第13話

 それから俺達は、すやすや寝ている鬼三郎を叩き起こして、すぐに出発した。

 片手には1人1個、おにぎりが収まっている。

 実は、昨晩のうちに鬼三郎が、俺達のために握っておいてくれたのだ。

「わあ……おいしい! 鬼三郎さん、もしかして料理の才能があるんじゃ?」

「あはは、お世辞にも程がありますよ、モモさん」

 モモが言っているのはお世辞でもなんでもない。

 鬼三郎のおにぎりは、程よい手加減で握ってあるので米が潰れず、なおかつ崩れていないので、米本来の旨味が無くなっていないのだ。

 ―――もちろん、おばあさんの料理の方が世界一、いや、宇宙一美味いけどね?

「いやいや、お世辞じゃなく本当に美味しいですよ! ね、桃太郎さん!」

「あ、えっと、おいしいけど、おばあさn」

「ね、桃太郎さん!!」

「えっ、あっ、う、うん! その、お米が潰れてなくておいしいですよ! あはは……」

 モモに圧をかけられたので、俺は慌てて修正する。

 ええとてもおいしいですコンビニおにぎりのうん十倍ウマいです失語でしたごめんなさい。

「あはは、ありがとうございます」

 ほら見ろ。鬼三郎に笑われた。

 ちなみに、ショージとみこっちは黙々とおにぎりを食べている。

 これがまた可愛いんだよな〜……

「あ、そうだ、桃太郎さん」

 突然、鬼三郎に話しかけられた。

「えっ、は、はい!」

 驚いた俺は声が裏返ってしまった。恥ずかしい。

「話が変わるんですけど……桃太郎さんって、ハッピーエンドとバットエンド、どちらが好きですか?」

「……えっ?」

 本当に突然の話だったので、俺は固まってしまった。

 急に俺が止まったせいで、後ろでモグモグしていたショージがぶつかってしまった。

「モゴッ!?」

 振り返ると口の周りに米粒を沢山つけたショージが尻もちをついていた。

 ……可愛いなおい。

「あっ、ごめん、ショージ!」

「モゴッ、モゴモゴモゴ!(いえ、気にしないで下さい!)」

 よし、ショージ、まずは飲み込もうか。

「えっと、それで、その……質問って」

「あっ、深い意味は無いですよ?ただ、気になって」

 俺が鬼三郎に質問の意図を聞こうとすると、流されてしまった。

 まあ、深い意味が無いならいっか。

「んー、そうだな……。でも、俺はバッドエンドの方が好きかな」

 俺がそう答えると、皆が目を丸くして立ち止まった。

「……えっ? 俺やばい方引いた??」

 少しの間の後、口を開いたのは鬼三郎だった。

「……えっと、桃太郎さん。その心をお聞きしても?」

「わ、わかりました……」

 どうやら俺は、少数派らしい。

 また来たか、俺の意見を話さねばならない時間が。


「―――俺、ハッピーエンドって嫌いなんです。なんだか、置いてかれるような感じがして……それに比べてバットエンドって、現実味があって、ああ、俺と一緒の時を進んでいるんだなって思えるから……それに、予測不可能な終わり方だから、ワクワクするんです。へ、変ですかね……?」


