第9話 普通に無双する兄妹

 今回長いです。

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「———どうも、大バズリしたらしい撮影会をする兄妹の兄の方の灰音です。男は何でも良いですけど、女性の方は『お兄ちゃん♡』で統一オネシャス」


 ついにゴブリンを撮り終えた俺が挨拶をすれば、打てば響くようにコメントがどんどん流れる。


〈キャラ濃すぎだろww〉

〈露骨な男女のテンションの差ww〉

〈可愛い妹がいながらお兄ちゃんって言ってもらいたいのかよww〉

〈おにぃじゃ飽きたらないってか?〉

〈女ですけど、お兄さんと呼ばせていただきます〉

〈男だけどお兄ちゃん♡って呼んであげるよ〉

〈あ、俺も〉

〈お兄ちゃん♡〉


「お前ら巫山戯んなよ、男に『お兄ちゃん♡』なんて言われて嬉しいわけないだろうが! 寧ろ気持ち悪すぎて吐くわ! よし、男共は尊敬を込めて『兄貴』と呼べ。それ以外の呼称は許さん」


〈キレてて草〉

〈こういう所がスレで言ってた小物感ってやつなのかww〉

〈まぁ男ならお兄ちゃんって言われて嫌なやつはいない〉

〈兄貴、男ですね!〉

〈兄貴、共感できますぜ!〉

〈兄貴、全世界に配信されてるのにそんなこと言える胆力に尊敬します!〉

〈兄貴の圧倒的小物感、最高です!!〉


 こいつら全員住所特定して凸りに行こうかな。

 全然尊敬が籠もってないじゃないか。


 何て眉をピクピクさせる俺の袖を、凛音がクイクイと引っ張ってくる。

 視線をスマホから移せば……ちょっとむくれた様子の凛音の姿があった。


「どうしたんだ、妹よ? 今お兄ちゃんは男リスナーにどうやって尊敬させるか考えてるところなんだけど」

「おにぃ、私が『お兄ちゃん♡』って呼ぶのじゃダメなの?」


 凛音がキュルルンと瞳を潤ませつつ、これにクリティカルヒットな上目遣いを繰り出してくる。

 しかし、俺の意見は変わらない。


「ダメ。凛音にはおにぃって呼ばれないと嫌だ」

「わがままなおにぃだ! でも私は妹だから、そんなわがままも受け止めてあげます」

「やっぱウチの妹は良く出来てるなぁ」

「えへへっ、そうでしょそうでしょ! ん! ご褒美!」

「おーよしよし!」


 グイッと可愛らしく頭をこちらに差し出してきたので、せっかく整えた髪が乱れない程度に軽く撫でてあげる。

 凛音は気持ち良さそうに目を細めていた。


〈えっと……何を見せられてるんで?〉

〈羨ましいぃぃぃぃぃぃぃ!!〉

〈神様あんまりだぁあああああ!!〉

〈どうやったらこんなブラコン美少女の妹ができるんだぁあああ!!〉

〈うわああああああああ!!〉

〈唐突な甘々にコーヒーが甘いです〉

〈甘テロですこれ〉


「えっと……何か物凄くコメント欄がヤバいので、凛音さん早く自己紹介しちゃってください!」


 ぐるぐる目を回しながら慌ただしい様子で急かす絵美。

 そんな絵美を慮ってか……凛音が清楚な笑みを浮かべて口を開いた。


「初めまして、撮影会をする兄妹の妹の方の凛音です。配信なんて初めてで不慣れなことが沢山あると思いますが、どうか温かい目でご視聴いただけると幸いです」

「「だれえぇ!?」」


〈別人で草〉

〈これだけ聞いたら清純な美少女なんだけどなぁ〉

〈普通に可愛い!!〉

〈これだけ見れば常識人〉

〈女には裏表があるってこういうことなんだな〉

〈女って凄いな〉


「ま、待ってくださいっ! 女の子が皆んなが皆んな、ここまで裏表の激しい人だと思わないでくださいねっ!? 凛音さんとかの一部だけですからね!?」

「絵美ちゃん、早く進もうよー。皆んなおにぃとか私の力を見たくて仕方ないだろうし!」

「そ、それは……そうですね。では、早速進んでいきましょうか!」


〈いいねー!〉

〈レッツゴー!〉

〈ワクワク〉


 気を取り直した絵美が元気に拳を挙げて進み始めた。









「———あ、ゴブリンの群れがいますよ」

「ふっ……私とおにぃであれば、数分前に気付いてるのである」


