。雲は遠くに見える入道雲くらいしかなく、太陽光が容赦なく降り注いできます。蝉の声はどこに行っても鳴き止むことなく、耳がおかしくなりそうなまでの大合唱を聞かせてきました。


 たまに吹く風も、じっとりした暑さを含んでいて、余計に汗を噴き出させました。帽子に熱が籠もっていくのも、汗で服がのり付けされたように張り付いてくるのも、正直言って不快でした。


 でも、暑いのは本当に大変でしたが、バスで通り過ぎるだけだった場所を自転車で細かな景色を見ながら通り過ぎていくのは、わくわくして面白かったのです。寄り道し放題というだけで、冒険に来た甲斐があったと思いました。休憩を挟みつつ、僕はC君と色んなことを話しながら、自転車を漕ぎ続けました。僕達はすっかりこの時間を楽しんでいました。


「あれ。ここってどっちに行けばいいんだっけ?」


 やがて、丁字路に差し掛かりました。右と左、どっちに行けばいいかわからず、僕はC君に聞きました。

 C君は荷物から地図を取り出しましたが、五秒とかからずにしまうと、「こっちだな!」と左を指さしました。


「ちゃんと確認したほうがいいんじゃない?」

「オレの勘がこっちって言ってるから!」


 C君は左に自転車を向けました。僕は不安になりましたが、もし道が違っていたらすぐに引き返せばいいですし、結局ついて行きました。


「なんか……静かな道だね」


 自動車一台通ってしまうと完全に塞がってしまいそうな幅のその道は、両側に背の高い灰色のブロック塀がずっと続く一本道でした。気温が上がってきているからか、通りに人は一人もいません。


 最初、塀の向こうには家の屋根が覗いていましたが、少し進むうちにいつの間にか消えていて、代わりに森になっていました。深緑色の木々が高い密度で生い茂っていました。

 塀より背の高い木々がアスファルト道路に影を作っているため、あまり暑くはありませんでした。ただ全然風が吹かないため、湿度が高く、過ごしやすいとは言えませんでした。


 道の向こうは常に陽炎ができていて、ゆらゆら曖昧に風景が揺れていました。


 全く景色が変わらないまま、道はどこまで行っても途切れることはありません。この道は本当にプールに繋がっているのか、と疑問が浮かび始めます。


 そのうち喉が渇いてきました。どこかで自転車を停めて水分補給をしよう。そう思い始めたときです。


「あれ?」


 C君が前方を指さしました。

 見ると、左側のずっと続いていた塀が途中で途切れており、そこに古びた赤色の鳥居が建っていました。

 鳥居の向こうには石でできた階段が続いていました。かなり長い階段のようで、下から見上げても、神社の姿が見えませんでした。


「せっかくだし、ここで休憩していくか。涼しそうだし!」


 確かに神社の周りは鬱蒼とした森で覆われていて、日陰がたくさんありそうです。

 C君が自転車を停め、石段を登り始めました。僕もその後を追ったとき、鳥居の外側から内側に向けて、ざあっと風が吹きました。


 長い階段を上りきったとき、僕ははあっと息を吐き出して、顔を上げました。直後、そこにあったものを見て、思わずびくっと体が震えました。


 向かい合わせで置かれている狛犬が、二つどちらとも、首から上がなかったのです。


 ぽたりと汗が顔を伝いました。少しだけ不気味な感覚を抱きながら、辺りを見回しました。


 神社は、人の気配が全くしませんでした。

 参道であるはずの石畳の石は、所々剥がれて、地面の土が剥き出しになっていました。参道の向こうに佇む本殿はぼろぼろで、瓦屋根の瓦が所々落ちており、入り口にかかるしめ縄も外れかかっていて、しめ縄から垂れ下がるジグザグの白い紙もほとんど千切れていました。障子のような、木の格子のついた扉は、立て付けが悪いのか、片手を広げたくらいの幅で空いていました。


 神社の周りは、まるで外の世界からこの場所を覆い隠すように、見上げるほど背の高い木々に囲まれています。それらが太陽の光を遮っているためか、敷地内はどこか暗く、寂れた雰囲気を更に強めていました。


