第2話 F級ダンジョンでも目を輝かせる兄妹
「「———すっっっっご」」
ダンジョン内に入った俺達は、目の前に広がる光景に、ただただ舌を巻いて見惚れることしかできなかった。
僅かに雲があるものの快晴と言って良い天色の空と、地表を穏やかに照らす太陽のような恒星。
一面に広がる草原は、草が脛の中間くらいまで伸び、青々としていた。
点々と美しい花が無数に咲いており、花の色も多岐にわたる。
今の夏の日本では考えられないくらいに心地良く涼しい風が吹き、風に乗ってやってきた花々の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
……え、ヤバい、何ここ?
普通にダンジョンごと買収して住みたいんだけど。
「おにぃ、今お金って何円あるっけ?」
一頻りカメラに風景を収めた凛音が、まるで指し示したかのように視線を景色に固定させたまま尋ねてくるので、俺は自慢気に鼻を鳴らす。
「ふっ、聞いて驚くな? ———3万円だ」
「のぉおおおおおお!!」
「ああっ!? 女の子が出しちゃいけない声出てるって!」
地面に手と膝を付き、四つん這いの状態になって悲しみがひしひしと伝わる野太い啼哭の声を上げる凛音。
表情は見えないけど、多分涙を流していると思う。
まぁ今月の生活すら危ういもんな、3万円って。
でもしょうがないじゃん、防具と武器、それに必要な物を色々買ってたら貯金吹き飛んだんだもん。
俺だって銀行口座の3万の数字を見て愕然としたけどさ。
数日前の俺を見ているみたいだ……何て遠い目をしたのち、凛音の背中をぽんっと叩く。
「おーい凛音ー、戻ってこーい。ホーンラビットがいるぞー」
そう呼び掛けた途端、
「えっ!? ど、どこ!? 頭の角で美少女のナニを突き刺すという、数多の同人誌で大人気のホーンラビットはどこ!?」
「お兄ちゃんは恥ずかしいよ。一体どこで育て方を間違えたんだろうね」
ガバっと顔を上げた凛音が、先程の悲しみを忘れたかの如く、鼻息荒く辺りにギョロギョロと視線を巡らせる。
そんな他人には見せられない妹の痴態に、結構本気で悩む俺。
やっぱり男の俺にべったりだったのがいけないのかな?
女の子と遊べばいいのに、遊ぶのはいつも俺の男友達だけだったし。
見てくれと普段の態度は本当に天使なんだけどなぁ……と残念でならない俺であった。
「凛音、凛音。ホーンラビットは嘘」
「…………」
「そんな呆然としなさんな。このダンジョンなら絶対居るから」
何と言っても、このダンジョンの名前は———『一角兎の庭』。
まさにホーンラビットのためにあるダンジョンと言っても、何ら過言ではない場所なのである。
そう説明する俺の慰めに気を持ち直したのか、凛音はほんのり恥ずかしそうに頭に手を当つつ、可愛く舌を出す。
「えへへっ、つい取り乱しちゃった。失敬失敬」
「全く反省してないなこの天使め」
「もー、褒めないでよー」
「褒めてない褒めてない」
照れた様子でバシバシと俺の背中を叩く凛音だったが……突然動きを停止させ、目を大きく見開いて瞳孔を広げる。
唐突な妹の変わり様に不審に思った俺は、凛音の視線の先を辿り———。
———見つけた。
何をかって?
もちろん皆んな大好きなF級モンスター———ホーンラビットを、だよ。
俺達から約50メートルほど先の叢でジッとこちらを眺める、愛くるしい見た目の灰色の角を額に生やした白い兎。
草と同じくらいの体高なのを考えると……ホーンラビットの大きさは30センチちょいだと思われる。
か、かわえぇぇぇぇ!!
こ、こんな生き物いて良いんですか!?
こんな可愛い生き物が美味しいなんて世界は何と非情なんだ!
何て、世界に文句を言うのはほどほどにしつつ。
俺は素早くカメラを構え、横でジッとホーンラビットを見つめる凛音を小突いた。
「凛音、カメラっ! ホーンラビット様の可愛いお姿を捉えられないぞ!」
「はっ!? ご、ごめんおにぃ……あまりに可愛すぎて意識トンでた!」
慌てて首から下げた一眼レフカメラを構える凛音を可愛く思いつつ、視線を寝そべり始めたホーンラビットに戻す。
「気にすんなよ、妹よ。かくいう俺も内心小躍り状態だからね! ほら逃げる前に撮るぞ!」
「アイアイサー!」
———カシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ!!
「「おほっ、寝転んだお姿超可愛いぃぃぃぃぃ!!」」
一先ず100枚ほど写真を取った。
「……な、何してるんだ、あの人達……。面白そうだし動画でも撮っておこうかな……」
ホーンラビットを被写体にしていた俺達が、まさか別の人間の被写体になっているなど、この時の興奮した俺達ではもちろん気付けなかった。
また、この動画が今後の人生を左右するなど、取っている本人ですら思いもしていなかった。
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