 俺は鬼三郎に問いかけた。

 すると鬼三郎はなんだか寂しそうな顔をして俺に笑いかけた。

「なるほど、そういう考え方もあるんですね。変では無いですよ! 人によって価値観が違うのは当たり前ですし、それを今から証明するわけですし……」

「……なら、どうしてそんな顔をするんですか?」

 突然、ショージが発声した。

 ショージが真剣な目で、鬼三郎を捉える。

 ……ほっぺに米粒がついていることは黙っておこう。

「……自分は、どんな顔をしていますか?」

 鬼三郎は今度はショージに、寂しそうな顔で笑いかける。

「他人の愛情を求めている顔」

 突然、よく通った声が響いた。

 声の主は、みこっちだった。

「自分の孤独を恨む顔。自分の行動に自身がない顔。答えを見失った顔」

 みこっちはまっすぐ、鬼三郎を見つめる。

「―――未来に、失望している顔」

「っ!?」

 今までのみこっちとは全く違う雰囲気をまとっていた。

 その場の全員の足が止まった。

 みこっちの目が、鋭い。

 その目は、正確に鬼三郎を捉えていた。

「鬼三郎さn―――」

「あっ! あれじゃね!? ももっちの故郷の村!」

 この場の空気に合わない、テンション高めのみこっち声が俺の言葉を遮った。

 みこっちが指差す先には、確かに、見覚えのある家々が見えた。

「あ……」

 俺は無意識に、村に手を伸ばした。

 村を出たのは昨日のことなのに、ずっと昔に村を出たような気がする。

 なんだかとても懐かしくて―――懐かしすぎて、怖い。

 みんな、俺のこと忘れてないかな? 俺が帰ってきたら、歓迎してくれるかな?