 やたら静かだと思ったら、蝉の鳴き声がないことに気づきました。周りは全部森だというのに、ジージーも、ミンミンも、ジャワジャワも、一つも聞こえてこないのです。


 真夏とは思えないほど、全く暑くない場所でした。C君は「涼しいなー!」とご機嫌でした。しかし僕は、涼しいというよりも、むしろ肌寒く感じていました。


 夏なのに、寒いと感じるだなんて。僕は二の腕をさすりながら、その場に立ち尽くしていました。なんとなく、前に進むことを躊躇したのです。


「C君、なんだかここ、変な感じがしない?」

「え、そう?」


 C君はけろっとしていました。辺りを見渡しながらずんずん進んでいきます。


「なんだよ~、もしかして怖いのか? 確かに誰もいない神社だけど」

「そ、そんなんじゃないよ!」


 仕方なく僕も、きょろきょろ見回しながら、ゆっくり足を進めていきました。


 と。ぽちゃん、と小さな音がしました。見ると、近くに屋根が一部なくなっている手水舎(ちようずや)がありました。覗き込んでみると、そこにはとても深くて暗い穴が続いていました。目を凝らすと、ずっと下のほうに水が溜まっているのが見えました。


 と、ここで僕は首を傾げました。この水があるところって、こんなに深いものだっけ、と。


 穴は物凄く深くて、井戸のようです。真っ暗で、水じゃなくて闇を溜めているようです。ひゅーひゅー、下のほうで風が渦巻く音が聞こえてきました。穴から吹く風はとても冷たくて、けれども呑気に涼む気持ちになれないような、人を寄せ付けない寒さがありました。


 ぽちゃん。ぽちゃん。水の滴り落ちる音がします。


 その瞬間のことでした。突然、体の右半分の肌が急に粟立ちました。


 僕は確かに、強烈な視線を感じました。うぞうぞしたものが這ってきて、絡め取られるような感覚。大きくて、重くて、冷たいものに抱え込まれて、閉じ込められるような感覚。ここまで強い誰かに見られているという感覚を、僕は今まで経験したことがありません。


 僕はゆっくりと振り向きました。その先にあったのは、本殿でした。本殿の、少しだけ開いた扉の向こうには、何があるのか影すらも掴めないほどの、とても濃い暗闇が広がっています。


 その瞬間のことです。すうっと、扉が開きました。立て付けの悪そうな古い扉が、音もなく、滑るように。


 ごとん、と闇の奥で、物音が聞こえました。


 闇の奥で、一瞬だけ、何かが光りました。


 それは、見間違いじゃなければ、「目」でした。人の頭よりも大きな「目」が、瞳孔を開いて、こちらを見ていたのです。


 あ、あ、とがたがたに崩れた声が口から出ます。


 「どうしたんだ?」とC君が話しかけてきました。


 あ、あ、あそこ。だれか、いる。


 僕はC君を見ました。目が乾いているのは、瞬きもできなくなっているからです。呂律の回らない舌で、絞るように言いました。


「あそこ?」


 C君は神社を見ると、首を傾げました。「何もないけど」


「ち、違う。ぜったい、だれか、いる。扉、急に、すって開いて、それで」

「気のせいじゃないか?」


 絶対に違います。僕は何度も首を振りまし。確かにこの目で見たのです。


 最初に開かれたときより大きく開かれた扉。その奥の闇は、より暗く、重くなっているように見えました。風が地面を這うように吹きます。風の行き先は、神社でした。


 するとC君が、神社をじいっと見つめました。


「でも確かにオレも、あそこから何か感じてるんだよな。凄く気になるっていうか……。もしかしたら宝物とかあるのかも! ちょっと入ってみようぜ!」


 それがあると信じて疑わないきらきらした眼差しで、C君は走り出しました。待ってと言っても聞かず、C君は扉の隙間に身を滑り込ませました。


 すぐに後を追えなかったのは、僕の膝が両方とも震えて、使い物にならなくなっていたからです。


 取り残された形になりましたが、すぐ戻ってくるだろうとも思っていました。神社は小さく、見るところなどほとんどなさそうでしたから。


 でも。何分経っても、C君は戻ってきませんでした。


「C君?」


 僕は何度もC君を呼びました。そんなに面白いものを見つけたのでしょうか。それにしても、物音一つ聞こえてこないなんてあるのでしょうか。呼びかけの返事も、当然ありませんでした。


