5-2

 三綿博美と名乗ったその男性。よくよく見てみると、目がくりっと大きい。母の面影を感じないこともない。どう反応していいものやら困った俺は、カウンターの向こうにいた兄に視線を向けた。


「カズくん……」

「えっと、博美さん、ですか。母の弟さんですね。お名前だけは存じておりました」

「折り入って話がある。バイトの子は帰してもらって、三人だけで話したいんだが」

「ええ、いいですよ。遼、そういうわけだから」

「はいはーい!」


 わざわざ三綿の血族が俺たちを訪ねてきた。これはただごとではない。俺はクローズの札をかけた。それから、カウンターに兄と並んで立ち、博美さんの話を聞いた。


「今から美乃谷まで来てもらいたい」


 美乃谷地区。母の故郷。三綿家があるところ。兄は苦笑いをした。


「あはっ、急ですねぇ。まあ、どういうことか察しはつきますが。それなら僕だけでいいですよね」

「いや、今回は三綿の血を引く者全員に集まってもらう。直美くんもだ」

「困りますよ。店の営業だってありますし。弟は置いていきます」

「ダメだ。二人ともだ」


 兄と博美さんの攻防。それに口を挟むことができず、俺は突っ立っているだけだ。


「弟には三綿家のことをほとんど伝えていないんですよ」

「車の中で説明すればいい。直美くんは無関係というわけにはいかないんだ」

「今年の件で何かあったということなんでしょう。そうなんでしょう。だったら尚更、弟を連れて行くわけには」

「直美くんだって、きちんと三綿のことを知る権利がある。気にならないのかい?」


 話を振られてしまった。俺は正直に答えた。


「それは……気になります。俺、三綿家が蛇に関係ある、としか知らないので」

「和美くん。本当に何も教えていないんだね」

「弟を危険な目に遭わせたくはないですから」


 俺は、兄の弱点だ。俺も一緒に行けば、間違いなく足手まといになる。海の神の事件以降、問題には首を突っ込まないと約束したのだ。

 しかし。


「俺、行きます。三綿家のこと……母のこと……きちんと教えて下さい」


 もし、このまま兄が美乃谷に行って帰って来なければ。俺は、真実を知る機会を永遠に失うのだ。


「はぁ……うん、ナオくんなら行くって言うよね、うん。博美さん、準備だけさせて下さい。店の片付けもして、しばらく閉めることをバイトの子に告知してもらわなければなりませんし」

「わかっている。ただ、スマホだけは置いて行ってもらおう」

「はいはい。従いますってば。ナオくん、とりあえずいつも通り掃除して」

「うん……」


 俺が店の後片付けをしている間、兄はバックヤードに引っ込んでいた。今回は何日閉めるつもりなのだろう。想像もつかない。スマホは博美さんによく見えるようにカウンターの上に置き、博美さんについて近所のコインパーキングまで向かった。黒いワゴン車が停まっていた。俺と兄は後部座席に乗り込んだ。


「和美くん、君は美夏姉さんから大体のことは聞いている、という認識でいいんだね?」

「ええ、そうです」

「じゃあ、美乃谷に着くまでに直美くんに話しておいてくれ」

「わかりました」


 博美さんはゆっくりと車を発車させた。


「カズくん……三綿家って、その」

「うん、まあ、その時が来たってことでね。僕もちゃんと話す」


 美乃谷地区。そこには……「カミサマ」がいるのだという。本当の名前はあるらしいが、口にしてはならないし、兄もそこまでは知らないという。ただ、それは「蛇の神」ということは確からしい。

 美乃谷は、巳の谷。蛇神信仰が残る地域は世界でいくつもあるが、美乃谷もその内の一つである。その祭祀を執り行うのが三綿家だ。三綿家はカミサマから繁栄を約束されており、脈々と続いている。


「その代わりに、五十年に一度、生贄を捧げることになっている」

「い……生贄ぇ?」


 海の神のことを思い出した。あの神も元々は生贄だったのだと語っていた。そんなものは昔話だったと思っていたのだが、まさか今も続いているというのか。


「それで、今年が捧げる年。博美さん。生贄に、何かあったんですね?」


 運転席の博美さんは、少し間を置いてから答えた。


「……その通り。一昨日から行方不明だ」


 生贄の説明は博美さんがしてくれた。三綿家では、生贄用の戸籍のない子供を秘密裏に育てておくらしい。名前もつけられず、教育もされず、ただ、カミサマに食わせるためにきちんと食事を与えられる。

 兄が言った。


「話は読めました。僕に霊視してほしいというわけですね?」

「さすが美夏姉さんの子だな……理解が早くて助かる。そういうわけだ」


 博美さんが現在の三綿家の当主。三綿の血を引く俺たち兄弟のことはずっと把握していたらしい。兄の霊視能力についても知っていたと博美さんは話した。


「ただ、装飾品の類は残っていない。布団だけならある。できそうかい」

「ああ……布団ですか。肌に触れていた物なので、何とかなるとは思いますけど、時間はかかると思いますよ」


 俺たちを乗せた車は、高速に乗り、どんどん湊市を離れていった。

 果たして、無事に帰ることはできるのだろうか。

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