第6話 新たなF級ダンジョンへ行く兄妹

「———妹よ、ダンジョンに行くぞ……!」

「ふぇ? まだ朝だよぉ?」


 俺は瞑目していた瞳を見開き、告げた。

 対する凛音は『眠たい』とデカデカとプリントされたぶかぶかのTシャツと、太腿が大胆に露出した灰色のパンツスタイルの寝間着のまま、寝ぼけ眼をこすり、手で隠しながら大きな欠伸をする。

 そんな彼女には、1つ言っておくことがある。


「———朝じゃない。もう14時な」

「ふぇ? えへへっ、またまた〜、おにぃは冗談がホント好きなんだから〜」

「もう14時な。正確に言えば14時19分」


 見てみろ、と俺はクイッと顎で壁に掛けられた時計を差す。

 凛音はずっとにへらと締まりの無い笑みを浮かべていたが……時計を見てビシッと固まった。

 これには俺もご満悦である。


 ふっ……やっと気付いたか。

 まぁ昨日は4時に寝たからしょうがないっちゃしょうがないけど。


 そう、俺達は高級寿司店で2時間ほどたらふく食った帰り道にコンビニでお菓子やジュースを買い漁り、家に帰れば、お互いにジュース片手にカメラのSDカードをテレビに挿して、鑑賞会を行っていた。

 それで鑑賞会が終わったのが朝の4時、というわけである。


「ふぇえええええ!? 折角バイトも辞めて高校もない、夏休みの大切な1日の半分があああああ!!」


 突如目を大きく見開いて小刻みに震えたかと思えば、悲痛の叫びを上げながら頭を抱えて膝を付く、我が天使もとい妹の凛音。

 この調子なら涙すら流しそうな勢いだ。

 ただ、それはそれで面倒なので、適当なタイミングで中断させる。


「はい、悲しむのはそれくらいにしな。さっきも言ったけどダンジョン行くぞ」

「私は全然良いけど……何日か休むんじゃなかったの?」


 記憶を漁っているのか上を向きつつ、可愛らしくコテンと頭を横に傾ける。

 そんな凛音の言葉に、俺はドンッとリビングの机を台パン。

 ビクッと身体を震わせた凛音が心配そうに、


「……大丈夫? 手、痛くない?」

「……ちょっと痛い」

「ほら、手ぇ貸して。……痛いの痛いの飛んでけぇ〜!」


 台パンした俺の手を包み込み、聖母のような笑みを浮かべながら、オマジナイを掛ける。

 こんな天使みたいなのに実情はド変態とか、神もチートみたいなスペックの凛音に調整を効かせたらしい。

 

「気を取り直して、我が妹よ」

「何だい、我がおにぃよ?」


 俺は拳を握り締め、悔しげに表情を歪めて言った。


 今直ぐダンジョンに行かないといけない理由、それは。



「———お金が、ない……ッ! 昨日の6万は全部使っちまった……!!」



 シンプルイズベスト。

 お金がないからである。


「あー……そういえば沢山食べたもんね」


 凛音も心当たりしか無いらしく、遠い目をしながら零す。

 一応この一室の家賃は叔父が払ってくれてるので問題ないのだが……食費もねぇ。


 ———と、言うことで。


「さぁ、ダンジョンに行くぞ……!!」

「おーっ! 写真撮ってお金稼ごー!!」










「「———さぁやって来ました、F級最難関ダンジョン!!」」


 アレから電車に乗るお金もないことに気付いた俺達が全速力で走ってやって来た場所は。


 ———F級災難日ダンジョン『子鬼の巣窟』。


 昨日のダンジョンとは一変して薄暗くジメジメとする洞窟の中。

 辺りを見渡せど、ゴツゴツした黒っぽい岩肌と天井から垂れた水が溜まった水溜りしかない。

 明かりは岩肌に等間隔に突き刺さった幾つもの松明の炎のみ。

 

 そんな陰鬱とした空気が漂う洞窟型ダンジョンの中。


「ねぇねぇおにぃ、ゴブリン様だ! オーク様と並んでえっちな同人誌で大人気のゴブリン様だ! ぐへへへへ、本物だぁ……!」

「おおおおお!! 毎度お世話になっております、ゴブリン様! いや、俺だけでなく貴方様のお陰で救われた男は数知れません!」

「ギャ、ギャギャ……?」


 ———カシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ!!


 俺も凛音も、金稼ぎのことなどすっかり忘れて、エロ同人界の主人公格であるゴブリンを前に、興奮しながら一眼レフカメラで撮りまくっていた。


 小学生程度の身長と緑色の皮膚に、鋭い歯と垂れた舌。

 身に纏うは腰に巻いた布切れ1枚と、60センチほどの棍棒。

 赤い目は、当たり前だが超絶美少女である凛音に向いているのだが……なぜかゴブリン様がドン引きしている気がする。


 いや、あのゴブリン様に限ってそんなことはないか。

 何せ、同人誌では勇者にも魔王にも勝ってるお方だからな!

 これが本物のゴブリン様かぁ、すげぇ!


 ———何て、俺達が完全にゴブリン意識を持っていかれていると。



「———あああああっ!?」



 何処からともなく驚きの叫びが聞こえた。

 俺も凛音も流石に無視するわけにはいかず振り向けば……自撮り棒にスマホを付けた、いかにも魔法使いといった風貌の美少女の姿が。


 ただ、特に気にせず視線を切ろうとして———彼女が次に言った言葉に、俺達は動かす手を止めることになる。




 「うわぁぁぁ……今ネットで大人気の撮影会をする兄妹じゃないですかっ!!」




 …………ふぁっ!?

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