「C君! 早く、早くプール行こうってば!」


 がらん。屋根から瓦が、一つ落ちました。ひゅうう、と風が吹きました。ざわざわざわ、と木が一斉に音を立てました。

 冷たい風でした。胃の奥底へ、飲み込んではいけない氷を飲み込んだような、凄く凄く嫌な冷たさでした。


「ちょっと、本当に何してるんだよ!」


 ひゅー。ざわざわ。びゅー。ざわざわ。木の葉が擦れ続けます。誰も返事をしない僕の声は、全部その音に吸い込まれていっているみたいでした。木々は狂ったようにざわめいています。


 ざわざわ。くすくす。ざわざわ。あはは。


 え、と僕は、周りを見回しました。


 今、風の音とも木の音とも違う音が聞こえました。間違いなく、笑い声でした。


 思わず漏れたような忍び笑い。お腹を押さえて転がっているような大きな笑い。高笑い。


 上から。下から。右から。左から。子供なのか、大人なのか。男性なのか、女性なのか。低くて高い笑い声が、僕の周りを取り囲んでいるのです。


 色々な笑い声が、どんどんどんどん、近づいているのです。


 あまりの大声に、脳味噌ががんがんしました。耳が、なくなってしまいそうでした。


 くすくす。あははははは。きゃっきゃっ。げらげら。ふふふ。くすくすくす。

 


 こっちにおいで。



「うわあああああっっっっ!!!!!」


 耳のすぐ隣で囁かれたと同時に、僕は一気に走り出しました。前のめりになりながら、ほとんど転がり落ちるように階段を駆け下りようとしました。が。

 ずるりと足を踏み外し。体がよろめき。視界が回転し。そのまま落ちていきます。


 僕の記憶は、ここで途切れました。




「おい君! 君、大丈夫か!!」


 目を覚ますと、知らない大人が血相を変えて、僕の体を揺さぶっていました。


 僕はいつの間にか、道端で倒れていました。通りかかった人が熱中症で倒れていると思ったようで、その人が呼んだ救急車に乗せられて、僕は病院に運ばれました。


 その結果ですが、僕は熱中症でもなんでもありませんでした。しかし、「良かった」と言える状況ではありませんでした。


 C君が、行方不明になっていたからです。


 僕は警察など大人の人達に、寄り道した神社でC君がいなくなったことを言いました。


 大人達は神社に不審者がいて、C君はそいつに誘拐されたのだろうと推測し、捜査を始めました。


 しかし、すぐに行き詰まることになるのです。大人は言いました。丁字路を左に曲がった先にある神社に立ち寄ったという話だったが。君の言った場所に、そもそも丁字路なんてなかった、と。曲がり角はあるが、右にしか曲がれない道だった、と。


 あの神社で起きた不可解なこと。僕はたくさんの大人に、必死になって伝えました。


 けれど大人達は、僕がひどいショック状態になっているのだと決めつけて、まともに話を聞いてくれませんでした。話を信じたのは、おばあちゃん一人だけでした。


「きっと、神社の形をした“何か”が、二人を誘い寄せたんでしょう。……あなたのせいじゃないわ」


 祖母はぽつりと言いました。僕が俯いていると、優しく背中を撫でてきました。


「この世とこの世じゃない世界は隣同士でね。その境界線はとても曖昧なんです。昔から別の世界が近づいているときは、必ず嫌な感じがしていた……。そういうときは、何が起こってもおかしくない。仕方のないことだったのですよ」

「おばあちゃん……」

「なんですか?」

「お守り、ありがとう」


 僕は、祖母のくれたお守りを取り出しました。祖母のくれたお守りは、真ん中から下が破れて、なくなっていました。僕が神社を飛び出して道に倒れていた頃にはもう、この状態になっていました。




