5-3

 俺たちは途中、サービスエリアで降ろされた。夕食だ。さすがに人の行き交うフードコートで神だの生贄だのという話はできない。俺は黙ってうどんをすすっていたが、兄はやけに積極的に博美さんに話しかけていた。


「僕、母との思い出って十歳までしかないですから。小さい頃の母ってどんな感じだったんですか?」

「お転婆だったよ。弟のオレはいつも付き合わされていた。蝉取りとか川遊びとかな」

「ああ、なるほど。確かに母は外遊びによく連れて行ってくれました」


 トイレと喫煙を済ませ、さらに高速を進む。俺はうとうとしてしまい、気付けば山道に入っていた。兄はきゅっと唇を結び、前を見据えていたが、俺が起きたのに気付くと表情をゆるめた。


「ちょっとだけ寝てたね。もうすぐ着くってさ」


 俺は首を伸ばし、カーナビに表示されていた時刻を見た。夜の十一時だ。博美さんが言った。


「悪いが、着いたらすぐに霊視してもらう。きちんとした客間は用意してあるから、終わったらそこに泊まってくれ」


 フロントガラスを見つめていると、大きなトンネルが現れた。ライトに照らされ辛うじて「美乃谷トンネル」と読み取れた。いよいよか。トンネルは呆気ないほど短く、すぐにくぐり抜けた。夜もすっかり更け、辺りの様子はよくわからない。

 何度も曲がりくねり、一軒の大きな屋敷にたどり着いた。そこには広い駐車場があり、何台もの乗用車が停まっていた。博美さんは最も屋敷の門に近いところに駐車した。そこだけぽっかり空いていたのだ。

 長時間車に揺られていたので、身体がかたまっており、俺は車を降りるとすぐに伸びをした。兄も大きなあくびをしている。今日のところは休ませてくれればいいのに、すぐ霊視だなんて、そんなに三綿家は急いているのだろうか。

 門をくぐり、玄関に入ると、大きな靴箱があった。すでに何人分もの靴が並べられていた。博美さんは「三綿家の血を引く者全員に集まってもらう」と言っていた。既に、俺たち以外の親族は中にいると考えた方がいい。

 通されたのは、広い和室だった。まず見えたのは、中央に敷かれた一組の薄っぺらい布団。薄汚れており、すえた臭いがした。それをぐるりと取り囲む男女。こんなに夜遅いのに、まだ中学生くらいの子供もいた。

 博美さんが言った。


「長髪の方が兄の和美くん。金髪の方が弟の直美くんだ。二人とも、ここに集まっている者の紹介は省くよ。霊視をしてもらいたい」


 俺と兄のためだろう。最も入り口に近く、枕のあるところは空いていた。兄の隣にぴったりついて座った。兄は周りの人々をぐるりと見渡して言った。


「えっと、始めますね。ただ、時間はかかりますので、ご容赦ください。それと、この方には名前がない、というのは知っていますが……身内だけでの愛称とか、そういうのがあれば助かります。呼びかけに使いたいので」


 博美さんが一人の少女の名前を呼んだ。


美波みなみ


 呼ばれた少女はびくりと肩を震わせた。黒髪を低い位置で束ねて背中に垂らしており、高校生くらいに見えた。


「あれの世話をしていた者です。美波、お前、勝手に名前をつけていただろう」

「……リュウさん、と呼んでいました」

「はい、リュウさんですね。じゃあ……始めます」


 何回も兄の霊視を見てきた俺だ。視えている時は、どうなるのか把握していた。数十秒ほどで頬がぴくんと動き、やり取りをしているのだ。しかし、一分、二分、それ以上経っても、兄の顔はびくとも動かなかった。親族たちの視線が降り注いでいる。兄だけでなく、俺にも。まるで品定めをされているようで居心地が悪い。

 それから、十分は経過しただろうか。兄は全く反応を見せず、黙って目を閉じ、右手をふらふらと布団にかざしたままだった。


「……和美くん、まだかい」


 低い男の声がした。奥の方にいる人物のようだ。


「霊視ができるだなんて嘘じゃないの?」

「時間稼ぎじゃないだろうな」

「何とか言ったらどうなんだい」


 そう口々に言い始めた大人たち。子供は皆、うつむいていた。ざわめきが広がっていき、この場がはちきれるかと思った瞬間。


「うるさい!」


 兄が声を荒げた。水を打ったように大人たちは静まり返った。長い間弟をしている俺でも、滅多に聞いたことのない兄の大声だった。兄は苛立ちを隠さない様子でくどくどと言い始めた。


「あのねぇ、大体ねぇ、深夜に人を呼びつけておいて、非常識ですよ三綿家は。母の生家を悪くは言いたくはないですけどね、ええ、ええ、お願いですから黙っていてくれませんか」


 博美さんが言った。


「……和美くんの言う通りだな。済まなかった。霊視を続けてくれ」


 霊視が再開された。今度は皆、辛抱強く待っているようだ。

 そして、兄が下した判断は。


「結論から言います。リュウさんは、亡くなっています」

 

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