 前方数十メートル先に見えるゴブリンの群れを見つけた絵美が指差すが、凛音が露骨にカッコつけて言ったかと思えば。


「おにぃ、ここは先手を譲るよ」


 いっそ清々しさすら感じるほどの笑顔で俺に押し付けようとしてくる。

 だがしかし、ここで譲られるわけにはいかない。


「お前が戦いたくないだけだろ。ほら、前回は俺がやってやったんだし、今回は凛音がやる番だぞ」

「えぇぇぇ……」

「皆んな凛音の力が気になるってよ」


〈お願いします!〉

〈見せて欲しい!〉

〈お兄ちゃんナイスアシスト!〉

〈見せてくれー!〉

〈やったれ!〉


 どしどし送られてくる凛音の力が見たいというコメントに、凛音が物凄く嫌そうに顔を顰めた。


「うぅぅ……私があのゴブリン様を……くっ、殺せ!」

「お前が死んでどうするよ」

「わ、分かったから! 分かったからこちょこちょだけは———うひぃぃぃ!?」


 一々ボケて逃げようとする凛音の襟を掴んで持ち上げた俺は、そのまま対凛音特攻のこちょこちょをお見舞いする。

 凛音の弱い所は熟知しているので的確にくすぐれば、女の子がちょっと上げてはいけないような声を出し始めたので即刻中止。


「ほら、10秒でやめてやったからさっさとやりなさい」

「うぅ……おにぃは鬼畜だぁ」

「お? もっとやって欲しい?」


〈兄貴の顔が悪い……〉

〈これ、兄妹って分からなかったら結構アウトな絵面だなぁ……〉

〈この兄妹仲良すぎない?〉

〈ウチの妹とか話しかけても無視してくるのに〉

〈2人のキャラが濃すぎて飽和状態なの草〉


 涙目で睨み付けてくる凛音へと、手をワキワキさせてニヤニヤと笑みを返せば。


「ぜ、全身全霊で討伐に向かわせていただく所存です!」

「よろしい」


 ビシッと敬礼をしたのち、タタタッとゴブリン達の方へ駆け出していった。

 そんな凛音に敬礼を返して見送る俺に、絵美が恐る恐る問い掛けてくる。


「えっと……凛音さん1人で大丈夫なのですか?」

「ん? ああ、大丈夫大丈夫。アイツ———」


 俺が『とんでもなく強いから』と言葉を続けようとしたその時。




「【聖魔破断】」

 



 ———ズガアアアアアアアアアアアッッ!!


 力強い凛とした声と共に。

 凛音の持つ銀色と漆黒のオーラで装飾された剣が振り下ろされ———30体ほどいたゴブリンもゴブリンが築いた簡易的な巣も……丸々白銀と漆黒の力の奔流によって轟音を伴って跡形もなく消え去ってしまった。

 ゴブリン達はきっと最後の最後まで何が起こったのか分からず消滅したのだろう。


「おにぃ、おにぃ、ゴブリン様が可哀想だから、一瞬で消し飛ばしたよ!」

「うん、それはいいけど……換金できないじゃんね」

「……はっ!! み、ミスっちゃったああああああああ!!」


 嬉しそうに全く汚れていない剣を胸に抱き、タタタッと俺の下に駆け寄ってきた凛音に言えば、今気付いたとばかりに衝撃を受けたような表情で雄叫びを上げる。

 そんな凛音の様子に、相変わらずだぁ……とほっこりしていると。



「———は、は……? な、ななななな何ですかこれえええええええええ!?」



 目の前の現実が受け止めきれないとばかりに絶叫する絵美。

 それと同時に止まっていたコメントが爆速で動き出す。


〈!?〉

〈ほわっ!?〉

〈え!?〉

〈いや、は!?〉

〈いやいやはい!?〉

〈オーバーキルすぎない!?〉

〈妹ちゃん、兄貴より強いんじゃね!?〉

〈強すぎぃぃ!!〉

〈こんなF級覚醒者居てたまるかよ!!〉

〈チェンジだチェンジ場所のチェンジだ!〉

〈兄妹共々バケモノすぎで草〉


 コメント欄は驚愕一色で染まっており、もはや覚醒者でなくては目で追いきれないくらいの速度で流れていく。

 そんなコメント欄を眺めていた凛音は……ニヤニヤしたのち、キョトンとした表情を浮かべ。



「おにぃ……私、何かしちゃいました?」

「言いたいだけだろ、それ」



 茶目っ気たっぷりにテンプレとも言える言葉を吐き出したのだった。

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