第111話 あの夏⋯.2

 ボールはリングに嫌われるように弾かれ続け、そのたびに、体育館の床を叩く音が響いて、耳の奥でずしりとする。リズムよく響くはずのボールの反発音が、プレッシャーだった。


 それもそのはず、私はこの三日間、一度も3ポイントシュートを決めていなかった。


 頭の中で繰り返す。——やばい……やばい……どうしよう。

 チームメイトたちにも心配をかけてしまっているのも知っていた。あまりの調子の悪さに、誰も私に声をかけれないことも。

 手の感覚が、どんどん自分のものじゃなくなる。

 汗が滲む手をシャツで拭うけれど、効果はなかった。目の前にあるリングが、まるで遠くに離れていくみたいだ。


「桃……大丈夫?」


 ふいに沙織んの声が飛んでくる。


「えっ……あ、うん!」


 慌てて返事をしたけれど、声が裏返っていた気がする。沙織んは心配そうに私を見てから、「ファイト」と言ってからまた自分の練習に戻る。

 気を取り直そうと、深く息を吸い込んでみる。——でも、変わらなかった。

 次にシュートを放っても、やっぱり同じだ。


 ——もう嫌だ。


 小さく漏れた心の声は、自分のものだと認めたくなかった。

 試合まで、あと二日。このままじゃ、足を引っ張るどころか、全部台無しにしてしまう。私はまた中学生のときと同じことを……

 そう思っていると、周囲の視線が無駄に気になる。——打たなきゃ。皆んなに心配かけたくない。

 全てのありとあらゆるものが、ぎゅっと苦しくなった。どこかで、鳴海君のことを考えている自分に気づいたけれど、それすら今は混乱の一部にしかならない。

 逃げ出したい気持ちを無理やり抑え込んで、私はまたリングに向かってボールを構えた。そのとき、——鳴海君?

 ふいに思った。


 そもそも何のためにバスケを? 小学生の頃に、お姉ちゃんに憧れてバスケを始め、中学では鳴海君のプレーの眩しさに背中を押され、高校では結衣の誘いでバスケ部に入部した。それからは、鳴海君と約束をした全国大会に出場することを目指して練習をしてきた。

 何か、根底にあるものが揺らいだ気がした。


 ——鳴海君のためにバスケを?


 そう考えて、いやいや、そんなはずはない、それもあるけど、私は自分のために来る日も来る日もシュートを打ってきた。

 一度、呼吸を整えてからボールをつき、気持ちを落ち着かせて自分に言い聞かせる。絶対に入る。

 ——頑張れ、私っ。

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桃色バスケット〜放物線の向こうに君を見ていた〜 Y.Itoda @jtmxtkp1

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