5-5
ぺちぺち、と頬を叩かれて起こされた。
「ナオくん、おはよう。ご飯だって」
身を起こすと、美波ちゃんがお盆に載ったおにぎりとペットボトルのお茶を持ってきてくれていた。美波ちゃんは言った。
「あの、済みません。こんなものしかなくて。それで、その」
兄が言った。
「まっ、僕たちをこの部屋から出すなって言われてるんでしょう? いいよ。それ、美波ちゃんの手作り?」
「はい……」
「手作りのおにぎりなんて何年ぶりかなぁ。ありがとうね」
おにぎりは全部で四つ。俺と兄で二つずつ分けて食べた。中身は昆布だった。そこそこの大きさだったので、それだけで満腹だ。部屋にはウェットティッシュが置いてあったのでそれで手を拭いた。
「うわっ、ボロボロだ」
俺は汚れてしまった指の絆創膏をはがした。兄がそれを見て言った。
「美波ちゃんに新しいの持ってきてもらう?」
「そうしようか。大声で呼べばいいかな」
「おーい! 美波ちゃーん!」
すぐに美波ちゃんがやってきてくれた。
「どうかなさいましたか?」
「ああ、俺さ、昨日指をケガしたんだけど、新しい絆創膏が欲しいんだよ」
「わかりました。すぐ持ってきます」
美波ちゃんは、絆創膏を俺に渡すのではなく、指に巻いてくれた。その時にわかったのだが、彼女の指先にはあかぎれができていた。
博美さんは言っていた。美波ちゃんは、生贄になるはずだった青年……リュウさんの世話係だったと。あの布団を見る限り、過酷な環境で二人が生きていたことは想像できていた。
「ありがとう。慣れてるみたいだね」
「はい……リュウさん、よくケガされてましたから」
家の中はごく静かだ。男たちは皆、外に出払っているのだろう。もう少し話ができると判断した俺は美波ちゃんに尋ねた。
「君って……俺たちと関係は何にあたるのかな。わかる?」
「美綿博美の娘です」
「ってことは……いとこじゃん!」
もう少し美波ちゃんが幼ければ、頭でも撫でたいところだ。
「あの、済みません、そろそろ……祖母にあまり話すなと言われているので……」
「そうだよね、ごめんごめん」
美波ちゃんが出て行ったところで、兄と座って向き合った。
「で、カズくん。切り札って何」
「使わずにいられるのなら、それに越したことはないし、その時に教える」
「はぁ……ここまできて隠し事か。他にもどうせあるんでしょう」
「ある。この部屋が盗聴されているとも限らないし、これ以上は言えないよ」
動きが出るとしたら、死体が見つかった時だ。俺は寝転がり、少しでも体力を温存することにした。兄も仰向けになり、腕があたった。
「ナオくん」
「なぁに」
「僕、覚えてるからね。ナオくんが僕の骨拾ってくれるって」
「……うん」
「だから、二人で帰るよ。喫茶くらくに。僕はそのためなら何でもする」
戸が開かれた。博美さん一人だ。俺たちは慌てて身を起こして座り、博美さんの言葉を待った。
「あれの死体が見つかったよ。和美くんの言っていた通り、沼に沈んでいた」
「そうですか。で、どうするんです?」
「それは和美くんも予想がついているだろう」
「……弟ですね。僕より少しでも若い。肉付きもいい。それと、僕を残しておけばまた霊視に使える」
「そういうことだ」
立ち上がろうとする俺を兄が制した。
「ナオくん。切り札を使う」
兄が取り出したのは、預金通帳だった。名義は「三綿美夏」となっていた。
「母から受け継いでいた口座です。僕たちの祖父……
博美さんは通帳の中身を見て目を見開いた。
「こ、これは……偽造じゃないな?」
「僕が霊視で荒稼ぎした分ですよ。汚い金ですが金は金です」
「一旦……親族を集めて話し合う」
そう言って博美さんは出て行った。
「カズくん……切り札って、お金?」
「そうだよ。このために僕は貯めていたんだ」
「宇宙旅行は?」
「ちっとも興味ない」
身体中の力が抜け、俺はへなへなとうつ伏せになった。
「なんだよぉ……カズくん……最大の嘘がそれ……?」
「だって正直に言えないでしょ? ナオくんも父さんも信じたし、絶妙なラインの嘘がつけたよね」
「もう……もう……!」
それ以上は言葉にならなかった。
そして、問題は、三綿家が金で解決してくれるかどうか、ということである。生贄になるなら俺。それはわかっていた。霊視という便利な力を持つ兄を死なせるわけはないし、博美さんが執拗に俺を連れて行くように言ったことから推測できていた。
「俺、大丈夫かな? カズくん、大丈夫かな?」
「正直……賭けだ。でも、覚えておいて。これがダメでも、最後の手があるから」
「それはまだ言えない?」
「言えない。だから、希望は捨てないで」
俺は無言で兄に抱きついた。兄は受け入れてくれた。すっ、すうっ、と俺の背中を撫で、こう囁いた。
「ナオくんは僕が守る」
そのまま、長い時間が過ぎた。
次の更新予定
霊視喫茶くらく 惣山沙樹 @saki-souyama
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