 昨日の今日だから忘れてるはず無いし、歓迎しないワケがないってわかってるのに、心のどこかで不安を抱えている。

「桃太郎さん? どうしました?」

 ショージにツンツンされ、ハッと我に返った。

「あっ、ご、ごめん。なんだか、懐かしいなって思って。出たの昨日なのにね」

 俺はハハハ、と笑う。うん、絶対苦笑いになってる。

「じゃあ、行こっか」

 俺は誤魔化すように皆を促す。

 俺が歩きだすと、皆もついてきてくれた。

 しかし、村に近づくにつれ、俺の心のどこかにある不安が膨らみ、村人に会うのが怖くなっていった。

 そのため俺たちは草陰に隠れながら進み、まずは実家に帰ることにした。

「なあ、桃太郎っていつ帰ってくると思う?」

「しらねーよ。そもそも生きて帰ってくるって限らねえし」

「まあ、相手は鬼だもんなー。ただでさえ運動音痴の桃太郎なのに」

 道中、こんな村人の会話を耳に挟んだ。

 俺はあまり気分が良くは無かった。しかし鬼三郎の方が、悲しそうな顔をしていた。

「鬼三郎さん、気にすることないですよ。今からあの考え方を変えに行くんですから」

 モモが鬼三郎を励ます。ナイス、勇者モモ。



 そうこうしているうちに、実家の近くまでたどり着いた。

 しかし、未だに謎の不安は拭えず、茂みから出ることができなかった。

 すると、老夫婦が喋りながら帰ってきた。

「今日は山菜が沢山採れたから、鉄次郎さんちにも分けましたよ」

「ええ、よいと思いますよ。今晩は山菜汁ですから、これからしばらく山菜料理が続きますね」

「まあ、まあ。山菜料理はみな美味しいのだから、気には止めまい」

 懐かしい老夫婦の声を聞き、俺はますます不安を膨らませていた。

 一体なぜ? 懐かしい、安心する老夫婦の声なはずなのに。

「そういえば、桃太郎は今頃何をしているのかねえ」

 突然おばあさんに自分の名前を呼ばれ、俺はピクッと反応した。

 その声は優しくて、俺は少し安堵した。

 しかし、その直後だった。

「桃太郎? ああ、のこと。どうせ今頃、道端で飢え死んでるか鬼に殺されてるかのどちらかですよ」

 冷たい、優しさに感じられないおじいさんの声が響いた。

 俺はおじいさんの声自体にではなく、既視感に恐怖を感じていた。

 そんなわけないのに、この冷たい声を、どこかで聞いたことがあった。

 俺に鬼退治を強制してきたあの男だろうか。

 いや、違う。記憶に残っている声はあの男の冷たさに似ているが、確実におじいさんだった。

「まあ、私は行きて帰ってきても死んでもどちらでも助かりますよ」

 さっきまで優しい声だったおばあさんも、冷たい声に変わっていた。


「だって、あんな私たちの食料を根こそぎ食っていく子なんて、いらないですからね」


「―――っ!」

 俺は驚いて固まってしまった。

「そうだな。もし財宝を持って帰ってきたら、我々が殺してしまえば良い」

 老夫婦の会話に、俺は恐怖で震えた。

 なんで、どうして。

 違うんだ。老夫婦は前世の人間クソ共と違って優しくて、俺を救ってくれた―――

「昔から動くのが苦手な子だ。どうせ鬼に殺されてるさ」

「もしかしたら、鬼ヶ島に行かず、どこかの村へ逃げたいるのかもしれませんよ」

「なあに、あの子の性格で新たな村でやっていけるわけがない」

「それもそうね。この村で上手くやっていけたのは、私たちが利用するために育てていたからですからね」

「はっはっは、そうだ。あの子は不幸だったのだよ。桃から産まれた以上、この運命シナリオからは逃れられん」

 老夫婦の会話が、信じられなかった。

「桃太郎だからな」

 おじいさんのその言葉に、桃太郎はハッとする。

 そして、忘れていた記憶を鮮明に思い出してきた。

 桃太郎、桃太郎と、死んだ目の村人達に迫られた、あの朝を。

「そんな……ウソだ……」

 俺は頭を抱えてうずくまった。

 忘れていたのではなく、忘れようとしていたのかもしれない。

 あの朝、村人たちが前世の人間クソ共と重なって怖かった。

 だから、逃げ出した。

 そして、どうしても村人たちのことは信じていたかったから、あの出来事を忘れようとした。

 今の今まで忘れていられたのに。

「も、桃太郎さん……」

 モモたちが心配そうに俺を見つめるが、俺は気にしている暇がなかった。

「ウソだ……ウソだウソだウソだ!!!」

 俺は不意にそう叫び、腰の刀を抜いて老夫婦に向かって立ち上がった。

 老夫婦は俺を見て驚いて数歩下がった。

「も、桃太郎!?」

「お、おお、無事だったんだな。心配していたぞ」

 老夫婦が笑顔でそう話しかける。

 今の老夫婦の声には、以前のような温かみがあり、余計に俺を惑わせた。

「おじいさん……おばあさん……」

 段々と目頭が熱くなる。2人に飛びつきたい気持ちがあったが、身体は刀を構えたままだ。

「おや、後ろにいるのは家来かい?」

 おばあさんが俺の後ろを覗き込む。

「あ、うん。その、あのさ。実は……相談したいことがあって」

「ん? なんじゃ、言ってみろ」

 俺は俺のやるべき事を思い出し、控えめにおじいさんにそう尋ねた。

 おじいさんはいつもの笑顔で答えてくれる。

「鬼三郎さん、こっちに来てもらえますか…?」

「あっ、はい!」

 俺の呼びかけに応じ、鬼三郎が俺の横に並んだ。

「なっ……桃太郎! 横にいるのは……!!」

 老夫婦が鬼三郎を指差し、わなわなと震える。

 俺は深呼吸をして、刀を下ろし、老夫婦に向き合った。

「……鬼の、鬼三郎さんです。実は俺、鬼ヶ島に行ったけど、鬼が彼1人しかいなくて…。鬼三郎さんは人間との和解を望んでいるから、まずはこの村で和めるかなって思って……」

 俺は途中から俯いて、震える声でそう言った。

 老夫婦の顔を見るのが怖かった。

 それは鬼三郎も同じようで、鬼三郎も俯きながらチラチラと老夫婦の顔色を伺っていた。

「………な」

「え?」

 おじいさんの声がしたが聞き取れなくて、俺は顔を上げた。

 そこには見たことのない強面のおじいさんがいた。

「ふざけるな!!!!」

 老人とは思えない声量で、おじいさんが叫んだ。

 そして、おじいさんは近くにあった桑を手に取り、俺に向けた。



〜ひと口momo〜

【次回予告】

 ついに、鬼三郎が桃太郎以外の人間の前へ! しかし、老夫婦の第一印象は最悪。また、それは老夫婦だけではなく……。桃太郎と鬼三郎はここから状況を変えることができるのか! そして、鬼三郎が選んだ今後の生き方は……? 今年度中に完結予定! どうか最後までお付き合い下さい!


【お知らせ】

 作者の皆さん、カクヨムコン10への参加の予定はございますでしょうか。私は短編で何作品か、長編は余裕があれば1作品出そうと思っています。しかし、カクヨムコンって読者の皆様の反応が薄いと生き残れませんよね……なんて辛い。

 読んでもらいたければ読め、とか言いますけど、私にそんな時間の余裕が無いのが現実です。なので、とりあえずここで宣伝しときます。


「生後1秒で殺されるキャラに転生しましたが、ループ機能で生き延びます。」 

https://kakuyomu.jp/works/16818093090471189771/episodes/16818093090471352969


 ※反応してくれた方の作品には必ず訪れてます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【♡100突破】新・桃太郎伝説 カボチャ @flee

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画