第10話 『ボス? カッケェー!』精神の兄妹
「———【飛燕斬】! うわぁああああもういやだよぉぉおおおおお! もう倒したくないよぉぉぉおおお!!」
「あぁ、遂にイヤイヤ期突入か」
凛音がバッサバッサと敵を薙ぎ払って怒涛の快進撃を続けていたが……遂に凛音にも飽きというかイヤイヤ期が来てしまった。
まぁ既に200匹くらい斃しているので妥当か。
〈wwww〉
〈イヤイヤ期www〉
〈扱いが赤ちゃんで草ww〉
〈おいおい赤ちゃん属性までプラスするのかよww〉
〈属性過多で爆発するぞww〉
〈あんな強い赤ちゃんいたらひっくり返るわww〉
「ほらおいで、もう戦わなくて良いから」
仕方ないので俺が出来るだけ優しい表情を作りつつ、腕を広げて呼びかけると。
「おにぃぃぃぃぃ!!」
凛音が目に涙を浮かべて、バスターソードを投げ捨てながら飛び込んできた。
まさしく俺の予想通りの行動。
だがしかし、1つだけ誤算があった。
「だぁぁぁぁいぶ!」
「あ、ちょ、速っ———ゴハッ!?」
「は、灰音さぁぁぁぁぁん!?」
そう、凛音の突撃が予想外に速かったことだ。
完全に虚を突かれた俺に、子供みたいな言葉と共に凛音が飛び込み、更に腕を背中側に回されたことで受け流すことすら出来ず……結果として俺の身体をとんでもない衝撃が襲った。
車にぶつかったかと錯覚するほどの威力に、肺が圧迫されて口から空気が吐き出される。
そんな俺の様子を横から見ていた絵美が俺の名を呼んで絶叫する。
〈コントかな?ww〉
〈実際に抱き着かれて咽る人いたんだwww〉
〈結構な音したぞww〉
〈えみちゃんの声が余計事件臭を際立たせてるww〉
〈衝突事故で草〉
〈羨ましい!!〉
〈ガチで痛そうww〉
おい、チラッと見えたけど1人ドMの奴がいたぞ。
一般人がこの突撃を受けたらあばら折れるだけじゃ多分済まないからな?
「お、おにぃ!? ど、どうしたの!?」
「妹よ……今度からもっと優しく抱き着いてくれ……ガクッ」
「おにぃーっ!」
俺が白目を剥いて気絶したフリをすれば、一瞬で俺の考えを理解したらしい凛音が俺を抱き締めて天に吠える。
「———さて、進むか」
「うん。満足した?」
「おうよ、中々の名演技だったぞ」
即座にテンションを切り替えて、何事もなかったかのように立ち上がる俺達に。
「え、えぇぇ……テンションがまるでジェットコースターですね……お2人とも」
〈それな〉
〈ここまで切り替え早い人は中々居ないだろwww〉
〈バケモノ兄妹で草〉
〈や、やっぱり個性の塊だなぁ……〉
〈こんな逸材が埋もれてるこの世界もまだ捨てたもんじゃないな〉
絵美も、コメ欄のリスナー達も困惑を滲ませるのだった。
「———さぁて、そろそろ私だって良いところ見せちゃいますよー!」
気を取り直して先に進んだ俺達は、いよいよボス部屋の前に辿り着いた。
そこで気合十分といった風に胸の前で拳をギュッと握りしめる絵美。
お陰で腕に圧迫されたお胸が強調され……。
「おおぉぉぉぉっ!!」
「……チッ」
〈おおおおお!!〉
〈えみちゃんのサービスショットだぁあああ!!〉
〈最高です!!〉
〈良いねぇ〉
〈おいえみちゃんの腕、そこ代われ!〉
〈色気ゼロだと思ってたえみちゃんの色気シーン……ありがとうございます!〉
俺とコメ欄が歓声を上げ、凛音が忌々しげに睨み付けながら舌打ちをする。
余談だが、ダンジョンボスは場所によって代わり、基本的にはホーンラビットの時みたいに神出鬼没な場合と、今回みたいなボス部屋と呼ばれる特殊な空間にいる場合の2つに分けられる。
ただ、ボス部屋にいる個体の方が強い傾向があるのだが……その理由は色々と論文や仮説があるものの、未だ定かじゃない。
今回のボス部屋は、洞窟の行き止まり部分に高さ3メートル程の両開きの扉が付いているオーソドックスなタイプで、扉にはゴブリン様達が平伏して、1体の巨大なゴブリンみたいな生物を崇めている彫刻が施されている。
偶に転移や結界を司る魔法使いがいないといけない場所などあるが……それは高ランクダンジョンだけなので、Cランク以下のボス部屋はほぼ全てこれと似た扉と言っても過言じゃない。
「さぁ、行きますよ!」
興奮しているからか、自分がサービスシーンを提供したことに一切気付くことなく絵美が扉を開く。
ゴゴゴッ、という音を立てて扉が開く先に現れたのは———。
「「———ご、ゴブリンジェネラル様だぁああああああ!!」」
何を隠そう、超激レアモンスター———ゴブリンジェネラルだった。
ゴブリンの2倍以上の身長に頑強な身体を持ち、体色はゴブリンと違って浅黒く、手には2メートルを有に超えるジェネラルをも超える巨大な斧が握られている。
犬歯が口に収まりきらず、外に出ているのがチャームポイント。
ところで、正直名前は一般的なゴブリンとなっているのに、超激レアモンスターとは一体どういう意味かと思うだろうが……超激レアな理由は、ゴブリンジェネラルがゴブリンキングの前段階だから、というのがある。
謂わば、キング候補と言うわけだ。
そのため自然界ならいざ知らず、ダンジョンという閉鎖空間では数が少なく、相対的に激レアとなっている。
脅威度はEとゴブリン様の1個上だ。
何て、内心でオタク語りをしていると、絵美が一歩前に出た。
そして手を前に向け……。
「それじゃあ早速私の魔ほ———」
「「ちょっと待てぇぇぇい!! 直ぐ殺すなんてもったいない!!」」
「ふわっ!?」
躊躇なく魔法をブッパしそうだったので兄妹総出でストップを掛ける。
いきなり大声を上げた俺達に驚いた絵美には可哀想だが、今は構っている時間はない。
俺はすかさず剣ではなく一眼レフを構えると。
「妹よ、死ぬ気で撮れ。近距離でゴブリンジェネラル様の勇姿をカメラに押さえるのだ」
「アイアイサー!」
同じくカメラを構え、キラキラと輝く瞳を向ける凛音に司令を出すと共に駆け出した。
「……調子が狂うんですけど……」
〈どんまい、えみちゃん〉
〈しょうがないよ〉
〈あの2人だし諦めよう〉
後ろからそんな声が聞こえた気がするが、多分俺の空耳だろう。
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