5-4

 兄の霊視結果の発表が始まった。


「リュウさんはまだ、自分が死んだということをハッキリ受け止めておられなかった。それが時間がかかった理由の一つではあります」


 兄によると、リュウさんは昨日、自ら沼に飛び込んだらしい。リュウさんが窒息するには時間がかかり、苦しんだ。やはり生きたい、ともがいたそうだが、時すでに遅く、助からなかった。


「何とかリュウさんと話はできました。生贄になるくらいなら自分で死を選ぶ……そう考えたみたいですね」

「そんなはずない!」


 一人の女性が声をあげた。博美さんが言った。


「……あれを産んだ母親ですよ」

「わたしは、わたしはあの子に、カミサマに捧げられることは名誉なことだって教えた! あの子だって納得していた! 喜んでいたの! そんなはずないの!」

「まあ、結果がすべてを物語っているでしょう。といっても、死体があがらないことにはここにいる皆さんは納得できないですかね。地図を見せてください。どの辺りにある沼なのか教えますので」


 一人の老人が立ち上がり、部屋を出た後、すぐに地図を持ってきて兄に差し出した。兄は今いる屋敷からそう離れていない地点を指した。博美さんが声を張り上げた。


「男は全員行け! 女は子供を寝かしつけろ! 美波、お前はこの二人を客間に案内しろ!」


 呼ばれた美波ちゃんは、おずおずと俺たちに近寄ってきた。


「こちらです……どうぞ……」


 俺と兄は、美波ちゃんに着いて客間に入った。既に二人分の布団が敷かれた和室だった。兄は頭から布団に飛び込んだ。


「あー疲れた! めちゃくちゃ疲れた! タバコも吸いたい! 美波ちゃん、だよね。灰皿持ってきてもらってもいい?」

「は……灰皿ですか」

「あっ、室内禁煙?」

「ごめんなさい、わかりません、祖母に聞いてきます」


 パタパタと足音をさせて美波ちゃんは出て行った。明らかにまだ子供だろうに、使いっ走りをさせるのは気が引けたが、俺もニコチン切れだ。俺は布団の上に腰をおろした。


「カズくんお疲れ。今回は嘘はついてないってこと?」

「つけないってあんな状態で。生きてることにしようかなって思ったけど、沼の死体が見つかったら困るしさ。それにまだ切り札あるから」

「あ、うん……」


 何のことかすぐに掴めなかったが、兄の言う通り死体が出てきたら、兄の力が立証されて解放されるはずだと俺は思った。しかし、沼だ。引き上げるのには時間がかかるはず。それまでこの家にいなければならないのかと思うとうんざりする。スマホもない。ヘビ娘がメンテナンス中だったのは不幸中の幸いか。


「あのぅ、灰皿持ってきました。吸ってもいいそうです」


 美波ちゃんから灰皿を受け取った。昭和の時代からありそうな大きなガラス製の物だ。鈍器にも使えそうだ。俺は灰皿を兄の枕元に置いた。兄は寝転んだまま美波ちゃんに言った。


「あのさ、伝言あるんだ実は。ごめんね、知っちゃった。リュウさんとは恋仲だったんだね」


 美波ちゃんは、小刻みに肩を震わせた。


「幸せになって、ってそれだけだけどね。怪しまれるとまずい。君はもう帰って」

「ありがとう……ございます……」


 俺も兄も、寝転んだままタバコに火をつけた。寝タバコは行儀が悪いが疲労の方が勝った。俺は言った。


「可哀相だな。リュウさんって人も、美波ちゃんって子も」

「僕たちがしてあげられることは他に何もない。不運だった、としかね」


 それにしても、三綿家としては一大事のはずだ。カミサマに捧げられるはずの人間が先に死んでしまったのだから。


「あれ? ってことはさ、カズくん。生贄……どうなるの?」

「ナオくんも、さすがに勘付いたよね。美乃谷地区のカミサマが求めているのは、三綿の血を引く人間」

「……まさか」

「多分そうなる」


 俺か兄かはわからないが。きっとその代わりに連れてこられたのだ。俺はタバコを灰皿に放り投げて兄の腕を掴み、揺さぶった。


「ヤバいって! 逃げようカズくん!」

「ん……多分逃げられない。屋敷の出入口はおそらく見張られてる」

「じゃあ、どうするっていうんだよ!」

「大声出さないで。切り札はあるって言ったでしょう」


 ぷほっ、と兄は白い煙を吐き出した。


「まっ、ひとまず身体を休めた方がいい。タバコ吸ったら寝よう」

「寝られるかよ……生贄にされるかもしれないっていうのに……」


 兄はタバコの火を消し、一旦立ち上がって布団をぴったりくっつけた。


「僕に任せて。きっと大丈夫だから。ほら、おいで」

「……うん」


 俺は兄の胸に抱かれた。


「カズくんは、いつかこうなるかもしれない、って知ってたんだよね」

「そうだよ。母さんが死んでから、霊視した時に三綿家のこと全部教えてもらった。それで、ずっと準備してた。隠しててごめんね」

「その時が来ない方がいい、ってそういう意味だったんだ」

「うん。本当は、ナオくんは何も知らないままでいて欲しかった」


 とくん、とくん。兄の鼓動の音を聞いていると、次第に落ち着いてきて、眠ることができた。

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