 祖母はああ言いましたが、僕はどうしても割り切ることができませんでした。僕がプールに行かずに宿題をしていれば、C君は“何か”に攫われることはなかったのですから。


 退院した後、僕は祖母に頼んで、またお守りを貰いました。祖母は良いことだよ、と言いました。


「実は……まだ嫌な感覚が消えていません。しばらく身につけていたほうがいいでしょう」


 それを聞いて、僕はチャンスなのではないかと感じました。嫌な感覚、つまり“この世じゃない世界”が近いのなら、C君を取り戻すこともできるのでは? と。


 僕はしっかりお守りを首からかけると、あの丁字路があった場所へ、あの日と同じように自転車を漕いで向かいました。


 大人は言いました。あの道に丁字路なんてなかったと。しかし僕はどうしても信じることができませんでした。あの日起きたことは、決して夢ではありません。確かに僕は丁字路を曲がってC君と一緒に神社に入ったのです。


 しかし、僕達が確かに通った、丁字路のあった道には。左方向に繋がるはずの道には、建物の庭のブロック塀があって塞がれていて、道などありませんでした。僕は自転車から降りて、意味もなく塀を叩きました。当然、びくともしません。


「どうして……」


 呟いても、答えてくれる人など誰もいません。そんなはずはない、と僕は頭を振りました。丁字路があった場所はここではなかったのではないか、実は左に曲がったと思っていたけど右に曲がっていたのではないかと、色々なことが脳に浮かびました。


 けれども何も考えが纏まらなくて、右に繋がる道を見つめながら、呆然としていたときです。


 ふと、背中側から、ひゅうと風が吹きました。冷たい、風でした。僕は振り返りました。


「え」


 ガタンと自転車が倒れました。その音が、まるで鐘の音のように反響して聞こえました。


 道が、あったのです。行き止まりの壁など綺麗さっぱり消え失せていて。最初から道があったように、普通の顔をして。両端が塀に囲まれた、静かでどこか薄暗い道が、僕の前に、ずっと続いていたのです。


 その道の向こうから、走ってくる人影を見つけました。


「おーい!!」


 人影は、どうやら男の子のようです。僕と同い年くらいに見えます。その子は僕に向かって、元気よく手を振りながら近づいてきました。


 僕は目を見開いて、悲鳴かというほどの大声を出してしまいました。


「C君?!」

「よー! お前、大丈夫だったかー?!」


 C君は僕の前で足を止めると、はあはあと切らした息を整えました。

 僕は上から下まで、下から上までC君を見ました。間違いなく、間違いなくC君です。消えたあの日と全く同じ姿をしたC君でした。


「C君っ! C君こそ大丈夫だったの?! 無事だったの?!」

「ああ、なんとかな! 何が起こったかわからないけど、このとおり無事だ! 心配掛けてごめん!」

「本当だよ! 君の家族も凄い心配しているんだよ、早く帰ってあげないと!」


 良かった、と僕は頬の緩みを抑えることができませんでした。C君も無事に、あの神社から帰ってこられたのです。このお守りの力かなと、僕は首からかけたお守りを握りしめました。


「あれ、その格好悪いお守り、まだ身につけているのか?」


 C君が眉をひそめて言いました。


「あのねC君、お守りをバカにしちゃだめだよ。このお守りのおかげで僕は無事だったんだから。おばあちゃんには何回ありがとうって言っても全然」


 まさにそのときのことでした。


 突然として。体を支える背骨に、未だかつて感じたことのない感触が走っていきました。とっても冷たい、無数の小さな虫が這いずり回っているような感覚。


 体温が一気に下がります。手足の先が、痺れるように凍り付きます。頭が痛いです。締め付けられています。気持ち悪いです。今にも吐きそうです。全身が細かく震えて治まりません。


 体が、かつてない不快感を訴えています。心が、今すぐ逃げろと騒いでいます。


 これらの空気、感覚、気配は全て。目の前のC君から、流れてきていました。


「ねえ」


 僕は口を開きました。歯がかちかちと鳴ります。舌が乾ききっていて、動きがかくつきます。


「君」


 胸の内側が。ざわざわと、あの日聞いた風のように喧しくてしょうがないです。


 僕は、祖母の言う『嫌な予感』がどういうものなのか、今はっきりとわかりました。


「誰だ?」


 目の前の人間は、にっこりと歯を見せて言いました。


「なんでわかったの」

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